#04 隠された力
獣のような咆哮が、ダンジョンの空気を震わせる。三人の顔に、さっと緊張が走った。
次の瞬間、イザベラが動いた。腰の剣に手を添えるや、地面を蹴り、近くの巨木の枝へと素早く飛び乗る。あっという間に、はるかな高みへ。アキラには到底真似できない跳躍だった。
枝の上から、イザベラは鋭い目で周囲を見渡す。ややあって、上から声が降ってきた。
「問題ない。ハデス・クツワムシだ。声こそ大きいが、やつが人を襲うことはないだろう」
「ふー……」
アキラは、詰めていた息を吐き出した。
(ハデス・クツワムシ……。無駄に派手な名前で、脅かしやがって)
名前だけは禍々しいその虫の鳴き声は、やがて遠ざかっていった。
危機が去ったのを確かめると、イザベラは枝から飛び降りた。何メートルもの高さがあったはずなのに、衝撃のダメージを感じさせない自然な着地。まるで曲芸師のような身のこなし。そういえば、さっきアマリリスも、遺跡の上階から軽々と飛び降りていた。
「てか、なんでそんな身のこなしができるんだ?」
アキラが尋ねると、イザベラは怪訝そうに眉をひそめた。
「……知らんのか、魔法を?」
「魔法?」
(いや、気づいてたっちゃ気づいてたけど……あの身のこなしも、魔法と関係が……?)
冷たい顔でイザベラが続ける。
「お主いくつだか知らんが、今までよく、生きてこられたものだな」
(今年で26だ! 悪いか!)
という言葉を、なんとか自制して飲み込んだ。文句の一つでも返したかったが、実際の年齢を言い返しても、あまり意味はないだろう。それでも不満気な様子が顔に出ていたようで、
「ぷっ……あははは」
堪えられない、といった感じで笑い出したアマリリスが、見かねて説明してくれた。
「魔法っていうのは……」
彼女曰く、この世界の魔法は、空気中にある魔素を取り込み、エネルギーに変換させているらしい。
それを可能にする能力を有するのか魔法士。魔法士には、火、水、雷、土、風の五つの属性があり、変換したエネルギーを具現化させて戦闘に用いたり、回復や強化、サポートに使ったりできるのだとか。
さらには、魔力で肉体そのものを強化することもでき、それによって常人離れした動きが可能になるとのことだった。
そして、
「ちなみにイザベラは、火属性の剣士で、私は水属性の付与術師なのだ」
それぞれの属性とタイプを教えてくれた。さっきの燃える剣も、光る杖も、すべて合点がいった。
最後にアマリリスはいたずらっぽい目で言った。
「最初、アキラを見た時、魔法士だと思ったのだ」
「は? 何で?」
「あの変な服……、ただ者じゃないって感じがしたのだ」
(変な服、ただ者じゃない……けなしてるのか、褒めてるのか……)
ため息混じりに、アキラは答える。
「まあ、俺にもそういう力があればよかったんだけど、残念ながら……」
──!
そう言いかけて、ふと閃いた。
(待てよ。異世界転生といえば、特別な力ってやつが、つきものじゃないのか?)
今の俺なら、もしかして……淡い期待が、胸の奥でちらついた。
「ちなみに、魔法って、自分で確認できたりしないのかな?」
「そんなものは……」
イザベラはそう言うと、体の前で手のひらを広げ、何かを払うような仕草をしてみせた。
「これで、ステータスが開く」
「魔法の有無や、属性、タイプが確認できるのだ」
アマリリスも、同じような仕草をしながら答える。
だが、アキラの目には何も見えなかった。二人が体の前の空間を眺めているのはわかるのだが、そこには空気しかない。
不審顔を浮かべていると
「ステータスは、本人にしか見えんぞ」
そんなことも知らんのか、という表情で、イザベラが言った。
「ちぇっ」
小さく舌打ちをして、アキラは自分の体の前で、仕草を真似てみる。手のひらを広げ、すっと払う。
《ピラ~ン♪》
軽快な音と共に、何かが現れた。
(出た!)
だが、喜んだのもつかの間。現れたのは、灰色の画面が一枚、宙にぽっかりと浮かんだだけ。そこには絵も、文字も、何ひとつ表示されていない。
のっぺりとした、無の画面。
(なんだよ……やっぱり俺には、何もないってことか)
肩を落とし、アキラは画面を追い払うように、手を横にスライドさせた。
その瞬間、画面が、動いた。まるで、スマートフォンの画面をスワイプしたかのように、すうっと横に流れたのだ。
「……!」
切り替わった画面に、緑色のマークが現れた。いや、マークというより……
(これは……アイコン!)
間違いない。画面上にぽつんと配置されたそれは、アプリアイコンそのものだった。
しかも、その緑色の中に描かれているのは、見慣れた「U」の白い文字。それは、アキラがバイトしていた、料理デリバリーのアプリアイコンそっくりに見えた。
「そんなバカな……」
思わず、声が漏れる。
一人つぶやくアキラを、イザベラとアマリリスが、怪訝な表情で見つめている。だが、二人にかまっている余裕は無い。
アキラは、震える手でそのアイコンに、指先で触れる。
ぱっ、と画面が開き、大きく表示された文字。
『ウルトラ・イーツへようこそ!』
(ウルトラ・イーツ? なんか微妙に名前が違うけど……)
続いて、目の前に、色とりどりの花吹雪が舞った。
「ひゃつ!」
予想外の演出に、変な声が出た。その花吹雪の中に、ド派手な文字が躍っている。
《初回ご利用キャンペーン! 10,000ウルトラポイント進呈!》
「はーっ…」
呆けた顔で見ていると、やがて花吹雪が消え、画面は見覚えのある表示へと切り替わった。デリバリーアプリの、飲食店選択の画面。
「これは、一体……」
ぶつぶつとつぶやきながら、アキラは画面に見入る。
「おい、アキラ。どうした?」
イザベラの声も、もう耳に入ってこなかった。憑かれたような顔で、アキラは画面を下へ、下へとスライドさせていく。
『キャプテン・バーガー』
『ドミソ・ピザ』
『スシ満杯』
見慣れた、デリバリー店舗の名前が、ずらりと続く。そして、とある店舗の名前で、アキラの指が止まった。
『昇竜軒』
店名の下には、赤い太字でこう書かれている。
《ラーメン大盛り無料サービス中!》
「いや……まさか、ね……」
そう口にしながらも、アキラの指は、半ば吸い寄せられるように「大盛り」のオプションをチェックし、「ラーメン」の注文ボタンを押し……
ちらり、と前に立つイザベラとアマリリスに目をやる。「?」という顔で見守っている二人への返答は、ひとまず置いといて……アキラは画面に顔を戻すと、注文数を、1から3へと変更した。
改めて、注文をクリック。
《ピロリーン♪》
画面の表示が、「注文確定」から「調理中」の文字へと切り替わった。
「ふーっ」
小さく息を吐き、アキラは手をスライドさせて画面を閉じた。そしてすぐに、
「いやいやいや、ないないない……」
一人、自嘲気味にへらへらと笑う。
届くわけがない。こんな異世界のしかもダンジョンのど真ん中に、ラーメンが配達されてくるわけがない。
「いったい、どうしたんだ、アキラ?」
「魔法は……あったのだ?」
イザベラとアマリリスが、口々に尋ねてくる。
(なんと言えば……いや、そもそもこれって魔法なのか?)
「いやー、その~、何というか……」
(きっと何かのバグだ。あるいは、幻でも見たのかも……)
一度自分の頬でもつねった方がいいだろうか。
「……いや、何もなかった。気のせいだ。気にしないでくれ」
アキラの煮え切らない返事に、二人は不審そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
そして、話を変えるように、イザベラが事務的に告げる。
「一旦ここを離れよう。水場に長居するのはよくない。それに、そろそろ日も暮れる」
そう言われてアキラが見上げると、いつのまにか夕闇がせまる空。
(ダンジョンなのに夜?)
聞けばこのダンジョンは、表層エリアと深層エリアに分かれており、ここはまだ表層なのだそう。
リュックを背負う二人の後に続き、近くの岩場へ。身を隠すのにちょうどよく、座るのに手ごろな岩もある。日が落ちたせいか、嘘のように暑さが引き、寒気がするほどになっていた。
(こんな状況で、本当にラーメンが食えたら言うことなしなんだが……)
肌寒くなったダンジョンで、すきっ腹を抱えながら、アキラがそう思った、その時だった。
《ピコーン♪》
軽やかな電子音とともに、閉じてたはずのステータス画面が、勝手に開いた。
表示されたのは、一通のショートメッセージ。
《お届けが完了しました!》
「えっ?」
次の瞬間。アキラの足元が、ぼうっと光り出した。
そして地面から、「U」のマークが付いた緑色のボックスが、せり上がるように現れたのだった。




