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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第9話 魔王様の初デート、魔王軍総出で応援される

 午後五時。


 今日の仕事が終わった。


「お疲れさまでした!」


「お疲れさまです!」


 私は書類を片付ける。


「では、帰りましょう」


 今日は魔王様と街へ行く約束をしている。


 友達になったばかりだし、たまには仕事以外で話すのもいいだろう。


 そう思って執務室を出ると――。


「…………」


 廊下の先に魔王様が立っていた。


 黒い服。


 黒いマント。


 そして、なぜか髪までいつもより整っている。


「魔王様、お待たせしました」


「ああ」


 魔王様がこちらへ歩いてくる。


「行こう」


「はい」


 私たちは並んで歩き始めた。


 その直後。


 廊下の壁の陰から、何本もの手が伸びてくる。


「頑張れ!」


「魔王様!」


「絶対に告白してください!」


「手くらい繋いでください!」


「二人きりになったら雰囲気を作るんですよ!」


「うるさい!」


 魔王様が振り返って怒鳴った。


 壁の向こうが静かになる。


「……?」


 私は壁を見る。


「今、何か聞こえませんでした?」


「気のせいだ」


「そうですか?」


「ああ」


 私たちは再び歩き始めた。


 壁の陰。


「危なかった……」


「魔王様、気づいてましたね」


「当然です」


「しかし、リリアーナ様は全く気づいていません」


「さすが魔王様」


「何がです?」


「鈍感なところも含めて相性がいい」


「それは魔王様ではなくリリアーナ様ですよ」


 魔王軍の者たちは、小声で盛り上がっていた。


     ◇


 城門を出る。


「どこへ行きますか?」


 私が聞くと、魔王様が固まった。


「…………」


「魔王様?」


「……考えていなかった」


「え?」


「街へ行くことだけ決めていた」


「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。


「魔王様って、計画を立てるのが得意そうなのに」


「戦闘や政治なら得意だ」


「遊びは苦手なんですね」


「……そうだな」


「では、私が決めてもいいですか?」


「ああ」


 私は街を見渡す。


「まずは市場へ行きましょう」


「市場?」


「はい」


「何をする?」


「買い物です」


「…………」


「?」


 魔王様の顔が少し曇った。


「……買い物か」


「嫌ですか?」


「いや」


 魔王様は慌てて首を振った。


「君となら、どこでもいい」


「……?」


 私は首を傾げる。


「ありがとうございます」


 魔王様は顔を赤くした。


     ◇


 市場。


「わあ……!」


 私は目を輝かせた。


 色とりどりの野菜。


 果物。


 香辛料。


 焼き菓子。


 見たことのない食材まで並んでいる。


「魔王様、あれ!」


「どれだ?」


「あの果物です」


「ああ」


「食べたことありますか?」


「ない」


「では買ってみましょう」


「分かった」


 魔王様は店主に近づく。


「これを全部くれ」


「全部!?」


「はい!?」


 私は慌てて魔王様の腕を掴んだ。


「待ってください!」


「何だ?」


「一個でいいです!」


「……そうか」


 魔王様は残念そうだった。


「一個ください」


「あいよ!」


 果物を一つ受け取る。


 私は魔王様を見る。


「半分こしませんか?」


「…………」


 魔王様が固まった。


「魔王様?」


「……半分こ」


「はい」


「……ああ」


 魔王様は真っ赤になった。


「どうしました?」


「何でもない」


 私は果物を切ってもらい、半分を魔王様へ渡す。


「どうぞ」


「……ありがとう」


 魔王様が一口食べる。


「……美味い」


「本当ですね!」


「…………」


「?」


 魔王様がじっと私を見る。


「何ですか?」


「いや……」


 魔王様は視線を逸らした。


「……何でもない」


     ◇


 次に私たちは本屋へ向かった。


「本屋ですか?」


「昨日、君が本を読むと言っていたから」


「覚えていたんですか?」


「ああ」


「ありがとうございます」


 私は店内を見て回る。


 料理本。


 薬草図鑑。


 魔物図鑑。


 歴史書。


「これが面白そうです」


 私は一冊の本を手に取った。


『魔族料理大全』


「…………」


 魔王様が本を見る。


「それが欲しいのか?」


「はい」


「買おう」


「自分で買いますよ」


「私が買う」


「でも」


「友達への贈り物だ」


「……」


 私は少し驚いた。


「では、お言葉に甘えます」


「ああ」


 魔王様は嬉しそうに本を買った。


 店を出る。


「ありがとうございます」


「……どういたしまして」


 魔王様は照れている。


 私は本を抱えた。


「大切にしますね」


「……!」


 魔王様の顔が真っ赤になった。


     ◇


 夕方。


 街を歩きながら、私はふと思った。


「今日は楽しかったですね」


「ああ」


「魔王様とこうして街を歩くのも、悪くないですね」


「……」


 魔王様が立ち止まる。


「リリアーナ」


「はい?」


「私は……」


「?」


「今日のことを……」


「はい」


「……楽しかった」


「私もです」


「…………」


 魔王様が何か言おうとする。


 しかし。


「魔王様!」


 突然、後ろから声がした。


 振り返る。


 クロードさんだった。


「何してるんですか?」


「…………」


「二人で買い物ですか?」


「そうだ」


「デートですか?」


「違う!」


「…………」


 私は首を傾げる。


「デート?」


「違う!」


 魔王様が慌てる。


「友達との買い物だ!」


「なるほど」


 私は納得した。


「そうですね」


「…………」


 魔王様の肩が落ちる。


「魔王様」


「なんだ」


「今日はありがとうございました」


「……ああ」


「また行きましょう」


「…………!」


 魔王様の顔が一気に明るくなる。


「……本当か?」


「はい」


「また二人で?」


「もちろんです」


「…………」


 魔王様は嬉しそうに笑った。


 その後ろでクロードさんが小さくガッツポーズをする。


「よし……!」


 しかし。


 魔王城に戻った瞬間。


「魔王様!」


「何だ!」


「デートはいかがでしたか!」


「だからデートではない!」


「手は繋ぎましたか!」


「繋いでいない!」


「告白は!?」


「していない!」


「何を買ったんです!?」


「本だ!」


「進展なし!」


「うるさい!」


 魔王城が騒がしくなる。


 私はそんな様子を見ながら笑った。


「本当に面白い職場ですね」


 そして、自室へ戻る。


 今日買ってもらった本を机に置く。


 表紙を見る。


「……また一緒に行きたいな」


 私は小さく呟いた。


 その一方。


 魔王様は自室で、今日一日の出来事を思い返していた。


「……楽しかった」


 果物を半分こした。


 本を贈った。


 二人で街を歩いた。


 そして――


「また行こうと言ってくれた」


 魔王様はベッドに腰掛ける。


「……次は」


 少し考える。


「次は、手を繋いでもいいだろうか」


 その瞬間。


 扉の向こうからクロードの声がした。


「魔王様!」


「何だ!」


「次は手を繋ぐんですよ!」


「聞こえている!」


「頑張ってください!」


「お前は私の部屋に盗聴器でも仕掛けているのか!?」


「声が大きいだけです!」


「…………」


 魔王様は深いため息をついた。


 しかし。


 その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。


 こうして二人の距離は――


 ほんの少しだけ近づいた。


 ただし。


 リリアーナ本人は、まだ魔王様の恋心にまったく気づいていない。


 そして翌日。


 魔王城に、とんでもない知らせが届くことになる。


 ――勇者が魔王城にやって来た。

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