#10 穏便なメニュー選び
山岳地帯を進むアキラたち一行。
いつしか、周囲から草木の気配は消えていた。目の前に広がるのは、むき出しの岩肌ばかり。大小の岩が転がる斜面はデコボコとした稜線を描き、山頂へ延びている。
進むにつれ、勾配は少しずつきつくなり、足を運ぶたびにブーツの底で小石がじゃり、と乾いた音を立てる。
額の汗をぬぐったアキラ、ふと顔を上げる。見上げた先、山頂近くに、巨大な岩壁がそびえていた。空を裂くように垂直に切り立った、灰色の絶壁──グレイブ・クリフ。
イザベラに教えてもらった呼び名、あの岩壁を越えた先に、ダンジョン最深部へと続く入口があるらしい。
「……あれを越えないといけないのか」
下から見上げているせいか、その高さが嫌でも目につき、弱気な言葉がこぼれる。
(まだまだ先は長そうだ……)
そう思うと、足だけでなく、気持ちまで重く感じられた。
夕方。絶壁、グレイブ・クリフの手前になんとか到着。更地状の周囲には白く乾いた砂地が広がり、まばらに生えた枯れ草が、熱を帯びた乾いた風に揺れていた。
「深層部は明日からにして、今日はここで休もう」
イザベラの言葉で、各自それぞれ野営の準備に取りかかった。荷を下ろし毛布を広げていると……すぐ横にいたアマリリスが、ちょん、とアキラの脇腹を小突いた。
「?」
何事かと、アキラはアマリリスの視線をたどり、そして気づいた。
少し離れた一角に、別のパーティーが野営の準備をしている。見覚えのあるつばの広い帽子の男とバンダナの男、そしてローブをまとった女。
「あいつら……」
間違いない、昼間の三人組だ。カマキリの魔物を、こちらに押し付けて逃げ去っていった、あの冒険者たち。
だが、アキラの胸に湧いたのは、怒りよりも別の心配だった。
(これやばくないか……)
昼間、怒りで「燃えて」いたイザベラ。あれがもう一度、再燃して今度こそバーストしたりはしないだろうか。
アキラとアマリリスは、心配そうな顔で、そっと顔を見合わせる。
すぐにイザベラも彼らの存在に気づいたようだった。二人が固唾を飲んで見守る中……イザベラは、小さく「ふん」と鼻を鳴らしただけで、何事もなかったかのように、寝床の毛布を引き始めた。
どうやら、昼間の怒りはとっくに収まり、今ではただの「呆れ」へと変わっていたらしい。
「ふーっ……」
アキラとアマリリスは、揃って安堵の息を漏らした。
くべた薪に火がともり、寝床の準備も整い、くつろいだ態勢。続いて今夜もまた、あの熾烈なメニュー選びが始まるか、と思われたその矢先。
「今日も、ハンバーガーがいいのだ!」
アマリリスが、声高らかに宣言した。
よほど昨夜のハンバーガーが気に入ったらしい。あれほど「ピッツァ! ピッツァ!」と連呼していたのは、もう忘れてしまったのだろうか。
「ゆうべあれだけピッツァと騒いでいたくせに……」
イザベラも、呆れたように笑う。
「だが、二日続けて同じメニューというのは、どうだろうな」
その顔には、「もっといろいろ試してみたい」という思いが、ありありと浮かんでいた。
「なら……ハンバーグ、っていうのもあるけど?」
アキラが、すかさず提案する。
「ハンバーグ?」
「ハンバーガーと、どう違うのだ?」
二人が、興味深げに身を乗り出してきた。
「ハンバーガーは、パンにひき肉の塊を挟むだろ。ハンバーグってのは、その肉塊だけを、どーんと主役にした料理なんだ」
アキラは、得意げに語り始める。
「その肉にナイフを入れるとじゅわっと肉汁があふれ出し、そこに甘くて香ばしいデミグラスソースがたっぷり絡んで……ふっくらジューシーな肉の旨味と、甘みと酸味が混じり合った濃厚なソースが、口の中で渾然一体となって……」
──ごくり。
二人が、揃って唾を飲み込む音が聞こえた。……どうやら、今夜のメニューは、あっけなく決まったようだ。
アキラは、すっかり手慣れた手つきで、ステータス画面を開き、ウルトラ・イーツを立ち上げた。店舗選択画面を、すいすいスクロールしていくと、目当ての店はすぐに見つかった。
《ファミリーレストラン グルメシェフ》
その中から、『特製ハンバーグセット』を選ぶ。
すると、注文画面に選択肢が表示された。
《つけあわせをお選びください ── パン/ライス》
アキラは、ふと指を止める。
(こっちの世界なら、パンが馴染み深いんだろうけど……)
すぐ近くで料理に期待を膨らませ和やかに話し込むアマリリスとイザベラを、ちらりと見やる。
(だが、俺の好みは……)
迷わず、アキラは「ライス」を選択した。
ハンバーグには、やっぱり白飯、これは譲れない。注文数を「3」にセットし、注文をクリックする。
《ピロリーン♪》
画面の表示が、「注文確定」から「調理中」のステータスへと切り替わったのを確認して、アキラはすっと画面を閉じた。
* * *
その頃。ハンスたちの野営地では、
ぱちぱちと燃える焚火を、三人が無言で囲んでいた。誰一人、言葉を発さない。まるで、通夜のような重苦しい雰囲気。
原因は、わかりきっている。少し離れた先で野営している、あの三人の存在である。
(……失態だった)
恥ずかしさで、ハンスはぎゅっと唇を噛んだ。俺とて、冒険者のはしくれ。やっていいことと、悪いことの区別ぐらいはつく。
もちろん、この稼業は弱肉強食。ダンジョン内で、冒険者同士が争うことだって、珍しくはない。手柄を奪い合い、出し抜き合う……それは、この世界の理だ。
だが、いたたまれないような恥ずかしさはぬぐい切れなかった。命を救われたも同然なのに、礼の一つも言わずに走り去ったのだから。
(それに、だ……)
こちらの存在に、とっくに気づいているはずなのに、今なお何も言ってこない……その沈黙も、ハンスには不穏に思えてならなかった。
「はー」
大きなため息を吐き、ハンスは隠れるように、帽子のつばで顔を覆った。
「どうする~……」
不安げな声を上げたのは、ホイヤーだった。腕に巻かれた包帯が痛々しい。
「あ、あれは事故よ、事故。不可抗力ってやつでしょ」
弁解するように、メイリアが言葉を絞り出す。
「それならそれで、きちんと伝えるべきじゃ~」
珍しく、ホイヤーが言い返した。優柔不断で気弱な彼にしては、らしくない発言だ。
(見え透いた詭弁……)
ハンスは、内心でメイリアの言い分を一蹴する。事故だの不可抗力だのと言ったところで、逃げたという事実は変わらない。よけい惨めな思いをするだけ。
(だったら……!)
すくっと、ハンスは立ち上がった。
「!」
ホイヤーとメイリアが、驚いた顔で彼を見上げる。
「迷惑をかけたのは、事実だ。せめて、詫びの一言は伝えよう」
その言葉に、二人はこくりとうなずいた。
ハンスは、リュックに手を突っ込み、二つの小袋を取り出した。それぞれ、トウモロコシの粉と、乾燥豆。せめてもの気持ちだ。とはいえ、乾燥豆に至っては、ダンジョンの乾湿の繰り返しにやられて、すっかりボロボロ。もはや、原型をとどめてさえいない有様だった。
(こんなもの、彼らが受け取ってくれるかは、わからんが……)
それでも、手ぶらで詫びに行くよりは、いくらかましだろう。乏しい手土産を握りしめ、ハンスたち三人は、遠くで焚火を囲む三人のもとへと重い足取りで、歩き出した。
2026/08/14 一部文言修正




