第12話 苛む過去(中)
遅くなりました。
一応ですが、残酷描写有りです。
翌日の行軍は静かだった。例の歌が聞こえないのだ。商隊の娘にヨランがあの歌を歌わないでくれと頼んだら、ふてくされて他の歌も歌うことをやめてしまったらしい。悪いことをした、と思いつつもほっとした。
気を使ってくれたのか、とヨランにお礼を言うと、
「いや、正直俺もあの歌聴けそうにない」
昨日解釈について話したのと、ヒューマノイドとの戦闘があったからだろう。それでも普通は他人事だが、生憎ヨランはティナと会っていて、僕との会話を通して事情も知っていたから、感じるところがあったのかもしれない。
そのまま浮かない顔をしていたヨランは急に頭を強く振った。
「……もう気にしてても仕方ないな。ヒューマノイドに会うことももうないだろうし、切り換えないと」
「そうだね……」
あんまり憂鬱していると、周囲の警戒が疎かになる。気を引き締めた。
……て言っても、馬に乗って移動しているだけだから、退屈なんだけど。見通しの良い昼間の草原じゃ緊張しようもないし。
静かだ。暖かいし、眠くなってくる。
暇。
「サリスバーグってどんなところなんだ?」
って思っていたのはヨランも同じらしい。なんとか絞り出した会話のネタって感じだが、
「え、今さら聞く?」
普通、そういうのってサリスバーグに行くと決まったときに訊くものじゃないだろうか。旅行先――旅行じゃないけど――の情報を全く仕入れずに行く人間っていない。
「う……。いいだろ、暇なんだし」
まあ確かに、このままうっかり昼寝してしまいそうになるくらい暇だ。眠るくらいだったらそんな話でも口を動かしていたほうがいい。
「ミルンデネスの南に位置する三大国の1つ。400年前に西のサリス、東のカルビンが併合してできた。3国の中では貧しく、所得格差が大きい。海に面している部分がミルンデネスの国の中で一番広いために漁業が盛ん。近年では軍事のクレール、魔術のリヴィアデールに対抗し、民芸を始め、鍛冶、科学、建築などのあらゆる方面の技術に特化している」
説明している間に、ちょっと面白そうな話を期待していたらしいヨランの肩が徐々に下がっていった。
「そういう教科書的なのじゃなくってさー」
さすがにそういうのは学校で教わったらしい。けど、他になにを教えろっていうんだ。貧しい、海がある、技術特化している、それ以外でサリスバーグを表現する言葉ってあまりない気がするんだけど。
因みに、僕がたまに使っているあの〈魔札〉。あれは実はサリスバーグで作られたものだ。
う~ん、とヨランは悩んで、代わりの質問をひねり出した。
「じゃあさ、レンはサリスバーグにいたとき、どんな生活してたんだ?」
サリスバーグにいたとき、か……。
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僕が生まれたのは、小さな漁村だ。普段は小さな貝と海草、沿岸にやってくる魚たちで食い繋ぎ、男たちがたまに沖に出て魚を釣ってそれを売る、そんな生活で成り立っていた貧しい村。襤褸屋で暮らすのは当たり前で、子供も早いうちから仕事に駆り出さないと食べていけない、他国の人たちから見れば物語のような貧しさを体現した村だった。
僕の家族は母と姉が1人。父はいなかった。女ばかりの家がそんな貧しいところで満足に暮らしていけるはずもなく、僕らは村の中でも特に貧しかった。
毎日その日の食料を調達するだけの、つまらない生活だった。母は家にこもり、姉と僕で海に行く。十分に取れなければ食事抜きということも間々あった。こんな生活は嫌だと思いつつも、学がないので脱却する術もない。不満を抱きながらも、面倒見の良かった姉のお陰でなにかと幸せな日々だったような気がする。
転機が訪れたのは、比較的最近。僕が12になる頃だ。
村に、勉強を教えようという酔狂な人間が来た。村に居ついて、週に1度学校のようなものを開いて、子供たちに勉強を教えていた。もちろん僕も姉もその1人で、特に学ぶことに熱心だった。その人も勉強熱心な子は特別可愛がって、魔術まで教えてくれた。
それまでとは違った楽しい日々だったんだけど、それは虚構で。
慈善家ぶったあの野郎の真の姿を見抜けなかったことが、僕の人生最大の失敗。
あの日。
姉さんがキース先生の助手に選ばれた次の日。僕よりも魔術の腕があった姉に嫉妬しつつも学ぶことをやめられなかった僕は、良い顔しない母親の目を盗んで学舎に向かった。次いでに姉さんがどんなお手伝いをしているのか聞くのを楽しみにして、丘の上の、村の中で一番綺麗でしっかりした建物へ飛び込んでいった。
「こんにちは!」
講義のない日だったから、子どもは誰もいなかった。だから中が寂しいのはいつものことだけど、先生までいないのは珍しかった。
「お姉ちゃん、先生ー?」
返事がないのを良いことに、僕は奥へと入り込んだ。入ってはいけないと言いつけられたところまで、構わず入っていった。
他の部屋とは違う、冷たい灰色の部屋の中。檻の中に入った、1つの人影。
はじめて見たときは、姉にそっくりな人形かなにかかと思った。人の身体。背には白く大きな4枚の羽根。頭は人間のものだったが牛の角が付けられ、足は猛禽類、尻には獅子の尾。おおよそ人間と呼べないそれの髪や目は、僕とは違う赤と茶色で、やっぱり姉のもの。
「…………レン?」
声が聞こえて、やっとそれが本当に姉なのだと認識した。
「お姉……ちゃん?」
あまりのことに状況が理解できないのも当然のことで。
「なに、なんなの、その格好!」
口にすれば、姉はこれ以上ないほどに顔を歪めた。
「わかんないっ! いつの間にか眠くなって、そのあと起きたんだけど、頭ぼんやりして、なんかあちこちすごく痛くて、終わったと思ったらこんなところにいて……っ! ねえ、これなんなの!? この足、私のじゃないよね。尻尾とか羽根とか生えてないよね!?」
このとき姉にとってもっとも不幸だったのは、自我がはっきり残ってたことだった。普通合成獣は自我を奪われる、あるいは喪失するものらしいが、どうしてか姉は姉のままだった。
だから、化け物になったのを自覚して、絶望した。
「いやだ、いやだよ。こんな姿で、家に帰れない。村で生活なんてできない!」
このとき僕は取り乱す姉を見ていることしかできなかった。姉の言葉を否定することができず、かといって叶いっこない気休めの言葉を吐くこともできなかった。
だから、数年後に魔族の集落のことを知ったときは、本当に絶望した。まさかその化け物の姿でも生きていける希望があっただなんて。
でも、それは今だから言える話。
「……死にたい」
さんざん暴れて、ようやく落ち着いた姉が絞り出した言葉はある意味当然のものだったけれど、聞いていた僕は崖から突き落とされた気分だった。それしか選択肢がないということも。
「レン、お願い……殺して」
「できないよ!」
それしかないとわかるほど聡くても、僕はまだ子どもで。人殺しなんてとても怖くてできるはずもなく、姉となればなおさらで、ひたすらそれを拒否した。
「ごめん、わかってる。酷いこと頼んでるってわかってる。でも、無理なの。それしかないの! 自分で死ぬのは怖い。だから殺して!!」
さんざん抵抗したと思うが、結局僕はお願いを聞き入れた。何故かあった、城とか貴族の家にありそうな鎧飾り。それが持っていた鉾槍を手にして、姉の心臓を貫いた。
それからどうしたのか、よく覚えていない。気付いたら家に帰っていて、母に非難されていた。たぶん、姉を殺した息子に、いつか自分も殺される、とでも思ったんだろう。その日のうちに僕は母に家から叩き出された。
聞いたところによると、白い羽根を付けた人型の魔物を〈セラフィム〉と呼ぶらしい。そう、あの『愛しき白の翼の娘』は、その〈セラフィム〉第1号だ。
あの外道魔術師は、その〈セラフィム〉に憧れて、数々の実験を繰り返した。はじめはシャナイゼでやっていたのだが、悪事がバレて逃げ出し、逃亡先のサリスバーグで姉という素体を見つけて、材料にした。
合成獣づくりには時間が掛かる。学校を開いたときから奴は僕の村で実験することを目論んでいたんだろう。そして、慈善家のふりをして子どもに勉強を教え、じっくりと品定めをしていたわけだ。僕は気付かなかったけれど、姉さんに目を付けてからは、たぶん拒絶反応とかそういうのも調べたんだろう。そして、他の素体を集めて、ばらして、姉さんの身体にくっつけた。
本当だったら姉は自我を喪うはずで。それどころか、3日は目覚めないはずで。そうならなかったのが1番の不幸。姉も僕も事実を受け入れられなくて、歌にあるような美しい結末を迎えられなかった。
それが僕の、故郷の思い出。
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……あれ?
今僕、余計なこと言った?
サリスバーグでの生活を思い出しているうちに、ついつい連鎖的に思い出して……喋ってしまったみたいだ。だってほら、話を聞いてたヨランが、僕のことを同情的な目で見ている。
暗い話をするつもりはなかったんだけどなぁ。しまったなぁ。
「なるほど、お前が魔物にあんなに過剰に反応するわけだよ」
うんうん、と馬上なのに腕を組んでヨランは頷いている。随分重く受け止められてしまったらしい。あんまり同情されるのは嬉しくないんだけどなぁ。
でも、その感想は正解で、僕の魔物嫌いは姉さんが合成獣になってしまったことに起因する。合成獣なんてものがあることが許せなくなって、次第に憎悪に変わっていった。魔物が合成獣の子孫だと知ったら魔物にまで、魔族のことを知ったら魔族にまでその憎悪が移行した。
「ティナも、姉さんのことを思い出すから嫌だったわけだな」
「そんなところ。……ティナについては吹っ切れたつもりだけど」
ティナを姉さんの代わりにはしたくない、と思っているけど、絶対に違うかって訊かれると断言できる自信がない。深層意識ではやっぱりこだわってるんじゃないかとも思ってる。だってほら、ちょっと昔のこと思い出しただけで喋っちゃうんだし。相手がヨランだからっていうのもあるけど。
「ハルベルトにこだわってんのも、そういうわけか」
「うん、そう。なんか執着しちゃって」
姉を殺した武器だから捨ててしまいたいと思ったことも何回もあったけど、だからこそ捨てられないって気持ちもあった。そうしているうちに扱いなれちゃって、余計に手離せなくなった。
……こうしてみるとトラウマってなかなか凄い。僕の人間性の半分くらいがこれで出来上がってる気がする。思い出して辛くはなっても、精神に異常をきたすほどじゃないのになぁ。
「因みに、その魔術師ってどうなった?」
「ちゃんと殺したよ、2年前にたまたま遇って」
あれは本当に幸運だった。復讐のために生きてたわけじゃないけれど、生かしておいたことは本当に心残りだったから。このときばかりは運命ってやつに感謝した。
「殺……っ」
絶句するヨラン。その様子に僕は笑う。
「いいでしょ? 〈塔〉でも生死問わずで指名手配されてたんだし」
奴は〈木の塔〉に所属していてシャナイゼでも人体実験をしていたから、こちらでもれっきとした犯罪者だ。もちろん〈木の塔〉は見過ごすことなく捕まえようとしたんだけど逃げられてしまって、以後リヴィアデールの西に点在する支部も巻き込んで全国的に指名手配していたらしい。懸賞金は高額で、最初の1年は躍起になって探した人が多かったんだけど、まさかのサリスバーグに居たため、見つからずに放置されるようになってしまっていたのだという。ま、僕はそれは知らずに復讐心で殺したんだけど。
懸賞金? もちろん貰いましたとも。新しい生活を始めるにあたって資金ができたことには、感謝してやらなくもない。
ふと、視界になにかが入る。敵かもしれないのでじぃっと見つめると、やっぱりそれは動くものだった。目を向けたまま、ヨランに告げる。
「10時……いや、11時の方向、鳥型魔物がいる。ダチョウみたいなやつ。たぶん襲ってはこないと思うけど」
僕の視力は、魔物の早期発見に大きく貢献している。だから僕は隊列の前のほうに配置され、魔物を見つけ次第すぐに報告する役割を押し付けられていた。と言っても、1人だけでは大変なので、僕は左翼担当。右翼は、草原育ちの13小隊のお兄さんが見張っている。
「一応後ろに声掛けとくか?」
「そうだね。お願い」
答えるとヨランは馬の速度を落とした。伝令はヨランに任せて、僕は魔物に動きがないかを観察する。そのダチョウは虫でも探しているのか、嘴でのんびりと地面を掘っていた。
このまま襲ってこなきゃいいんだけど。
僕の良い視力で魔物との衝突を回避できたこともあって、道行は順調だった。予定通り、4日目の夕方前には沙漠に差し掛かったのである。これから礫砂の海を越えて向こう岸に辿り着いたら野営となるだろう。
シャナイゼの縁にやってきたこともあって、一部の護衛たちの気は緩みつつあった。沙漠の向こうは魔物の少ない土地。これまで以上に気を張らなくていいのだと思っている。
「こらぁお前ら。終わるまで気を抜くんじゃない」
ニール隊長が叱咤するが、そんな緩んだ注意で気が引き締まるはずもない。
僕は僕で、故郷が近づいてきたこともあってなんだか落ち着かなかった。不謹慎とわかっているが、魔物が来ないかと思っているくらいだった。
暴れたい。
生まれた村は遠いくせに、故国が近づいたくらいでこんな落ち着きがなくなるのはなんでだろう。そんなことあるわけないのに、あの国の空気を吸った瞬間に忘れてたことも思い出しそうな気がしてしまう。物心ついてからの思い出は嫌なことばかりだ。嫌なことだから強烈に頭の中に焼き付いているのかもしれないけど。
「着いたらさぁ、土産物探しに行こうぜ。リオとかミンスとかが喜びそうなやつ」
あまりに突然の話題に、思わず呆けた。口を開けてしまったから、中が少し乾く。はじめて他国に行くから浮かれてるのかな。他の人の例に漏れず、顔緩んでるし。
それにしてもお土産、ねぇ。国境近くの町だから、いろんなものが置いてあるとは思うけど。
「ティナにはないんだ?」
「それはお前が探せよ、お兄ちゃん」
確かに。1回会ったきりだから、ヨランがティナに土産を買う義理はない。
うん、でも買い物しに行くとなれば、気分が変わってきた。なにせサリスバーグだ。国の端っこの街でも面白いものはあるに違いない。新しい技術で作った装飾品とか、使えそうな道具とか、なんかないだろうか。
……こんな簡単なことで気を逸らされるあたり、僕も簡単だと思う。そして意外にヨランって侮れない。狙ってやったんだろうか。
なにはともあれ、沙漠越えだ。
今さらながらにシェタ沙漠の説明をしよう。この沙漠は大部分が礫沙漠――ようは砂よりも石小石が多い沙漠だ。リヴィアデールの国土の東からだいたい3分の1くらいのところを南北に伸びている。その東がシャナイゼ。幅は場所によってさまざまだけど、リヴィアデールの西から東へ向かうなら、だいたい沙漠越えに1日は要する。南に下りてサリスバーグに向かうなら、2~3時間で済む。
でも、たった数時間の行軍とはいえ、時間帯と持ち物に気を付けなければ脱水症状を起こす。沙漠の気温は太陽が高いと気温は50℃近くまで上昇するので、真昼の行軍は無謀だ。かといって夜は夜で氷点下。しかも今日は月の出が遅いし細いから、やっぱり夜も無理。ということで、沙漠越えには夕方を狙った。
だいぶ日が傾いてきたとはいえ、日中陽に焙られた石ころがまだ熱気を発していて、下からの暑さにうんざりした。これでもまだマシだっていうんだから、本当に嫌になる。それでも馬に乗って地面から離れているからまだマシだ。本当だったらラクダって生き物を使うところ、短い距離だからって強行軍させられているんだから、本当にこの子には感謝しないと。
日が沈む方向から風が吹く。熱気を含んでいても、空気が動けば少し楽。
暑さと溜まった疲れに周囲は黙り込んだまま、行軍を進めた。目印もなにもない広大な大地の中を行く。時折、仲間の進路支持の声が聞こえる。
そうしておよそ、2時間半。陽が沈み、空が薄暗くなった頃に沙漠を抜けた。そこからまだ少し行って、完全に暗くなる前に野営地を決めた。
「あと1日の辛抱だ。そしたら、硬いベッドと風呂が待ってるからな」
くたくたで指揮が落ち込んだところに投げかけられた、第12小隊隊長の言葉。これが全員――特に女性陣――の残り1日の活力になったのは言うまでもない。みんな汗だくで砂まみれの身体をどうにかしたかったし、敷物を引いた地面の上でなく温かく布団の中で眠りたい。そんなささやかな希望が目の前にあると知って元気を取り戻した、といったところかな。
単純というなかれ。そんなささやかな幸福は、人生の大部分を占めるんだよ。
……にしても、ベッドはふかふかじゃないのか。大きいとはいえ、国境の田舎町だから、仕方ないか。




