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妹に婚約者も屋敷も奪われましたが、亡き王妃の帳簿には私の名前しかありませんでした 〜追放された公爵令嬢が王宮の裏金を暴いたら、冷徹宰相閣下に「国ごと君を守る」と言われています〜  作者: 終焉を綴る堕天筆聖セラフィム・夜叉王院常闇寛龍


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第73話 分からない人が、いちばん大事な質問をする

 王妃基金実務講習の試行初日。


 会場は、王宮東翼の小講堂だった。


 講堂と言っても、貴族学院のような堅苦しい部屋ではない。長机をいくつか並べ、前方に黒板と資料台を置いただけの、控えめな部屋である。


 だが、セレスティアにとっては、大広間より緊張する場所だった。


 今日は、裁く場ではない。

 処分する場でもない。

 寄付者を説得する場でもない。


 教える場だ。


 そして、分からない人が分からないと言える場にしなければならない。


 参加者は、想定より多かった。


 王太子府の若手職員。

 儀礼局の新人書記官。

 王宮会計室の補佐官。

 若い貴族令嬢たち。

 冬季輸送支援共同寄付に関心を持つ者たち。

 そして、リリアナ。


 リリアナは一番前の席に座っていた。


 本人いわく「分からない人代表として、前に座ります」とのことだった。


 隣にはエミリア・クラウゼンが座っている。二人は、すっかり相談相手のようになっていた。


 セレスティアは、講習資料の表紙を見た。


『寄付と支援の届き方を学ぶ会』


 その下に、小さく。


『王妃基金実務講習・試行版』


 さらに、基本方針。


『分からない人が学べる制度にする』


 この一文があるだけで、部屋の空気が少し柔らかくなっている気がした。


 いや、そう思いたいだけかもしれない。


 ミリアは記録机の前で、明らかに緊張していた。


 今日は彼女も講師の一人だ。


 ローレン副監は落ち着いて資料を整えている。


 エミリアは共同寄付の説明をする予定で、何度も自分の紙を読み返している。


 リリアナは、すでに資料の余白へ大量の付箋を貼っていた。


 まだ始まっていないのに。


 セレスティアは、それを見て少し不安になった。


「リリアナ」


「はい、お姉様」


「まだ説明前ですよね」


「はい」


「その付箋は?」


「題名だけで気になるところがありまして」


 強い。


 かなり強い。


 セレスティアは、思わず額に手を当てそうになった。


 ミリアが横で小さく言う。


「試行講習としては、とてもよい受講者です」


「そうですね」


 そう思うことにした。


 講習は、セレスティアの挨拶から始まった。


 彼女は壇上に立ち、参加者を見渡した。


 若い職員たちは緊張している。

 令嬢たちは興味と不安が半分ずつ。

 王太子府の者たちは、どこか身構えている。


 無理もない。


 王妃基金と聞けば、まだラドクリフ商会の不正や王太子府の旧体制を思い出す者もいる。


 だからこそ、最初の言葉が大切だった。


「本日は、王妃基金実務講習の試行にご参加いただき、ありがとうございます」


 声は落ち着いていた。


「この講習は、皆様を試すためのものではありません」


 そこで、リリアナが明らかにほっとした顔をした。


 何人かの若い令嬢も同じ顔をした。


 やはり、最初に言っておいてよかった。


「王妃基金が何のためにあり、寄付や支援がどのように必要な場所へ届くのか。それを一緒に確認するための場です」


 セレスティアは、資料の表紙を示した。


「分からないことがあれば、遠慮なく質問してください。分からないまま頷くことが、一番危険です」


 王太子府の若手書記官が、少しだけ肩を揺らした。


 心当たりがあるのだろう。


「今日の目標は、すべてを完璧に覚えることではありません。分からない時に、どこを見ればよいか、誰に聞けばよいかを知ることです」


 ここで、少し空気が軽くなった。


 セレスティアは続ける。


「では最初に、王妃基金は何のためにあるのか。ここから確認します」


 黒板に、ミリアが一文を書く。


『王妃基金は、貴族の善意を見せる場ではなく、普段届かぬ声へ耳を向ける場』


 亡き王妃の言葉。


 何度も見た言葉。


 だが、講習の場で改めて書かれると、やはり重い。


 セレスティアは言った。


「この言葉を、今日の講習の中心にします。寄付も、報告書も、帳簿も、輸送費も、すべてこの言葉へ戻って考えます」


 リリアナが、そこで小さく手を上げた。


 早い。


 とても早い。


「はい、リリアナ」


「質問です」


「どうぞ」


「『善意を見せる場ではない』ということは、寄付者名を出すのは悪いことなのですか?」


 会場が、少しざわめいた。


 いきなり本質的な質問だった。


 セレスティアは答えようとして、止まった。


 今日の講習は、自分が全部答える場ではない。


 彼女は、バルツァー夫人の代役として寄付者側の説明を担当するエミリアを見た。


「エミリア様、共同寄付代表として、どう思いますか」


 急に振られたエミリアは目を丸くした。


「わ、私ですか」


「はい。寄付者名を出すことについて、実際に考えた立場として」


 エミリアは慌てて資料を見る。


 そして、少し考えながら答えた。


「悪いことではないと思います。寄付者の方の貢献が記録されることは大切です。でも、名前を出すことが一番の目的になると、支援先より自分たちの名誉が前に出てしまうので……そこは気をつける必要があると思います」


 リリアナが頷く。


「では、名前を出すこと自体が悪いのではなく、何のために出すかが大事なのですね」


「はい。たぶん」


 エミリアは少し不安そうにセレスティアを見た。


 セレスティアは微笑んだ。


「その通りです」


 会場の何人かが、資料に書き込んでいた。


 最初の質問から、よい流れになった。


 次は、ローレン副監による「寄付したお金は、どうやって行き先が決まるの?」の説明だった。


 彼は黒板に三つの箱を描いた。


『寄付金』

『返還金』

『通常予算』


 王宮会計室らしい説明だが、今日は言葉がかなり柔らかい。


「まず、皆様に覚えていただきたいのは、同じ金貨でも、性質が違うということです」


 若い令嬢の一人が小さく呟く。


「同じ金貨なのに?」


 ローレン副監は、聞き逃さなかった。


「はい。同じ金貨でも、どこから来たか、何のために使うかで扱いが変わります」


 彼は一枚目の札を掲げた。


「寄付金。これは、寄付者が王妃基金の支援目的に賛同して出してくださるお金です」


 次に、二枚目。


「返還金。これは、不適切に流れたお金が戻されたものです。寄付ではありません。損害を戻すお金です」


 そこで、王太子府の若手職員が手を上げた。


「質問してもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「返還金を支援に使った場合、寄付者向け報告書のように感謝状を出すのですか」


 ローレン副監は少し目を細めた。


「よい質問です。出しません」


「出さないのですか」


「はい。返還金は善意ではなく、戻すべきものが戻っただけです。感謝状ではなく、返還金再配分報告書で使途を示します」


 セレスティアは、内心で頷いた。


 これは大事だ。


 寄付と返還を混ぜると、また意味が曖昧になる。


 リリアナが、すぐ付箋を貼った。


「リリアナ、そこも?」


「はい。返還金に感謝状は出さない、とても大事です」


 ローレン副監が少し笑った。


「その通りです。かなり大事です」


 会場に小さな笑いが起きた。


 講習らしい空気になってきた。


 次の項目は、ミリア担当の「報告書を読んでみましょう」だった。


 机ごとに、簡略化された架空の概要報告書が配られる。


 内容は、冬季燃料支援に関するものだった。


『支援分野:燃料支援』

『支援先:北方施療院群』

『公表範囲:支援先名一部非公開』

『不足時の影響:夜間診療室の暖房時間が短くなる』

『支援後の変化:夜間診療室の暖房時間を安定確保』

『次回課題:燃料保管樽の交換』


 ミリアは、壇上に立った。


 昨日よりは落ち着いている。


 しかし、指先は少し緊張していた。


「この報告書を読む時、最初に寄付者名を見るのではなく、支援分野と支援後の変化を見てください」


 彼女は黒板に書いた。


『何が届いたか』

『何が変わったか』

『次に何が必要か』


「この三つを見ると、寄付や支援が一度で終わるものではないと分かります」


 エミリアが手を上げた。


「質問です。次回課題に『燃料保管樽の交換』とありますが、これも寄付対象になりますか」


 ミリアは頷いた。


「なります。ただし、支援分野としては燃料支援そのものではなく、燃料保管費または設備維持費に分類されます」


「設備維持費……」


 若い令嬢たちが少しざわつく。


 リリアナがすぐ手を上げた。


「ミリア様、設備維持費という言葉は少し硬いです」


 会場が笑った。


 ミリアも少し笑う。


「はい。では、やさしい言い換えを考えましょう」


 彼女は黒板に書いた。


『燃料を安全に置いておくための費用』


 リリアナが満足そうに頷く。


「分かります」


 ミリアは言った。


「このように、難しい言葉は言い換えられます。分からない言葉があれば、その場で止めてください」


 セレスティアは、静かにその様子を見ていた。


 ミリアが、自分で講習を動かしている。


 リリアナが、分からない言葉を止めている。


 若い令嬢たちが、それを笑わずに聞いている。


 これは、確かに学ぶ場だ。


 講習が順調に進んでいると思った頃、予想外の質問が出た。


 王太子府の若手侍従が、控えめに手を上げたのだ。


「初歩的な質問で恐縮ですが」


 セレスティアは言った。


「初歩的な質問ほど歓迎します」


 侍従は少し安心したように続けた。


「王太子府の茶会で余った菓子を、孤児院へ支援として回すことはできますか」


 会場が、微妙な空気になった。


 善意としては、分かる。


 余ったものを無駄にせず、支援へ回す。


 悪く聞こえない。


 だが、問題は多い。


 セレスティアは答えようとして、ローレン副監を見た。


「会計と衛生の両面がありますね」


 ローレン副監が頷く。


「はい。まず、余剰品を支援に回す場合、購入費の出所を確認しなければなりません。王太子府費で購入した菓子を王妃基金支援として扱うことはできません」


 侍従は慌てて頷く。


「はい」


「次に、食品であれば衛生状態、保存、輸送時間、支援先が受け入れ可能かを確認する必要があります」


 ミリアが補足する。


「そして、支援先が『余り物を押しつけられた』と感じない形にしなければなりません」


 この一言で、会場が静まった。


 若い侍従は、少し青ざめる。


「そのようなつもりでは」


 セレスティアは、穏やかに言った。


「分かっています。だからこそ、事前に手続きが必要なのです。善意であっても、相手がどう受け取るかを考えます」


 リリアナが小さく手を上げた。


「つまり、余ったから渡す、ではなく、必要かどうか確認してから、きちんと渡す、ということですか」


「その通りです」


 若い侍従は深く頭を下げた。


「分かりました。余り物を支援と呼ぶ前に、確認が必要なのですね」


 セレスティアは頷いた。


「とても大切な質問でした」


 本当にそうだった。


 善意のつもりで、相手を傷つけることがある。


 講習でそれを扱えた意味は大きい。


 さらに別の令嬢が質問した。


「匿名で寄付したい場合は、どうなりますか?」


 エミリアが少し驚いた顔をした。


 セレスティアは、今度はバルツァー夫人がいないため自分で答えた。


「匿名寄付は可能です。ただし、王妃基金内部では寄付者情報を記録します」


「完全に誰にも知られず、ではないのですね」


「はい。基金側が出所を確認できない寄付は受け付けられません。不正な資金が混じる危険があるからです」


 令嬢は真剣に頷いた。


「では、外へ名前は出さず、基金内部では確認する」


「その通りです」


 リリアナがまた付箋を貼る。


「その説明、分かりやすいです」


「ありがとうございます」


 セレスティアは少し笑った。


 すると今度は、王宮会計室の新人補佐官が手を上げた。


「確認保留権について質問です」


 内部向けの内容だが、今日は試行なので入れている。


「どうぞ」


「上位者から急ぎで処理するよう言われた時、確認保留を申し出るのは失礼に当たりませんか」


 会場の王宮職員たちの表情が、いっせいに真剣になった。


 これは、多くの者が聞きたかった質問だろう。


 セレスティアは、すぐに答えず、オルドを見た。


「法務官としてお願いします」


 オルドは静かに頷いた。


「確認保留は、相手を疑うためではなく、処理の正確性を守るための手続きです。したがって、規程に基づく申し出は失礼ではありません」


 新人補佐官は、まだ不安そうだ。


「ですが、相手が不快に思われた場合は」


「そのために、文言を統一します」


 オルドは黒板に書いた。


『確認が必要な項目ですので、規程に基づき一度保留いたします』


「個人の判断ではなく、規程に基づくと明示してください」


 セレスティアも補足した。


「確認保留は、拒否ではありません。立ち止まって確認する手続きです」


 新人補佐官は、何度も頷いた。


「拒否ではなく、立ち止まる手続き……分かりました」


 その言葉を、周囲の職員たちも書き留めている。


 セレスティアは、胸の奥が静かに熱くなった。


 かつての自分にも、この言葉が必要だった。


 断れず、保留できず、分からないまま抱えてしまった自分に。


 講習の最後は、エミリアによる共同寄付の説明だった。


 彼女は、前回より少し落ち着いていた。


「共同寄付は、一人で大きな額を出すためではなく、同じ支援分野に関心を持つ人たちが、力を合わせるための仕組みです」


 黒板には、リリアナが考えた問いが書かれている。


『なぜ必要?』

『誰に届く?』

『届いた後、何が変わる?』


 エミリアは、その三つを指した。


「この三つに答えられる支援を選ぶことが大切です。流行しているからではなく、必要だから選びます」


 若い令嬢の一人が尋ねた。


「でも、友人に誘われたから参加する、というのは駄目ですか?」


 エミリアは少し考えた。


「きっかけは、それでもよいと思います」


 セレスティアは、内心で感心した。


 よい答えだ。


「でも、参加する前に、自分でも報告書を読むべきです。なぜ必要かを知らないまま名前だけ入ると、共同寄付ではなく、ただの流行になると思います」


 質問した令嬢は、素直に頷いた。


「分かりました。読んでから参加します」


「分からなければ、一緒に読みましょう」


 エミリアの言葉に、場が柔らかくなった。


 若い者同士だからこそ届く言葉だった。


 セレスティアが同じことを言えば、少し講義めいてしまう。


 役割を渡してよかった。


 そう思った。


 講習が終わる頃には、予定時間を少し過ぎていた。


 質問が多すぎたのだ。


 だが、悪い超過ではなかった。


 セレスティアは最後に立ち上がった。


「本日の講習は試行です。多くの質問をいただき、ありがとうございました」


 参加者たちは、最初よりずっと表情が柔らかい。


「今日出た質問は、すべて記録し、次回の資料に反映します」


 ミリアが、膨大な記録を前に少し遠い目をしていた。


 だが、すぐに背筋を伸ばす。


 頼もしい。


「最後に一つだけ」


 セレスティアは、会場を見渡した。


「分からないと声に出した方がいたから、今日の講習は前に進みました。分からないことは、恥ではありません。王妃基金にとって、次に直すべき場所を教えてくれる大切な声です」


 リリアナが、一番前で嬉しそうに頷いている。


「どうか、分からないまま頷かないでください。王妃基金は、その声を受け止める制度でありたいと思っています」


 講習は、静かな拍手で終わった。


 派手ではない。


 でも、温かい拍手だった。


 講習後、リリアナが真っ先に駆け寄ってきた。


「お姉様」


「はい」


「質問が多すぎました」


「そうですね」


「でも、よかったです」


「はい」


 リリアナは、付箋だらけの資料を抱えていた。


「この講習、続けた方がよいです」


「そう思いますか」


「はい。王太子府でも必要です。特に確認保留のところは、皆、真剣でした」


「私もそう感じました」


 エミリアも近づいてくる。


「セレスティア様、私、説明できていましたか」


「できていました」


「本当に?」


「はい。友人に誘われても、読んでから参加する、という答えはとてもよかったです」


 エミリアは、ほっとしたように笑った。


「よかった……」


 ミリアは記録を抱えて、少し疲れた顔で言った。


「質問一覧だけで、かなりの量です」


「次回資料がよくなりますね」


「はい。私の仕事も増えます」


「手伝います」


「一次整理は私がやります。セレスティア様は方針確認を」


 ミリアがさらりと言った。


 セレスティアは、少し驚いてから微笑んだ。


「分かりました」


 言えた。


 自分が全部引き取らずに。


 ミリアも、それを待っていたように頷いた。


 夕方、カインに講習の報告をした。


 彼は質問一覧を読み、珍しく少し長く黙った。


「予想以上だな」


「質問数ですか」


「ああ。良い意味で」


「はい。分からないことが、かなり出ました」


「なら成功だ」


 セレスティアは、少し目を瞬かせた。


「成功、と言ってよいのでしょうか」


「試行講習としてはな。問題点が出たなら成功だ」


「問題点が出たら成功」


「隠れているよりいい」


 それは、王妃基金改革そのものにも言えることだった。


 カインは、質問一覧の一つを指した。


「余った菓子の支援。これは重要だ」


「はい。善意と押しつけの境目を説明できました」


「確認保留もよい」


「職員たちが真剣でした」


「当然だ。現場ほど上位者の急ぎに弱い」


 セレスティアは、少し胸が痛んだ。


「この講習で、誰かが立ち止まれるようになるとよいのですが」


「なる」


 即答だった。


「そうでしょうか」


「一人は必ずなる。一人が止まれば、隣も覚える」


 制度は一部から変わる。


 また、その言葉が戻ってきた。


 セレスティアは静かに頷いた。


「続けます」


「ああ。正式講習に移せ」


「はい」


「ただし、質問が多いなら講師を増やせ」


「分かっています」


「本当に?」


「……たぶん」


「エミリア嬢とミリアを正式に補助講師へ入れろ。リリアナ嬢は試読協力者兼受講者代表」


「はい」


「君一人で抱えるな」


「はい」


 今回は、素直に頷けた。


 夜、覚書にはこう書いた。


『王妃基金実務講習、試行初回』


 次に。


『分からない人が、いちばん大事な質問をする』


 さらに。


『寄付者名を出すのは悪いことか。返還金に感謝状は出すのか。余った菓子を支援に回せるか。匿名寄付は可能か。確認保留は失礼か』


 少し手を止める。


『どれも大切な質問だった』


 さらに。


『分からないことは、王妃基金にとって次に直すべき場所を教えてくれる声』


 最後に。


『試行講習は成功。問題点が出たから』


 ペンを置く。


 扉の外から、声がした。


「寝ろ」


「はい」


「今日は一枚か」


「一枚と少しです」


「補佐官」


「質問が多かったので」


「言い訳としては弱い」


「ですが、講習は成功でした」


「それは認める」


 セレスティアは少し笑った。


「ありがとうございます」


「分からない人が集まる場は荒れると言っただろう」


「はい。かなり荒れました」


「だが、必要だった」


「はい」


「次は正式化だ」


「はい」


「その前に寝ろ」


「分かっています」


「本当に?」


「たぶん」


 扉の向こうで、小さなため息が聞こえた。


 けれど、その声はどこか柔らかかった。


「分からないことを残すためにも、記録する者が倒れるな」


「はい」


 灯りを落とす。


 初回講習は、予定通りにはいかなかった。


 質問が相次ぎ、時間も押し、資料の不備も見つかった。


 だが、それでよかった。


 分からない人が、分からないと言った。


 その声が、次の制度をよくする。


 王妃基金は、また少し強くなる。


 セレスティアは、その手応えを胸に、静かに目を閉じた。

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