第15話 〈凍れる森〉(前)
「ふうん、これが〈凍れる森〉ねぇ」
1週間後、僕らはその〈凍れる森〉に来ていた。理由はここの結晶が魔石の新素材になるかどうかを確認するため。つまり、採取するのだ。アリサさんから話を聞いたあのあと、じゃあ採りに行こうかという話になった。忙しいリグが行ってもいいのかどうか確認したところ、許可を貰ったどころか自分たちの研究用にも採ってこいと言われたらしい。
街からはある程度離れた上に魔物もいる危険なところだし、リグが行くとなるとリズも行く。そうなるとグラムの小隊で動いたほうがいいんじゃないかって話になり、正式な隊員じゃないけどお手伝いのウィルドもついてきた。当然アリサさんも来るので、これで実に7人と割と大所帯。
そうやってにぎやかにやってきた僕たちは、足を踏み入れる者がほとんどいない、シャナイゼの中でもひときわ奇妙な場所の入り口で、その異様な光景を眺めていた。
「本当に葉っぱも草も結晶化してる……」
〈凍れる森〉の名前の由来は訊いてたけど、本当にその通りだった。森が結晶化したんじゃなくて、結晶で森を作ったんじゃないかってくらいに結晶だらけ。結晶の成分かそれとも光の散乱の所為か、遠くで見ると青と白に輝いて見えてなんだか寒々しい。1年を通して凍結という現象がないこの土地で〈凍れる森〉と名付けられたのはきっとこの所為だ。
「というより、あれだな。結晶が覆ってるんだ」
森の縁まで歩み寄ったリグが、手の届くところにあった葉っぱを調べていた。促されて僕もリグの手の中にある葉を見てみれば、確かに結晶の中に青葉がある。
「こんなので覆われてて、植物として成長するのか……?」
ここが本当にかつて森だったと考えると、当然湧き出てくる疑問を、否定したのはウィルドだった。
「草も木々も、森全体も成長はしていません。結晶に閉じ込められた当時のままです」
って断言することは、なんでここがこうなったのか知っているんだな。
「じゃあ僕らが結晶採取したら、それだけこの森は小さくなるんですか?」
「そこはなんとも」
ここは魔力が多く溜まっている場所で、こんな風になっているのも魔力による現象だそうだ。つまり、森がずっと結晶で覆われているように魔術が発動しっぱなしの状態に近いっていうこと。それで、もしかしたら削り取られたぶん、新しい結晶ができたりすることもあるかもしれないわけだ。
そういう場所は多いってほどじゃないけれどわりとあって、例えばそんなところに死体があったりすると、動いて人を襲うことがある。前に遭遇したことがあるけど、あれは面倒だ。殺しても死なないから、動けなくなるほど死体を損傷させるか、黒魔術を使うしか対処法がない。
閑話休題。
しかし、そうだろうとは思ってたけど、自然発生じゃなくて後天的なものだったか。どうしてこんな風になったんだろうなぁ、と考えていると、リズがぼそりと呟いた。
「嫌だねぇ、これ」
顔を顰めて言うのだ。異常性はあるけれどこんなに綺麗なのに、どうしてそんなことを言うんだろう? ロマンチストにはたまらない場所だと思うんだけど。
「なんでですか?」
「だってこの草、結晶に覆われているんだよ? つまり硬いってことでさ」
リズは地面にしゃがみ込んで草(の結晶)の縁を指の腹ですっと撫でた。戦っている割に綺麗な人差し指に、赤い線が走る。指が切れたんだ。ちょっと触っただけで指が切れるほど硬いのか。
「こけたり、地面に転がされでもしたら、大変なことになるだろうね、これ」
想像してみた。戦っている最中に魔物に吹っ飛ばされて、落ちた先に剣山のような草むらがあったら……。
うわ、嫌だ嫌だ。考えるのやめた。痛いじゃすまないって。
「魔物、出ないといいなぁ……」
同じことを想像したらしく、遠い目をするグラム。僕もこれには同意する。これは魔物に引っかかれるよりも嫌だって。
そんなことを心配している僕らの横で、リグが地面を掘ろうと地面に槍を突き立てようとしていた。あの槍は、リグの杖〈リュミエール〉が魔術で変化したものだ。リグとリズの杖はルビィの特別製で、魔術によって武器に変化する。リグのは槍。リズのは2つの短めの剣。魔術を扱いながらも白兵戦の訓練を受けた2人にはうってつけの武器だ。
そう、武器だ。断じてスコップじゃない。ルビィの傑作でなにしてくれてんだ。
「駄目だ。完全に結晶化してるな。普通にやったんじゃ土が採れない」
槍を振って土を払い、ハンカチで刃をぬぐうリグ。そんな姿に僕は完全に呆れ果てた。
「なんで地面掘ってるんです」
僕らは目の前にたくさんある結晶を採ればいいだけで、地面を掘る必要がないんだけど。いくら硬い結晶だっていったって、葉っぱの付け根とか細いところ探せばそこで折ることができるだろうし、最悪術を使えばいいだろうに。
「〈緑枝〉の奴から頼まれたんだよ。行くんなら、土壌のサンプル採ってきてくれってな。無理みたいだけど」
リグは研修生のとき〈緑枝〉に入るつもりだったらしく、そこの知り合いが割と多かった。それ経由なんだろうけど、そういう調査って1ヶ所じゃ終わらないから大変なのに、どうして引き受けちゃうかな。
「ああ、おれも〈黒枝〉から魔物の情報できれば持ってきてって言われた」
暢気に便乗するグラム。ここにも居たよ。余計な荷物引っさげてきた奴。
「なにしに来たんですか、あんたたち。目的はこの森の結晶を採りに来たんでしょう」
「ついでだよ、ついで」
確かに滅多に来ないところだけど。結晶採掘に、土壌サンプル採取に、生息する魔物の調査? ちょっと欲張り過ぎじゃないんだろうか。お人好しが過ぎるんじゃないの。
……ンもう、こいつらは無視、無視。
「で、どうします? アリサさん。この辺の採ります?」
肝心の依頼人を振り返ってみると、アリサさんは首を横に振った。
「いや、もっと奥へ行く。もっときちんとした結晶があるかも。確かめに行きたい」
「入るのか……この中に」
はじめからそのつもりだったはずなのに、耳を疑ってますとばかりに呆然とした声を出すグラム。今、戦いになったら嫌だね、って話をしたばかりだから入りたくなくなったんだろう。いや、戦いだけじゃなく、森の中を歩くだけでもいろいろ気遣わなきゃいけない。せめて全身革装備とかで来るべきだったんじゃないだろうか、これ。大丈夫そうなのはグラムと小隊の新入りくんだけだ。まあ〈木の塔〉で渡される服は防刃機能はあるんだけど。
よっし、とグラムが気合いを入れ直し、リーダーらしく指示を飛ばした。
「森の中だ。テッドが先頭だな。殿はウィルド。その次か隣にリズ。アリサは真ん中で、レンとリグが傍に居ろ」
普段はあんな風なグラムなのに、指示を出せば全員黙って従う。それは長年付き合ってきた双子やウィルドに限らないらしく、アリサさんやさっきからだんまりの新入りくんもそうだった。
グラムの小隊の新入りテッドは、僕と同じ研修生。茶髪で黒目の、ヨランに負けず劣らずな地味な男の子。まあ、ヨランと違って可愛らしいかもしれないが、リオどころか僕にも負ける。
そんな彼は〈黒枝〉で弓士だった。僕らの隊と交流がある――この前の訓練でグラムが来たのもその所為――ので、アナイスに指導を受けることもあるらしい。
弓士、か。
「ああ、そうだ。ちょっと待って」
いざ行かんとする隊列を止めて、僕はテッドの傍に行って背負っていた袋の中身を差し出した。
「これ、試作品ですけど。魔力を流し込んで打てば、火矢の代わりになります。魔具の使いかたはわかりますよね?」
渡したのは10本に纏めた矢で、羽と箆(棒の部分)が赤いのが特徴だ。前にアナイスが希望して、この前の護衛任務で使った試作品の矢の魔具。羽が赤いのは見分けがつきやすいように。箆が赤いのは、赤色の魔石を粉末にしたのをまぶしてあるからだ。もちろん剥がれ落ちないように加工済み。ここが一番苦労した。正確には、ルビィが苦労していた。
グラムの小隊に弓士が入ったというのは結構前から聞いていたから知っていたから、いくつか持って来たのだ。宣伝とモニターとグラムたちの戦力の強化の一石三鳥だ、なんて持って来たわけだけど。
「……いらない」
そっぽを向いて断られてしまった。
「テディ」
「魔術に頼らなくてもオレは射貫ける」
咎めるリズを無視して、ぎりっと音が鳴りそうなくらい力強い瞳で僕を睨みつけてきた。
……これはあれだな。もしかしなくても怒らせたな。
「そうですか。必要になったら言ってください」
たぶん僕が悪いわけじゃないんだけど、大人しく引き下がることにした。このまま押し問答していたら、確実に拗れて隊列が乱れてしまうに違いない。
さてさて、どうしてこうなのか。グラムたちは気付いているのかな。
結晶に覆われた森の獣道。僕らは隊列を組んでそこを歩いていた。割と広めの道で、人間2人並んでいても障害物に当たることはほとんどない。
〈凍れる森〉の中はやはり神秘的だった。さっきは青と白、なんて言ったけれど、角度によっては虹色に輝いてもいる。木陰であってもきらきらと輝いているので、深めの森なのに結構明るかった。
幻想世界を彷徨っているよう。だけど、僕らは居間現実を見つめていた。
「こういうところに居る魔物って、どんなのだと思う?」
不意に――でもないか、たぶん全員同じこと考えていたから――グラムが尋ねる。
「硬そうだよな。でないと、結晶で傷付く」
至極真面目にリグが答える。
「だよなぁ。獣道がちゃんとできてるんだもんなぁ」
そう、人間が2人並んでも普通に歩けるほどの幅の獣道が。
グラムが尋ねたときと同じように、突然沈黙が訪れた。遠くでなにかが這いずっているような音がする。そりゃあなにかいるだろう、森なんだもの。
「……あんまいい予感しないんだ」
これには誰も応えなかった。
がさがさと、さっきよりも近く音が聞こえる。全員が武器を取り出した。
グラムが手振りだけで指示をする。剣を持ったグラムとウィルドが前列。真ん中を広く開けて道の端のほうへ立つ。僕と同じで〈青枝〉所属のウィルドは小隊の人間じゃないのだが、剣の腕はこの中で一番だ。
その後ろ中列には魔術と白兵、どちらもいける僕とリグ。リグは杖を槍に変化させていた。後列には、リズとアリサさんとテッド。リズとテッドが前のほうに出てアリサさんは少し後ろ、三角形を作るように立っている。これはアリサさんがあまり戦闘が得意でないから、逃がしやすいように。
できればやり過ごせないかと、気付かれないように声を出さずにいたけれど、やはりそれは期待できなくて。
前方からのそのそと現れた。
「うわぁ」
それを目にした途端グラムが間抜けな声を上げる。それに続いて双子たちが気の抜けた声を出した。
「え、竜?」
竜。それはまるでトカゲを馬鹿でかくしたような生き物で、硬そうな鱗と、大きな牙と、鋭い鉤爪を持っている。背中には蝙蝠みたいな羽根が付いていて、そこにも鉤のようなものが付いている小さな羽根だから飛べそうにもないけど、この種は付いていることに意味がある。身体の大きさはまちまちらしいが、今僕らの目の前にいるのは、人間の3倍程度の大きさ。
もちろん、言うまでもなく魔物である。
「なんでこういう厄介なのがいるかな」
なんというか想定外すぎて、もはや怯える気も失せてしまったらしい。心底迷惑といったリズの呟きに、諦めを滲ませたウィルドが答える。
「人間は、特にこういった生き物を好みますから」
魔物は昔伝説とされていた生き物を真似て作られた生き物だ。伝説になる、ということはこういう生き物がいればいいって思っていたってことで、つまり好きってこと。そんな生き物が作れるとなれば、そりゃあ作ってみたいと思うかもしれないが。
「200年前に行って、これ作った奴を殺してきたい」
それと遭遇して戦うほうとしては全く洒落にならない。魔物嫌いの僕じゃなくてもきっとそう思うはずだ。ぶっ殺して、なかったことにしたい。神様であっても時を遡るなんてできないから、こうしてこんな生物が残っているわけなんだけど。
僕の背後から、黒い大きな針のようなものが飛んでいく。リズの棒手裏剣。それはちん、と音を立てて鱗に当たり、突き刺さらずに落ちていった。
「……硬い」
抑揚のない声でリズは言う。
「当然でしょ。女の人の投擲であんなの刺さると思ったんですか」
呆れるどころか、完全に馬鹿にした風にテッドが言うので、思わず振り向きかけてしまった。敵前でそんなことするわけにはいかないから、なんとか堪えたけど。テッドの奴、反抗期だからっていくらなんでも無礼じゃないの。
「……わかってるっつの」
苛立たしげにリズは小さく吐き捨てる。経験のほとんどない後輩に馬鹿にされるのは、そりゃ腹立たしいだろう。リズだって決して考えなしで棒手裏剣を投げているわけじゃない。それを同じ隊のテッドが知らないとは思えないんだけど。
そんな殺伐とした後列とは一転、前列は棒手裏剣が竜の身体に刺さらなかった事態を冷静に受け止め、考察していた。
「武器はあまり効かないかな」
「魔術のほうも風はほぼ無駄でしょう。結晶を削る鱗ですから、氷や地の術も生半可なものではおそらく効きません。火炙りできればいいのですが」
「燃えそうにないけど」
「熱は防げないでしょう」
うーん、と言ってグラムは考え込む。会話だけの描写じゃわかりにくいだろうけど、この間にグラムたちは敵との睨み合いを真剣にやっている。
「……よし。おれとレンとウィルドで隙を突く。リグとリズは火の術メインで、テディも後方で援護な。アリサのことはリグよろしくな」
指示が下れば、さすがに仲間の誰が気に入らないとか言ってられない。全員が気を引き締めて、目の前の魔物に集中する。
「よし、散れ!」
腹から出たグラムの一声で全員が動き出した。素早い動きでグラムが正面に、ウィルドが側面に回る。僕は右側へと大きく回った。
グラムたちの小隊には、基本的に前で踏ん張る人間がいない。リグとリズは近接戦もいけるけど魔術師だし、グラムはスピードファイターだから装甲が薄め。新入りは弓使いで、たまに助っ人に入るウィルドは隙を突いた攻撃が得意。だから彼らは敵の注意を1つにばかり向けさせない戦い方をする。
素早く竜の首元に潜り込んだグラムが首筋に剣を振り下ろす。金属がこすれる嫌な音が響いた。
「駄目か」
舌打ちをしながらさっと後退し、首を掻くようにグラムをひっかこうとした鋭い爪から逃れた。次いで鼻先で剣を振った。これも鱗に阻まれる。
斬れないなら割ったらどうか。グラムを見ていた僕はハルベルトの斧頭を振り下ろしてみた。がちん、と嫌な音が鳴って跳ね返る。岩を叩いたみたいな感触だった。……ああ、鱗が結晶化してるのか。まさに結晶の森にふさわしい生き物ってわけだ。
これじゃあたぶん、火も駄目だな。リズとアリサさんが火球を飛ばしているけど、肉が焼けることも、鱗が焦げ付くこともない。
ポーチから紙の札を取り出した。久しぶりの〈魔札〉。魔力を流し込んでやれば、氷の矢が飛んでいく。けれど当たった途端に氷柱の先が砕けてしまった。ウィルドの言う通り、生半可な物じゃ効かないんだろう。
……これ、倒せるの?
ふと前にリズに借りた英雄物語を思い出す。その物語の英雄は1人で竜を倒し、全身にその血を浴びたという。できるかそんなこと。1人で挑むのも、全身に浴びるだけの血が出るほどの傷を負わせることもできそうにない。
逃げたほうがいいんじゃないかって思いはじめたとき、珍しくウィルドが叫んだ。
「鱗の隙間から剣を突き刺してください! 鱗の下は通ります」
ってことは通したのか。竜から距離を取ったウィルドの剣を横目に見ると、確かに血で汚れていた。
なるほど、確かに鱗なんて張り付いているだけだから、鱗の生え方に沿って剣を差し込んでやれば肉に突き通るわけだ。納得して思う。難しいって。
愚痴が多いというなかれ。相手は動いてるんだよ。だというのに、一定の角度つけて突き刺せって、どれだけ器用なこと要求してるんだ。
「ああ、もうっ!」
自棄だ自棄。やってやる。




