#12 暗がりでの跳躍
「この、卑怯者ーーっ!」
夜空に響く、メイリアの絶叫。
だが、その一言でイザベラに火が付いた。
「卑怯者、だと?」
低い声で言葉を返す。
「一体、どの口がそれを言う?」
そう言うなり、イザベラはすくっと立ち上がる。そして、手にしていたハンバーグの容器を、「預ける」と言わんばかりに、ぐいとアキラのもとへ差し出した。
「うっ……」
立ち上がったイザベラの鋭い視線、その剣幕に、三人がたじろぐ。彼女は、腰の剣にすっと手を当て続けた。
「なんなら……ここで、昼間の貸しを、返してもらおうか?」
その一言で、三人組は、すっかり押し黙ってしまった。
沈黙……ぱちぱちと、焚火の音だけが響く。やがて、
「……うわーん!」
その沈黙を破ったのは、ホイヤーの大きな泣き声だった。
「もう、やだ、帰るーっ!」
そう叫ぶと、そのまま背を向け一目散に走り去っていく。
「ちょ、ちょっと、ホイヤー!? 待って」
慌てて、メイリアがその後を追いかける。
「くぅぅ……」
一人、その場に残されたハンス。恨みがましい目で、じっとイザベラたち三人を見据える。震える手、その手で強く握りしめた包みから、何かの白い粉がこぼれ落ちる……
「ちくしょー、覚えてろよ!」
突然、捨て台詞を吐くと仲間のあとを追って、駆け出す。そのまま三人の姿は、闇の中へと消えていった。
「ふん。何がしたかったのだ一体」
鼻を鳴らし、イザベラが腰を下ろす。そして、アキラの手から、素早くハンバーグの容器を取り返した。
「まったく……毎回毎回慌ただしい……なんなのだ?」
三人が去っていった方角を見やりながら、つぶやくアマリリス。
「確かに……人騒がせな連中だな」
嵐のように去っていった三人組に対し、アキラもそれ以外の言葉が見つからなかった。
だが一つ、付け加えるとすれば……
(このダンジョンで、最初に出会ったのがイザベラたちで、本当によかった)
もし、最初に出くわしたのが、あのハンスたちだったら。きっと右往左往してダンジョンを彷徨い、その挙句強力な魔物と遭遇して……
(俺の異世界生活、あっさり詰んでたんじゃ……)
ふと、去り際のハンスの言葉がよみがえる。
『覚えてろよ!』
そう言い残していったが、確かにあの連中のことは、忘れることはないだろう。……ただし、あの男の意図とは別の意味で、だが。
そんなことを思いながら、アキラは箸を使いハンバーグを一口、口に運んだ。口の中いっぱいに広がる、濃厚なデミグラスソースと、ジューシーな肉の旨味。そこへすかさず……白いご飯を、かき込む。
(ん~、やっぱり……ハンバーグには、白飯だな)
一旦三人のことは頭から追い払い、アキラは料理の美味さに舌鼓を打つことに専念した。
翌朝、出発に向けイザベラたちと荷物を整えるアキラ。
ふと、ハンスたち三人を思い出し周囲を見わたす。少し離れた更地の一角に、焚火の跡だけが、黒々と地面に残されているのが見えた。
(このダンジョンを去ったのか……)
昨夜彼らが見せた、アキラたちのハンバーグを凝視する、怒ったような視線。突然の訪問に驚いたが落ち着いた今、この過酷なダンジョンの環境を踏まえて考えれば、わからないでもない。
(ちょっと可哀そうなことしたかな……)
人気の無くなった焚火の後を見ながら、少しだけ同情の念がわいた。
だがそれも、ほんの一瞬のこと。
「アキラ、何をぼーっとしているのだ?」
アマリリスの声に、アキラは我に返った。
ついに深層部へ向けて出発。とはいえ、目の前に立ちはだかるのは、あの切り立った岩壁、グレイブ・クリフだ。
(これを……どうやって越えるんだ?)
アキラは、手がかりや足がかりになりそうな、くぼみや出っ張りはないかと、岩肌をきょろきょろと見回す。
だが、当のイザベラは、まったく別のことを考えていたらしい。
「アマリリス」
「はいなのだ」
短いやり取りのあと、アマリリスがすかさず杖を構えた。
「水鏡の精霊よ、彼の剣に加護を──エンチャント・フォース!」
光の陣が、すうっとイザベラの体を包み込む。
付与の力を得たイザベラは、壁の前で静かに剣を抜いた。そのまま、ぐっと腰を落とす。壁に向け左の手のひらを突き出し、剣を持つ右手は、ぐいと後ろへ引いて、地面と水平に構えた。
「貫けよ、ひと筋の槍となりて──フレイム・ランス!」
彼女が詠唱した、その瞬間。剣のガード、鍔のあたりに、ぼっと炎が灯った。その炎が、ゆっくりと、刀身を滑るように奔っていく。そして、炎が剣先にたどり着いた、その時。
イザベラは、引いていた右手の剣を、体の前へと一気に突き出した。放たれたのは、一条の赤い閃光、レーザーのように壁に奔った。
ドンッ!
轟音と衝撃とともに、岩壁の一部が、ごうっと炎に包まれる。やがて炎が消え去ったとき、そこには……直径一メートルほどの、ぽっかりとしたくぼみができていた。
(……まじかよ)
アキラは、ぽかんと口を開けた。
昨夜、ハンスはアキラのデリバリーを目の当たりにして「出鱈目な魔法」と言っていたが……
(イザベラの魔法も、なかなかに出鱈目だよな)
イザベラは、その後も炎弾を撃ち込むこと数度。やがて、岩壁を貫通する、一本の細い道ができあがった。
「行こう」
頭を低くして、まるで穴をくぐるように、三人は貫通した道を進んでいく。しばらく行くと、先頭のイザベラが、ふと足を止めた。
どうやら、向こう側に出たようだ。だが、真っ暗で何も見えない。イザベラは、腰に差した短刀を鞘ごと抜いた。
「フレア・ウィスプ」
そう呪文を唱えながら、鞘から短刀を引き抜く。鞘を走る刃から、ぱっと火花が散る。その火花が、みるみる大きくふくらみ、やがて、ぼうっと光る球となって、イザベラのすぐそばを、ふわりふわりと漂い始めた。
淡い光が、内部を照らし出す。そこは、切り立った崖が、下へ下へと続く、垂直に伸びた洞窟のような空間だった。よく見ると、壁沿いに、道のようなものがある。いや、道とも呼べないかろうじて足を置けるわずかな足場が、危うげに続いている。
(……マジか。こんなところを下りるのか)
ごくり、と唾を飲み込むアキラ。
三人は、下へ伸びる洞窟の壁に手をつきながら、そろりそろりと心もとない足場を下り始めた。時々吹き上げる下からの風、アキラはバランスを崩しそうになり、慌てて壁の出っ張りに捕まる。
しばらく進むと、ふいに広いスペースに出た。まるで階段の踊り場のような一角。
「ふー……」
ようやく身を置ける安全な場所に、アキラはほっと安堵の息を吐いた。すぐ近くで、イザベラは、その場から身を乗り出し、下の様子をうかがうように見下ろしている。
ゆらゆらと揺れる魔法の明かり、フレア・ウィスプの光が、洞窟の奥のほうまでを照らし出す。よく見ると、洞窟の下の壁には、ところどころに同じような踊り場が点在していた。
一番近い踊り場は、二十メートルほど先の斜め下。すると、
「はっ!」
気合の声を発したイザベラが踊り場の端っこ、へりの部分を蹴り、身を投げ出した。
「!?」
宙を舞い、くるりと一回転すると下の足場へ。膝を曲げ、両手をつきながら、綺麗に着地した。
(そうだった……。この人たち、ある意味、人じゃなかったんだ)
魔力による身体強化。それによって、彼女たちは人間離れした動きが可能なのだ。さんざん見せられてきたはずなのだが、間近で見て改めて驚愕する。
アキラがぽかんとしているうちに、続いてアマリリスも、ふわりと身を躍らせ、そのまま軽やかに下の踊り場へ着地した。
「お、おいおい……」
心細げに、アキラが声を上げる。魔法の明かりも、イザベラについて下へ。おかげでアキラは、あっという間に、薄暗い岩場のへりに、一人ぼっちで取り残されてしまった。
下のほうでは、にこにこと笑みを浮かべたアマリリスが、こちらに向かって手招きをしている。
「……俺を殺す気か」
恨めしげに、アキラは抗議の言葉をつぶやいた。二十メートルもの高さを、生身で飛び降りろというのか、冗談ではない。
すると、アマリリスがひょいと杖を振るった。杖の先から放たれた光が、光の陣となり、やがて、むくむくとふくらんでいく。直径十メートルほどはあろうかという大きさのやや楕円の球体。まるで、巨大な水風船か、スライムのようなものが、踊り場の上に姿を現した。
「アクア・スフィア、なのだ!」
自慢げに発したアマリリスの声が洞窟に響く。そして、再びこちらへ手招きを始めた。
「……いや、どうしろと」
困惑顔を浮かべるアキラ。すると、アマリリスは答えるかわりに、自分の作った水球に向かって、ぴょん、とジャンプしてみせた。
水球は、割れるでも、つぶれるでもない。ただ、アマリリスの体が、ずぶずぶと……まるで、巨大なゼリーへ飛び込んだかのように、ゆっくりと沈み込んでいく。やがて勢いが吸収されると、彼女はぷかりと浮上してきた。
「なるほど……。理解はした。しかし、だ」
(……いけるのか、これ)
あの水球が、クッションの役目を果たすのだろう。理屈はわかる、だが……いざ自分が飛ぶとなると、話は別だ。
ついには、イザベラまでもが、下から手招きを始めた。それは、手招きというより「早く来い」という、無言の圧にも感じられた。
「くーっ……!」
覚悟を決めると、アキラは後ろへ下がった。岩場の一番奥まで。その場で、背中のリュックを背負いなおす。そして、助走をつけて、一気に走り出す。
そのまま、へりを思いきり蹴って──アキラは、虚空へと身を躍らせた。




