第14話 魔を宿す石
薀蓄というか……小難しいような話の多い回です。
5/24 タイトルから(前)を取り除きました。
雨がまだ降り続いているある日。ちょっと余裕ができたから、と久しぶりにリグたちに呼ばれた。つい最近遠征に行ってきた小隊に仕事は入らないし、〈青枝〉のほうもお呼びが掛からないので、講義以外で〈塔〉に行くのが珍しくなっていたときだ。塔の中で行きかう人を見て、〈木の塔〉自体は暇じゃないんだよな、とか思いながら2階のリグたちの居る部屋へ向かう。
「悪いね、頼んでおきながらずっと放っておいて。別件でいろいろ頼まれちゃってさあ」
いつものように紅茶とお菓子を出して、入り口側にいる僕の向かいに座ったリズが謝った。その隣にはリグが居る。研究室に居たのは双子たちだけで、他の2人はどうしたのかと訊くと別件で出掛けてると返ってきた。どうやらリグたちはとんでもなく忙しいらしく、僕との面会もなんとか時間を作ったらしい。そういえば、いつもはなにも置いていない足もとに本が積み重ねられてたり、僕たちの座っているテーブルにも書類が重ねられて本で重しがされてたりと、部屋がいつもより散らかっている。
「なにをしてたんですか?」
魔術の研究が本業だが、リグとリズは小隊の活動もしている。それができるだけの余裕があったはずなのだが、最近はそうでもないようだ。小隊の活動に積極的だった彼らが出られないくらいに忙しいってどんな状況なんだろう、と思って訊いてみた。
「〈黒枝〉の別の研究室から、うちの研究内容についていろいろと質問があってな」
「転移の術を研究しているところなんだけど」
「テンイ?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「そう。ある場所から別のある場所へ、一瞬で行ける術」
「ああ。ありそうでないあれですか」
そういうのには心当たりがあった。冒険を扱ったフィクション小説の中でよくあったりする、けど、現実には存在しない転移の魔術。空も飛べない、地にも潜れない、ありえない速度で移動することもできない。そんな人間がどうやって一瞬で移動しろっていうんだ?
まあ、それをなんとかしようと考えている人間がいるからこそ、いつかは実現できるってものなんだろうけど、今はまだまだ到底実現不可能……だったはず。
「で、それがどう〈精霊〉と関係が?」
転移と召喚じゃあ共通点はないはず。片や移動のための術だが、〈精霊召喚〉は周囲の火や水などの気を集めて人間に似た意志を持つ存在を創り上げる術だ。決して彼らを何処かから呼び出しているわけではない。
「話すと長くなるけど」
「そっちに問題がないなら、別に」
興味があるから、むしろ話してほしい。彼らは忙しいから、無理は言えないんだけど。
だけどそう支障はなかったみたいで、リズが話し始めた。
「じゃあ、まず転移の術の話について。さっきも言ったとおり、ある場所からある場所へ一瞬で行ける術なんだけど、その方法論として、現在3つ考えられている」
リズが指を3本立てた後、リグが話を引き継いだ。
「まず1つが虫食い穴って言われている奴だ。トンネルみたいな抜け道ってところだな。そこを通れば普通に足で歩くよりも時間を短縮できる。問題はどうやってトンネルを作るか、どう移動するか、などがあるな。まあ、いまだ実現の見込みはほとんどない。
2つ目は空間圧縮。地図を折りたたむように出発地点と目的地の間を失くして移動できないかって奴だ。これは具体的な仮説はほとんど成り立ってない。圧縮されたその後にどうなるか、っていうのが全然予想つかない状況だからな。
3つ目が、分解のちの再構築」
「分解して、……再構築?」
どれもあんまりよくわからないが、これが一番わからなかった。分解って、それってもはや移動じゃなくないって思うんだけど。
「簡単にちょっと実演して見せるか。まず、対象物を転移の魔法陣の上に乗せる。仮にこれを入り口としようか」
紅茶のカップを置いて立ち上がったリグは戸棚からグラスを取り出すと、テーブルの上に緑色の魔法陣を描き、その上にグラスを乗せた。
「入り口の魔法陣では、これを分解する」
魔法陣が強く光ると、グラスが粒子となって消えてしまった。
「こうすると、まず対象物はこの場所から消えてしまうわけだ。このとき、分解と一緒に物質の構成情報が別の魔法陣に送られる。情報ってのは、だいたい構成物質、形状ってところか。で、この情報を受け取った、出口の魔法陣が再構築」
パチン、と指を鳴らして、リグは戸棚を指さした。その指の先にさっき入口の魔法陣で分解されたグラスと同じ形のグラスが現れる。
おお、と思わず声を漏らすと、今のは魔力を飛ばして遠くで術を発動させただけで、実際にその転移の術を使ったわけではない、と苦笑された。なんだ、残念。便利な未来が近づいたかと思ったのに。
「今のは俺がそれぞれの場所で別の術を使ってそう見せただけだが。これが実現して、分解と情報伝達と再構築が一瞬のうちで行われると、瞬間移動ってことになる。その上で必要なのが、情報伝達だな。設計図がないことには、全く同じものを作ることができないからな。まあ、これも“かもしれない”の段階だが」
ほうほう、と感心して聴いていたけれど、だんだん疑問が出てきた。
「それって、ただ同じ形の物ができたってだけじゃないですか? 出口でできた物と、入り口で分解された物が必ずしも同じ物だとは言えないと思うんですけど」
実際リグがやったのは、分解したものと同じ形のものを作っただけだ。それその物を再構築したわけじゃない。
それに応えたのは、今まで説明を兄に任せてお菓子をつまんでいた妹のほうだった。
「まあね。でも、それがまったく同じものであれば……傷の位置とか、歪みかたとかがまったく一緒だったら、たいした問題じゃないと思わない?」
確かに、見た目がまったく一緒だったら、同じものと認識してもおかしくないかもしれない。それを移動と呼ぶかどうかすごく疑問だけど。
「でも、物質とは違って心や記憶もそうとは限らない。そこが問題。再構成された自分が、心とか精神といった面で分解される前の自分と同じであるという保証はどこにある?」
僕がさっき言った、再構成されたものが同じものとは限らないって問題。それがここにも出てくるのか。しかも、そういったものは基本的に物質ではないため、確かめるのが難しい。
自分のことを知っている誰かが同じだと判断して、それで自分が納得できれば問題ないだろうけど、果たしてそううまく納得できるだろうか。
「これはこの前話したのと逆の話だね」
前に僕が〈精霊〉の研究に協力することになったときは、肉体が精神を識別するって話だった。でも今聞いたのは、肉体を識別できても精神まで識別できないっていう話。
……あれ?
「その問題を解決する方法が、〈精霊〉ってわけ」
一瞬頭を過ぎった疑問を知ってか知らずか、そのまま話を続けたリズはダガーを召喚する。思考を逸らされたはずなのに、その閃きはどんどん形を成していった。
「〈精霊〉ダガー。彼は召喚されるとこうして現れて、送還すると消えてしまう。けど、私の魔力と火の気さえあれば、いつでもどこでも再び呼び出すことができる。全く同じ姿で、全く同じ心を持って」
「あっ」
いたよ、ここに。いくら分解されても同じ個性を持って出てくる存在が。彼らは記憶や精神なども含めて全く同じものを有して再構成されている、まさにその例だ。
僕らのように血肉のない彼らは、簡単にその姿を霧散させるけど、あり方はいつも同じ。その心を維持するのには大変な魔力を必要とするけど、できないわけじゃないんだ。
そして、〈精霊〉に対してできるなら、もしかしたら人間にも適用することができるかもしれない。そうしたらそれは、再構成された先に移動したってことにもなるんじゃないだろうか。だって再構成された器は分解される前と同じものなんだから。
「なるほど。その人はその理由を聞いてきたってわけですね?」
もちろん、それで済まない問題はいろいろある。たぶん、僕が認知しないところにもたくさんあるだろう。けど、可能性を見せられたのは確かだった。
「その通り。で、私たちはそれをいろいろ検証して、まとめてってことをしていたってわけ」
魔法陣の中に術式を抽出して、あれじゃないかこれじゃないかと推測を重ねて。でも、新しく〈精霊〉が生まれてしまった場合にどうすればいいのかわからないから実験による検証はできず。
「どうして前に召喚したお前と今召喚したお前が同一人物なんだって訊いても、そうそう答えられるものじゃないし」
とリグがダガーを見やれば、彼は頷いたあとに首を傾げた。
「だって、俺は俺だと言うしかないし、召喚されていない時のことを訊かれても、自分でもよくわかんないし」
あっさりとそうのたまうと、リグは苦笑と呆れを混ぜた顔で笑う。
「と、〈精霊〉様がこんな調子だ。全部仮定の話で確証は持てないもんだから、時間が掛かったってわけ」
因みにダガーだけでなくサーシャも似た反応だった、と付け加えた。そこでダガーがわずかにふて腐れる。大人しいサーシャを引き合いに出されると、自分が馬鹿にされている気がするらしい。そんなダガーに気付いて、リズはぽんぽんと自分の〈精霊〉の頭に手を置いた。
「ま、こっちにはこっちの都合があるってことで、ある程度材料与えて放り投げちゃったんだけどね」
興味はあるけど、別の研究課題があったためいつまでも構っていられなかったのだ。その研究課題ってのが、魔石を媒体とした〈精霊〉召喚。……ちょっと、僕が邪魔したみたいで、申し訳なくなってくる。
「で、実現ってしそうなんですか?」
ありそうでなかった転移の術。あれば授業受けるときにいちいち塔の階段を上らなくてもいいなーって思ってたのだ。なにせ多くの人が生活できる空間が作れるほどの大きな木。〈木の塔〉の大樹は背丈もある。
「うーん、とうぶん難しいんじゃない?」
やっぱり、便利な未来はまだまだ遠いらしい。
「んで、話は変わって本題なんだけど」
転移の術の話が終わって、僕らはようやく本来の用件を思い出す。2人は雑談をするために時間を作ってくれたわけじゃないのだ。
「〈精霊〉の本体を魔石にしようって話でさ、魔石についてちょっと専門家に話を聞いて来ようと思うんだ。それはリグが行くんだけど、どうせならレンも一緒にどうかと思ってね。あんた魔具技師だし、必要な知識でしょ?」
「それはもちろん」
そういえば僕、値段や特性くらいは知っているけど、魔石についてはそう詳しいわけじゃないんだよね。それよりも装具を作る技術を磨くことに集中してたから。もしかすると、他の勉強してたから、ルビィが気を使って後回しにしてくれたのかもしれない。
「かなーり専門的な話になると思うから、理解できないかもしれないけれど」
「それでも、全く聞かずにいるよりかはマシです」
わからない話でも意外に覚えているもので、理解できるだけの知識を身に着けたときに思い出したりするのだ。話を聞くことに損はない。
明日の午後ね、と言われて、些か面食らったけれども。
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魔石の話、と聞いて何処に行くんだろう、と思ったら、科学が専門の〈赤枝〉だった。〈赤枝〉の研究室は半分くらいが塔の上部に、もう半分は別棟にある。今回の目的地は前者だったので、それはもうひたすら階段を上った。こういうときこそ転移の術が欲しくなる。
たくさんのフラスコやビーカーといったガラス器具。棚に収められた試薬瓶。いかにも実験室といった感じの部屋は、魔術師の、本ばかりの部屋になれた僕には珍しい。ついじろじろと見回してしまうが、なにやら壊してしまいそうで歩き回ることはできなかった。
そんな部屋の入り口でリグが呼び出したのは、赤い髪を項で束ね、白衣を纏った女性だった。
「アリサ・イルマ。よろしく」
そう名乗って、彼女は僕らを実験室の外に出し、別の部屋に案内した。そこは僕にも見慣れた、本とテーブルの置いてある部屋だ。
アリサさんは白衣を脱ぐと、椅子の背もたれに放った。そして棚から黒い粉の入った瓶を取り出すと、カップの中に中身を入れてお湯を注ぎ、僕らに配った。……コーヒーだ。僕の周囲は紅茶党ばかりだから珍しい。
自分の分もコーヒーを用意すると、アリサさんは白衣を掛けた椅子に座ると、困ったように視線を泳がせた。
「えっと……? 魔石についての話だっけ? どこから話せばいいのか……」
「基礎的なところから。わからなければ質問しますので、話しやすいようにお願いします」
礼儀正しくリグが頼むと、途端アリサさんは顔を顰めて顔の前で手を振った。
「敬語じゃなくていい。同い年だし、レーヴィン様に下手に出られても気まずい」
様、を付けられてリグは少し不快そうに顔を歪める。割と有名な双子たちは変に持ち上げられることを嫌う。それに気付かなかったアリサさんは口元に手を当ててしばらく考え込んでから話し出した。
「魔具に使われている魔石の大半が石英だってことは知ってる?」
「もちろん」
魔石は、"そういった種類の石がある”というわけではない。魔力が宿った石のことならなんでも魔石と呼ぶのだ。それが金剛石でも、そこらに転がっている砂利の中の一粒でも。
でも、魔具にやたらとその辺の石が使われているのかと言われるとそうではなくって、一般的に魔石として流通しているのは、だいたいが石英――水晶だった。
「なんで水晶なのかは?」
「……頑丈で、比較的安価だから?」
「あと、簡単に作ることができるから。時間はかかるけど、紅玉なんかよりも比較的楽に大量に作れる。まあ、他と違って屑石が必要だけど」
へぇ、と頷いて、どうやって作るんだ、ってリグは訊いてるけど、僕はちょっとそれどころではなかった。
「人工的に作れるんですか!?」
宝石って天然の物しかないと思ってた。だから良い物は高いお値段がするんだと。真珠は貝の体内に球を入れて育てさせるっていう話は聞いたことあるんだけど、相手は石だ。生体の中で育つものじゃない。
……石を作るって、どうやって?
「ん。まあ、材料さえ揃えば」
粉体の化合物を乳鉢でよく混ぜて、高温で溶かして固めれば結晶になる物があるのだそうだ。ただ、水晶だけは製法が違う製法もあって、屑水晶を溶液中で溶かし、同じく溶液中にぶら下げた板状の水晶に析出させることでできるらしい。こちらは比較的低温でできるから楽なんだそうだ。
「やってみたい」
宝石が自分の手で作れるなんて、夢のようじゃないか。たとえそれが人工の物で、天然の物よりも価値が下がろうとも。いいなぁ、ちょっと〈赤枝〉に異動すること考えようかなぁ。〈木の塔〉に入ってからというもの、〈青枝〉の活動がなくってちょっと退屈していたのだ。まあ、それには理由があるんだけど。
「今度ね」
アリサさんがそう言うと、いつか本当にさせてもらえそうだから期待してしまう。リグが言うとただのごまかしになるんだけどね。
「続き。水晶が使われているのは、頑丈で、安価で、大量生産しやすいから。それと、色付けが簡単」
石の色というのは、構成する成分の違いで決まるらしい。例えば鋼玉と呼ばれる紅玉と蒼玉。この2つの主成分は同じなんだけど、含まれる不純物の種類によって赤色か青色か変わってくる。水晶の色付けもこれを利用していて、屑水晶を溶かす前に他の化合物も加えて色付けを行っているんだって。
「だから属性ごとの色があるわけですね……」
魔石が水晶だっていうのは知っていたが、いろんな色があるのは本当に不思議に思っていたんだ。紫色はともかく、青や緑の水晶なんて見たことがなかった。赤色も、紅水晶のようなピンク色はあるけれども、燃えるように真っ赤なのは宝飾店ではやっぱり見かけなかった。天然には存在しないのだ。
でも、それも人工的に作られたからとなれば、納得だ。
「そういうこと。そして、着色しなければいけないということは、魔法陣の属性の色と合わない色の石を使っても問題ないということ」
つまり、真っ赤な紅玉に水の魔術を込めても問題ないってこと。ただ、ややこしいので販売する側はあまりやらないけど。装身具の魔具が芸術方面に発展しなかったのにはそういう理由もある。金持ちはやはり、高価な宝石を身に着けたいものだから、水晶だけでは物足りなくなるのだ。
「その上で、ポイントがいくつか。まず、結晶形でなければならない」
「非晶質……硝子とか、琥珀や蛋白石は駄目ってことか」
結晶っていうのは原子が規則的に配列して、原子と原子を結ぶと格子状になったもののことを言うらしい。非晶質っていうのは、原子が規則的に並ばなかったもののこと。リグが言ったように、硝子が典型的な例だ。
「これはどうして?」
「魔力は結晶間に留まる。規則正しく配列していないと、漏れてしまう」
漏れて減ってしまったら、魔石としては全く役立たずだ。だから不向きということらしい。
他に言われたのは、耐熱性。これは魔術が発動するときに発生するエネルギーに耐える必要があるから。あと、火の術を使ったとき耐えられないといけないってのもある。
もう1つは劈開がないこと。劈開っていうのはある方向への割れやすさのこと。石を加工する側としては有り難いような有り難くないようなっていう性質だが、使い続けているうちにここから壊れていくんだっているから、やっぱり不向きということだ。魔石は、流された魔力の量によって壊れることがあるから、やっぱり頑丈な方がいい。
「化合物によっての違いは?」
「それもないと思う。珪酸の石英でも、アルミナの紅玉でも、出力に違いはないって論文で見た」
「溜めやすさや保持のしやすさで傾向は?」
「特筆するほどはない。全部誤差の範囲内。量は大きさに依存する」
結局のところ、アリサさんが言った条件さえクリアすれば本当になんでも使うことができるらしい。
リグは聞いたことを素早くメモに取り、それを見返すと、うーんとうなりながらペンの尻で頭を掻いた。
「思ったよりも注意点はないんだな。ちょっと拍子抜けだ」
これは僕も思った。リズに念を押されたから覚悟してきたんだけど、知識不足の僕でも結構わかる話ばかりだ。
「結晶であれば基本的になんでも魔石になる。だから魔石の研究者は少ない。私たち結晶屋は、いかに簡単に作るかを研究している人が多いかも」
なんでもってなって違いもないなら、確かに研究する面白味もないかも。研究者が少なくなるのも道理かな。
「新素材を開拓する人もいるにはいるけど……」
そこでアリサさんは遠い目をした。口元に手を当てて考え込むと、やがておずおずと話し出した。
「1つ、未知の鉱物がある。これについては入手が難しくて研究が進んでいないから、なんとも言えない」
でも、わざわざ口に出すんだから、見込みはあるってことだよね。
「それって?」
「〈凍れる森〉の、結晶」




