第12話 苛む過去(前)
――差し伸べられた細い手は
心を寄せた娘の手
抱き寄せたその背中には
白鳥の如き大きな翼――
草原の中を走る、土を踏み固めただけの街道。がたがたと揺れる馬車の車輪の音の間から、朗々とした歌が聞こえる。姿は見えないが、声からして僕と同じくらいの年頃の女の子のもの。アナイスやヒルダではない。商隊の娘だろう。
「綺麗な声だな」
ヨランが呟く。それには溜め息ともつかないようないい加減な返事を返してしまった。わざとじゃない。一応ちゃんと返そうとしたが、声が出なかった。
綺麗な声だってのには賛成。歌だってうまい。でも、そんなことどうだっていいくらいに僕は気が立っている。
僕の苛立ちを感じ取ったのか、乗っていた馬の動作がぎこちない。首筋を宥めてやると、少し落ち着いた。
そんな一連の動作の所為で、僕はヨランをすっかり無視してしまったことになったらしい。
「なんだよ、つれないな」
不機嫌そうな声が隣から聞こえる。適当に謝ろうとして、相手がヨランだったから考え直した。別に変な意味じゃない。体裁を取り繕う必要性がないっていうだけだ。
「僕、この歌、大っ嫌いなんだよ」
そうやって、吐き捨てた。
『愛しき白の翼の娘』という歌がある。200年昔のある王子と市井の娘の恋を唄った、シャナイゼではそれなりに有名な歌物語だ。
城に咲く珍しい花見たさに城の庭に忍び込んだ幼い娘が、たまたま居合わせた王子に遭遇してしまったところから物語は始まる。その出会い方から、はじめは喧嘩しあった2人だが、時が流れるに連れ、想いを寄せ合うようになる。
しかし、少年だった王子が青年になった頃、戦争が勃発。王子は戦場に行き、2人は引き裂かれる。
娘は約束を胸に故郷で恋人の帰りを待ち、王子は責務を果たすために戦地で剣を振るう。その努力虚しく王子は戦場で死に直面するのだが、そこを背に白い翼を生やした娘が救い、めでたく2人は再会する――という話。
歌詞を辿ればわかるが、この歌物語、話が急展開で結末が曖昧だ。だから、そういった学問の世界で結構持て囃されているのだが。
「最近の……」
「うん?」
「最近発表されたこの歌の新しい解釈って知ってる?」
「……いや」
ヨランは首を振る。
最近出てきたこの歌の解釈。実はウィルドが説いたものなんだけど、白い翼の生えた娘は合成獣の実験の被害者だという。
王子の恋人は、合成獣にされてしまったのだ。
「ヨランは、もし家族でも恋人でも、大事な人が合成獣にされたらどうする?」
何を思い出したのか、ヨランの顔が歪む。
「……考えたくないな」
「あの歌の王子は、恋人と共に生きようとしたんだ」
歌の結末から結局それは叶わなかったけど、そう思っただけ、行動しようとしただけすごいと思う。
僕とは違う。
「僕は殺した」
高潔な王子に比べ、自分ははるかに劣っているような気がして――実際そうなんだろうけど、とにかく自分の薄汚さを突き付けられているような気がして、嫌気が差すのだ。
ああ、雲のない広い空が疎ましい。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
少し時間を遡る。何故、僕らが今平原のど真ん中に居るのか。それは単純な話、小隊の仕事だったりする。
「キャラバンの護衛?」
「そうだ。第11小隊から13小隊の3隊で、およそ30人の護衛を行う。行き先はサリスバーグ最東方の町ティエナだ」
キャラバン――つまり商人の一団だ。西側を南北に走るシェタ沙漠の所為で、シャナイゼは他地域からほとんど隔離状態にある。作物は育てられるので生活には困らないが、どうしても足りない物はある。そんなシャナイゼでは、他国からくる商隊は貴重で有り難い存在なのだ。
でも、隔魔物が跋扈している所為で安全とは言い難いシャナイゼ。旅慣れているだけの一団が無事草原を越えられるはずもなく。そのため護衛が必要とされているのだ。〈木の塔〉はその護衛を進んで引き受けている。旅人の護衛っていうのは治安活動の延長線上であるんだけれど、さらに彼らはシャナイゼの経済活動を補助してくれる存在だ。とても蔑ろにできるはずがなく、格安で護衛を引き受けているのです。
そして、その護衛を引き受けるのも小隊のお仕事。今回は僕らにお鉢が回ってきた。
「ってことは沙漠越えか……」
地図に書かれた行軍ルートを見ていたヨランがげんなりした様子で肩をすくめた。以前〈黒枝〉で沙漠での訓練があったらしく、そこでの過酷な環境にかなりしんどい思いをしたとか。
嘆くヨランに、アナイスが呆れた表情を見せた。
「半日も掛からないじゃない。沙漠自体は」
沙漠は旅の最後にほんの少しかする程度のものだ。シャナイゼ地方を主に描いた縮尺が小さめの地図でも女性の指一本分の幅しかない、本当にちょっとした距離である。確かにこれなら、長くて半日しか掛からない。
因みに僕の沙漠越えの経験は3回。暑さには弱いので、日中は結構辛かった覚えがある。
「片道1週間ってところかな」
シャナイゼ地方は、南北に長い。だから横断よりも縦断のほうが日数が掛かってしまう。それでも地域の真ん中より少し北側にあるシャナイゼの街から、南下して沙漠を越えた先のサリスバーグの国境までは人間の足で5日程度の距離なのだが、大荷物つきの集団行動、素人の体力、魔物の襲撃、いろいろ考慮すると1週間はみないと、ってことらしい。
「結構長期ですね」
2、3週間は街を離れることになるらしい。護衛任務となるとよくある話だけど、随分と長いな。その間魔具が弄れないとなると、ちょっと嫌だったりする。
うん、やっぱ、義務の期間が終わったら小隊抜けるか。隊長には悪いけど。
なんてこと考えながら地図を見ていて、気が付いたことがある。
「あの、行き先がティエナって、僕らもそこに行くんですよね? 国境でお別れとかじゃなくて」
はじめ聞いたときはあくまで商隊の目的地とだけ思っていて、国境でサリスバーグの傭兵団に引き渡すのかなーって考えていたけど、よくよく考えると普通そんな中途半端なことはしない。待ち合わせなんて非効率だし、引き渡した相手が本当に契約相手かっていう問題もある。
つまりそれって、僕らもサリスバーグに入国するってことで……。
「ああ。だから身分証明がいるぞ。今から配る」
うわあ。たぶんそうだと思ったけど、うわあ。
顔を引き攣らせた僕を、小隊のみんなが不審そうに見る。
「そういえばお前、サリスバーグ出身だったな」
そう、その通り。僕はあの国の出身なのである。つまりまあ、この仕事で僕は故国に帰れるわけだが、実はあまり嬉しくない。
「故郷近いの?」
そんな僕の心境を知ってか知らずか。実際は、なんとなく気づいているが、わからないってところかな。僕の事情を話していないから、これは仕方がない。
「いえ……」
僕の生まれた村はサリスバーグの南西部だ。目的地はサリスバーグの東端。気軽に行ける距離じゃない。行けても帰る気ないけど。
それから身分証明書を配布され、小隊の4人はなにやら話してた。僕はなんだか気鬱がやってきて、とても話が耳に入らなかった。咎められなかったことから考えると、さほど重要な話じゃなかったらしい。
そして3日後、旅立ちの時が来た。
僕の憂鬱は晴れなかった。
ここ最近気分が重い。どうも昔を思い出すようなことばかりあるような気がする。
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目の前には満天の星空。そろそろ雨季になってもおかしくないはずなのに、それを感じさせない雲一つない空だ。それをぼうっと見上げているのは、別に僕の趣味だからって訳じゃない。天体観測は嫌いじゃないけど、グラムやリオたちみたいに嵌まるほどではなかった。
本当は今、仮眠を取らなきゃいけないのだ。昼間の行軍の休息、それからいずれ回ってくる見張りのために体力と集中力を回復させておかなきゃいけない。1日中移動していたし、商隊が馬車を引き連れているのに合わせて普段は乗らない馬に乗った。いつも以上に体力を使っているはずなんだけど、寝付けなくって困った。
目を閉じて横になるだけでも違う、とよく言うけど、今日に限って何故かそれでもがりがり体力が削られていく。静寂と暗闇が落ち着かない。
それでも頑張って寝ようと粘って……結局無理だった。じっとしているのが駄目なら、むしろ動こうと起き上がる。武器を持って、そのあたりを歩き回ることに決めた。
ヨランは寝てる。羨ましいような、恨めしいような。
草原の中に建てられた野営地。さすがというべきか、商隊はテントを持っていて、今は大きなものが3つ建てられている。1つは商隊の男たち、1つは〈木の塔〉の男たち。男に比べて数の少ない女の人は商隊、〈塔〉にかかわらず共用。三角形に並べられたテントの間に篝火が焚かれていて、見張りはその周辺に1人ずつ待機し、2人が野営地の周りを巡回している。これが2時間毎に3交代。今はその1回目。
夜はまだ長い。
ふらふらと野営地の周りを歩いていると、声を掛けられた。
「よう、どうした。交代はまだだぜ?」
今の巡回当番はニース隊長らしい。ついてた。こういうとき知っている人のほうが気が楽だ。
「寝付けなくて」
「まあ、外で寝るのに慣れてなきゃ、そうだよな」
「違いますよ」
野宿は昔よくしていたから、慣れてるほうだ。最近はベッドでぬくぬく寝てるけど。
「寝れねぇんだったら、手合わせするか? 身体動かしゃ気分も少しは晴れるだろ」
気が晴れる……ね。この人はどこまでわかって言っているんだろう? どうせグラムから色々聞いてるんだろうけど、さすがに全部話したとは思えない。
「見張りはいいんですか?」
「これだけ広けりゃそうそう見落とさ……」
ねぇよ、と言おうとしたんだろうけど、草原を見渡していたところで、一点を見つめて止まってしまった。さっと屈みこんで剣に手を掛けた。なにか見つけたのか。僕も身を低くして見てみる。
少し遠く。400 mくらい離れているだろうか。そこに蠢く影の一団がある。魔物か。背負っていた槍に手を伸ばした。まだ抜かずに、じっと観察する。数は……5体かな? シルエットが不確かでよくわからないけど、結構大きい。僕らと同じくらいか、ちょっと小さめ。獣だったらそれはもう大きいけど……。
背筋が凍る。気の所為かな。2足歩行に見えるんだけど。
まさか、と思いながら目を凝らす。凝らせば凝らすほど、ますます2足歩行であることに確信が持ててきた。それどころか、どんな魔物かまでわかってしまった。
「……〈ゴブリン〉だ」
〈ゴブリン〉。大きな耳と大きな目、大きな鼻を持ち、獰猛な表情をした人型の魔物――つまりヒューマノイドだ。大きさは成人女性より小さく、子どもよりは大きい。襤褸だけど、人間らしく服を着て(鎧とかもたまに着けてる)、平原、森、山、過ごしやすいところならどこでも住み、器用に道具を使いこなして獲物を狩る。見つけた獲物はとにかく集団で襲い掛かって蹂躙する、野山の蛮族ともいわれている、それは凶暴な魔物だ。
ヒューマノイドは、人間が材料の合成獣のなれの果て。人間への憎悪に塗れていて、つまり人間の天敵である。
立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。
「まだ動くな」
低い声で叱咤する。ヒューマノイドとの接触は避けるのが基本だ。戦いなんて挑まず、ひっそり隠れてやり過ごそうっていうんだろうけど、もう遅い。
「もう気付かれてますよ。こっちに向かってます」
「確かか?」
頷く。それはもう嬉しそうにこっちに向かって歩いていた。あれは獲物を追い詰めて歓喜した狩人の目だ。こちらを襲う気満々だ。
戦いは避けられない。
「僕が引き付けます。隊長は他の人を起こしてください」
なんて言ったらますます強く握られた。
「馬鹿言え! 相手はヒューマノイドだぞ!」
「だからですよ!」
あちらは5人。こちらは戦える人間だけで15人。数の上では勝ってるけど、ヒューマノイドが相手で、護衛対象が居て、その上戦いの匂いを嗅ぎつけた他の魔物も警戒しなければいけないとなると、決して十分な戦力じゃない。野営地に接近されたらとんでもない。少しでも離れて戦うべきだ。
頼みましたよ、と念を押して振り払う。隊長も馬鹿じゃないから、ちゃんと他の人を起こしてくれるはずだ。
ハルベルトを抜いて走り出す。途中魔術を打ち込んで、こちらへと注意を向けた。奇襲がばれたことを悔しがっていたが、切り替えが早く、とりあえず1人で飛び込んできた馬鹿な人間をリンチすることにしたようだ。
上等だ。やってやるよ。
幸いというかなんというか、僕は人間相手の戦いは得意だ。そりゃあ、グラムやニース隊長みたいに本当に凄い人には敵わないが、ある程度ならいける。人間型だってそれは同じ。人間の形を取っている限り、動きに大差ないのだ。余計なパーツが付いてたら、そのときに警戒すればいい。それに、最近いまいち活躍していなかったハルベルトも今日は大活躍だ。穂先で貫き、長い柄で足元を払い、斧頭で革鎧を破り、爪で引っ掛けて放り投げる。リーチが長いから複数巻き込むことができるし、うまく扱えば防御も早い。
そんなわけでなんとか戦ってはいるが、さすがに5対1で猛攻を防ぐのはしんどかった。攻撃はわかりやすいから見切るのは楽なんだけど、群れの癖に集団行動をまるっと無視。味方に武器が掠ろうともお構いなし。四方八方いっぺんに襲い掛かられれば、360°警戒しなきゃいけないから、神経が削られる。
――しんどかろうがなんだろうが、全員まとめて駆逐してやる。
なんて思っていると、野営地のほうから矢が飛んできた。〈ゴブリン〉の1匹に突き刺さると、遅れて発火した。アナイスだ。彼女の要望を聞いて作ったルビィの試作品を使ったらしい。
「レン、ヨランと組んで1体ずつだ!」
鋭い隊長の声に、駆けてくるヨランが見えた。それだけじゃない。他の隊の人たちも駆けつけて、僕から魔物を引き剥がしていった。1体につき2人以上の戦士が相手になる。人数が増えてしまえば、いくらヒューマノイドとはいえ中型魔物くらい負傷者なしで捌ける。僕ら以外はプロの人たちばかりなので、片付くのは早かった。
死屍累々と転がっている〈ゴブリン〉の群れ。人の都合で作られ、憎悪に突き動かされた挙句、斬り捨てられ野に放置されている姿は、なんて惨めなことだろう。
――ティナも、
「……なんか、さ」
剣を下ろしたまま、ぽつりとヨランは零した。思考が中断される。
「少し、ティナのことを思い出した……」
視線の先には、ヒューマノイドの死体。たぶん今、彼らがどんなふうに作られたのか考えているんだろう。そして、どうしても思い出すのは、一番身近な存在。頭を過ぎらないわけがない。
「気持ちはわかるけど、魔族とヒューマノイドの違いをいちいち考えてたら死ぬよ」
考えに同調しつつ、あえて冷たく突き放す。ヒューマノイドは憎しみに突き動かされた存在。奴らに交渉の余地はなく、生き残るためには殺さなきゃいけない。姿は似ているし起源は同じだからつい混同してしまうのはわかるけど、そんなことしている間にやられてしまうから、敵意を向けられたらそんなこと考えないのが一番だ。
どうせ、すべては救えないんだから。
歌についてはこちらでお話を書いていたりします
『愛しき白の翼の娘』http://ncode.syosetu.com/n0473bx/




