第10話 勇者が来た。でも、なんか思ってたのと違います
翌朝。
私はいつものように魔王城へ出勤した。
「おはようございます!」
「おはようございます、リリアーナ様!」
「今日の朝食は何ですか?」
「焼きたてのパンとベーコン、それから目玉焼きです!」
「最高ですね!」
最近の魔王城は本当に平和だ。
少し前まで、
「人間が攻めてきたぞ!」
「迎撃準備!」
「魔王様に報告を!」
などと騒いでいたとは思えない。
今では、
「パンが焼けたぞ!」
「ジャムが切れた!」
「誰か牛乳を取ってくれ!」
という声のほうが多い。
「いい職場です……」
私は満足していた。
そのとき。
――ゴーン。
魔王城の警鐘が鳴った。
「…………」
食堂が静まり返る。
もう一度。
――ゴーン。
今度はさっきより大きい。
「敵襲です!」
誰かが叫んだ。
「人間軍か!?」
「分からない!」
「魔王様へ報告しろ!」
食堂が一瞬で大混乱になった。
「ええっ!?」
私は慌てて立ち上がる。
「何が起きたんですか!?」
そこへクロードさんが走ってきた。
「リリアーナ様!」
「クロードさん!」
「大変です!」
「敵ですか?」
「はい!」
「人間軍が?」
「いえ」
クロードさんが息を整える。
「勇者です」
「…………」
私は目を瞬いた。
「勇者?」
「はい」
「一人で?」
「一人です」
「…………」
私は首を傾げた。
「どうして?」
「それが……」
クロードさんが困った顔をする。
「門の前で、ずっと叫んでいます」
「何て?」
「『魔王! 出てこい!』と」
「普通ですね」
「それが……」
「はい」
「その後に」
「その後に?」
「『腹が減った!』と」
「…………」
食堂の全員が沈黙した。
◇
魔王城の正門。
門番たちが警戒している。
「止まれ!」
「俺は勇者だ!」
「それは見れば分かる!」
門の前に、一人の青年が立っていた。
金髪。
青い瞳。
立派な鎧。
背中には巨大な剣。
誰がどう見ても勇者だ。
ただし。
「腹が減った!」
「…………」
威厳がない。
「飯を食わせろ!」
「ここは魔王城だぞ!」
「知ってる!」
「なら帰れ!」
「帰れない!」
「なぜだ!」
「三日前から何も食べてない!」
「なぜ!?」
門番が頭を抱える。
そこへ。
「何をしている!」
魔王様がやって来た。
「魔王様!」
「下がれ」
魔王様が門の前に立つ。
「勇者」
「おう!」
「何の用だ」
「腹が減った!」
「…………」
魔王様のこめかみに青筋が浮かぶ。
「他にないのか?」
「ある」
「言え」
勇者は胸を張った。
「お前を倒しに来た!」
「…………」
「でもその前に飯を食わせてくれ!」
「…………」
魔王様が黙る。
私は思わず口を挟んだ。
「魔王様」
「なんだ」
「お腹が空いているなら、食堂へ案内してもいいのでは?」
「リリアーナ」
「はい?」
「こいつは勇者だ」
「はい」
「私を倒しに来た」
「はい」
「敵だ」
「そうですね」
「…………」
魔王様が勇者を見る。
勇者も魔王を見る。
「腹が減った」
「…………」
魔王様は深いため息をついた。
「……食わせろ」
「魔王様!?」
「腹が減っているのだろう」
「はい!」
勇者が元気よく答えた。
「食堂へ連れていけ」
「ありがとうございます!」
「ただし」
魔王様が低い声で続ける。
「食べ終わったら、私と戦え」
「分かった!」
「……本当に分かっているのか?」
「うん!」
「…………」
◇
食堂。
「いただきます!」
勇者は勢いよく料理を食べ始めた。
「うまい!」
「そんなに急いで食べなくても大丈夫ですよ」
「うまい!」
「聞いてます?」
「うまい!」
「……」
私は苦笑した。
勇者はパンを一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
「まだ食べます?」
「食べる!」
「何個食べるんですか?」
「分からない!」
魔王城の料理人たちが感動している。
「こんなに美味しそうに食べてもらえるとは……」
「料理人冥利に尽きる……」
「もっと焼いてやろう!」
「はい!」
勇者は幸せそうにパンを頬張る。
「お姉さん!」
「はい?」
「このパン、誰が作ったの?」
「料理長ですよ」
「違う!」
料理長が首を振る。
「レシピを考えたのはリリアーナ様です」
「へえ!」
勇者が私を見る。
「すごいな!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、もっと食べたい!」
「はいはい」
私はパンを渡した。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
その光景を――
魔王様がじっと見ていた。
「…………」
クロードさんが隣に立つ。
「魔王様」
「なんだ」
「嫉妬ですか?」
「違う」
「勇者にパンを渡しただけですよ」
「分かっている」
「笑顔で渡していましたね」
「…………」
「魔王様?」
「…………」
「魔王様、顔が怖いですよ」
「私は元々こういう顔だ」
◇
食事を終えた勇者が立ち上がる。
「ごちそうさま!」
「お粗末さまでした」
「ありがとう!」
勇者は満足そうにお腹を叩いた。
「よし!」
そして剣を抜く。
「魔王!」
空気が変わった。
「今度こそ戦おう!」
「…………」
魔王様が立ち上がる。
「望むところだ」
「待ってください!」
私は慌てて二人の間に入った。
「食後ですよ!?」
「…………」
「…………」
「すぐに戦ったら胃に悪いです!」
勇者が固まる。
魔王様も固まる。
「……胃に?」
「はい」
「…………」
勇者が剣をしまった。
「じゃあ、少し休む」
「そうしてください」
魔王様も椅子に座った。
「…………」
クロードさんが小声で呟く。
「戦争が胃もたれで延期されましたね」
「…………」
◇
昼過ぎ。
私は勇者と話をしていた。
「それで、勇者さんはどうして三日も食べていないんですか?」
「道に迷った!」
「…………」
「魔王城を探してたら森で迷った!」
「なるほど……」
「途中で魔物に襲われた!」
「大丈夫だったんですか?」
「逃げた!」
「勇者なのに?」
「腹が減ってたから!」
「…………」
どうやら、この勇者。
強いのか弱いのか、よく分からない。
「ところで、名前は?」
「ああ」
勇者は胸を張った。
「俺はレオン!」
「レオンさんですね」
「よろしく!」
「よろしくお願いします」
握手する。
「…………」
その瞬間。
背後から殺気を感じた。
振り返る。
「魔王様?」
「……何でもない」
「?」
魔王様がこちらを見ている。
その目が――
ものすごく怖い。
「魔王様?」
「なんだ」
「どうしました?」
「……勇者と仲良くなるのが早いな」
「そうですか?」
「ああ」
魔王様が勇者を見る。
「勇者」
「ん?」
「お前は明日からどうする?」
「ここに住む!」
「…………」
「え?」
私も驚いた。
「どうしてですか?」
「飯がうまいから!」
「…………」
魔王様の顔が引きつった。
「……却下だ」
「なんで!?」
「ここは魔王城だ」
「でも飯がうまい!」
「理由になっていない!」
「俺、働くぞ!」
「何ができる?」
「…………」
勇者が考える。
「皿洗い!」
「…………」
「料理もできる!」
「何が作れる?」
「目玉焼き!」
「…………」
魔王様は頭を抱えた。
私は笑ってしまった。
「レオンさん」
「何?」
「とりあえず、しばらくここにいてもいいですよ」
「本当!?」
「はい」
「やった!」
「リリアーナ!」
魔王様が慌てる。
「いいんですか?」
「人手も増えますし」
「…………」
魔王様は黙った。
そして。
「……仕方ない」
「やった!」
勇者が喜ぶ。
こうして。
魔王を倒すためにやって来た勇者は――
魔王城の臨時職員になった。
しかも翌朝。
「リリアーナ!」
「はい?」
「俺、魔王城の食堂で働く!」
「本当ですか?」
「うん!」
「助かります!」
「よろしく!」
「こちらこそ」
私たちは笑顔で握手した。
その少し離れた場所で。
「…………」
魔王様が二人を見ている。
「…………」
クロードさんが隣に立つ。
「魔王様」
「なんだ」
「勇者が部下になりましたね」
「…………」
「良かったですね」
「…………」
「人手不足も解消です」
「…………」
「どうしました?」
「……頭が痛い」
「でしょうね」
魔王様は深いため息をついた。
そして小さく呟く。
「……なぜ私の城には、こうも変な奴ばかり集まるんだ」
その答えは――
誰にも分からない。
ただ一つ確かなことがある。
この日から魔王城は。
さらに騒がしくなった。




