#03 騎士団のお荷物
「頼む、連れてってくれよ!」
懇願するアキラ。
イザベラとアマリリスは、あからさまに迷惑そうな顔を浮かべていた。それでもアキラは、両手を合わせ頭を下げ、なんとか頼み込む。二人はしばし顔を見合わせていたが、やがてイザベラが、根負けしたように息を吐いた。
「これから、近くの水場へ向かう。ついてきたいなら、勝手にするがいい」
突き放すような言い方だったが、なんとか許可は得た。アキラはほっと胸をなで下ろした。
「ただし……」
イザベラが、すっと指を突きつける。
「そのおかしな格好を、どうにかしてからだ」
指さされたのは、アキラの蛍光色のレインコートだった。確かに、この派手な衣装は、魔物がうろつくダンジョンでは目立ちすぎる。
だが、
「いや、どうにかしろって言われても……」
困惑しながらアキラがそう言うと、
「あそこに」
イザベラが、すっと視線を向けた先。建物の奥、崩れた石床の隙間から、草木が生えている。その葉陰に隠れるようにして、何かが見えた。
ぼろ布? にしては、不自然な膨らみが。近づいてみると、所々に白いものが覗いている。
(これって……)
間近で見て、アキラはようやく理解した。それは骨だった。数体の白骨が、朽ちた装備をまとったまま、折り重なるように横たわっている。おそらくは、このダンジョンに取り残された、冒険者たちの成れの果て。
「まさか……これに、着替えろって?」
冗談だろう、と振り返る。だが、こちらを見返すイザベラの顔は、険しく、冗談の色は微塵もなかった。むしろ「早くしろ」と催促するかのような眼光の鋭さである。
アキラは、ごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。
(すまん! 使わせてもらう……)
心の中で手を合わせ、恐る恐る骸骨に近づくと使えそうな古着を剥がしていく。
胸元に革紐が編み込まれた粗末な布のシャツ、使い込まれツルツルになった革のベスト、ところどころ継ぎ接ぎされた黒いズボン、シミの浮いたみすぼらしいブーツ。最後に、隅に転がっていた刃こぼれした剣を一本拾い上げ、腰に差した。
全身を見下ろし、アキラは深く息を吐いた。そこにいたのは、絵に描いたような見習い冒険者(極貧Ver)、そのものだったからである。
「行くぞ」
着替え終えたアキラに、イザベラが短く声をかけた。
二人はそれぞれ、大きな革製のリュックを背負っている。アキラは、その後ろについて歩き始めた。
「荷物持とうか? 荷物持ちでもなんでもするって言ったし」
へつらうようにそう声を掛けるが、
「いや、いい。貴重なものが入っているからな」
イザベラに、にべもなく断られた。
(まあ、そうだよな)
会ったばかりの、怪しい服を着ていた男に、大事な荷物を預けるはずもない。今のところ、自分への信用はまったくのゼロらしい。
ところどころに崩れかけた、岩造りの建造物が並ぶ道を進んでいく。歩きながら、アキラは比較的人当たりの柔らかそうなアマリリスに、二人のことを尋ねてみた。
彼女の話によると、二人は、近隣のヘルバラ国、その中のイーツ領の騎士団に所属し、領主の命を受け、ダンジョンの攻略にあたっているとか。
当初は三人パーティーだったが、一人が体調不良に。その仲間を帰し、残った二人で探索を続けていた……
「という状況なのだ、けど」
アマリリスの言葉が、そこで途切れた。
「けど?」
「……そろそろ、撤退も考えないと、なのだ」
その一言に、前を歩いていたイザベラが、ぴくりと反応した。
「いや、まだいけるだろう、アマリリス」
「無茶は禁物なのだ、イザベラ」
柔らかい口調だが、その奥に冷静に諭すような響きがあった。
「何か、問題が?」
アキラが口を挟むと、アマリリスは足を止め、リュックから紙包みを一つ取り出した。
「理由は、これなのだ」
手渡された紙包みを、アキラは開いてみる。
「クッキー?」
中から現れたのは、素朴な焼き菓子だった。とたんに、空腹を思い出す。そういえば、しばらく何も口にしていない。きゅう、と腹が鳴った。
「食べても?」
「どうぞ、なのだ」
アマリリスが、感情のこもらない声で言った。その声色に少しだけ引っかかったが、空腹には勝てず、アキラはクッキーへ手を伸ばす。
ぬちゃっ。
「うへっ」
指先に伝わってきたのは、想像とはまるで違う、生ぬるく湿った感触だった。クッキーは、思いっきり湿気ていた。サクサク感は微塵もなく、しっとり、いや、べちゃべちゃと言っていいほどに水分を吸っている。
それでも、無理やり一口、口に含んでみる。
「うえっ……!」
とても食べられたものではなかった。湿気た小麦粉の塊を、無理やり咀嚼しているような味だ。
「ダンジョンは、乾燥した地域と、湿気の多い地域の繰り返しでな」
イザベラが、振り返らずに言う。
「食べ物が、すぐに傷んでしまう」
「他の食べ物は?」
聞き返すアキラに、
「パンも、干し肉も、みな同じなのだ」
アマリリスが、お手上げといわんばかりの表情で言った。
アキラは、ようやく状況を理解し始めた。どうやらこの世界には、真空パックも、保存料も、ビニール包装も。そういった、食品を長持ちさせる技術が、存在しないらしい。乾湿の激しいダンジョンの中では、あらゆる食料が直ぐに劣化してしまうのだ。
「じゃあ……このダンジョンの中で、何か捕まえて食べるとかは?」
「そんな、都合よく食えそうな生き物が、いると思うか?」
質問で返事を返すイザベラ。言われて、アキラは思い出す。血を吸ってくる巨大なアブラムシ。人間を見下ろす、二メートル超えのカマキリ。……確かに、あれらを「食材」と見るのは、無理がありすぎる。
「はあ……」
アキラは、その湿ったクッキーを、その場にそっと捨てた。罪悪感はあったが、どうにもならない。気を取り直して、二人の後を追う。
やがて、開けた草地に出た。数本の巨木と背の高い草に囲まれたその先に、ようやく水場があった。水場、とは言っても、巨大な池といった風情だ。決して綺麗とは言えない、濁った水面が広がっている。
だが、文句を言える状況ではなかった。アキラは手で水をすくい、喉を潤した。生ぬるく、土の味がしたが、それでも乾いた体には染み渡った。
「はー……」
水辺に並んだ岩の上に、アマリリスがぺたりと座り込む。
「ここ二日ほど、水と豆の粉しか口にしてないのだ」
その横顔には、隠しきれない疲労が滲んでいた。苦々しい表情で、イザベラがそれを見ている。
アキラは、おずおずと提案してみた。
「あのー、一度戻って、体勢を整えてから、別の機会を設けたほうがいいんじゃ……?」
ごく当然の提案だと思った。だが、イザベラは静かに首を振った。
「もうすぐ、雨季が来る」
周囲の景色に目をやりながら、彼女は続けた。
「その時期は、ダンジョンの探索などとてもできん。そして雨季を経たあと、ダンジョンはより活性化し、凶暴な魔物も増える。次の機会を待てば、探索まで一年、待たねばならん」
イザベラは、アキラとアマリリスを交互に見ながら、続けた。
「それに、途中で他の冒険者も見かけた。今戻れば、彼らに先を越されるかもしれん」
アマリリスがうなずく。
「ギルドの雇われ冒険者、ベルモット・ファミリーの配下の者、あとなぜかクネール教の聖騎士団まで見かけたのだ」
アキラには、まだ事情が分かりかねていた。
「競い合ってまで、なんでそんなにダンジョン攻略にこだわるんだ?」
イザベラがちらりとアキラを見る。「本当に何にも知らんのだな?」と言わんばかりの表情。
「ルーンライトだ」
「ルーンライト?」
「ダンジョンでしか採れない、貴重な魔鉱石なのだ」
アマリリスが補足してくれた。
「それが……ここで採れると?」
「それだけではない。ダンジョン攻略に成功した者が、その地を領地化できる」
イザベラの声に力がこもる。
「つまり、魔鉱石の採掘権を手にすることになるわけだ」
(ダンジョン攻略に、そんな理由があったのか)
ただ最深部を目指すだけの冒険だと思っていた。だが実際には、土地と、そこに眠る資源の利権が懸かった、もっとシビアな問題のようだった。
「イーツ領は……今、危機に瀕している」
絞り出すような声で、イザベラが言った。
「その危機を乗り越えるためにも、ルーンライトが──このダンジョン攻略が、必要だ」
そう語る彼女の目は、騎士としての覚悟を感じる、決意のこもったまなざしだった。
「危機って……?」
アキラが、そう聞き返した、その時だった。
ぐぎゃあああっ
どこからか、獣のような叫び声が、ダンジョンの空気を震わせて響いてきた。




