神の旅路に情熱を!!
至誠に火 灯すべや今有る者よ
旅路の景色 成る神の道さ
信じる心に情熱を燃やせば旅の苦労も真得難く見え苦楽共にする晴れ晴れとした日々に在る
結果に情熱を燃やせば却って結果を追い求める旅は続く
それを堂々巡りと呼ぶだろう
神へと帰る円環の道とも云ふだろう
この旅は決して無理ない旅ではない
あなないみち
なぜならこの旅は景色を眺め楽しみながら喜びながら向かう旅程のことを云ふ
今を楽しみながらも行き着く先は同じだ
現実でも旅行地を決め実際に向かうまでの旅を楽しみながら向かうだろう
乗り物に乗ってあるいは歩いて
決めているのはいつだってあなたである
にも関わらず必ず行き着く旅行地を決めきれずパンフレットを日がな眺めるばかり
旅行地を決め向かうも旅路の脇道にそらされて美味い飯を食べ観光にふけてぐるぐるぐる回るように道草をくっているいてなおなぜまだつかないのとわたしに問いかける
わたしはいつでも見ていて聞いている
わたしはいつでも誘っている
刹那の楽しい道を決めて行くのはそなたであってわたしではない
誰もが楽しい道を行くのになぜわたしがあれこれ命令するあるいはしている思うのか
命令していると思うのは小さいわたしに囚われているからであるぞと何度も言っている
今一度申すぞ
身魂を磨きなさい
今を経験し身に変えなされ
誠を一心とし実践していくのが身に変えるというものよ
地図が読めない方向音痴にさせられていているのに気づきなさい
地図が読めない方向音痴なのは旅の景色を感じとっていないからだ
迷うことが経験したい旅景色なのか
今に在りなさい
目を逸らすことなく景色を観たまえ
目的地につきたいのなら
焦らず 騒がず 慌てず 我慢せず(時には我慢も必要なれど) 味わいなさい
焦りが焦りを生む
情景交わる時ほっと息を吐くその瞬間があるであろう
その瞬間つながる それがあるべき姿だ
それが自然体というものよ 自然と一体化しているというのだ
その瞬間
人が現れて道案内されるかもしれない
道案内の看板が見つかるかもしれない
あらゆる場所あらゆる時に今の姿勢を喜喜としていなさい
反復しなさい
そうすれば旅行地(目的地)は点の姿と変わり
代わりに次の目的地がある予感がする
旅行地に着く道に在る者に至誠を見たり
旅程の束の間の景色 楽しかろがな 嬉しかろがな
そこに感謝の意が心が感ずるなれば旅の道連れに感謝しようぞ
共に創ろう 今在る道の素晴らしい景色を
今には今の情景が有る
寝ていれば見えぬ間に着くがえもせすん
怒り狂えば人や物はそれを叶えんと与え去り行くこと繰り返す
すべてが美しい
すべてが素晴らしい
すべてが嬉し楽しい
旅行地(目的地)に行き着くのを待つ情熱は見ている者も楽しかろがな
脇目も振らず景色を堪能するそらが経験するというものだろう
在る者はすさなる神の道を行く
それがしたいことであるからその道嬉し楽しいものだ
だが何事にも日程あり
時は来るものだ
時節はまじか
それが今だと云う
すめらすめらゆつたゆつた
かわるかわる
うれしうれし
たのしたのし
ありがたいありがたい
愛する愛する
出会いに感謝出会いに感謝
一切有情満願成就
杉乃中かう 拝




