第12話 苛む過去(後)
入り口で身分証を見せ、町の中に入る。国の間が陸続きで簡単に、他国に入国できるミルンデネスだが、来訪者は町で自らを証明するものを見せる決まりだった。
国境で、ではなく町なのは、果てしなく続く国境線を監視するのが無理だから。柵を作ったりするなんて方法もあるが、それは結局越えられるし、壊れるし、財の無駄だし、下手すれば国境線をめぐって戦争なんてことになるのでしない。
身分証を貰う方法はいろいろあるが、組織に所属するっていうのが1つの方法。組織に居れば身元は保証されるので、他所者に被りがちなトラブルを防ぐことができるし、なにか問題があったときに国が組織に問い合せすることができる。組織側にしてみれば、人員の把握はもちろん、いわゆる“語り”なんかを防ぐこともできる。まあ、偽造がないこともないけれど、ある程度対処はできるので、そう問題ではないんじゃないかな。
身分証を見せたあと、宿に向かった。僕たちが泊まるのは、一部屋に大人数が収用される安価な宿だ。ベッドは確かに硬かったが、疲れた身体にはなんとも魅力的だった。身体中汗と砂だらけだったから、風呂に入りたかったんだけど、真っ先に女性陣に占領されたため、しばらくそのまま待つしかなかった。
諦めて寝てしまった者は多かったのだけど、僕はとにかくさっぱりしたかったので、頑張って眠気をこらえて風呂が空くのを待っていた。その結果、風呂の中で少し寝てしまったりした。
仮眠を取って、夕方に目覚める。疲れは大体取れた。寝起きで頭がちょっとボーっとするけど、身体は軽い。
掛かっていた布団を押しのけ、裸足のままベッドから降りた。
「起きたか」
立ち上がって正面、つまり僕の隣のベッドで、シャツ1枚姿のニール隊長が気怠そうに雑誌を読んでいた。宿の広間にあったやつを持ってきたのか。
「おはようございます」
「もう夕方だぞ?」
と言われても、他に起きたときの挨拶を知らないんだけど。
僕らの会話で覚醒したのかヨランも起きたみたいだ。けど、目蓋が半分閉じたままで、頭もぼさぼさで服も乱れまくっていた。女の子が居たら絶対枕を投げられている、だらしない姿だ。
とりあえず、あいつは無視。
「帰りだが、またキャラバンを護衛することになってる。そのキャラバンは明日の夕方ごろに到着するらしい」
連絡事項、らしいが、ニース隊長は雑誌に目を向けたままだ。やる気あるのかなって思うが、やることはやってるので言うのも憚られる。
しかし護衛か。またか。人に気を使うの疲れるんだけどな。仕事だからお金入るだけいいけど。
「ってことは出発は明後日? それまで暇ですか」
「そうだ。だから明日までは遊んでていいぞー。あ、でも町にはいろよ? なにかあるかもしれんから」
ということで、ヨランと町中に遊びに行くことにした。
半分寝てるヨランをせっついて身支度させ、僕自身も外に出られる格好にする。今の時期は夜でも暑いので、気に入っている真っ黒な上着(これだから沙漠越えがきついんだって言われた)は羽織らずに置いていくことにした。
外に出れば、さすがにヨランも目覚めたらしい。さっきのみっともない姿はすっかり鳴りを潜めて、すっきりとした表情で立っている。
「で、どうしようか?」
「とりあえず、腹減った」
確かに、お腹すいた。
ティエナの町は、沙漠から西、半日足らずの距離に位置する。周囲はぽつぽつと色の悪い草が生えていて、まだまだ荒れ地と言ってもいいような場所だ。その中に立つ町は、黄褐色のそっけない、砂と砂利を混ぜて作った壁の建物でできている。が、人の行き来は多いだけに、その規模は大きくにぎやかだ。今は夕方で少し落ち着いてきたみたいだけど、着いたときには商人たちの集客の声で騒がしいくらいだった。
黄土色の町中を歩き回ると、砂が入る所為か、布で頭を撒いた人と多くすれ違う。サリスバーグ出身の僕でも、異国に来たんじゃないかと思ってしまうような異色な町だった。
少し落ち着いてもなお騒がしい町の中を縫うように歩いて、それなりに大きな食堂を見つけた。人気の大衆食堂って感じの店だ。少し早い時間だから人もまばらで、すんなり席に案内された。
「おすすめは?」
ヨランがシャナイゼで食べられなくてサリスバーグで美味しいもの、を聞いてくる。農産物ばっかのシャナイゼと食の趣が違うから、なに選んでいいかわからないんだろう。
「海のものがいいよ。ここもそう遠くないし、新鮮なものがあるはずだよ」
確かここから南に馬で数時間のところに、漁村があったはずだ。きっとそこから海産物を持ってきているに違いない、とメニューのページを次々に捲る。
「……あ、ほらやっぱりお刺身がある」
「刺身?」
知らないのか。シャナイゼは海ないし、海魚を新鮮なまま運搬するのも難しいし、刺身なんてものがないのか。
とにかく懐かしいので、注文。他に貝のパエリアと海老のピラフを頼む。しばらく待つと、みずみずしい赤身と透き通った白身のお刺身が皿にのってやってきた。
「って生魚かよ! 食って平気なのか?」
「海魚は川魚よりは平気だよ。冷蔵運搬しているから、まだ新鮮らしいし」
サリスバーグで冷蔵運搬ができるようになったのは、確か5年前だ。薄い金属の板で荷台を作り、その中に冷気を発する魔石を入れて低温を保たせているらしい。そうして断熱性のある箱に氷と一緒に魚を入れれば、馬で海から2~3時間くらい離れた場所でも新鮮な魚を届けられるようになったのだとのこと。荷台は少ない魔石で済むよう、様々な工夫がされているとか。
そんな風に運ばれてきた魚は、こちらでもうまいこと保存してあるはずだから、1日くらい生で食べても問題ないはずだ。
それでも、ヨランは生魚に抵抗があるらしい。
「食べたくないなら、僕1人で食べるからいいよ」
久しぶりの生魚。シャナイゼでは食べられないんだから、ここで食べない手はない。独占できるなら、それも上々。
「……ちょっとわけてください」
というので一切れわけてやる。口にしたヨランは、生臭いとか言ってそれ以降手を付けなかった。そんなに生臭いかなぁ。さりげなく鼻を近づけて嗅いでみたけど、特に感じない。シャナイゼでは魚が出ることは少ないから食べなれてないんだろうけど、そのぶん敏感なのだろうか。
でも温かい料理は気に入ったらしく、美味しそうに食事を掻き込んでいた。食の嗜好がある程度合うのは好ましい。
久しぶりの海鮮料理を堪能していると、いろいろ杞憂だったかなぁ、なんて思い始めてくる。こんなに穏やかじゃあ、なにか起こるはずもない。
……なんて思っていた僕が馬鹿だった。
「誰かと思ったら、赤眼じゃん」
その呼び名は、結構僕を不快にする。珍しい色だから僕のことを知らない奴が僕を識別するためにいうのは構わない。しかし、僕の名前を知ってる癖にあえてそう呼ぶ奴らがいる。いつかのナンパ男とは違う。今回はそういう奴らだ。
聞き覚えのある声だった。明確には覚えてないが、なんとなく心がざわつくくらいには知っている声。
「奇遇だな、こんなところで」
日焼けした褐色の肌。筋骨隆々とした、がたいの良い身体。濃い金髪は短めに、顎には同じ色の無精髭。けれど暑苦しさばかりでない、いろんな意味で感嘆の声が漏れてしまいそうなほどに鍛えられた中年男。
残念ながら、知り合いだ。
「嫌な奇遇もあったもんです」
せっかく知り合いもいなくて快適だと思ってたのに。悉く水差しに来やがったこいつ。しかも馴れ馴れしく席に着きやがったし。
ご飯がまずくなるから、あっち行け。
「で、誰でしたっけ?」
ポカンとした奴の顔は見ものだった。ある程度関わっていただけに、名前を覚えてもらえてなくてショックだったんだろう。ちょっと顔を顰めて、それでもぶち切れたりすることなく、名乗った。
「レナードだ」
聞いて、しっくりと僕の中でこの男の存在が落ち着く。顔と名前が一致するってこういうことか。ムカつく存在なのでどうでもいいと思ってたけど、そんな奴でも自分の中でそれなりに存在を安定させたいものらしい。
「ああ、そうでした。で、なんでここに?」
「シャナイゼの遺跡をあたってみようかってな。サリスバーグのほうは最近不作気味なんだよ」
この男は発掘屋、盗掘屋、宝探し屋……まあ、そんな風に呼ばれる種類の人間だ。遺跡の中に潜り込み、価値の在りそうな物を見つけては持ち帰り、売りさばく仕事。かつての僕も同じことをしていて、その縁で顔見知りなのだ。
嫌なことだ。でも今、それ以上に困ったことがある。
「シャナイゼの遺跡は全部〈木の塔〉の管理下ですよ。荒らすならパクりますが」
こいつらにシャナイゼの遺跡が荒らされるのは問題だ。僕もまだ潜ってないのに、不法侵入者に荒らされては困る。僕が言うことではないけれど、こういう奴らは金銭的価値のあるもの以外には興味を抱かないから、遠慮なく遺跡を破壊することがあるのだ。
そんなことをされて、うちの〈青枝〉の連中が怒ったらどうなるか。野外調査の多い〈青枝〉の人間には実力者が多いのである。
大捕り物ってのも面白そうだけど、物が壊れるのはやっぱり困るなぁ。
さすがに不穏な言葉が聞こえてきたからか、レナードは少し狼狽した。
「同業だろ? 仲間売るような真似はするなよ」
白々しいな。同業ってだけで仲間と呼べるような関係はいっさい結んでいないのに。
パエリアをスプーンで掬い、けれど口に入れる気分に慣れずにスプーンを弄ぶ。せっかくの楽しい食事が台無し。
「つーか、なんだよパクるって」
彼にとっては予想外な発言に訝しんでいる。そうだよね、普通はチクるだもんね。
「僕は今、〈木の塔〉の人間なんで。それに、今は技師なんで同業でもないです」
「〈木の塔〉!? なんでそんなところに」
今は技師、のところは流された。
まあ、いろいろと不思議なんだろう。奴らにとって僕は糞生意気な同業のクソガキ。そしてある意味それ以上に疎ましい存在。そんなのが一応有名な組織にいるなんてそんな馬鹿な話があるか、ってところだろう。僕も逆の立場ならそう思う。
「人徳です」
僕はお前らなんかと違うんだよ。そういう意味を込めて、そう言った。
あ、ヨランが呆れてる。知り合いを通じて入ったようなものだから、嘘じゃないのに。
故郷を追い出された、それまで海辺でその日の食料を探していただけの12歳の子どもが、1人でなんとか生きていけるはずもなく。
辿り着いた町の路地裏で、手伝ってくれれば金をやると言われて、空腹に耐えかねてついつい頷いてしまったのが運の尽き。僕は遺跡探索の罠除けとして使われた。ようは、罠がありそうなところで先に歩かせて、どんな罠があるのか確認するのだ。
普通だったら死ぬところだけど、そこでは微妙に運が残っていて、掛かっても回避できるような罠ばっかりだった。魔術の心得がちょっとあったことも幸いした。そのお陰で、使い捨てにされるところをなんとか生き残ることができたのだ。
そこでなんとなく遺跡探索の要領を掴んだ僕は、僕を拾った奴に倣って宝探し屋をはじめた。理由は3つ。僕が宝飾品なんていう綺麗なものが好きだったこと。発掘品を売り払えば手っ取り早く金を手に入れられること。そして、魔道具に興味を持ったこと。
その年頃になると有りがちだとは思うが、姉のこともあって僕は力が欲しかった。姉のような人が出ないようにしたり、救ったり、あの外道魔術師を潰すことができるような特別な力が欲しかったのだ。僕が目にした魔道具は、その可能性を示してくれるもの――つまり、僕が習ったりそこらへんで見た魔術とは違う様相をなした術を扱える道具だった。だから、遺跡を探し回れば、自分が望む物も見つかるんじゃないかと思った。
そうして遺跡に潜ることを繰り返していると、レナードのような同業者と否応なしに交流することになった。人が多ければ、知識も多い。協力関係を結ぶのは当然の流れだろう。
ただ、こんな稼業だ。録な連中がいるはずもない。見つけた品を掻っ払われたり、独り占めするために命を狙われたりなんてことはままあった。特に僕は子供だと侮られて頻繁にそういう目に遭い――一緒に行動していた同業者を殺してしまうということが幾度かあった。
「その所為で僕は嫌われ者ですよ。自分の身を守っただけなのに」
レナードを追い返し美味しい食事を再開させると、どういう知り合いかとヨランが訊いてきたので僕はまた過去を話した。奇しくも、この前話した、故郷を追い出された話の続きだ。
「小説みたいな人生を送ってんな、お前」
「そうですね」
答えて、自分が敬語を使っていることに気がついた。ヨランたちには普通にタメ口をきくようになったのに、ここで戻ってしまうなんて。やっぱあの男の所為だろう。
慇懃無礼な敬語は、奴らと居るときに覚えた。敬語を使っていれば取引してくれる人にある程度いい印象を持たせることができるし、嫌な奴相手には壁になる。……と言い訳して、意地になっていただけな気もする。大人ばかりの世界で、自分も早く大人にならなきゃいけない感じがして、その第一歩が敬語だった。
まさか、無礼と言われるまで評判悪いとは思わなかったけど。馬鹿にされてる気がする、とまで言うなんて、本当に酷い。
思考が横道に逸れた。ヨランがなんか胡乱な目でこっちを見ている。
「まさか、そのあと王家の宝とか盗んだりしてないよな?」
なーんておずおずと訊いてくるが、
「……惜しい」
なんとむちゃくちゃ心当たりがあるのだった。
2年前、小さな国の王城に侵入し、破壊神アリシアが使ったという剣を盗もうとしたことがある。僕にとっては初めての遺跡以外での盗みだが、忌避していたそれを実行してしまうくらい神の遺物に興味があった。結果としてそれを僕が手にすることはなく、代わりに手にすることになってしまったお兄さんに付き纏って、禁術騒ぎ、果ては戦争に巻き込まれてしまった。こちらもまさに小説っぽい。
……生まれてたった16年だというのに、我ながら壮絶な人生だ。あまりにいっぱいすぎて、寿命短いんじゃないかと思う。
因みに、それは僕にとってはいい思い出に分類される。いい人たちに会えたし、仇を取ることができたし。
「まあ、人生冒険してなんぼですよ」
人生適度にスパイスは必要だ。喉元過ぎれば熱さを忘れていい話のタネになるし、だいたいそういう話って誰もが一度は憧れるものだし。そんなことで済ませられないようなこともあるけど、どうしようもないんだからうまく折り合いをつけていくしかない。
嫌な過去の中にだって、良かったことは1つくらいはある。魔術を覚えることができたり、遺物や装飾品に詳しくなったり。
「ほどほどがいいなぁ、俺」
空を仰いでヨランは言う。その気持ちもわからないでもない。今の穏やかな日常が気に入っているだけに、それを壊されるような冒険は僕もごめんだ。
その夜は宿に帰り、皆へのお土産は翌日に買った。こんな辺境でもいろいろなものがある。現在のサリスバーグの技術力の片鱗も見えた気がして、なかなか有意義な買い物だった。
増えた荷物は、けれど小さく、持ち運びは楽勝。帰り道も問題なし。
その後はアナイスとヒルダも交えて食べ歩きして回り、夕方には予定通り護衛対象も到達した。お客様は行きと違って、馬車がたった2台の規模の小さいものである。人間はたったの6人――つまり一家族。正直小隊3隊も必要ないが、近日中でシャナイゼに行きたがった人がこの人たちしかいなかったから、やむを得ない。小隊をいつまでも逗留させておくわけにはいかないし、別々に帰る意味ないし。
その夜は顔合わせだけ。隊長たちだけは残って打ち合わせをした。
出発は明日の朝。
いろいろあってホームシックに掛かることはなかったけど、ようやく帰れるんだ。
たった2年しか暮らしていないけど、頭の上に大きな木の枝がないと落ち着かない。




