第四十二話 小さな亀裂
良いお年を~
気が付けば、俺はとんでもない状況の中に居た。
俺の側には満面の笑顔を振りまき、甲斐甲斐しく世話を焼く2人の姉妹。
そして俺から随分離れた場所には、剣呑な雰囲気を漂わせる俺を睨む見知らぬ3人組み。
更に2つの集団の間には、仲を取り持つようにオイゲンが座っていた。
「オイゲン、これはどういう状況「「大人しくするのよ!!」」なの・・・すいません・・・」
居た堪れずに、俺は現状を把握しようと尋ねてみるも言葉を遮られる。
困った事に何もさせてくれない存在が、俺を邪魔する。
「ダメよラルス、今は安静にしていて。考え事も後よ。さあスープを飲んで力をつけてね」
「お兄、痛いところはない?摩ろうか?それとも抱きしめて暖めようか?」
「セフィリア、まずは食事が先よ。此処は私に任せてゆっくりすればいいわ」
「いやいやお姉、食事よりもまずはゆっくり寝て体力を回復させるべきだよ。私に任せてお姉はゆっくり寝て疲れを癒してくれて良いよ」
「・・・食事が先よ」
「ふん!寝るのが先」
2人は目と目を合わせて、火花を散らしている。
もちろん火花は見えないが、それは雰囲気からくる想像だ。
今までにない姉妹対決に、俺は嘆息してしまう。
「さあ、スープを飲んで。ア~~~~~ン」
「お兄、セシリーが優しく抱きしめてるから安心して寝ると良いよ♪ほら~パフパフも・・・」
うぉい!
セフィリアよ!!それはメでしょ!
流石に妹にそんな事はさせれないと止めさせる。
12歳の子供に何をする気だウォイ・・・
「え~~~遠慮なんて要らないのに・・・恥かしがり屋さん♪」
俺が遮二無二なってセフィリアの魔の手から逃れると、イリスがほくそ笑んで待ち構えていた。
「ほらラルスも嫌がってるじゃない。ラルスの全てを支えるのわ私よ。食べる時も、お風呂も、寝るときも・・・ふふふふ」
いかん!目が据わりだしている。
何時かの悪夢は見たくない。
だから俺は、イリスに誠心誠意お腹が減っていないと事を何度も訴える。
それでもイリスもセフィリアも、お互いに譲る事無く2人は自己主張を強めていく。
体を起されて口元にスープが来るかと思えば、倒されて豊かな胸に顔を埋められる。
双方が躍起になって、己の所為に俺を従わせようとしていたがイリスがとうとう切れた。
「そう言えば、セフィリアの覚悟。私も聞いたわよ!」
「ええ、言っちゃいましたけど何か?今まで我慢していた分、お姉にはちょっと引いてもらうと嬉しいな~♪」
「セシリー・・・勝負するつもりなの?」
「もちろん♪譲る気は元々無かったけど、今からお姉はセシリーの正式なライバルよ!」
「ふふふふ、言うようになったわね~でも私とラルスの築いてきた関係には入り込ませないわよ」
2人の会話から、何処の修羅場かと思ってしまう。
俺としては、これも姉妹喧嘩と思いたい。
「ふっ、お兄のもう1つの一面を知らない身でそんな事を言うの?ふふふ、セシリーのが断然お兄の事解ってるから安心したわ」
「なっ!ラ・・・ラルスに限って私の知らないことなんてないわ!」
「ふ、お兄の秘密はセシリーだけのものか♪ふふふ」
「・・・っく、ラルス!私に隠し事があるの!!」
セフィリアの挑発から、突然矛先が俺に向き出す。
どう見ても完全にイリスはご不満のようだ。
「え~~っと、秘密なんて無いよ~~~」
「嘘よ!貴方は必ず嘘が顔に出る。今!正に其の顔よ!」
っげ!流石に俺の事は良く解ってらっしゃる。
イリスの追求が激しくなり、段々と追い詰められる俺。
多分、朝に起こる俺のマイサンによる元気一杯の苦悩の事だろうが……セフィリアの奴め、余計な事を言いやがって。
どう考えても痴話げんかにしか見えない俺達の姿。
見ていれば当然、リア充死ね状態である意味微笑ましい光景だが、此の場では完全に浮いてしまっていた。
ギャギャアやっていると、見かねてオイゲンが顔を手で覆い溜息をついていた。
俺はオイゲンを見て、やるべき事を思い出だした。
だから、この先のことを踏まえて2人を止めることにする。
「えっと、イリス姉、セフィリア。気持ちは解るけど今はちょっと待ってくれ」
「・・・どうしてよ・・・(怒)」
「何でよお兄・・・(オコ)」
「俺は記憶が曖昧だし、流石に状況を確認したい。オイゲンと話をしても良いかな?」
「私達じゃだめなの、ラルス?」
「お兄・・・セシリーの方が上手く説明できるともうけど?」
「いや、第3者の意見を聞いておきたいんだ」
「「・・・」」
「あ、後で何でも言うこと聞くから頼むよ。ね。」
あからさまに不機嫌になっている2人に、俺はお願いする。
どうしても、オイゲンと話したかったのだ。
イリスやセフィリアでは、どうも身内補正が入りそうなのでオイゲンならと思ったのだ。
後、俺に敵意を向けている向こうの3人も気に掛かる。
何故、そんなに俺を睨むのか。
俺のお願いを聞いて、2人は何とかに怒気を収めてくれた。
ただ、収めた怒気に劣らぬ、奇怪な態度に俺は逆に焦る。
イリスは頬を真っ赤にして手を当てながら、体をくねり出すし、セフィリアは雌豹の如き不敵な笑みを湛えて舌なめずりをしながら、俺に微笑んでいるのだ。
「何でも・・・解った♪良いわよラルス。後で楽しみにしているわ♪」
「ふふふふふ・・・何でもっね♪覚悟しておいてねお兄♡」
俺はつい『何でも』と言ってしまったことを後悔する。
あ、やっちゃった俺?
ま、まあ、其の時は其の時!
何かあっても何とか誤魔化して乗り切れれば何とかなる!
俺は背筋に寒気を感じながら、オイゲンと話す事が出来た。
「オイゲン、まずはお礼を言います。イリス姉とセフィリアから聞きました。助けようとしてくれたようでありがとう御座います」
ようやく俺がまともに話せる状況になった事で、オイゲンも安堵したのか顔から手を離し、感謝を受け取ってくれる。
「まあ、良い・・・良いのじゃ、此れも成り行きじゃからの。それよりもラルスよ、何も覚えておらぬのか?」
「はあ・・・何もと言うか、そのワイバーンを食べる前位からしか記憶が無いんですが」
「ふむ・・・そうか。では其の時の自分がどんな姿をしていたか理解しておるのか?」
「え・・・と、傷付いて・・・るくらい?」
「ふぅ・・・・・・知らぬが仏か・・・お主、怪物の姿じゃったのじゃぞラルス。得体の知れぬの」
俺そんなに酷い姿だったのだろうか?
思わずイリスとセフィリアに目を向ける。
オイゲンとの会話から、俺の目線の意味を理解して2人がそれぞれ感想を言ってくれた。
「・・・ん~~確かに酷い姿かもしれないけど、ラルスはラルス。どんな姿でも愛するラルスに変わりない。だから怪物?なんて思いもしなかったわ」
「セシリーは姿なんてどうでも良いの。私を守ってくれる大好きなお兄なら何だって関係ないけど?」
うん、一応は姿が酷かったことは解ってたのね。
と言う事は、相当ヤバイ風景だったんではないか?
オイゲンの向こうで俺を睨む3人組の視線も解る気がしてきた。
「なんか申し訳ない状況に出くわさせてしまったようですね」
「そうじゃの・・・まあそのお陰で此の有様なんじゃがの」
「あの・・・」
「ん?」
「まずあちらの3人の方を紹介とか、無理っぽそうですよね。誰なのか解らないので」
「ふぅ~~~っむ、今はまだ無理じゃろうて。取り合えずワシが変わりに名前を教えるからそれで許してくれぬかの」
「はい、よろしくお願いします」
本人達と面と向っての紹介は無理だと諦め、オイゲンの代弁で1人1人の名前を聞く。
Bランクのナイト役クロード。
Bランクの回復役ビアーチェ。
Bランクのナイト役ジモン。
うん、把握した。
「それで、やっぱ皆さんは俺の事怖がってるというか敵視してませんか?」
「そうじゃの、その辺の所からワシと話していこうか」
順序だてて、オイゲンが俺を見つけてからの経緯を一通り教えてくれた。
オイゲンが話す俺の知らない場面は、正直に自分でも驚いていた。
まず、俺が肉塊であった事。
此れは衝撃的だったし、そこから復活できた事に奇跡すら感じる。
そんな俺を抱きしめてくれた2人に、感謝が沸くが呆れもする・・・
ぶっちゃけ愛が重い・・・
それから、俺にとって最も気がかりになっていた事。
今回の原因に成ったであろう出来事を聞く事で、更に俺は動揺する。
そう、イリスとセイフィリアの癒しにより意識が戻った時に、俺がオイゲン達に食い掛かろうとした事だ。
あの時、俺はある言葉に従っていた。
『肉と魔力を食べて体を治さなければ』
それが気が付いた俺が、最初に浮かんだ思考なのだ。
【エクストラヒール】は確かに俺を癒してくれた。
イリスとセフィリアの献身は、俺を目覚めさせ、ある程度までは体も回復してくれたのだ。
だが、完全に体を再生するには至っていなかった。
だから俺は、浮かんだ言葉に従い何かを食らう事にした。
食らうといっても周りにはイリスとセフィリア、オイゲンのPTしかいない。
当然、俺は彼らを『捕食』対照にしていた。
ただ、俺にも譲れないものがあって、イリスとセフィリアだけは襲わないと、おれ自身に必死に言い聞かせていたのだ。
その意味では、あの時俺は2人を『捕食』対象から外せていたと思う。
もちろん、2人を見た時に、ちゃんとイリスとセフィリアだと認識できていたのも大きい。
だが、オイゲンはどうだろうか?
更に向こうで俺を睨んでいる3人は?
クロードもビアーチェもジモンも・・・ちゃんと俺は人として見ていただろうか?
俺はあの時の記憶がある。
しっかりと頭に刻まれた言葉に従い俺は、彼らを『捕食』の対象としていた。
そして『食いたい』とも思ったのだ。
なぜかは解らない。
でも食べる事で、俺は自分の体から沸く苦痛が消える事と、再生出来ない肉体を元に戻す方法になると知っていた。
だからその方法に素直に従っていただけなのだ。
それが『捕食』・・・
もし仮にあの時、イリスとセフィリアが俺に告白していなかったら俺は強烈な『捕食』の衝動に負けていたかもしれない。
負けていたならどうしていたのだろう?
オイゲンと其の仲間のクロードやビアーチェ、ジモンの雰囲気から解るだろう。
多分、俺はオイゲン達に食らい付いていた。
見知ったオイゲンを、そして睨む3人を食らい貪っていたに違いない。
その光景を想像すると、改めて恐怖が俺を襲ってくる。
今までイリスとセフィリアにデレられていたので、気にせずに済んでいた罪悪感が俺を襲う。
俺は、咄嗟に自らを抱え込む。
恐れが沸き起こり、己を飲み込む感覚に耐えようとする俺。
体が震え出し、歯がカチカチといいだす。
「・・・お主・・・覚えておるな」
オイゲンは俺を真顔で見詰めている。
其の顔は、何時もの好々爺では無くなっていた。
「いえ・・・なぜかは解りませんが恐ろしくなって・・・」
咄嗟に嘘を付き、覚えていない事にする。
オイゲンには、俺のあの時の記憶を知られたくなかった。
「では、せめて何故あのような姿になり、今またこうして元に戻ったのか教えてくれぬか?それ次第ではワシも考えねばならぬ」
オイゲンの真剣な眼差しに俺は覚悟を決める事にする。
出来るだけ正直に、でも肝心な事を言わないよう注意して。
まず、俺には特殊なスキルがある事。
それは自らを犠牲にしてでも強力な攻撃力を発揮する事。
今回ソレを発動して、何とか撃退したが自我を保てないくらいに痛手を負ったこと。
回復するには肉と魔力を食べると良いのだが、今回は余りにも痛めつけられたので意識が朦朧としていた事。
火柱に付いては、特殊な魔法スキルを持っている事。
この辺だけを説明してオイゲンを伺う。
「で、普段ならあのような事はしないのじゃな?」
「ええ、今回はイリスとセフィリアが取り乱すほどに負傷を負いましたから」
嘘は言っていないが、真実でもない。
その曖昧な返答で、オイゲンは納得してくれるだろうか?
俺は固唾を飲んで、オイゲンを見ていた。
「ん~~~~~っむ、今回はそうしておこうかの。じゃが、あ奴らも直ぐには納得しまいな。暫く剣呑な雰囲気かも知れぬが覚悟しておいてくれるかの」
「ええ、申し訳ありません」
「うむ・・・」
不承不承と言った所か。
オイゲンは敢えて深くは追求しなかった。
でも、だからこそ怖い。
どう出て来るか解らなくなった。
「オイゲン・・・ごめんなさい」
「よいよい、誰しも言えぬ事はある。じゃが、だからこそ信頼を取り戻すのは難しいことじゃぞ」
「はい・・・」
後は何も言えず、クロード達に話をしに行くオイゲンの背を見るしかなかった。
イリスとセフィリアは、話が終わると側に来て、俺を抱きしめてくれた。
「ラルス、私達は3人で1つ。だから貴方の苦しみは私の苦しみでもあるわ。さっきは五月蝿くしてて御免なさいね。何時も通り振舞ってラルスを心配させまいとしたけど、余計に貴方を悲しませたかもね」
「お兄、ごめんよ。セシリーも普段通りにって思ってたけどヒートアップし過ぎたかもね。オイゲンなら解ってくれるよ。だからそんな顔しないでね」
2人の慰めの中、言い知れぬ思いが心に渦巻く。
アドルフだったらどうしてただろう?
つい、故人に頼ってしまう俺だった。




