#14 錬金術の使い道
アキラたちが罠を切り抜け、ダンジョン深層部の岩底にたどり着いた──その少し前。
罠によってダンジョン内に響いた、あの爆発音を聞いた者たちがいた。
ダンジョン深層──地下深くにあるにも関わらず、頭上には曇天を思わせる灰色の空がどこまでも広がっていた。
冷たい風が吹き抜ける、肌寒い山道。その急な坂を、男二人と女一人の冒険者が黙々と登っている。
グリッジ兄弟。揃いの黒いマントは、腰が隠れるほどの中丈。口元まで覆い隠す高い襟、漆黒の布地を、細い緋色の縁取りが走っている。
「今の音……?」
声を発し振り向いたのは、リーダーらしき上背のある男。赤髪で長身、顔に刻まれた古い傷。腰の左右には、二本の片手剣を提げている。
「ああ、間違いねえぜアニキ。俺のトラップが発動したんだ」
答えたのは、やはり赤髪で、長身の男によく似たやや幼さの残る丸顔の男だった。立ち止まり、自信ありげに腕を組む。その右腕には、火傷の跡がシミのように広がっていた。
「へー。うちら以外にも、深層にたどり着く奴らがいたとはね」
意外そうな表情を浮かべたのは、赤髪のショートヘアの女だった。
「で、どうするの、エンツォ兄。見に行く?」
エンツォと呼ばれた長身の男は、思案顔を浮かべる。
彼らが立つのは、深層部の洞窟の中の登り道。周囲は見渡す限りの荒れた岩場で、砕けた石と灰色の砂が斜面を覆っている。道幅は狭く、片側は崩れた岩壁、もう片側は、奈落のように落ち込む暗い裂け目。来た道を引き返すのも、容易ではない。
「威力は、ザリウス?」
エンツォが尋ねる。
ザリウスと呼ばれた童顔の男は、ふんと鼻を鳴らし胸を張った。
「充分だぜ。あの魔法なら、確実に足場は崩れ落ちる」
腕を組んだまま、自信たっぷりにうなずく。そのザリウスの表情を見て、エンツォは言った。
「……先を進もう、ミレッタ」
「大丈夫かな。こいつ、時々ポカやらかすけど」
ミレッタと呼ばれたショートカットの女が、横目でザリウスを見る。
「お前、俺の魔法にケチつける気か」
「お前じゃない! ねーさんと呼べ」
「何言ってんだ、同い年だろ」
「先に生まれたのは、アタシだ」
「知るか。んなもん、関係ねえよ」
言い合いを続ける双子の姉弟を、エンツォは呆れたように見つめた。
(……まあ、あの高さから落ちたら、無事では済まんだろう)
胸の内でそう結論づけると、エンツォは二人に声をかけた。
「おい」
登り道の先を指さす。数キロ先、斜面の中腹あたりに、ぽつんと開けた更地が見えた。
「あそこまで行って、休憩だ。飯にしよう」
そう言って、エンツォは足を踏み出した。
しばらく進み、三人は中腹の更地へとたどり着いた。
腰を下ろしたエンツォの合図で、ザリウスがリュックから何かを取り出す。金属製の三角錐の塊だった。ミレッタが、その塊を火にかけた鍋に入れて温める。
数分ほど温めたところで、ザリウスが金属の塊を、鍋から取り出した。
「あちち」
そう言いながら、熱避けの端切れと一緒に、それを二人へと渡す。
火傷しないよう端切れで受け取った金属の塊に、ミレッタはナイフを取り出し、ぐさりと突き刺した。器用に刃を使い、中を開いていく。
中からは……ごろりとした肉と、火の通った野菜、そして豆が、湯気とともに姿を現した。
フォークで刺した肉を、ミレッタが口に頬張る。
「うまっ!」
スパイスの効いた肉の旨味が、口いっぱいに広がった。
「ダンジョンで、こんな料理が食えるって……まじ、やべーな」
ザリウスも、満足そうに声を上げる。
その様子を、エンツォは満ち足りた顔で見つめていた。
「このダンジョンで、こんな贅沢な飯が食えるのは、俺たちぐらいのもんだろ」
そう言って、自分も味の染みた肉をかみしめる。
質素な食事で耐えしのいだ過去のダンジョン探索。あの苦労の日々が、まるで嘘のようだった。
「しかし、ミゲーレ商会ってのは、すげーな」
感嘆した声を上げるザリウス。
「そうかな……」
だが、ミレッタは浮かない顔だった。
「アタシは、気に入らないね。あいつ、ぜってー何か企んでるよ」
ミレッタの言う「あいつ」とは──ミゲーレ商会、その当主ミゲーレ・ヘルケス。ヘルバラ国一とも称される、大商人である。
今回の、エンツォたちグリッジ兄弟によるダンジョン攻略は、所属するギャング組織ベルモット・ファミリーの指示ではなかった。商人であるミゲーレからの、直接の依頼。いや、依頼というより……
エンツォの脳裏に、ミゲーレの屋敷へ呼び出された、あの日のことがよみがえる。
◆
ミゲーレからの迎えの馬車に乗り、エンツォたち三人は、王都近郊にある彼の屋敷へ向かう。大きな鉄の正門をくぐり、草木が生い茂る馬車道を進む。やがて姿を見せた豪奢な噴水、馬車はその噴水を囲む円形の道を迂回し正面の大邸宅へ。
馬車を降りた三人は思わず目を見張った。大理石を敷き詰めたエントランス、毛足の長い絨毯が続く廊下、魔鉱石をふんだんに使ったシャンデリアが輝く応接間……だが、本当に驚愕したのは、ミゲーレが「工房」と呼ぶ、地下の一室へ案内されてからだった。
周囲の壁一面に並ぶ棚。そこにずらりと収められた、怪しげな実験道具や本の数々。それらを背にして立つ部屋の主──ミゲーレは、上質な黒のスーツに、黒のシャツ。開いた胸元には、アクセサリーが光る。整えてかきあげられた黒髪に、短く整えられた口髭。上背があり胸板は厚く、鋭い眼光。スーツを着ていなければ、冒険者と見まがえそうなほどだ。
それでも、その物腰は丁寧。穏やかな声で、彼は言った。
「見せたいものがある」
挨拶もそこそこに、ミゲーレは一人の男に声をかけた。
「始めてくれ」
ミゲーレがシオンと紹介したその男は、白い法衣のような、ひらひらとした衣装を身にまとっていた。
男の前に置かれたのは、一見ただの平坦な薄い金属の板。ドワーフの鍛冶技術で平らに伸ばされ、表面には、特殊な樹液が塗られているという。
その板の上に、等間隔に、調理された肉と野菜が盛られていく。
白い衣装の男が、低く詠唱し、印を結ぶ。
すると、金属のプレートに、光が走り幾何学模様のようなものが浮かび上がった。
「これは……まさか、錬金術?」
エンツォの言葉にミゲーレがニヤリと頷く。後ろにいたミレッタとザリウスも息をのむ。
錬金術は、クネール教国に伝わる秘術。門外不出とされており、他国で目にすることはまずない。
(あの男、錬金術師……)
エンツォはシオンと呼ばれた、白い衣装の男に改めて目をやった。その男、シオンは、金属のプレートに向けて手をかざす。
浮かび上がった幾何学模様、盛られた食材を中心に、一つの正三角形を描き、その三角形からさらに、三方向へ、同じサイズの三角形が、翼を広げるように伸びていく。
描かれた模様は、すぐにはっきりと実体のある線になり、金属の上に溝が引かれていった。
「はっ」
シオンが気合の入った声を発し、かざした手のひらを上に向ける。
すると金属は、その模様に沿ってひとりでに切り取られていった。そのまま、三方に伸びた三角片が、調理された料理を包み込むように、勝手に折り合わさっていく。
やがて、パチリと音を立てて、それは一つの三角錐へと組み上がった。
もし、この場にアキラがいたなら、「牛乳パックみたいな形だな」とでも思ったかもしれない。
(これが錬金術……)
間近で見る不思議な現象に目を見張るエンツォ。だがそれは、今まで聞いたどんな錬金術とも、まるで違っていた。それに……あの三角の物体は……?
「我々は、これを"缶詰"と呼んでいる」
ミゲーレが自信に満ちた顔で言った。
「缶詰……?」
「こうして加工した料理を、金属で密封する。そうすることで、腐敗や酸化を防ぎ、数か月の長期保存が、可能になるのだ」
「数か月? この金属の塊で、そんなことが……」
ミゲーレは、組み上がったばかりの三角錐の塊を手に取ると、エンツォへ顔を向け言った。
「私と手を組まないか?」
「……?」
「オムニヴォル、ガストロス、グラトニア……。世界には、まだ未踏破のダンジョンがあふれている。その原因は、過酷な環境──それにともなう、深刻な食糧不足だ」
ミゲーレの目が、ぎらりと光る。
「だが、これさえあれば。ダンジョンの食糧問題は、一気に解決する」
そう言って、ミゲーレは、缶詰と呼ぶその塊を、エンツォへ向け放ってよこした。
受け取った手の上で、缶詰をまじまじと見つめるエンツォ。この缶詰、そしてミゲーレの話は充分に魅力的。だが……
(組織を裏切る? 面倒ごとになることは明らかだろう……)
鈍く光る三角錐にゆがんで映る自分の顔、その目がこちらを見返していた。
「このままギャングの用心棒で終わる気か?」
エンツォを挑発するかのようなミゲーレの言葉。
「お前何を!」
気色ばった顔でミゲーレを睨むミレッタとザリウス。
「よせ」
エンツォが低い声で二人を制した。
薄々感づいていた自分の焦燥感。その思いは、缶詰に映る自分の顔にありありと浮かび上がっているように見えた。
先の大戦が終わってから、数百年。世界は平穏を謳歌してきた。しかし……三年前のある出来事が、すべてを変えた。大陸の北の外れ、辺境の地で起こった一つの異変。
魔王、顕現。
その報せは瞬く間に大陸中を駆け巡り、世界を震撼させた。世界は今、不穏な空気に満ちている。
だが……エンツォの頭の中でささやくように響く言葉。
(乱世は、チャンスでもある……)
考え込むエンツォにミゲーレが再び言った。
「どうだ? 一緒に世界のダンジョンを、手に入れないか」
沈黙を続けるエンツォ。そんな彼を、不安げな表情で見守るミレッタとザリウス……
結局、エンツォは、その話に乗ることにした。
ミゲーレが、ダンジョン探索に必要な資金と、この缶詰を提供する。そして、エンツォたちグリッジ兄弟が、実際の探索を担う。
ダンジョンから得られる利益の取り分は、七対三でミゲーレが、七。
正直、不満がないと言えば嘘になる。だが、未踏破ダンジョンの攻略によって得られる名声、そして地位。それを思えば、十分に魅力的な話だった。
そのためには……あの技術、そして、この缶詰が必要なのだ。
◆
手にした缶詰の中身を食べ終え、エンツォの回想も幕を閉じる。口を拭ったエンツォにミレッタが声をかけた。
「エンツォ兄。あの商人、信用していいのか?」
「何言ってる」
すかさず、ザリウスが口を挟む。
「誰のおかげで、こんなうまい飯が食えてると思ってんだ」
「あんたは、そんなだから、すぐ騙されんだよ」
「なんだと」
また、睨み合う二人。
「やめとけ」
エンツォが、呆れたように声をかける。
「あいつが何か企んでいようと構わん。利用できるうちは、こっちが利用するまでだ」
まるで、自分自身に言い聞かせるように、エンツォは言った。
「そうだそうだ。アニキの言うとおりだぜ」
すかさず相槌を打つ、ザリウス。
ミレッタは、そんなザリウスを横目で睨んだが……結局、何も言わなかった。そのまま、三人は黙り込み、静かに寝床の準備を始めた。




