#02 火剣の騎士
女性剣士の放った炎の塊が、唸りをあげて強大なカマキリへと迫る。攻撃を察知したカマキリ、巨大な鎌を振りかぶり、迫りくる炎を叩き斬った……ように見えた。
次の瞬間、炎が爆ぜた。
燃えるではなく、爆発。爆風とともに、オレンジ色の火花が散る。そして、轟音の中、カマキリの鎌が、砕け宙を舞った。
ギイイイイイッー!
遺跡の中に響く、カマキリの悲鳴。片方の鎌を失った一匹は体を大きくよろめかせ、もう一匹も、動揺したかのようにぴたりと動きを止めた。
そこへ、上階から女性が飛び降りてきてすくっと立った。ビルの3階ほどの高さを、いともたやすく。
歳の頃はアキラより少し下、二十二、三か。だが、剣を構えた姿には手練れのオーラが宿っている。ピンと伸びた長身の背筋、なびく栗色の長髪。珀色の瞳は、ひたと敵に向けられていた。
着ているのは、騎士の制服、または軍服だろうか。肩を包む空色のケープ、その下に、足首まで届く濃紺のロングコート。腰まわりを革帯で締め、長い裾には動きを妨げぬよう、大きなスリットが入っていた。華美にして機能的なデザイン。
さらに、両手には肘近くまで覆う革手袋をして、足元は編み上げのロングブーツで固めている。
その彼女を目掛け、無傷の方の巨大カマキリが動く。羽を広げ、飛ぶように女性剣士へと襲い掛かる。だが彼女は、ひらりと斜めに体を投げ出し、回転しながらその突進を躱した。栗色の髪が宙に弧を描く。
距離を取り、着地した彼女へ、今度は片方の鎌を失ったカマキリが、残った鎌を振り下ろして襲い掛かった。彼女は、剣でそれを受ける。
キィーン!
鎌と剣が交わる、鈍い音が響いた。刃越しに、両者が睨みあう。だが、相手は二メートルを超える巨体。じり、じり、と、その膂力に押し込まれていく。
「……っ!」
女剣士は力比べを捨て、剣を斜めに滑らせて鎌をはじくと、後ろへ跳んで距離をとった。息つく間もなく、もう一匹が頭上から鎌を振り下ろす。
彼女は勢いをつけて後方へ飛び、地面に片手をつくと、そのまま器用に宙返りして斬撃を躱した。
だが、すぐに二匹のカマキリが左右から迫る。いかに身のこなしが優れていても、二匹に囲まれては劣勢にも見える。その時だった。
「エンチャント・フォース!」
上階に残っていた、ショートヘアの女性が、凛とした声で唱えた。彼女の掲げた杖の先が、淡く光る。その光が広がり、空中に幾何学模様の光の陣が浮かび上がった。光の陣はすうっと流れるように降下し、剣を手にした女性の元へ。そのまますうっと吸収されるように消えていった。
剣を手にした彼女の口元に、不敵な笑みが浮ぶ。
「フレイム・エッジ!」
彼女が叫ぶと、剣の刀身が、再びごうっと炎をまとう。先ほどよりも、明らかに大きく、強い炎だった。そこへ二匹のカマキリが、同時に襲い掛かる。長髪の剣士は半身に構え、引きつけてから──横なぎの一閃を放った。灼熱の刃が、空気を焼きながら弧を描く。
ズサッー!
一匹のカマキリが、振り上げた鎌のついた胴体もろとも焼き切られた。両断された巨体が、断面から火を噴きながら、どう、と崩れ落ちる。
残されたのは、片方の鎌を失った一匹。燃え落ちた仲間の姿を目の当たりにして、怯えたようにじりじりと後退し、ついに背を向け、逃げ始めた。
「ブレイズ・チェイサー!」
彼女が剣を、地面に突き立てた。その瞬間、突き立てた剣を中心に炎が撒きあがり、まるで意志を持つ獣のように、地面を走り出した。俊敏な蛇のように滑らかに炎は石床を疾走し、逃げるカマキリの背を追尾する。
カマキリが建物を飛び出し、草地に足を踏み入れた時、炎は巨体に追いすがり、一瞬で全身を包み込んだ。
ギ、ギイイイイイッー!
燃え上がるカマキリは、数歩よろめいたのち、崩れるように倒れ、動かなくなった。遺跡の中に、パチパチと火の爆ぜる音だけが残った。
アキラは、その場にへたり込んだまま、声も出せずにいた。
(俺は一体何を見せられてる……?)
強大カマキリを切り伏せる炎の剣……青く光る謎の陣……追いかける炎……、ちょっと前まで、必死に自転車こいでいたのとはあきらかに異質の世界……。
「大丈夫か」
剣を鞘に納めた女性が、へたり込んだままのアキラに声をかけてきた。
「あ、ああ……」
目の前で起こった出来事に頭の整理が追い付かず、間の抜けた返事を返すアキラ。
「私の名はイザベラ。ヘルバラ国イーツ領の騎士団の者だ」
そういうと彼女は振り返り
「それから……」
「アマリリスなのだ」
言葉を引き継ぐように、上階からふわりと舞い降りてきたショートカットの女性が言った。杖を手にした彼女は、青みがかった髪を揺らしながら、軽やかに着地する。
(こっちの人も、普通に高いところから飛び降りるんだな……)
間近に立った小柄な女性、アマリリス。イザベラよりも若く見え二十歳前後だろうか。丸顔で明るく澄んだ青い瞳。小柄ながらイザベラと同じ衣装、強いて違いを言えば、肩を包むケープの刺繍、赤のイザベラに対し、濃い青の刺繍が縫いこまれていた。
二人に自己紹介をされて、アキラはようやく落ち着きを取り戻した。慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「お、俺はアキラ、イサワ・アキラ。ありがとう、助かったよ」
「よろしくなのだ」
アマリリスが、にこりと人なつっこい笑顔を返してくれた。一方、隣に立つイザベラは……。
「ふん。それで、アキラとやら」
珀色の瞳が、すっと細められた。
「その、ふざけた恰好はなんだ?」
「えっ?……」
イザベラの鋭い視線の先にあるもの、アキラの全身を包む、オレンジの蛍光色の雨ガッパ。この場において、場違いなほど目立っていた。 騎士団の制服に身を包んだ彼女らから見れば、単なる悪目立ちした格好に見えたのかもしれない。
「時々いるのだ。興味本位で、ろくな装備も持たずにダンジョンへやってくる不届き者が」
非難めいた口調。まるで、軽装で冬山に登ろうとする素人を諫める、ベテラン登山者のような口ぶり。
「毎年周辺国が遭難者の捜索の為どれだけの労力を割き……」
(なんか怒られてる……俺?)
だが、イザベラの剣幕に戸惑う一方で、アキラの耳に引っかかったのは、
「……ダンジョン?」
(ここはダンジョン……ってことは、つまり、異世界)
うすうすと感じていた現実、自身の置かれた状況に、引導を渡された。それでもまだ納得しきれない……そんな心情のアキラの呆けた様子を見て、イザベラは深々とため息をついた。
「ったく、自分がダンジョンにいることすら、理解していないとは」
その声色は、非難を通り越して、呆れ声に変わっていた。
うろんな目でこちらを見る彼女たちを前に、何と答えるべきか戸惑うアキラ、しかたなく「旅の途中で気を失って、気づいたらここに……」などと曖昧な説明を、モゴモゴと伝えた。
「で、どうする……この者」
もはや呆れ声ですらなく、完全にアキラに対して興味を失った表情のイザベラ。既に彼女の中では、者ではなく、物になり下がっているかもしれない。
アキラそっちのけでアマリリスに言葉を続ける。
「戦力には期待できそうもない、お荷物になるだけ……。置いていくか」
「ま~、あまり賢そうでもないし……正直、私たちも人助けをしてる余裕はないのだ」
素っ気ない声で、さらっと残酷な言葉を吐くアマリリス。彼女もアキラに対して興味が無くなり、同時に遠慮も無くなったようだ。
声をひそめる素振りすらなく交わされる無慈悲な会話。おかげで話はアキラに丸聞こえである。
(お荷物だの、賢そうでないだの、言いたい放題かよ! ……だが、今はそれどころじゃない)
『置いていく』、その一言が、ずしりと響いた。
こんな巨大カマキリがうろつくダンジョンに、武器も、土地勘もない自分が一人残されたら……待っているのは、どう考えても「死」だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
今にも歩き去っていきそうな二人の背中へ、アキラは必死に声をかけた。
「荷物持ちでも、なんでもするから! 頼む、連れてってくれよ!」
恥も外聞もない。ここで取り残されるわけにはいかないのだ。異世界へ来て、その直後に即死亡とか……
(罰ゲームにもほどがあるだろ!)
アキラは必死に二人へ頼み込んだ。




