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#07 怪しい影

 アキラがイザベラたちとのダンジョン探索に合流して、三日。その道のりは、想像以上に過酷だった。険しい悪路、乾湿を繰り返すハードな環境のせいもあるが一番の原因は魔物だ。


 巨大な昆虫型の多様な魔物たち……強力な糸を吐いて獲物を絡め取るブラッドスパイダー。腐液をまき散らしながら地を這うロットワーム。強力な毒針で体当たりを仕掛けてくるヴェノムホーネットなどなど。おどろおどろしい名の凶暴な魔物。連日、そうした化け物どもと対峙しながら、三人はダンジョンを少しずつ進んでいった。


 そして、今も──


 見渡すかぎり砂地が続く砂漠、その一角に地面を突き破るようにそびえる岩山。足場の悪い岩場で、剣を抜いたイザベラが、敵と対峙していた。


 彼女の前に立ちはだかるのは、巨大なムカデ、リザレクトセンチピード。


 全長は十メートル近く、湾曲した鋭利な顎が、ギチギチと不気味な音を立てながら、イザベラを見下ろしている。鈍く光る禍々しい顎でひと噛みされれば、彼女の胴体など、軽々と切断されてしまいそうだ。


 ムカデが、頭を大きく振りかぶる。そのまま、勢いをつけた顎が、イザベラめがけて一気に振り下ろされた。

 ブーツで岩を蹴りながら、軽やかなバックステップ。そこからさらに跳躍して、イザベラは近くの大岩の上へと回避する。

 彼女が立っていた場所へ、振り下ろされたムカデの大顎が、固い地面をたやすく抉った。もうもうと舞い上がる砂煙と、四散する石くれが、その一撃の衝撃の大きさを物語る。


「尻尾、来る!」


 高台に陣取り、サポートに回るアマリリスの警告。普段の柔らかな話し方とは違う、鋭い声。


 そして、少し離れた岩陰で、隠れるように身を縮めて見守るアキラ。戦うイザベラ、支えるアマリリス、隠れるアキラ。この三日でできあがった、いつものフォーメーション。


(尻尾来た……!)


 アマリリスの警告どおり、ムカデは長い体をぐるりとねじらせると、岩の上のイザベラへ向けて、尻尾による横なぎの一撃を放った。尻尾の先、二股に分かれた曳航肢えいこうしが、毒々しい紫色に染まっている。触れれば、ただでは済まないであろうことは、見るからに明らかだった。

 

 イザベラが、ジャンプで尻尾をかわし、着地と同時に地を蹴って走り出した。


「エクスプローション!」


 彼女が叫ぶと同時に、剣が、ごうっと炎をまとう。その剣を敵に振るうこと、二度、三度。連射された火炎弾が、ムカデの頭部へと殺到した。

 ムカデは身をくねらせて躱そうとする。だが、そのうちの一発が、頭部に命中。ドンッ、と響く爆裂音。ムカデの頭の一部が、片方の顎ごと砕け散る。


 ギシャアアアアッーー!


 あたりに響き渡る、大きな悲鳴。砕けた断面から、緑色の体液がどろりと流れ出した。

 痛みに狂ったのか、ムカデは片顎を失った頭を、まるで頭突きのように、イザベラめがけて滅茶苦茶に振り下ろしてくる。

 イザベラは前方へ体を投げ出し、回転しながらそれを躱した。


「エンチャント・フォース!」


 すかさず、アマリリスの付与魔法。杖の先から放たれた魔法陣が、すうっとイザベラのもとへと届く。付与の力を得たイザベラは、その勢いのまま跳ね起きると、切り立った崖を一気に駆け上がった。

 そして、崖の上から跳躍。彼女の体が宙を舞い、巨大ムカデの胴体の上へと、ひらりと飛び乗った。


「フレイム・エッジ!」


 短い詠唱とともに、刀身に再び炎が走る。


 イザベラはそのまま、うねる胴体の上を駆け抜ける。彼女を追うように流れていく長い髪。走るイザベラ、炎の刃を切り下げムカデの脚を次々と切り落としていく。


 ギチギチギチッ!


 激痛からか、ムカデは体を狂ったようにくねらせる。その拍子に、切り落とされた脚の数本が、ぶんっと、アキラのほうへ飛んできた。


「うへっ!」


 念のため抜いておいた剣を構え直し、アキラは慌てて飛来物を弾いた。すぐ近くに、三本の脚が落ちる。その一本一本が、アキラの足と同じくらいのサイズだ。


 しかも、


(う、動いてる……!)


 切り離されたはずの脚が、まるで意志を持っているかのように、ぴくぴくと地面の上でうごめいていた。


「くっ、こいつ……!」


 アキラは、ぎこちない手つきで剣を振るい、一本、また一本と、細かく切り裂きとどめを刺していく。手こずりながらもなんとか、三本すべての始末をつけた。


「はあ、はあ……」


 アキラが荒い息を吐いたちょうどその時。


「インフェルノ・ヴェイン!」


 ムカデの背の上で、イザベラが鋭い声で詠唱した。


 逆手に持ち替えた剣を、彼女は渾身の力で、ムカデの胴体へと突き刺した。そしてそのまま刃を走らせ、頭部の方へずぶりと、切り開いていく。


 一瞬遅れて。突き立てた剣が、ぼうっと炎に包まれる。炎は一気に切り開かれた傷口に沿って、まるで体内を走る炎の脈のように、全体へ広がっていった。


 イザベラが、ひらりと胴体から飛び降りる。その後も広がり続ける炎。


 ギシャアアアアアアッーー!


 断末魔の悲鳴を上げながら、巨大ムカデは全身を炎に包まれていく。

 のたうち、跳ね、身もだえる体。やがてその動きは緩慢になり、最後には、岩場の上に、黒々とした焼け焦げだけを残して、ぐったりと事切れた。


 ぷすぷすと燃え残った音だけが、岩場に響く。


「……ふう」


 剣を鞘に納めたイザベラが、額の汗をぬぐった。


「お疲れなのだ」


 高台から降りてきたアマリリスがイザベラにねぎらいの声をかけた。


「ああ」


 剣を鞘に戻しながら、イザベラが短く応じる。


「飲むか?」


 アキラは、リュックから取り出した革袋の水筒を、差し出した。


 この三日で、アキラは無事に二人の信頼を勝ち取り、今ではすっかり荷物持ちの任(?)に就いていた。


「ありがとう」


 そう答えるイザベラの表情は、出会った頃には見せなかったやわらかいものだった。


 砂漠地帯で乾燥が強く、呼吸をするだけで喉の奥がひりつくほど。水筒を受け取ったイザベラも、水をごくごくと喉に流し込んだ。


 そして、人心地つくとふいに声を落として言った。


「……それにしても。まだ、つけてきているな」


 その言葉に、こくりとアマリリスがうなずく。

 イザベラの視線が、彼女自身の後方を、鋭く見透かした。


「ふー」


 ひとつ、ため息をついて……イザベラは、急に後ろを振り向いた。なびいた栗色の髪、そのはるか向こう、五十メートルほど先の岩陰で、何かがさっと身を隠す気配。その黒い影がアキラの目にも、はっきりと見えた。


 昨日の昼過ぎから、アキラたちの後を、つけてくるパーティーらしき存在があった。遠くから、ただ監視しているだけ。襲ってくるでもなく、声をかけてくるでもない。何者で、何が狙いなのか。何もわからない不気味さ。


「どうする……のだ? 私のアクアミラーで、撒いてみるのだ?」


 アマリリスが、杖を軽く掲げて提案する。


 思案の表情を浮かべたイザベラ、懐から地図を取り出す。年季の入った羊皮紙、すすけた表面に掠れたインクで、ここオムニヴォルのダンジョンの表層エリアの地形が描かれている。

 西の外れに広がるジャングル地帯を抜け、今いるのが砂漠地帯。そこを抜けると山岳地帯に入り、登り切った先にダンジョン下層への入口があるらしい。


 地図を指さし、イザベラが言う。


「先に進もう。もう少しでこの砂漠地帯を抜けるはず、今日のうちにそこまでたどり着きたい」


 そして、顔を動かさず視線だけを後ろに向け言葉を続けた。


「敵意を見せないなら、やつらは放っておこう」


 その判断に従い、三人は再び先へと進み始めた。


 やがて、空が夕日に染まり始めたころ、砂漠地帯を抜け山岳地帯へ。高所手前、わずかに広がる緑地に出た。身を隠すのにちょうどよい手ごろな窪地を見つけると、

 

「ここで野営を」


 イザベラの一言で、毛布を広げ、焚火をくべる。腰を落とし、ようやく一息ついた。

 だがその安堵も一時。イザベラとアマリリスが、すぐに険しい顔つきで話し始める。


「さて、どうするか?……なのだ」


「ええ、そうね」


 挑むようなアマリリスの問いかけにイザベラが返事を返す。彼女らの表情は、戦闘時と変わらぬ真剣さを帯びている。その不穏な空気に思わず二人から距離をとるアキラ。


「昨日のカレーとやらも、うまかったのだ……」


 そう言ったあと、アマリリスはあごをぐいと突き出し、イザベラに迫った。


「けど、今日こそは、ピッツァを注文させてもらうのだ!」


 どうやらアマリリスの生まれ故郷には、ピッツァという伝統食があるらしく、それに並々ならぬ思い入れがあるようだった。鼻息も荒く、すっかり気合が入っている。


「いや、ダメよ!」


 イザベラが冷たく拒絶する。


「リザレクトセンチピード、あの強大ムカデとの戦闘で、すっかり体力を消耗したわ。回復のためにも、今必要なのは肉よ、肉!」


 そして革手袋をした拳に力を込めると、語気を強めて続けた。


「今日こそ、"至高のジャンクフード"、ハンバーガーを頼むべきだわ!」


 "至高のジャンクフード"とは、アキラがデリバリーのメニューをいくつか紹介した時に、口にした言い回しだ。それ以来、イザベラはハンバーガーが気になっていたようだ。


 両者一歩も引けないとばかりに、決意のこもったまなじり。そのまま額をぶつけんばかりに近づくと、ばちばちと火花を散らし睨み合いを始めた。

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