第16話 遺跡探索(前)
忘れがちだが、僕の所属は、一応仮とはいえ〈青枝〉だ。何処かの遺跡から見つけた遺物を見られればいいな、なんて思って選んだのだが、じゃあそこで活動していたのかと訊かれると、その答えは否。僕が決めた研究室は今まで半閉鎖状態だったからね。
それが久しぶりにようやく研究活動を再開するというので、召集が掛けられた。〈青枝〉専用の会議室に現役、研修生総勢20人ばかりが集められる。木の刳り貫かれた塔の中、壁はやはり木を削ったそのままで、そこに〈木の塔〉の紋章が入った大きな布が掛けられている。それを背後にして女性が立ち、彼女の前には長机。僕らはそこに座していた。場所は年齢や立場に関わらず、適当。僕は入口に近いところに座っている。
「皆にはつらい思いをさせたね」
タペストリーの前の女性が切り出す。彼女は〈青枝〉の歴史・考古学系の研究室のまとめ役みたいなものだ。大学で言うと学科長みたいな立ち位置らしい。つまり、その分野で一番偉い人。因みにその上は枝長。
「でも、なんとか、予算を獲得することができました!」
研究室が半閉鎖状態だったその理由。それは、支給された研究費についての論争に明け暮れていたからだ。僕が見学に来たときにはもう始まっていて、それからもうずっと、4ヶ月余り続いたという。〈青枝〉の総攻撃で仕掛けたそうだ。だから研究室が機能しなかった。
なかなか見せてもらえなかった金額を、こっそりルーファスに見せて、ついでに解説もしてもらって驚いた。確かに少ない。〈赤枝〉みたいに高い薬品に金が掛かるわけじゃないとはいえ、あんまりな数字だった。
「まったく、経理の奴ら、私たちの研究には金が掛からないだろうとか抜かしやがるのよ。ふざけるなっていうのよ。目に見えて生産性がないってだけで舐めやがってさぁ」
悔しがる彼女に同調する周囲。そして、ようやく資金を勝ち取った彼女を称賛する声が漏れ始めた。経理に対する暴言も飛び交う。
確かに歴史系は目に見えた生産性はない。〈赤枝〉はいろんなものや手法を編み出してるし、〈紫枝〉は新魔術の開発だし、〈白枝〉は医療だから社会貢献度高いし、〈緑枝〉はいろんなデータを出してくるし。〈黒枝〉はなにも作らないけど、町村の防衛に当たるわけだからやっぱり社会貢献度は高い。
反面、〈青枝〉はどうだ。歴史というのは、結局のところただの読解でしかない。過去にあったことを記録や遺物から推測して知識を作り出すのが目的。そこから作り出されるのは、すでに過ぎ去った事実だけで、先進的な物なんてほとんどない。
そうやって歴史を馬鹿にするのは愚かなことだ、とみんな怒る。僕にはよくわからないけど、昔の魔具は結構面白いと思うし、そういうのを見るとやっぱり勉強になるから、昔の物を疎かにできないのは確かかもしれないな。
周囲が一通り騒いだところで、ぱん、と女性が手を叩いて気を引いた。
「さて、と。お金が入ったので、さっそくフィールドワークに向かおうと思います!」
活動再開宣言されても、なんか今更だなーって一歩引いた目で見てしまう。入ったばかりなら喜んだだろうけど、あのころの情熱がどっかに行っちゃったっていうか。いつかね、とずっと言われ続けて何ヶ月も経ってしまったら、どんな人間だって諦めるでしょ。
まあ、せっかく行くっていうから行くけどさ。
「場所は?」
反面、〈青枝〉のいるのが長い人たちはなんだか浮き足だっていた。研究室再開が嬉しいのか、それとも好奇心か。
「南西。なんたってサリスバーグの子がいるからね!」
他人事のようにぼうっと聞き流していたら、まさかの僕に話が振られた。
「……僕?」
なんで遺跡発掘に行くっていうのに僕が関係してくるんだ。
「今まで、あのあたりの遺跡に詳しい奴がいなかったんだ」
親切に解説してくれたのは、隣に座っていた歴史の講師ルーファス。問題児、となにかとがなる彼だが、友人の友人ということで、結構僕を構ってくれたりする。
その南西部の遺跡っていうのは、どうもサリスバーグの流れも組んでいるらしい。国境の辺りだから、もしかしたら昔はあちらの領土だったのかもしれないと。なるほど、それでサリスバーグの知識が欲しかったわけか。でも、僕がしてたのって所詮盗掘で金銭目的だったから、詳しいなんていうほどじゃないんだけど。
日程、道程、探索計画。それらが詳しく話された後解散となった。
「ルーファスも行くんですか?」
彼にくっついて会議室を離れた僕は尋ねる。僕もリオと仲良くなるまでまともな友人関係を気付いてこなかったから、ルーファスのような友人の友人という関係をつい宛てにしていた。その癖がまだ残ってるんだ。
「ああ。俺だって、本業はそっちだからな」
講師ばかりしているからそっちのイメージが強いけど、本来のルーファスはきちんと歴史学者だった。確か、2、300年前の建築物に施された魔術的作用とかなんとかがテーマだったかな? ……このあたりは歴史となると2、300年前が多い。現代魔術が発達し出したのがそのくらいだから仕方ないけど。
「しかし、正直助かった。これ以上長引いたら〈青枝〉を離れる奴がたくさん出てきただろうからな」
お前もそうだろう、とルーファスは言う。お見通しか。
最近は〈赤枝〉でもいいかな、なんて思いはじめている。普通、技術的な問題から魔具技師はそこに所属するみたいだし、実際ルビィだってそう。一応理由があって〈青枝〉を選んだ僕だけど、目的だった昔の魔具は、さっきレギンさん――まとめ役の人――が言った通り予算の都合で遺跡発掘に行けなくて手に入らなかったし、もともと発掘されたものはその間に大方見てしまった。そしたら図書室の当番しか〈青枝〉らしい仕事がなくて、だんだんなにやってるんだろうって思いはじめてきて。この前アリサさんのところで魔石について聴いて、そっちにも興味が出てきたし、だったら移籍してもいいんじゃないかと、それこそルーファスの心配の通り思っていたのである。
「いてくれれば助かるんだがな」
ルーファスは僕の様子を伺うようにこちらを見た。
「俺たちみたいなのも減ってきているのも事実だしな……」
僕の同期でも、〈青枝〉を希望する人間は少なかった。僕を含めて4人。うち2人は真剣に歴史が好きな人間。残る1人は魔術倫理について学びたい変わり者だそうだ。
「つまり、過疎ってる研究室から人を逃がしたくないと」
そう返したら、ルーファスは鼻白んだ。人聞きが悪いっていうんじゃないんだろうけど、直接的に言われるとやっぱり来るものがあるからね。
彼は観念したように息を1つ吐く。
「予算削られていることからも分かるように、最近人気ないんだよ、〈青枝〉」
60人くらいの新入りが居るなかで、〈青枝〉希望者が5人以下という状況がここ数年続いているらしい。1、2年くらいのことなら大したことないが、それが積み重なると他所との比率に差が出てきてしまう。それが今一番の悩みなのだそうだ。
「まあ、実際魔術とどう関係あるんだっていうのがよくわからないところですからねぇ」
おさらいしておくと、〈青枝〉は歴史・倫理的な観点から魔術を読み解く、というのがコンセプトの部署だ。
歴史というのは、昔、魔術によってどんな事象が引き出されたか、あるいはどんな魔術が求められたか、を調べあげるのが中心。まあ、それをしてる多くは、魔術師というよりもただの歴史好きだったりする。
倫理というのは、いろいろあるけど、つまるところはどんな魔術が許されて、どんな術が許されないかっていうことを定義付けたり、その論拠をあげるのが仕事。新しい魔術ができたときに査定に入る人たちは、たまに〈黒枝〉じゃなくてこちらに来ることがある。〈黒枝〉から移籍してくることもある。
簡単に言うとそんな感じだけど、いずれにしろ、それを学ぶ意義を知らない人たちからしてみれば、ただの知識の発掘でしかなくて。
みんなやっぱりただの知識の蓄積よりも、先進的なことがやりたいんだろう。それは魔術師の性なのかもしれない。世の歴史学者は嘆くかもしれないが、〈木の塔〉の本質は魔術研究なのだから、仕方がないかもしれない。
でも、その分野が廃れるっていうのも、あんまりいいことではないんだよな……。
「ルーが直々に勧誘すれば、女の子が大量に釣れるんじゃないですか?」
口説かなくても顔だけで講義に人が集まるのだ。口説いたらそれはもう、たくさん釣れるに違いない。
「勘弁してくれ」
さすがにモテている自覚がある――周囲が美人だのモテるだの囃し立てているのに自覚がないわけがない――ルーファスは、冗談じゃない、とばかりに顔を顰めた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
その遺跡は、ケノスの隠れ家と呼ばれていた。
今から500年前、サリスバーグの北東の一部とシャナイゼの南西の一部が一つの領地だった頃、時の領主が嫉妬深い妻から愛人の存在を隠すために造った小さな屋敷だという。そこで2人は時折逢瀬を重ねて小さな愛を育んでいたらしいんだけど、そのうち奥さんに気付かれて、その愛人は毒殺されてしまった。まあ、割とよくある泥沼話だ。
そんなケノスの隠れ家だが、何故に隠れ家とした、と言いたくなるほど大きな城だった。いや、隠れ家にしては大きなというだけで、城としては小規模かもしれない。けれど、愛人を隠す気はあるのか疑問を持つくらいには大きかった。
「全然調査してないんですか?」
こんな大きな建物だ、まさか今まで発見されなかったなんてことはないはず。だから今更調査っていうのは実はすごく不思議だった。
「表面的……目に見えるものを少し調べた程度だな」
「ほんっとに全然ですね」
観光客じゃないんだから。そこまで手を付けていないとは予想外だ。
だけど、それだけ見つかるものがあるということ。こういうのは久しぶりだから楽しみだ。
入り口の外でレギンさんからお言葉があった後、いよいよ調査に入る。それなりに多くの参加者がいる中で、僕はルーファスと組んだ。というより、彼が引っ付いてきたんだけど。
さて、肝心の城の中は、見た目の印象に反して、本当にここに愛人を住まわせていたのかというほど辛気臭かった。設えは豪華だ。色だってたくさんある。けれど、何処か灰色が纏わりついているというか。隠れ家というくらいだから、光溢れる、というわけにはいかないんだろうけど。
広い廊下を進む途中、ふと壁を見て、違和感を覚えた。ルーファスを引き止め、探ってみる。壁を撫でていると、なんとなく感触が違う気がするのだが、よくわからなかった。次に、荷物から線香を取り出して火を点け、壁に近づけてみる――煙が大きく揺れた場所があった。間違いない。
「この辺、空洞がありますね」
隠し部屋か、それとも階段か。なんだろう。こういうところにあるのは、だいたいお宝か見られてはいけない部屋とかだから、わくわくする。
扉となる継ぎ目は見えないけど、おおよその位置は把握した。今度は少し離れて怪しい物がないか見てみる。
「ルーファスはなにか見つけました?」
「いや」
本当かな。建築物は専門だったはずだけど。
まあいいや。スイッチを見つけるだけだ。
周囲を観察してみる。あるのは絵、花瓶か壺かを飾ってただろう棚、燭台。燭台が回せるとか常だけど、さすがにそんな簡単じゃなかった。絵の裏もなにもない。壺の中も埃しかない……ん?
なんとなく、棚の下、床に違和感。しゃがみこんで見ると、脚の周囲に切れ込みみたいのがある。よく調べてみるために棚を退かそうとしたら、壺がかなり重いことに気が付いた。ルーファスと一緒に慎重に床に下ろす。2人がかりでもぎっくり腰を心配したくなる重さだったが、それだけの苦労をした甲斐はあった。棚の下の床が盛り上がったのだ。そして隠し扉が下がった。
「さすがだな」
壁に空いた暗い穴を見ながらルーファスが誉めてくれた。
「サリスバーグは、割とこの手の仕掛けが多かったですからね」
隠し扉を開くには、スイッチを押さなきゃならない。そんな心理の裏を突くような仕掛けがサリスバーグには割りと多い。これはスイッチを押して開くのではなく、押しっぱなしにすることで扉を閉めていた。原理としては、たぶんポンプと同じ――圧力を掛けることで扉が上がるようになってるんだろう。壺が異様に重いのは、そうしないと扉を上げていられないからか。
で、その穴の向こうだが、地下に降りる階段になっていた。
「行きます?」
「ああ」
ハルベルトに術を掛ける。物を依代に光を呼び出す術だ。地水火風のいずれにも属さず、かといって白や黒の呪術でもない魔術。こういうのがたまに存在する。
それで、斧頭が光る、なんていう面白いハルベルトができた。隠密には向かないけど、いろんな荷物の中で絶対に手放さない物だから便利。
中に入って振り返る。傍らに、迫り上がったスイッチがあった。中、外、どちらからでも開けられるようになってる。閉じ込められたりはしないみたいだ。
安心して、下に行く。階段は真っ暗で、その癖石でできているものだから滑りやすかった。ルーファスに注意を促し、鉾槍を逆さに持って足元を照らす。
「……あれ?」
天井が高くて、何処かから風が吹きこんでいる所為かなにか知らないが、ここはあまり埃が積もってないからわかりにくいんだけど、うっすらと靴跡があった気がした。まさか、と思いつつも注意深く下を見ていると、階段を降りきるまでにもう1つ足跡っぽいものを見つけた。
……誰かここに来たのか?
半信半疑ながら、光を抑えて息を潜めて――ルーファスにもそう頼んで――階段から先に続く通路を行く。
1つ目の扉を慎重に開ける。誰もいなかったので、遠慮なく足を踏み入れる。
そこは、たぶん倉庫だった。いろんな物が雑多に散らかっている。服、装飾品、武器……そんなものがあちらこちらに転がっていた。
「……ここ、本当に調査してないんですよね?」
「そのはずだけどな」
でも、この荒れかたは物色によるものだ。部屋を使っている人が片付けられない人間だったとか、そういうのじゃない。例えば、武器の置いてあるところに、服を放り投げる奴がいるだろうか。そりゃあいないとは限らないけど、片付けられない人だって普通はそんなことしない。うっかり刃物で切ったらどうする。それもあんな高級そうな服。
落ちている物を見ると、誰かが触った跡があった。埃に指の跡がある。
「まだ新しいな」
間違いない。誰かいる。それも今だ。
「僕、ちょっと他も回って見ます」
部屋を飛び出し、廊下を走る。もし、〈塔〉の人間じゃなかったら盗掘者だ。早く見つけないと、貴重な物が持っていかれてしまう。
同じことを思ったのか、ルーファスも着いてきた。なにも言わずに飛び出しちゃったけど、いざ逃がしたときのことを考えると有り難い。
いくつか先の部屋に中から光が漏れてるのを見つけた。開きっぱなしの扉の影に隠れて様子を伺う。中の人物はがさがさとなにかを漁っているようだった。――やっぱり盗掘者だ。
ルーファスに目線で合図して、中へ飛び込んだ。
「誰だ!」
光の強度を上げると目に入ったのは、見覚えのある、がたいの良い中年男。
「……レナード?」
少し前、遠征に行ったときにサリスバーグの国境で偶々会った昔の同業者だった。
「赤眼か」
そういう風に僕を呼ぶってことは、やっぱりあいつか。
となれば、行動は1つ。
「……わっと!」
なにも言わず詰め寄って降り下ろしたハルベルト。光る斧頭が躱された。
「いきなりなにすんだ、お前!」
いい歳した男が、斧を振り下ろされてぎゃーぎゃーと喚く。うるさいな。
「泥棒の撃退に決まってるじゃないですか」
シャナイゼにある遺跡は、〈木の塔〉の管理下だ。入口にはきちんとそれを知らせる札があるし、見学には許可がいる。
それに、奴の傍らには背負い袋があって、さっきそこになにかを入れてるのを見た。
「昔のよしみで見逃してくれ」
寝惚けたことを言ってるよ。
「……そうですね。じゃあ、昔のよしみで、今こそ恨みを晴らさせてもらいます!」
そうやって意気揚々と武器を構え直すと、
「レン」
案の定、といえば案の定。一緒にいた先生のお声がかかりました。
「殺すなよ。後でいろいろ聞かなきゃいけないんだから」
「わかりました。殺さなきゃいいんですね?」
念を押すように訊くと、
「ああ」
実にあっさりとした答えが返ってきた。
…………あれ?
「止めないんですか?」
おかしいな。いつもだったらここで、やりすぎだ、とか怒鳴ってくるのに。
「今の俺は講師じゃないからな。それに、遺跡を荒らす犯罪者に罰を下さないわけにはいかないだろう」
「ルーファス……」
基準が凄い独善的なあたり、やっぱりこの人リズたちの友人だ。いや、それとも〈木の塔〉の連中みんながそうなのか。はたまた、シャナイゼの人間がそうなのか。
まあ、邪魔されないなら万々歳だ。遠慮なく、ぶちのめさせてもらおう。




