#06 夜空に交わされた握手
「満足、満足なのだ」
カラン、と箸を置いて、アマリリスが満ち足りた声を漏らした。焚火の明かりに照らされ、火照ったように上気した顔。空いた手で、ぽんぽんと自分のお腹を叩いてみせた。その子どもじみた仕草に思わずアキラの頬が緩む。
「気に入ってもらえたようで、よかったよ」
「気に入った、どころではないのだ」
そう答えたアマリリスが、急に真面目な顔になって言った。
「アキラ。一体、どんな魔法を使ったのだ?」
ずいと身を乗り出して、問い詰めてくる。すると、それまでくつろいだ顔をしていたイザベラも、すっと表情を改めた。
「いや、魔法っていうか……」
アキラは、体の前で手のひらを振り、改めてステータス画面を開いた。
《ピラ~ン♪》
電子音を聞いた後、ウルトラ・イーツを立ち上げて、画面を見ながら、何ができるのか──店舗を選び、商品を選択し、注文を確定する──先ほど自分がやったことを、順を追って説明していく。
熱心に説明を聞く二人。実際の表示はアキラにしか見えないはずだが、操作するアキラの手元、その何もない空間を、一心に睨みつけていた。
一通り説明を終えると、イザベラが口を開いた。
「その魔法……いや、能力か? アキラの国では、当たり前のことなのか?」
「いや、当たり前っちゃ当たり前だけど……別に、魔法とかではなく……」
説明しようとして、返答に詰まる。いくつもの店舗からメニューを選び、配達員が届ける。それを離れた所からスマホ一つで完結。どう説明しても、彼女らには魔法としか伝わらないかもしれない。
「まあ、みんな普通に使ってるんだけど」
「みんな普通に……」
アキラの言葉に絶句するイザベラ。
「けしからんのだ!」
アマリリスが、なぜか怒ったように声を上げた。
「な、なんだよ、急に」
「この件は、魔法なのか、そうでないのか……もっと詳しく、調べる必要があるのだ!」
「はあ……」
「だからアキラはこれからも、私たちと一緒に来るのだ」
「え?」
あまりに唐突な申し出に、アキラは戸惑う。
「それに、アキラがいれば、私たちの目的──このダンジョンの攻略にも、一歩近づくのだ」
アマリリスは、きらきらした目でそう言うと、隣に呼びかけた。
「なあ、イザベラ?」
突然呼ばれ、戸惑い顔のイザベラ。
「え? まあ……そうなるだろうか……」
歯切れは悪かったものの、否定の言葉は、彼女の口から出てこなかった。
風向きが変わったような感覚。ついさっきまで、勝手に後をついていくだけの、お荷物な存在だった自分が……とはいえ、アキラには引っかかることがあった。
「いや、でも……魔物との戦闘とか、俺、何の役に立てないと思うけど……」
彼女たちのような魔法は使えないし、あんな常人離れした動きもできない。
すると、
「くすっ」
「あはは」
二人が、こらえきれないといった様子で笑い出した。
(イザベラが、笑ってる……)
二人に笑われた恥ずかしさよりも、そのことのほうが新鮮で、アキラの心に響いた。出会ってからずっと、こちらを咎めるか、呆れるかだった彼女の、やわらかい表情。まぶしいものでも見るように、アキラはその横顔を眺めていた。
やがて笑いが収まると、
「大丈夫なのだ! そんなの、期待してないのだ」
アマリリスが、あっけらかんとした顔で、忖度なくズバリと言った。そして、脇に置いていた杖を手に取り、カツンと石突きで地面を叩く。
「戦闘は、私らに任せればいいのだ!」
最後に、とぼけたような顔で、ちょこんと付け足す。
「……まあ、戦うのは、主にイザベラなのだが」
「おい」
名前を出されたイザベラが、軽くアマリリスを睨む。だが、その口元はゆるんでいて、後を受けるように話を続けた。
「……だが確かに。正直、我々だけでこれ以上ダンジョンを進むのは、厳しいだろう」
彼女は、まっすぐにアキラを見つめた。その瞳に、当初の刺々しさは、もうなかった。
「しかし、アキラがいれば、その能力があれば、状況は変わる」
琥珀色の瞳に、真剣な光が宿る。
「もちろん、アキラが承諾してくれれば、の話だが」
「えっと……」
言葉に詰まるアキラ。会社を辞めデリバリーの仕事を始めてから、しがらみから抜け出し一人で生きていく……そんな思いで毎日ペダルをこいできた。
(けど、今自分を必要としてくれる人がいる……)
自分の中で何かが湧き上がってくるような感覚。
「あ、あぁ、俺でよければ」
おずおずと照れたようにアキラは答えた。
その返事に、イザベラとアマリリスは、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「改めて、これからよろしく、アキラ」
「よろしくなのだ」
二人がそれぞれ手を差し出してきた。食事をしていたので、革手袋を外しむき出しになった二つの手。それは思いのほか小さく見えた。
アキラは、その二人の手を、自分の両手で包み込むように握り返した。
「ああ。こちらこそ、よろしく」
二人の手のひらから伝わってくる温もり。こちらの世界に来てから、混乱することばかりだった。だが今、暗くなったダンジョンの空の下で、アキラは初めて自分の気持ちが明るく晴れていくのを感じていた。
「……ところで。これは、どうするべきか」
寝床の準備を始めようかと、腰を上げたイザベラが戸惑うように、地面へ目を落とした。そこにあるのは、空になった、プラスチックのラーメン丼。
「たしかに……」
アキラも腕を組む。いくらダンジョンの中とはいえ、ごみをそのまま放置していくのは、いかがなものか。かといって、持ち歩くのも荷物になる。
と、腰かけていた岩の近くに、まだ緑色のデリバリーボックスが残っていることに気づいた。ベロンと蓋を開け、まるで何かを待っているかのようにも見える佇まい。
(いや、そんな都合よくいくわけは……)
自分で思いついたものの、さすがに半信半疑。だが試しにと、そのまま丼と、箸と、レンゲを、箱の中へ入れてみる。すると……
アキラの目の前で、ステータス画面の中のウルトラ・イーツが、勝手に開いた。
《保管/廃棄》
「まじか……」
二つの選択肢が、行儀よく並んでいる。
保管? ってことは、一時的に仕舞っておくこともできるのか? まあ、でも今は……アキラは、迷うことなく「廃棄」を選択する。直後に、シュッと軽い音を立てて、器の入った緑色の箱がその場から消えていった。
「神か! 神アプリすぎるだろ……」
アキラは、茫然とした顔で、何もなくなった地面を見つめる。
──!
すると、まるでタイミングを見計らったかのように、画面に新たな表示が浮かび上がった。そこにはこう書かれている。
《「ウルトラ・イーツ」はいかがでしたか? 星をタップして評価をお願いします》
スマホでよく見るアプリ評価の画面。
(いやこんなの、文句なしの五つ星だろ!)
迷わず星を五つ付けて、送信クリック。するとその直後、すぐにショートメッセージが届いた。中身を開くと書かれていたのは、
《初回注文&評価ご協力、感謝キャンペーン! 30,000ポイント進呈!》
「……は?」
アキラは、座っていた岩から、ずり落ちそうになった。
(さすがに太っ腹すぎだろ……)
まあ、でも。これでしばらくは、注文に支障はなさそうだ。ありがたく、使わせてもらおう。
感謝の思いとともに、アキラはそっとウルトラ・イーツの画面を閉じた。




