#05 箱の中身は?
突如として、地面から現れた緑色のボックス。暗くなり始めたダンジョンの地で静かに柔らかな光を放っていた。
「うわっ!」
突然の出来事に驚愕の声を上げるアキラ。その声に気づいたイザベラとアマリリスも、焚火の準備の手を止め駆け寄ってきた。
「ど、どうしたのだ、アキラ!」
緑のボックスに気づいたアマリリス、目を丸くして立ち止まる。
「その箱は、一体……」
隣のイザベラも、驚きの表情を浮かべている。
アキラは、ごくりと唾を飲み込み恐る恐る、側面にUマークが描かれたボックスの蓋を開けた。頭を突き合わせるように覗き込む三人。
(……入ってる!)
中には、プラスチックの丼が三つ、きれいに並んでいた。丼の蓋の上に踊る昇竜軒の文字、その横に大盛りと書かれた赤いシールが貼ってある。蓋の縁からは、ほわほわと白い湯気がこぼれ、ふわりと鼻をくすぐる醬油系ラーメンの柔らかな香り。
アキラの口の中で、勝手に唾液があふれ、急激に食欲が湧き上がってくる。そして、それはアキラだけではなかった。
──ごくり。
イザベラとアマリリス、二人が唾を飲み込む音が、アキラの耳にはっきりと聞こえた。それでも、騎士としての警戒心を残していたイザベラ、驚愕と警戒の入り混じった顔で、低く尋ねた。
「アキラ。これは……なんだ?」
「えーと、これは……ラーメン、だな」
「らーめん?」
「俺の国の、ソウルフードの一つ、とでもいうか……」
「ソウルフード……。食べ物だというのは、わかる。だが、それがなぜ、今、ここにある?」
イザベラの瞳に浮かぶ疑念の色。
「いったい、どんなカラクリなのだ」
アマリリスも驚いた顔で聞いた。
「これはつまり……えーと」
(どう説明したものか……。そもそも、俺自身よくわかってないし)
しどろもどろになりかけたアキラ、だがすぐに、迷いを断ち切るように言い放った。
「食おう!」
「……え?」
二人が同時にアキラの顔を見た。
「麺が伸びる。料理ってのは、出来上がったら、なるべく早く食べる。それが鉄則だ」
(少しでも早く食べてもらえるよう……そのために、俺は毎日必死でペダルをこいでたんだから)
自身の記憶……背中を丸め自転車をこぎ続けたこの数か月が脳裏によぎる。
アキラは、丼に添えられていた箸を取り、無理やり二人に押し付けた。
「そうだそうだ、まずは食べるのだ!」
アキラの提案にいち早く賛同したのは、アマリリスだった。素直に箸を受け取り、目を輝かせる。すぐに焚き火を囲むようにして三人で座り、それぞれの前にラーメンの丼を配る。
「よし」
そう言って、アキラは丼の前で、両手を合わせた。
「いただきます!」
「……いただきます?」
ぽかんとする、二人。
「えっと、これは儀式というか、合言葉というか……。俺の国に伝わる、感謝の言葉だな」
「感謝……?」
「ああ。食材そのものへの感謝。それから生産者、調理してくれた人、そして……」
「そして?」
「……届けてくれた者への、感謝だな」
(今回の場合、"者"なのか、よくわからんけど……)
「おー、それはいいことなのだ! 感謝、感謝、大感謝なのだ!」
ぱちん、と。アマリリスが勢いよく手を合わせた。
「いただきます!」
その素直な姿を見て、なぜかアキラまで嬉しくなってくる。
(……感謝は、大事だよな)
デリバリーをしていると、五人に一人、いや、十人に一人くらいだろうか。届けた先で、「ありがとう」や「ご苦労さん」と声をかけてくれる人がいた。たったそれだけの言葉で、疲れた体、すり減った心が、どれだけ軽くなったことか。
「……そういうことなら、私も」
ためらいがちに、イザベラも手を合わせ言った。
「いただきます」
それを見届けアキラは、ぱかっと丼の蓋を外した。
「それじゃー、実食!」
「じっしょく……?」
また、二人が戸惑い顔になる。
「それも、感謝の儀式なのだ?」
「え? いや、これはいいんだ、気にするな。食おう!」
「おー、じっしょーく!」
意味もわからぬまま、アマリリスが元気よく復唱し、丼の蓋を外す。それに倣って、イザベラも蓋を取った。
ふわっと、閉じ込められていた湯気が一気に解き放たれ、香りがいっそう濃くなる。まず、アキラはレンゲでスープを一口、口に含んだ。
──ずずっ
昔ながらの中華そば、とでも言うのだろうか。醤油の香ばしさが、ふわりと鼻を抜けていく。わずかに甘みのある動物系の旨味、そして最後に、わずかに香るのは、魚介のダシだろうか。
「くー、しみるー!」
旨さが、そして料理の温もりが、アキラの心と体に染みわたっていった。
「う、うまーい! なんなのだ、これはっ!」
アマリリスも一口すすって、声を上げる。
「まさかダンジョンで、こんな温かい料理が……ほっとするな」
信じられないといった表情でイザベラがつぶやく。
手にしたレンゲを箸に持ち替え、麺を持ち上げたアキラ。
(こっちの世界のマナーは知らないが……まっいいか)
──ずぞぞぞーっ
思いっきり麺をすすった。
勢いのいい音に、二人が驚いた顔でこちらを見る。だが、そんな視線に構ってられない。
(うまい!!)
麺は、伸びていなかった。しっかりと腰がある。軽く縮れた麺が、スープを絡め取って口に運ばれてくる。その絶妙な味わいに、頬がゆるむ。
アキラはそのままの勢いで、二枚乗ったチャーシューのうちの一枚を、一口でがぶりといった。とろりとほぐれる肉の繊維。麺とスープに、チャーシューの脂と旨味が加わって、
(もう、最高か!)
二人も、アキラに倣って箸を使い始める。
アマリリスは、初めてとは思えないほど器用に箸を操っていた。一方のイザベラはというと……箸先で麺をつかもうとしては滑らせ、すくおうとしては取りこぼし、悪戦苦闘。ついには諦めたのか、わしづかみで食べ始めた。
「何なのだこのツルツル食感……ヤバいのだ! 衝撃なのだ!」
アマリリスは、今にも泣き出しそうな顔で感極まった声を上げながら、麺をすすっている。
その隣で、少し慣れてきた箸で、何とか掴んだチャーシューを口にしたイザベラが、
「一体何だこの肉は……うまい。うますぎる……」
そう言いながら、丼の中を、まるで強敵と出会ったかのように睨みつける。
その後は、もう誰も言葉を発さなかった。三人とも、ただ夢中で麺をすすり、スープを飲み、チャーシューを頬張り──あっという間に、大盛りラーメンの丼は、三つとも空になっていた。




