#13 ダンジョンの罠
真下に伸びた薄暗いダンジョン中、二十メートルほど下の岩場へ向け大きく跳躍したアキラ。
ずぶっしゅ!
緊張感のない、間の抜けた音とともに、アマリリスの魔法による水球の上へ着地、いや着水した。
ずぶりと水球の中へ沈み込む。そのまま落下の衝撃は吸収され、すぐに体がゆっくりと上昇して、ぷかりと浮かび上がった。
痛みは、まったく感じなかった。ただ、鼻に水が入って、つんつんとする。そして何より全身が、びしょびしょ濡れだった。
(やれやれ……)
無事に着地した安堵とびしょ濡れの居心地の悪さで複雑な表情のアキラ。
「あははは……」
その様子をアマリリスが面白そうに眺めていた。
その後も、同じことの繰り返し。
イザベラとアマリリスが、ひらりと次の岩場へ飛び移り、その場でアマリリスが魔法で水球を展開、そこへアキラが「ずぶっしゅ!」とダイブする。
おかげで、狭い壁伝いに歩く必要はなくなり、下りる時間もぐっと短縮された。もっとも、服が乾く間もなく次のダイブが続くので、アキラは常にずぶ濡れのままだ。
(……風邪、ひかないといいけど)
そんなことを思いながら、ダイブを繰り返すこと、数度。
やがて、百メートルほど下に、ぼんやりと、ごつごつした岩底が見えてきた。ダイブも、あと数回ですみそうだ。
先頭のイザベラが、すぐ下の踊り場のような岩場へと飛び、そのまま着地した。
その時だった。彼女の足元に、ぴしっ、と火花が走ったように見えた。
次の瞬間。
ドゴオォンッーー!
洞窟を揺るがす衝撃とともに岩石が砕け散り、イザベラの足元、踊り場そのものが丸ごと崩れ落ちていく。舞い上がる噴煙、その中から背中から落ちていくイザベラの姿が見えた。
「イザベラ!」
アキラとアマリリスが、思わず叫んだ。
だがすぐに、落下の勢いを利用しイザベラの体がくるりと回転。空中で体勢を立て直すと、崩れ落ちる岩塊の一つに、ぴたりと着地した。そのまま地面に向かって、落下していく。
地面への激突の直前、彼女は乗っていた岩を強く蹴る。その反動で軽やかに宙へ跳び、衝撃を回避すると、地面へふわりと着地。土煙が静かに舞う中、彼女は何事もなかったかのように、涼しい顔で立っていた。
「ほっ……」
胸をなで下ろすアキラたち。
「一体、何が……。っていうか、これ、どうすんだよ」
アキラがつぶやく……そう、問題は、ここからだった。
魔法の灯りはイザベラとともに下へ。高所へ取り残されたアキラとアマリリス、周囲は暗く視界も悪い。下から届くわずかな明かりの中、まだ立ち込める噴煙ごしに、アキラは岩底を見下ろした。
いくらアマリリスが魔法で強化されているとはいえ、この高さから飛び降りるのは、さすがに無茶が過ぎる。ましてアキラは強化すらされていない……
はるか下のイザベラも、厳しい顔つきで、こちらを見上げている。
「しかたないのだ……」
隣にいたアマリリスが、ふいにアキラの手を握った。
「え?」
驚くアキラに構わず
「飛ぶのだ!」
そう言うと、そのままアキラの手を引き、地面を蹴った。
「えーっ!」
そのまま落ちていくアマリリスとアキラ。だがなぜか、落下と呼ぶにはあまりにもゆるやか……
「……?」
よく見ると、アマリリスの背中にキラキラと光る、小さな粒子が舞っている。まるで無数の細かな氷の結晶が、羽のように寄り集まっていた。
風を受ける彼女の青い髪と同じように、半透明な青い翼が空気抵抗となり落下速度を弱めているようだった。
それでもアキラの重さで速度は増していく……近づく地面、と彼女は手にした杖を、すっと振るった。
「アクア・スフィア!」
杖の光が、光の陣となり岩底に。すぐに、あの巨大な水球が出現。そのままアキラとアマリリスは、水球の中心へとダイブした。
今までにない勢いで、ずぶずぶと沈み込んでいく。
だが、それも確実に弱まっていき……やがて、こつん、と軽く地面に足が着く感触のあと、アキラの体は、ゆっくりと水面へ浮かび上がってきた。
全身から水を滴らせながら、アキラは岩底に立った。
「たく……ひでーめにあったぜ」
「でも、無事に降りられたのだ」
得意げな顔で、アマリリスが言う。
よく見れば、同じように水球へ飛び込んだはずなのに、彼女の服はほとんど濡れていなかった。これも、魔法の影響なのだろうか。
(なんか……理不尽)
アキラは、ぶるぶると全身を震わせ、犬のように水滴をはじき飛ばす。
イザベラが、迷惑そうにしぶきを避けながら、まるで雨に濡れた野良犬でも見るような目を、アキラに向けた。
だが、アキラは構わず、文句を垂れる。
「それにしても……いったい、どうなってんだこの洞窟?」
アキラは、イザベラのほうへ顔を向けて続けた。
「深層部ってのは、こんなに崩れやすいのか?」
「いや……これは、罠だろう」
「罠?」
「私が着地したとき、一瞬、光る魔法陣が見えた。設置タイプの魔法だ」
「魔法? 誰が、そんなことを……」
「恐らく先行した者が、後続を狙ってのことだろう」
「まじかよ。そんなことするやつまでいるのかよ……」
アキラは、半ば呆れたように言う。
「言ったろう。ルーンライトは、貴重だと」
淡々と返すイザベラ。
ルーンライト──ダンジョンで採れる魔鉱石。イザベラたちの話では、その利権を求め、冒険者ギルドだけでなく国家組織も交えてダンジョン攻略を競い合っているという。
「その利権のためなら、手段を選ばん──そういう連中も、少なくないのだ」
そう言ってイザベラは、何かを思案するような顔つきになった。
「この深層部までたどり着き、なおかつ、こんな仕掛けをするとなると……」
「グリッジ兄弟……なのだ」
アマリリスが、ぽつりと答えた。
「ああ」
イザベラが、うなずく。
「グリッジ兄弟?」
聞き返すアキラに、イザベラが説明する。
「兄弟そろって冒険者をやっている、三人組のパーティーだ。ベルモット・ファミリーというギャング組織の一員……」
「ギャングって、そんなやつらまで参加してるのか?」
驚き、聞き返すアキラ。
「ギャングが、ダンジョン攻略に参加するのはあまり耳にしたことはないが……」
鋭い目つきのイザベラ。ひと呼吸おいて、付け加えた。
「強力な火魔法を使う……面倒な相手であることは間違いない」
(強力な火魔法……)
その言葉を反芻するアキラ。イザベラがそう評するということは、イザベラみたいなやつが、この先で待ち構えているかもしれない、ということ……
「この先は、今まで以上に気をつけて進もう」
イザベラの声に、緊張が混じる。
彼女の鋭い視線の先には、暗いトンネルのように続く、薄暗いダンジョンの洞窟が、ぽっかりと口を開けていた。
「はー……やっかいなのだ」
アマリリスが、ため息まじりにつぶやく。
イザベラにつられるように、アキラも洞窟の先へと顔を向ける。ダンジョン深層で待ち受ける魔物や冒険者……不安な思いを抱えながら、暗い洞窟の奥を、じっと睨みつけた。




