#08 拳で決着! 苛烈なメニュー選び
真剣な表情で睨みあう、イザベラとアマリリス。
「また始まったよ……」
二人を見守りながら、アキラは小さくつぶやいた。
あの日、アキラがデリバリーの能力を発見し注文。届いたラーメンを三人で食し、その美味さと、能力の底知れぬポテンシャルに魅了されて以来、このパーティー内でのメニュー選びは、いつだって熾烈だ。
今日もまた、火花を散らす二人。その剣幕に気圧されて、アキラはただ黙り込むしかなかった。
だが、激論を交わす二人を見ているうちに、ふと、
(……なんか、こういうの悪くないなぁ)
会社員時代、同僚たちと議論を戦わせてた日々を思い出していた。まだ仕事が楽しいと感じられていたあの頃、充実した思いで過ごしていた毎日。
ある日突然、リーダーとやらを背負わされるまでは……今の二人のようにまっすぐ意見をぶつけ合っていた……
惚けたような顔で頬をゆるめ、一人懐かしい思いに浸っていると、
「なにを、へらへらしてるのだ!」
「アキラ! お主の意見はどうなんだ!」
まなじりを吊り上げたアマリリスとイザベラに、ぐいと詰め寄られた。慌てて回想を追い払い、二人に向き合うアキラ。
「いや~、俺はどっちもアリだと思うけど……」
(こういう時、安易にどちらか一方につくのは危険だ)
三人での打ち合わせでは、極力二対一の構図を作ってはならない。会社員時代、短いリーダー期間に学んだ処世術のひとつである。そんなことを思い出しながら、アキラは無難な提案を口にした。
「えーと、じゃんけんで決めては?」
「は〜、またそれか……。イザベラは、じゃんけんが強いのだ」
弱気な顔でつぶやくアマリリス。その横で、イザベラが不敵な笑みを浮かべている。
アキラが二人に教えたじゃんけん、すでに過去のメニュー選びでも行われ、イザベラが勝利していた。
いつでも来いと言わんばかりのイザベラの前に、意を決したアマリリスが立つ。
「いくぞ。じゃーんけーん……」
結局、決死の覚悟で繰り出したアマリリスの拳を、イザベラの掌が包み込む形で、あっさりと決着がついた。
「あ〜、またなのだーーっ!」
苦悶の顔で頭を抱え崩れ落ちるアマリリス。かくして、今夜のメニューは、ハンバーガーに決定した。
「ふー」
安堵の息を漏らすアキラ。なんとか、平和的(?)に解決したようだ。
(んじゃ、さっさと注文するか)
アキラは、体の前で手のひらを広げ、すっと払う。
《ピラ~ン!》
軽やかな音とともに、ステータス画面が開いた。
* * *
その頃──
五十メートルほど離れた岩陰から、アキラたちをじっと見つめる、三つの影があった。
冒険者風の身なりをした二人の男と、魔法士のようなローブをまとった女。
「何かあいつら、揉めてるみたいだな」
そう言ったのは、年の頃はアキラと同い年くらいのリーダー格らしき男。つばの広いフェドラ帽を目深に被っている。その眼にはイザベラとアマリリスの白熱したやり取りが、揉め事のように映っていた。
「まあいい。俺たちも、ここで野宿だ」
男は後ろを振り向き、背後に控えていた男と女に、そう声をかけた。
リーダー格らしき、その男の言葉を受けて、
「はー……」
残りの二人が、ため息を吐きながら、くずれるように地面に腰を落とした。
リュックを下ろした帽子の男は、さっそく周囲の小枝を集め始める。その背中に向かって、ローブ姿の女が口を開いた。
「ねぇハンス? この尾行いつまで続けるの?」
「いつまでって……何か不満か、メイリア?」
ハンスと呼ばれた帽子の男が、振り返らずに答える。
「だって……」
メイリアと呼ばれた女は、そこで言葉を濁した。そして、もう一人のほうへ同意を求めるように話を振った。
「ねぇ? ホイヤー」
話を振られたのは、首に黄色いバンダナを巻いた小太りの男だった。ホイヤーと呼ばれたその男は、リュックから取り出した毛布を広げながら、もごもごと答える。
「まー……確かに。こんなことしてて、ダンジョン攻略本当にできるのかなーって思ったり」
ホイヤーの言葉を受け、動きを止めて顔を上げたハンス。
「何を言ってる」
自信ありげに胸を張った。
「あのパーティーには、"紅蓮の騎士"と言われるイザベラがいるんだぞ。あいつらに露払いをしてもらって、効率よく進む。いい作戦じゃないか」
まるで自画自賛するように、言い切った。
「露払いねー……」
ホイヤーは、メイリアと顔を見合わせた。その二人の表情には、はっきりと「他力本願では?」と書いてあった。
小枝を集め終えたハンスは、小刀を取り出すと、低く唱えた。
「ティンダー」
刃先に、ぽっと小さな炎が灯る。その火を、組んだ枝へと移した。ぱちぱち、と焚火が燃え始める。
「それとも、自分たちだけで、ここを攻略できるとでも言うのか?」
燃え移る火を見ながら、ハンスが二人に問い返した。
「それは……」
今日目の当たりにした、イザベラたちの戦いぶり。あの巨大なムカデを、もし自分たちだけで相手にしたら……そう考えて、二人は黙り込んだ。
ハンスもまた、それ以上は言葉を発せず、燃え始めた焚火を、小枝でつついた。爆ぜる火の粉を眺めるハンス、ここに至るまでの日々が、ぼんやりと脳裏に蘇ってくる。
ハンス、ホイヤー、メイリア──三人は、同じ村で生まれ育った幼馴染。変化のない小さな田舎村の生活、代わり映えのしない畑仕事の日々。魔法の素地があった三人は、村での生活に見切りをつけ、一攫千金を夢見て飛び出した。
あてもない、流しの冒険者生活を続けること数年。そんな彼らがイーツ領の冒険者ギルドで目にしたのが、一枚の依頼書だった。
そこに書かれていたのは、このオムニヴォルのダンジョン攻略。報酬は高額。しかも、僅かながら、冒険者ギルドからの支度金まで付いていた。
「こいつはうまい話だぜ」
三人は迷わず飛びついた。
おまけに、こんな噂も耳にしていた。攻略したダンジョンの権利は、商人ギルドが高値で買い取るらしい、と。
(場合によっちゃ、そっちと交渉して……)
ハンスは、そんなこズルい算段まで、胸の内に秘めていた。
だが……甘かった。オムニヴォルのダンジョンは、想像をはるかに超えて過酷だった。乾湿の激しい気象と荒れた地形。次々と襲いかかる凶暴な魔物。そして、何より、食料がもたない。
踏み入って、一週間。持ち込んだ多くの食料がダメになり、仲間の心は、とうに折れかけていた。それでも、ハンスだけは、諦めなかった。
「ここまで来て、手ぶらで帰れるかよ。なあ?」
弱音を吐く幼馴染たちを、なんとか鼓舞し続け、そこで見つけたのだ。同じダンジョンを進む、手練れのパーティーの存在、"紅蓮の騎士"イザベラたちを。
パチパチ……
焚火の爆ぜる音で、我に返ったハンス。
「何としても食らいつくんだ……」
口の中で噛み締めるようにつぶやいた。
すっかり暗くなった空の下、三人は無言で食事の準備を進める。小鍋に水を入れ、火にかける。沸騰した鍋に、トウモロコシの粉を入れて、ぐるぐると混ぜる。あとは塩で味付けしただけの質素な粥。
乾湿を繰り返したトウモロコシの粉は、パサパサに見えてどこかカビ臭さがあり、お湯に溶いても飲み込むのも一苦労だった。
一口、口にして、顔を歪めたホイヤーが、深いため息を吐いた。
「もう……ボク、こんな生活いやだ……」
心に留め置けずこぼれた言葉。今にも泣き出しそうな顔だった。
コクリと同調するように深くうなずくメイリア。正直、今ではトウモロコシの匂いだけで憂鬱になる。食べる手を止め、彼女は空を見上げてつぶやいた。
「あの三人、今頃何食べてるんだろ~……」
意気消沈した二人の表情を見るハンス。ドロドロした味気のない粥を無理やり喉に流し込みながら言った。
「泣き言を言うなよ。あいつらだって、似たようなものさ。このダンジョンで食えるとしたら、せいぜいトウモロコシの粉か、乾燥豆ぐらいだろ」
先ほど目撃したイザベラとアマリリス……真剣に話す、いやまるでいがみ合ってるかのようだった二人の様子を思い出す。そんな彼女らに満たされた食事などあり得ようはずもない。
「それもそうかー……」
力ない声でつぶやくメイリア。それきり三人は、黙り込んだ。
* * *
その頃、アキラたちのパーティーでは、
「おっとっと」
アマリリスが、自分の顔の半分以上はあろうかという、巨大なハンバーガーを、両手で大事そうに抱えなおした。
焚火の明かりに照らされ、キラリと肉汁が光る分厚いパテ。とろけるチーズ。テカテカと脂の浮いたベーコン。その下に敷かれたシャキシャキのレタス。そして、背徳的なまでに輝く黄金色のソース……それらを、ゴマの振られたバンズで、ぎゅっと挟み込んでいる。
「あ~ん♪」
これでもかと、限界ぎりぎりに大口を開け、さらに開けて……がぶりっ!、とかぶりついた。
「うまぁーーーーい!」
語尾の「なのだ」を忘れるほど……歓喜の声が、夜空に響いた。
口いっぱいに頬張りながら、アマリリスは顔全体がとろけそうなほど満ち足りた表情をしている。
つい先ほどまで「ピッツァ! ピッツァ!」と連呼していたのが、まるで嘘のよう。じゃんけんに負けて、不満げに顔をふくらませていたアマリリスは、もうどこにもいなかった。
「ふん……現金なやつだ」
その様子を、イザベラが半ば呆れ、半ば微笑ましげに眺めている。だが、そのイザベラも、ハンバーガーを一口頬張った後は、
「なんだこの暴力的な旨さは……と、止まらん」
心奪われたような表情を浮かべ、鼻の頭にソースがついてるのにも気付かず、ひたすらハンバーガーとの格闘に専念し始めた。
(どうだ! 思い知ったか!)
そのジャンクな旨さにすっかり打ちのめされた二人の様子を満足げに見ながら、アキラ自身も休むことなく口を動かす。
「ありえないのだ!」
「うまうまなのだ~!」
一口、二口と食べ進めるごとに、発せられるアマリリスの嬉々とした声。幸いなことに……五十メートル先の岩陰まで、その喜声は届いていないようだった。




