第四十一話 復活
落ち着きを取り戻しラルスへの対処法を模索し終えたビアーチェが、イリスの【エクストラヒール】に合格を出した。
ビアーチェには考えがあり、イリスに【エクストラヒール】を習得させていたのだ。
合格をもらったイリスはラルスの側に寄り添うように座る。
「イリスや、出来なんでも気を落とすでないぞ」
「はい、大丈夫です。出来る・・・いえ出来ます!」
イリスは緊張した面持ちで、ラルスの体に両手を当てる。
当ててから意を決したように、イリスは【エクストラヒール】を唱える。
傍目には何事も起っていないように見える【エクストラヒール】だが、イリスの手から放たれる魔力はラルスの体に溶け込むように広がっていった。
ビアーチェとオイゲンの共同で考え出した方法。
それは魔力同調だった。
外からの魔力を受け付けないのならば、相手の魔力に同調して直接送り込めば良い。
ただし、魔力同調はその存在を認められていても、実際には成功例がない程に難しく眉唾物だった。
なにせ他人の魔力に同調できるなど指紋を一致させるくらいに困難なのだから。
でも、可能性としてはあり得る所為ではある。
やってみる価値だけはあるだろうと、イリスにさせてみたのだった。
額に汗をかき、魔力の同調に精神を集中させているイリス。
彼女の集中は途切れる事無く、確実にラルスに直接魔力を送り込み癒しを与えているように見える。
でも、どうしても今一歩の所で上手くいかないように見えた。
「やっぱりダメかもしれないわね」
ビアーチェはイリスの気持ちを考えると、やるせない気持ちになる。
「じゃが、凄いの・・・まさか此処まで同調出来るとは・・・」
オイゲンはイリスの魔力同調が上手く行かない事よりも、同調させようと出来掛けている事に驚いている。
誰にも出来ないと思われていた事を、たった14歳になる少女が出来掛けている事に。
「あ、そうか!」
不意に今まで黙り込んでいたセフィリアが声を上げる。
「どうしたのじゃセフィリア?」
「お姉のしようとしている事が解ったの。もしかしたら・・・私も手伝えるかも」
「なっ!?なんじゃと??セフィリアは魔法は使えんじゃろう?」
「そうよ、魔力を扱えない者が簡単に手を出して良いものじゃないわよ?お姉ちゃんの邪魔になるかもしれないのよ」
セフィリアの言葉に、オイゲンもビアーチェも窘めに掛かる。
当然、2人にはセフィリアの言葉は思い付きにしか聞こえなかったのだ。
「うんうん、出来ると思う。だって小さい時からず~~~~~っとお兄には魔力を使って直接癒してもらってきたもの。最後の時もセシリーとお姉を癒してくれた。だからあの時の感覚が今でも左手に残ってるもの」
セフィリアの告白に、驚愕するオイゲンとビアーチェ。
議論する中で、絶対に出来ないと高を括っていた魔力同調をラルスは小さい時からしていた事実を聞かされたのだ。
「マジなんなの此の子達!!ありないわーマジないわー!!うそや!!!」
またもや取り乱すビアーチェ。
彼女の常識が音を立てて崩れているのかもしれない。
「セ、セフィリア・・・まさか・・・ラルスは何時からそんな事をしておったんじゃ??」
オイゲンもまた驚きを隠せない。
彼にとって今日と言う日は、人生最大の驚きに満ちた日になっている。
「ん~~っと物心付いたときから?かな?。お姉に聞けば良く解ると思うよ」
オイゲンは呆れ帰って何も言えなくなった。
多分、イリスとセフィリアは気付いていない。
ラルスもそうだが、本人達も十分に異常な存在になりつつある事を。
実際、イリスの魔法力は年の割には群を抜いて秀でている。
ましてや今だ成長期である。
15歳になる頃には、とてもBやAランクといわれる冒険者の枠に収まる事は無いだろう。
それ程までに成長スピードも威力も早過ぎるのだ。
セフィリアも同様だ。
彼女もまた格闘における攻撃力とセンスは異常である。
アドルフとドリスが舌を巻くほどの成長っぷりだった。
ドリスは剣術LVを越され悔しがっていたし、アドルフなどは斧術まで教えて鍛えている。
しかもそれを貪欲に吸収し、身に着けている。
物理攻撃に限定すれば、化け物と呼ばれる位の力を身に付けるだろう。
それもこれも、ラルスと言う存在が側に居たことが原因だ。
しかも、魔力同調で体に他人の魔力を受け入れてきた経緯を持っていた。
その受け入れた魔力こそ、此処にいるラルスのものだ。
彼の力は想像を絶するもので、かなり特殊なスキルを持っている。
詳しくは知らなくとも、見聞きした事柄と現在の状況から明らかだ。
そんな彼の力と同調できる存在。
はたして彼女達も普通の人としての枠を超えつつあるのではないか?
オイゲンが思考の海に意識を落としていると、イリスが苦しそうに声を上げる。
「ダメ・・・足りない・・・」
額の汗が大粒になり、精神を集中する事で体力も落ちてきている。
「お姉!セシリーも手伝う!!」
そう叫ぶと、セフィリアはイリスの側に駆け寄っていく。
「お姉、セシリーは魔法は使えないけど魔力は多少はあるよ?お姉と一緒にお兄を助けたい。だから手伝わせて」
「・・・ええ・・・一緒に助けましょう・・・セシリー」
ラルスに【エクストラヒール】を施していたイリスにセフィリアが抱きつく。
ラルスの横で座るイリスの背中から、姉を包み込むように手を回す。
イリスは、背中から抱き抱えられたセフィリアの右手に、ラルスに触れていた左手を離して重ねる合わせた。
セフィリアの右手とイリスの左手が絡むように組まれ、2人は意識を集中しあう。
程なくして、セフィリアが左手をラルスにあてがい、イリスと同じ様な光を放ち出す。
「そう、セシリー・・・貴方は魔力を私に注ぐだけ。後は私が何とかするわ・・・」
「うん、お姉に任せる。わたしの魔力を存分に使って・・・少ないけどね」
「ふふ・・・それでも良いのよ・・・ラルスを助けるんだから」
「うん♪お兄を助けよう・・・2人で・・・」
イリスは更に精神を集中させ、眉間に皺を寄せている。
セフィリアも慣れない魔力操作と、【エクストラヒール】に魔力を抜かれて苦しそうにしている。
息をするのを忘れるほどに緊張が場を包む。
オイゲンもビアーチェも、2人から目を話せない。
あまりの緊張した場面に、クロードもジモンも2人を見詰めている。
作業を中断し、目を釘付けにされているの事から解る。
「お兄・・・帰ってきて・・・」
セフィリアは目に涙を溜めて懇願する。
「ラルス・・・お願い・・・私を・・・もう一度名前で呼んで・・・」
イリスも更に必死な顔をして魔力をありったけつぎ込んでいる。
すると、2人の声が聞こえたのかラルスの体に変化が起こってきた。
今まで再生と崩壊を繰り返していた体が、徐々に治っていく。
拮抗していたバラスが崩れ、崩壊よりも再生が早まってきた。
少しずつだが確実に体が再生されていくラルス。
骨が伸び、其の周りに血管と筋肉が付き始める。
もちろん崩壊も同時に起るので、少しずつしか進まない。
焼け爛れた頭部にも癒しによる変化が現れ、目が作られる。
喉が再生され、口元が開き、ラルスの呻き声が聞こえ始めた。
「お兄・・・頑張って!!」
「もう少しよラルス!・・・お願い!!もっと私達を受け入れて・・・」
渾身の力を振り絞り、ラルスに魔力を送り込むイリスとセフィリア。
段々と癒しの効果からラルスの体が人としての形を取り戻す。
すると、ラルスが初めて言葉を発した。
「・・・タリナ・・・イ・・・」
「え?なにお兄」
「なにが足りないのラルス?」
聞き取れた言葉に、イリスとセフィリアはアタフタする。
魔力が足りないのかと、更に送り込もうとするイリス。
元々少ない魔力の為、限界を超えてかけていたセフィリアも最後の魔力をイリスに送ろうとした時。
人の形にはなったものの、今だ其の身の肉を露出させたまま立ち上がるラルス。
立ち上がると共に、イリスとセフィリアはラルスから弾かれる。
「ッツ!お兄!」
「・・・ラルス!落ち着いて!!・・・大丈夫だから!!お願い!!」
起き上がり身を震わせ苦しむラルスは、痛みの為かその場で暴れ出す。
折角治りかけているのに、此のままではまたラルスが壊れてしまう。
だから、イリスとセフィリアが暴れるラルスを止めに入る。
必死にラルスを抑えようとして、ラルスに抱きつくイリスとセフィリア。
「落ち着いてよお兄!!」
「お願いラルス・・・お願い・・・」
2人の制止を受け、ラルスは頭を抱えて苦悶に耐えようとするも。
「タリナイ!!・・・タリナイ!!!」
野獣のような咆哮を上げ、2人を引き剥がしオイゲン達を睨みつける。
その双眸は青く輝く水晶のような瞳孔の無い目。
開いた口にはアンフィスバエナと同じ蛇のような牙が見える。
「ちょ!何見てんのよ!」
いきなり睨みつけられたビアーチェは、ラルスの風貌にあからさまに脅えている。
「っけ!やっべーなーこりゃ。俺達もしかして狙われてるんじゃね」
クロードは腰に差していたロングソードを引き抜き構える。
「・・・・・・・・・・」
ジモンもまたハルバードに手をかけている。
「・・・うむ・・・失敗したのか?」
オイゲンは事の成り行きから、イリスの癒しは成功すると思っていた。
途中、セフィリアの言葉からも、ほぼ確信していたのだ。
それなのに、今目の前には自分達を獲物と定め狙うラルスの姿がある。
じっと獲物を狙うように見ていたラルスが、オイゲンたちに一歩近付き牙を剥こうとした時。
「ダメ!!!ラルス!!そんなことしちゃアドルフさんに何て言うの!!」
「そうだよお兄!!そんなことするくらいなら私達にしてよ!!」
イリスとセフィリアの叫びがラルスの動きを止める。
オイゲン達の方に行かせまいと、2人は徐々にラルスとの距離をち締めていく。
「それに私達はどうしたら良いの?!ラルス・・・帰ってきてよ!!愛してるのよ!!」
「私もお兄が好き!!ううん、愛してるよ!!だから何時ものお兄に戻って!!」
2人がラルスに告白した。
其の言葉に、ラルスは自らを止めるようにして、自らの体を抱きしめ何かの衝動に耐えている。
襲い来る衝動は痛みか、それとも?
その場で良い知れぬ、気まずい空気が流れる。
その空気を感じてかラルスはイリスとセフィリアを見て、それからオイゲン達を見る。
皆を見渡し、そこから炭化した魔物たちに視線を移す。
見た感じ、ラルスは何かを探すように辺りを見回しているようだ。
「タリナインダ・・・・タリナイ・・・」
するとラルスは、泳がせていた視線をある一転に定める。
目的に合致していたのだろうか?
ラルスは獰猛な笑みを口元に刻んで喜びの声を上げる。
自らを拘束していた体を解き、その先にあるものに勢いよく駆け出す。
「ニク!!ニク!!マリョク!!!」
そして、その物にラルスは飛びつき食らい始めた。
人外の食事風景画目の前に広がる。
「んあ・・・・・・・・・食ってるよ・・・オェ・・・」
クロードが目の前に移る光景に吐き出す。
「あ・・・あ・・・化け物・・・?!」
ビアーチェは手を胸の前で組み、神に祈りを捧げ出す。
「お兄・・・どうしちゃったの・・・」
「ラルス・・・何が・・・」
イリスとセフィリアはラルスを見詰めたまま膝を地面に落とす。
助けることが出来ると思っていた矢先のラルスの豹変。
どれ程の悲嘆が2人に圧し掛かっているのだろう。
オイゲンは廻りの混乱の中、冷静にラルスを見ていた。
自分でも驚くほどに冷静にだ。
ラルスの飛び掛ったものは、焼け焦げ腐敗していたワイバーンの死体。
唯一此の場で肉を残していたものだ。
飛びつきざまに、ラルスはその腹から肋骨を突き破らせ体外に長く伸ばす。
腹から突き出た肋骨を、更に大きく伸ばし牙のように開いた。
そして腹にもう1つの口を作り上げ、その口の中に真っ黒な渦を出現させる。
其処からは只の食事風景だ。
口と腹でワイバーンを食い千切り飲み込む。
腐敗していようが焦げていようがお構い無しだ。
食らい飲み込み、骨を貪り噛み砕く。
鱗もバリバリと音を立てて食い、口から腹から吸収していく。
全ての骨と肉と皮、爪と何もかも平らげ、最後にワイバーンが貯め込んでいたであろう魔核を口に運び飲み込んだ。
最後の食事を終えたラルスは、その場で立っていた。
飲み込んだワイバーンを咀嚼する様に幾度も腹を動かし、満足げに笑うとその場に倒れる。
「ラルス!!!」
「お兄!!」
今の状況を見ても、なんら臆する事無く駆け出すイリスとセフィリア。
正直、オイゲンは2人にも驚愕を覚える。
どうして其処までラルスを受け入れられるのかと?
追いついたイリスとセフィリアは、すぐさまラルスに手を伸ばす。
そして、倒れて身動きしなくなったラルスを抱え、其の身を起させる。
「お姉!!お兄が治っていく!!」
「ああああ・・・ラルスが・・・ラルス・・・」
2人の様子から、ラルスの体が治りつつある事を悟るオイゲン。
だが、2人のように近づくことが出来ない。
「どうなって、おるんじゃ・・・あやつはいったい・・・」
イリスとセフィリアに抱かれ、上半身を起こしているラルスは元通りに戻っていた。
さっきまでの異様な姿を一変させ、幼く何処か賢そうに見えるだけの小さな子供がいるだけだ。
イリス達の歓喜とは裏腹に、オイゲン達には恐怖と畏怖が伝播する。
この対照的な光景は、果たしてどのような結果を巻き起こすのだろうか・・・
オイゲンはアドルフにむかって呟く。
「どうやらとんでもない子供達と縁を結んでしまったようじゃ・・・お主ならどうしたかの~」




