第7話 妹の茶会予算が、国庫を食い破りました
春の慈善茶会は、王宮の中でも評判のよい行事だった。
亡き王妃エレオノーラが始めたものだ。
最初は、病床にありながら地方の孤児院や施療院を気にかけていた王妃が、現地の声を直接聞くために開いた小さな茶会だったという。
華やかな舞踏会ではない。
貴族令嬢たちの流行を競う場でもない。
王宮に招かれる機会の少ない地方領主夫人や慈善団体の代表、孤児院の院長たちが、形式に潰されず話せるように整えられた場。
だから、茶器は高価すぎないものを使う。
菓子は北方や西部の産品を少しずつ取り入れる。
花は季節のものを控えめに。
楽団は呼ばず、会話の邪魔にならないよう、窓を開けて庭の音を入れる。
セレスティアは、それを十年かけて覚えた。
茶会とは、ただ優雅に微笑む場ではない。
誰が誰の隣に座れば、口の重い領主夫人が話しやすくなるか。
どの院長は人前で窮状を訴えるのが苦手で、どの商会夫人は見栄を張って過大な寄付を約束しがちか。
王太子派の貴族が同席すると、本音を隠す団体はどこか。
菓子の産地ひとつで、どの地方に王宮が目を向けていると伝わるか。
そうしたものを、すべて含めて茶会だった。
だが、リリアナはその茶会を見たことがない。
いや、正確には何度か出席したことはある。
ただし彼女が見ていたのは、花の色、菓子の形、夫人たちのドレス、そして王太子ジュリアスが自分に微笑んだかどうかだけだった。
その朝、王太子府の一室は甘い香りで満たされていた。
装飾業者が持ち込んだ花見本、菓子職人の試作品、布地の見本、招待状の紙質、リリアナが選んだ茶器の絵付け見本。
机の上は美しいもので埋まっていた。
美しいものばかりで、必要なものが足りなかった。
「この淡い薔薇色の花を、中央の長卓に飾りましょう。入口には白百合を置いて、窓辺には金色の小花を」
リリアナは楽しそうに指示を出していた。
昨夜までの不安は、少し薄れている。
救済費の書類は難しかった。
演説原稿も、思ったようにはいかなかった。
けれど茶会なら違う。
茶会は、自分の得意な世界だ。
人を笑顔にすること。
美しい空間を作ること。
優しい言葉で場を和ませること。
それなら、セレスティアより自分の方が向いている。
「リリアナ様、こちらの花は王都でも大変珍しい品でして、春の茶会にはたいへん映えます」
装飾業者が恭しく頭を下げる。
「まあ、素敵」
リリアナは嬉しそうに頬を染めた。
「殿下も、明るい雰囲気を喜んでくださると思うわ」
隣に控える侍女が、そっと見積書を確認して眉を寄せる。
「リリアナ様。こちら、かなり高額ですが」
「王妃基金から出るのでしょう?」
「その予定で申請はしておりますが……」
「なら大丈夫よ。慈善茶会ですもの」
リリアナは軽やかに言った。
その言葉に、侍女はそれ以上言えなくなる。
王妃基金。
リリアナにとって、それは王妃や王太子妃が慈善のために自由に使えるお金、という程度の認識だった。
だから、慈善茶会を華やかにする費用なら当然そこから出せると思っていた。
その隣で、若い文官が冷や汗を浮かべている。
「あの、リリアナ様。茶会の本来予算には、現地報告者の旅費補助と、支援団体への資料作成費も含まれております。装飾費を増やしますと、そちらを圧迫する可能性が」
「資料作成費?」
「はい。各団体が提出する活動報告書の写しや、次期支援候補一覧などを」
リリアナは首を傾げた。
「それは後でよいのではなくて? まずは皆様に喜んでいただく場を整えるのが大切でしょう」
「ですが、茶会後に支援先を選定するための資料ですので」
「支援先なら、皆様のお話を聞いて決めればよろしいでしょう?」
文官は口を閉じた。
間違ってはいない。
話を聞くことは大事だ。
だが、話だけでは決められない。
困っている者ほど、遠慮して強く訴えられないことがある。
逆に、声の大きい者ほど、実際より深刻に見せることもある。
だからセレスティアは、茶会の前に資料を作らせた。茶会で聞いた言葉と、数字の記録を照らし合わせるために。
その仕組みを、リリアナは知らない。
知らないまま、花の色を選んでいる。
「それから、菓子は王都の店に頼みます。北方の保存菓子は少し地味でしょう? せっかく王宮へ来ていただくのだから、華やかな方がいいわ」
文官はまた言いかけて、やめた。
北方の保存菓子を出すのは、地味だからではない。
凍霜被害で落ち込んだ北方産品を王宮が買い支える意味があった。
さらに、その菓子を話題にすることで、北方の商人や領主夫人から今年の収穫や流通の状況を聞き出す導線にもなっていた。
ただの菓子ではなかった。
だが、リリアナには菓子にしか見えていない。
「殿下も、きっと褒めてくださるわ」
彼女は小さくそう呟き、見積書に印をつけた。
そのたびに、茶会の費用は増えていった。
昼前、宰相府に追加の照会書が届いた。
最初に届いたのは装飾業者からのものだった。
次に菓子職人。
さらに楽団。
記念品を扱う商会。
最後には、リリアナの茶会用衣装を仕立てる服飾店からも確認が来た。
すべて支出元予定欄には、同じ文字がある。
『王妃基金・慈善茶会費』
小会議室の机に並べられた照会書を見て、セレスティアはしばらく沈黙していた。
法務官オルドは、額に手を当てている。
「これは……想定以上ですね」
会計監査官の一人が、数値をまとめた紙を差し出した。
「現時点で届いている照会分だけで、昨年の慈善茶会総額の五倍近くです。未照会の細かな費用を含めれば、さらに増えるかと」
セレスティアは静かにその紙を受け取った。
数字を見る。
花。
菓子。
楽団。
装飾。
記念品。
衣装。
どれも、一つ一つなら茶会の費用と言い張れるかもしれない。
けれど積み上げると、明らかに慈善の範囲を超えていた。
「昨年の資料を」
セレスティアが言うと、記録官がすぐに用意していた資料を差し出した。
彼女は二つの数字を並べる。
昨年の花代は、王宮庭園の季節花を中心にしたため低く抑えられている。
菓子は北方と西部の産品を使い、王都菓子店への加工費のみ。
楽団費はなし。
記念品もなし。
茶会用衣装費は、当然ながら王妃基金には含まれていない。
セレスティアは羽根ペンでいくつかの項目に印をつけた。
「装飾費、楽団費、記念品、衣装費は王妃基金からの支出不可。菓子については、北方産品の購入支援として組み替えるなら一部認められます。ただし、王都高級店への全額発注は不可です」
法務官が頷きながら記録する。
カインは向かいの席で、黙って照会書を読んでいた。
「花代は」
「最小限なら認められます。ですが、希少花の大量発注は不可です。慈善茶会の目的に照らして、必要性がありません」
「リリアナ嬢は、王妃基金の性質を理解していないな」
カインの声は冷静だった。
セレスティアは少しだけ目を伏せる。
「おそらく、王妃や王太子妃が慈善のために自由に使える費用だと思っているのでしょう」
「誰かがそう教えたか、誰も教えなかったか」
その言葉に、セレスティアは答えなかった。
リリアナは甘やかされていた。
誰かが教えなかった。
その結果、今こうして基金に手を伸ばしている。
だが、知らなかったからといって、支出が通るわけではない。
「差し止め通知を書きます」
セレスティアは言った。
「王妃基金からの支出不可。慈善茶会として再申請する場合は、目的、支援対象、情報収集項目、招待者の公益性、費用内訳を明記すること。衣装費と個人的装飾費は、申請対象外とします」
法務官が苦笑に近い表情を浮かべた。
「かなり厳格ですね」
「亡き王妃陛下なら、もっと厳しかったと思います」
セレスティアは淡々と答えた。
それは本心だった。
王妃エレオノーラは優しい人だった。
だが、お金に関しては甘くなかった。
慈善という言葉ほど、私物化に使われやすいものはありません。
そう教えられた。
カインがセレスティアを見る。
「署名できるか」
「はい」
セレスティアは、迷わず羽根ペンを取った。
白い紙の上に、差し止め通知の文面を書いていく。
『王妃基金・慈善茶会費として提出された以下の支出予定につきまして、基金規程第七条および第十二条に照らし、支出不可と判断いたします』
文字は整っていた。
怒りで乱れることもない。
むしろ、こういう文面を書くときの方が、彼女は落ち着く。
『慈善茶会の目的は、支援対象者および関係者からの情報収集、支援状況の確認、ならびに必要な連絡調整にあります。過度な装飾、個人衣装、娯楽性の高い楽団費、公益性の認められない記念品費は、王妃基金の支出対象外です』
書きながら、リリアナの顔が浮かんだ。
きっと泣くだろう。
お姉様は意地悪だと言うだろう。
殿下に褒めてもらいたかっただけなのに、と。
だが、そこに使われるのは、北方三州の燃料費や孤児院の修繕費と同じ基金だった。
涙では動かせない。
可愛らしい笑顔でも、承認できない。
セレスティアは最後に署名した。
セレスティア・エルフォード。
それは、自分の名前を守るための署名だった。
王太子府に差し止め通知が届いたとき、リリアナは新しい招待状の紙を選んでいた。
淡い薔薇色の縁取りがあるものと、白地に金の小花が入ったもの。どちらが慈善茶会にふさわしいか、侍女たちと相談していたところだった。
侍従が青ざめた顔で入ってきた。
「リリアナ様。宰相府より、茶会費について通知が」
「宰相府から?」
リリアナは不安げに封書を受け取る。
開封し、読み始める。
最初は意味が分からなかった。
支出不可。
基金規程。
公益性。
個人衣装費は対象外。
再申請。
字は丁寧だ。
文章も礼儀正しい。
だが、書かれている内容は明確だった。
あなたの茶会費は認められません。
「……どういうこと?」
リリアナの声が震える。
若い文官が、恐る恐る説明する。
「つまり、王妃基金からは出せない項目が多いということです。再申請が必要になります」
「でも、慈善茶会でしょう?」
「はい。ただ、慈善茶会に必要な範囲を超えていると判断されたようです」
「必要な範囲って何ですの」
リリアナは通知書を握りしめた。
「皆様に喜んでいただくための花も、菓子も、音楽も、必要ではありませんの?」
「お気持ちは分かりますが、基金の目的が」
「基金、基金って……」
リリアナの目に涙が滲む。
「お姉様は、私に恥をかかせたいのだわ」
文官は言葉に詰まった。
「リリアナ様、これはセレスティア様だけの判断ではなく、宰相府の確認も」
「でも署名はお姉様でしょう?」
通知書の下には、確かにセレスティアの署名がある。
リリアナはそこを見つめた。
綺麗で、迷いのない字。
昔からそうだった。
姉の字はいつも整っている。
自分の丸い字とは違い、まっすぐで、少し冷たく見える。
「どうして……」
リリアナは小さく呟いた。
「私、頑張ろうとしているだけなのに」
そのとき、ジュリアスが部屋に入ってきた。
「何があった」
リリアナは通知書を手に、彼の方へ駆け寄る。
「殿下、お姉様が、茶会の費用を認めないと」
ジュリアスの顔が険しくなる。
「またか」
彼は通知書を受け取り、ざっと目を通した。
読み進めるうちに、苛立ちが表情に出る。
「過度な装飾、個人衣装、娯楽性の高い楽団費……まるで君が浪費しているような書き方だな」
リリアナは目を潤ませる。
「私はただ、亡き王妃陛下の慈善茶会を明るくしたかっただけですわ。皆様に喜んでいただきたくて」
「分かっている」
ジュリアスは優しく言った。
「君の気持ちは美しい」
その言葉に、リリアナは少しだけ救われた顔をした。
だが、部屋の隅にいた年配の文官が、こらえきれずに口を開いた。
「殿下。恐れながら、セレスティア様の判断は規程上、妥当です」
ジュリアスの視線が鋭くなる。
「何だと」
文官は一度頭を下げた。
「慈善茶会費として王妃基金から認められる支出は、支援対象との面会および報告に必要な範囲に限られます。装飾や個人衣装費は、例年、王太子府社交費または公爵家私費で処理されておりました」
「例年、例年と。セレスティアのやり方が絶対なのか」
「いいえ。ですが、亡き王妃陛下の規程です」
ジュリアスは黙った。
亡き王妃の名は、やはり重い。
リリアナは涙を拭きながら言う。
「では、どうすればよろしいの?」
文官は静かに答えた。
「花や菓子を減らし、北方三州の産品を使う形へ変更すれば、一部は認められる可能性があります。楽団や記念品は取りやめ、衣装費は私費で」
「でも、それでは地味になってしまうわ」
リリアナの声は細かった。
「皆様に、貧相だと思われたら」
文官は少し困った顔をした。
「リリアナ様。慈善茶会は、華やかさを競う場ではございません」
その一言が、リリアナの胸を刺した。
華やかさを競う場ではない。
それなら、自分には何ができるのだろう。
彼女は、花を選ぶのが得意だった。
場を明るくするのが得意だった。
人から可愛いと言われるのが得意だった。
だが、それでは足りないと言われている。
姉が残した通知書によって。
「お姉様は……」
リリアナは震える声で言った。
「いつもこんなことを考えて茶会をしていたの?」
文官は少しだけ表情を和らげた。
「はい。セレスティア様は、茶会の席順ひとつで支援先の話しやすさが変わるとおっしゃっていました」
「席順で?」
「ええ。たとえば、北方の領主夫人は王都の大貴族の前では本音をおっしゃいません。逆に、孤児院の院長は支援商会の夫人と隣り合わせると、資材不足の話をしやすくなります」
リリアナは黙った。
そんなこと、考えたこともなかった。
「菓子も、ただの菓子ではございません。昨年は西部の蜂蜜を使いました。あれは、西部養蜂組合の販路支援を兼ねていたはずです」
「……知らなかった」
小さな声だった。
ジュリアスが不機嫌そうに言う。
「リリアナ、気にする必要はない。セレスティアは物事を複雑にしすぎているだけだ」
リリアナは顔を上げた。
そうかもしれない。
そう思いたい。
でも、文官の話を聞くと、姉がしていたことがただ複雑だっただけには思えなくなってくる。
複雑に見えていたものには、理由があったのではないか。
その考えが浮かんだ瞬間、リリアナは怖くなった。
自分が奪ったものの正体を、見たくなかった。
午後、差し止め通知の写しは王宮会計室にも届いた。
会計副監ローレンはそれを読み、深く頷いた。
「当然だな」
若い文官が苦笑する。
「かなりはっきり差し止めましたね」
「むしろ遅いくらいだ。照会段階で止まったからよかったものの、発注後なら違約金が発生していた」
「リリアナ様は、納得されるでしょうか」
「納得するかどうかは関係ない。規程に合うかどうかだ」
ローレンは通知書を机に置く。
その表情はいつも通り硬いが、声にはわずかな安堵があった。
「セレスティア様が宰相府側にいてくれて助かった」
若い文官が驚いて顔を上げる。
ローレンが誰かを評価するのは珍しい。
「やはり、セレスティア様の判断は正しいと?」
「正しいかどうか以前に、危険箇所を見つけるのが早い。王妃基金は慈善という名前がある分、誰も強く止めにくい。そこを止められる者は貴重だ」
「では、王太子府は」
「止められる者を自分で追い出した」
ローレンは淡々と言った。
「その結果、花と菓子で基金を食い潰しかけた。笑えん話だ」
若い文官は何も言えなかった。
笑えない。
確かにそうだった。
王宮の多くの者は、婚約破棄を恋愛の揉め事として見ていた。王太子が可憐な妹を選び、堅物の姉を捨てた。それだけの話だと。
だが、実務の現場では違う。
ひとつ書類が止まり、ひとつ演説が崩れ、ひとつ予算が暴走しかけた。
そのたびに、人々は思い知る。
セレスティア・エルフォードが、どこに手を置いていたのかを。
その日の夕方、宰相府の小会議室で、セレスティアは慈善茶会の再申請用書式を作っていた。
差し止めるだけでは終わらせない。
慈善茶会そのものは必要だ。
北方三州の現状も、孤児院の声も、支援商会の話も聞かなければならない。
だから、再申請の道筋を整える。
ただし、以前のように自分が全て準備するのではない。
王太子府とリリアナが、目的を理解したうえで申請し直す必要がある。
項目は明確にした。
一、茶会の目的。
二、招待者と公益上の理由。
三、各支出の必要性。
四、支援対象者から聞き取る事項。
五、王妃基金から支出する範囲。
六、王太子府または私費で負担する範囲。
書き上げたものを見て、法務官オルドが感心したように言った。
「これ、かなり親切ですね」
「そうでしょうか」
「差し止めた相手に、ここまで再申請の道を整える方はあまりいません」
セレスティアは羽根ペンを置いた。
「茶会を潰したいわけではありませんから」
窓際で文書を読んでいたカインが顔を上げる。
「リリアナ嬢を助けたいのか」
セレスティアは少し考えた。
すぐに「いいえ」とは言えなかった。
妹への感情は、そんなに単純ではない。
傷つけられた。
奪われた。
無邪気に踏みつけられた。
それでも、幼い頃のリリアナが熱を出した夜、自分の手を握って眠っていたことを覚えている。怖い夢を見たと泣きながら、姉の部屋に来たことも覚えている。
リリアナは加害者だ。
けれど、妹でもある。
その事実が、セレスティアの胸を複雑にする。
「助けたい、とは少し違います」
彼女は静かに答えた。
「けれど、茶会に来る方々を困らせたくはありません。それに、リリアナが本当に引き継ぐと言うのなら、何を理解すべきかは示す必要があります」
「甘いな」
カインは言った。
セレスティアは少しだけ身構える。
だが、続いた言葉は予想と違った。
「だが、悪くない」
「悪くない、ですか」
「君が自分を削って助けるなら止める。だが、相手に責任を持たせる形で道筋を示すなら、それは監査官の仕事だ」
セレスティアは、胸の奥が少し軽くなるのを感じた。
「監査官の仕事」
「ああ」
「私は、監査官になれるでしょうか」
カインは、また少しも迷わなかった。
「もうなっている」
短い言葉。
しかしその一言は、差し止め通知よりも、遺言状よりも、なぜか強く心に残った。
セレスティアは、完成した再申請書式を丁寧に整える。
「では、王太子府へ送ります」
「宛名は」
「王太子府ではなく、リリアナ・エルフォード様へ」
法務官が少し驚いた顔をした。
「妹君へ直接ですか」
「はい。彼女が茶会を引き継ぐと言ったのですから」
セレスティアは封筒を用意した。
そして、短い添え書きを書く。
『慈善茶会を続けるために、必要な項目です。華やかさではなく、誰の声を聞く場なのかを先に決めてください』
書いてから、少し迷った。
厳しすぎるだろうか。
優しすぎるだろうか。
どちらでもいい。
これは姉としての手紙ではない。
監査権限を持つ者としての通知だ。
ただ、それでも。
少しだけ、姉の言葉が混じってしまったかもしれない。
カインは添え書きを読み、何も言わずに頷いた。
「送れ」
「はい」
セレスティアは封をした。
窓の外では、夕陽が王宮の白い壁を赤く染めていた。
王太子府では、きっとまた誰かが怒っている。
リリアナは泣いているかもしれない。
ジュリアスは、セレスティアが意地悪をしていると言うだろう。
それでも構わない。
基金は止めた。
茶会は潰さない。
責任は、戻すべき場所へ戻す。
それが、今日のセレスティアの判断だった。
夜、王太子府のリリアナの元へ、再申請書式が届いた。
リリアナは泣き疲れた目で封を開ける。
中には、整った書式と、短い添え書きが入っていた。
『慈善茶会を続けるために、必要な項目です。華やかさではなく、誰の声を聞く場なのかを先に決めてください』
リリアナは、その一文を何度も読んだ。
誰の声を聞く場なのか。
そんなこと、考えていなかった。
自分が褒められる場にしたかった。
殿下に、やはりリリアナを選んでよかったと思ってほしかった。
貴婦人たちに、セレスティアより明るくて優しい王太子妃候補だと思ってほしかった。
慈善茶会なのに。
誰の声を聞くかを、考えていなかった。
リリアナの目から、また涙が落ちた。
だが今度の涙は、怒りだけではなかった。
悔しさと、恥ずかしさと、ほんの少しの恐怖が混じっていた。
「お姉様……」
小さく呟く。
その声を聞く者はいなかった。
机の上には、美しい花の見本と、高価な菓子の注文書が並んでいる。
その下に、セレスティアから届いた再申請書式が置かれていた。
初めてリリアナは、花よりもその紙の方が重く見えた。




