#09 駆け抜ける冒険者たち
翌朝、身支度を整えたアキラたちが、一夜を過ごした窪みを出て再び歩き出す。その姿を見て、
「お、おい!動き出したぞ!」
慌てたように声を上げ、ばたばたと荷物をまとめる三人組。ハンス、メイリア、ホイヤーのパーティーだ。慌ててリュックを背負うと、急いでアキラたちの後を追いかけ始めた。
付かず離れずの距離を取りながら進む三人。視界に広がるのは、山岳地帯のデコボコした稜線を描く岩肌の斜面。その合間を縫うように、緑が顔を覗かせている。草原と呼ぶには心許ないが、それでもここまで歩いてきたジャングルや砂漠に比べれば、穏やかに見える。
所々にぽつぽつと花が咲き、蝶らしきものがひらひらと舞っている。一見すると長閑……だが、よく見れば、点在する花は人の背丈ほどあり、頭頂で開いているのは、人の顔の倍はあろうかという巨大な花弁。舞っている蝶も、手のひらを超える大きさ。牧歌的に見える風景の中にも、そこはかとない不気味さが漂っていた。
先を行くアキラたちを見失わぬよう、後を追う三人。しんがりを務める槍を背負ったホイヤー、小太りの体がふらりとよろめいた。昨日の夜は、結局あのトウモロコシ粥がほとんど喉を通らず、空腹のせいで頭も体もふわふわと頼りない。
「……ん?」
ふと、甘い香りがホイヤーの鼻をくすぐった。
(……なんかいい匂い)
「ねぇ、これ……」
メイリアも、同じ香りに気づいたらしい。二人の足は、まるで吸い寄せられるように、ふらふらと香りのもとへと向かっていく。
「おいおい、お前ら」
注意するハンスの声も、もう耳に入っていない様子。
香りの源は、すぐにわかった。鮮やかな朱色の花、花弁全体に斑点模様、その色味は深紅からほのかな朱のグラデーション。そこから、甘い蜜のような香りが、ふわりと漂ってくる。
その匂いに鼻を鳴らすホイヤー、子どもの頃を思い出す。村の周囲に咲いていた赤い花。根元をちぎって、ちゅう、と吸うと、ほんのり甘い蜜の味がした。あの、懐かしい記憶……ふらふらと、ホイヤーは花に近づいていく。
ホイヤーの背丈と同じくらい、顔より大きな花弁がすぐ目の前に。おしべだろうか、細長い茎のようなものが、すっと伸びているのが見えた。蜜の香りが、いっそう強くなる。その細長い先端には、とろりとした液体がたまり、魅惑的にきらきらと輝い見えた。誘われるように手を伸ばしさらに一歩、顔を近づける。
ガサッ!
その瞬間、花が動いた。勢いよく二つに割れた花弁、よく見るとそれは鋭利な鎌。花弁だったものが、巨大な鎌の刃となって、ホイヤーの顔めがけて振り下ろされた。
「うわーっ!」
とっさに、顔を庇おうと差し出した右腕。その腕が、ぱっくりと大きく切り裂かれた。ぶしゅっ、と鮮血が噴き出す。
「ひっ……!」
ホイヤーは尻もちをつき、後ずさる。
(ブラッドオーキッド!)
花だと思っていたそれは、草花の模様を全身にまとった、巨大なハナカマキリ、ブラッドオーキッドだったのだ。朱色の鎌を二つ合わせることで花弁に擬態、蜜のような模様まで描かれた巧妙に仕組まれた罠。
「ホイヤー!」
メイリアが、悲鳴のように叫ぶ。
折りたたまれていた脚を展開し、全身を現したカマキリが、鎌を振りかぶり再び襲いかかってくる。
「ファイア・ボルト!」
剣を抜いたハンスの火魔法が発動。ぼっ、と生まれた火炎弾が、カマキリへと飛んでいく。
直撃。だが、与えたのはわずかな損傷と表面の焦げ跡。手応えとしては、あまりに頼りない。
「くっ……メイリア、支援魔法を!」
「わ、わかってる!」
メイリアが杖を握りしめ、震える声で呪文を唱え始める。
だがその時、ハンスはぞっとした顔で周囲を見回した。いくつも点在する、ほかの花たち。その一輪、また一輪が……ゆらり、ゆらりと、擬態を解きカマキリの姿へと変わり始めていたのだ。
「ここはまずい! 逃げろっ!」
ハンスが叫ぶ。
(ってどこに逃げるか……)
頭にかぶったフェドラ帽を手で押さえ周囲を見渡すハンス、行先を定めると迷わず走り出す。その後を追ってメイリアとホイヤーも転がるように駆け出した。
* * *
イザベラ、アマリリスの後ろで、周囲に咲く花や蝶を物珍し気に見ながら進むアキラ。その時、背後から、悲鳴とも怒号ともつかない叫び声が、けたたましく響いてきた。
「敵襲!?」
イザベラ、アマリリス、そしてアキラの三人が、さっと振り返り、身構える。目に映ったのは、冒険者パーティーらしき三人組だった。
剣を持った、つばの広い帽子の男。首にバンダナを巻き、背に槍を負った小太りの男。そして、ローブをまとい、短い杖を握った女。その三人が浮かべる必死の形相……
(襲ってきた! って感じじゃ……ない?)
アキラが訝しんだ、その直後。彼らの切羽詰まった顔の理由が、はっきりと分かった。魔物の襲撃、三人組のすぐ後ろから鮮やかな朱色の巨大なカマキリが三匹、鎌を振り上げ迫っていた。以前アキラを襲ったものよりは小ぶりだが、それでも人並みほどの大きさだ。
アキラたちと目が合っても、止まることなく近づく三人。
「うわーっ!」
「ぎゃーっ!」
「ちょっとどいてーっ!」
大声でわめき、怯えきった顔のまま、アキラたちの横をびゅんと駆け抜けると、そのままあっという間に追い越していった。
「えっ、あれ……?」
一瞬ぽかんとするアキラ。
(って、俺たちも逃げたほうが……)
だが、一歩進み出たイザベラは、まるで動じていなかった。落ち着き払った様子で剣を抜き、短く詠唱する。
「フレイム・エッジ」
刀身に、ごうっと炎が走った。その横で、アマリリスがすかさず杖を構え直し、付与魔法の準備に入る。しかし、イザベラがすっと手のひらを突き出した。「必要ない」とその手が主張していた。
迫りくる三匹のカマキリ。そのうちの二匹が、同時にイザベラへと跳びかかった。彼女は、滑るように右足を繰り出すと、右手の剣を横なぎに一閃。灼熱の刃が、二匹のカマキリを、まとめて薙ぎ払う。
ジュッ、と焼き切られ、頭と胴体が分断された二匹が、同時にどさりと崩れ落ちた。
間髪を入れず、返す刀で剣を頭上へ掲げると、渾身の力で振り下ろした。赤い軌跡が閃き、敵の胴体は縦に二分され、声を上げることなく地面へ倒れた。
イザベラの流れるような剣さばきで瞬殺された三匹の巨大カマキリ。焼き切られた切断面がくすぶるその死体を見ながら、
(やれやれ)
アキラが安堵の言葉を漏らし振り返ると……先ほどの三人組の背中は、かなり先にあった。
「……まじかよ」
アキラは、三人組が逃げ去っていった方向に目をやりながら、唖然とする。飛び込むように突っ込んできて、こちらに魔物を押し付け、自分たちは逃げ去る。身勝手というか、手際良いというか……
「一体、なんだったのだ……?」
アマリリスも、呆れたようにつぶやいた。
だが一人、イザベラだけは、明らかに違う反応を見せていた。
「……あいつら」
鋭い眼光を向けながら言った。
「他人に魔物を押し付けて逃げ去るとは……冒険者の風上にも置けん」
剣を握る手に、ぎゅうと力がこもる。そして、遠ざかっていく三人の背中を見ながら、
「焼き払うか」
低くつぶやくと、大きく息を吐いた。そして、両足を大きく開き、地に根を張るように大きく構えた。そこから、ゆっくりと両手で握った剣を起こしていき、まっすぐ頭上へと掲げ、その切っ先を天に向けた。
見たことのない構えを始めたイザベラ。恐らく大技であろうことは予想がつく。見る見るうちに禍々しいオーラが彼女を包んでいく。それはまるで……
(やばい……イザベラが燃えてる)
彼女の体からは、魔法の炎とは違うめらめらとした怒りの炎が、立ちのぼっているかのように見えた。ダンジョンの暑さとも質の異なる熱が、じわじわと周囲を包んでいく。
「ちょ、ちょっとイザベラ」
アキラがどうすべきかと、おろおろしていたその時。
「まあまあまあ……」
やわらかい声で、アマリリスが割って入った。取りなすように笑いながら、彼女は杖を小さな弧を描くようにふわりと振る。
しゅう……
次の瞬間。白い煙のような冷気が、ふわりと周囲に立ち込めた。
(これは……ミスト!)
ひんやりと心地よい霧が、火照ったイザベラの周囲を、優しく包み込んでいく。
「……ふーぅ」
イザベラが、ふっと力を抜くように、長い息を吐いた。我に返ったのか、怒りの炎がすうっと鎮まっていく。
その様子を見て、アマリリスがにっこりと笑った。
「まあこれで、うっとうしい尾行者も、いなくなったということなのだ」
「ん……尾行者? ってことは」
アキラが問いかけると、
「ああ。先日から、私たちをつけていたのは、あの者たちだろう。あの顔、冒険者ギルドで見かけたことがある、名は確か……ハンス、メイリア、ホイヤーと言ったか」
剣を鞘に収めながら、イザベラが答えた。
「私たちの後を追って、漁夫の利でも狙っていたのか……。まあ実力のない者が考えそうなことだ」
すっかり、いつもの落ち着きを取り戻した口ぶりだった。
(やれやれ……)
アキラは、ほっと胸をなで下ろす。何事もなかったように再び歩き出すイザベラと、アマリリス。その様子を見ながら、アキラは思う。アマリリスのサポートは、戦闘だけじゃない、こんな時にも役に立つんだ。
(……本当、いいコンビだな)
絶妙なコンビネーションに、改めて感心する一方で、
(イザベラを怒らせないよう、気をつけよう……)
アキラは、二人の背中を追うように歩き始めた。
2026/08/14 一部文言修正




