第11話 勇者、魔王の恋敵になる
魔王城に勇者が住み始めて三日。
「おはようございます!」
「おはよう、リリアーナ!」
「今日も元気ですね、レオンさん」
「うん!」
朝から元気な声が響く。
レオンさんはすっかり魔王城に馴染んでいた。
最初は警戒していた魔族たちも、今では普通に接している。
「レオン、パン取ってくれ!」
「分かった!」
「ジャムも!」
「はいよ!」
「お前、勇者なのにすっかり店員だな」
「働くって楽しいな!」
「…………」
私はその様子を見て微笑んだ。
「よかったですね」
「うん!」
レオンさんが笑う。
すると。
「リリアーナ」
「はい?」
背後から魔王様。
「今日の予定は?」
「午前中は書類整理です」
「そうか」
「午後は厨房のお手伝いです」
「……そうか」
魔王様は少し考える。
「なら、私も厨房へ行く」
「魔王様が?」
「ああ」
レオンさんが振り向いた。
「魔王も料理するの?」
「…………」
魔王様の眉がぴくりと動く。
「私は料理をする必要はない」
「じゃあ、何するの?」
「……見ている」
「それ意味ある?」
「…………」
魔王様がレオンを睨む。
「勇者」
「何?」
「お前は今日、庭の掃除だ」
「分かった!」
レオンは元気よく返事をした。
「魔王様、仕事を振るのがお上手ですね」
「…………」
魔王様は何とも言えない顔をしていた。
◇
午前の仕事が終わり、私は厨房へ向かった。
「今日は新しい料理を試してみましょう」
「何を作る?」
レオンさんが興味津々で聞く。
「コロッケです」
「コロッケ?」
「はい」
「何それ!」
「じゃがいもを潰して、衣をつけて揚げます」
「美味しそう!」
「作ってみますか?」
「やる!」
レオンさんが腕まくりをする。
「まずはじゃがいもを――」
「こう?」
「そうです」
「こうして……」
「上手です」
「本当!?」
「はい」
「リリアーナ、教えるの上手だな!」
「ありがとうございます」
私は笑った。
その光景を。
「…………」
魔王様が見ていた。
しかも。
ものすごく近いところから。
「魔王様?」
「なんだ」
「何をしているんですか?」
「見ている」
「ずっとですか?」
「ああ」
「仕事は?」
「クロードに任せた」
「…………」
私は少し呆れた。
「魔王様もやってみますか?」
「……私が?」
「はい」
魔王様はレオンを見る。
「…………」
「魔王もやろうぜ!」
「…………」
「楽しいぞ!」
「…………」
魔王様はしばらく黙った。
「……分かった」
エプロンを着ける。
「魔王様、似合っていますよ」
「…………」
魔王様の耳が赤くなる。
「では、じゃがいもを潰してください」
「分かった」
魔王様がボウルを持つ。
「こうか?」
「はい」
――ぐしゃ。
「…………」
魔王様の力が強すぎた。
じゃがいもが一瞬で粉々になった。
「……完璧だ」
「はい」
私は笑った。
レオンさんが笑う。
「魔王、力強いな!」
「魔王だからな」
「じゃあ、次は俺と競争しよう!」
「何を?」
「じゃがいも潰し!」
「…………」
なぜ勇者と魔王が、じゃがいも潰しで勝負しているのだろう。
◇
しばらくして。
「完成です!」
テーブルの上にコロッケが並ぶ。
「美味しそう!」
レオンさんが目を輝かせる。
「いただきます!」
「いただきます」
魔王様も一口食べる。
「…………」
「どうですか?」
「美味い」
「よかったです」
レオンさんも食べる。
「うまい!」
「ありがとうございます」
「毎日これ食べたい!」
「毎日は大変ですよ」
「じゃあ俺が作る!」
「本当ですか?」
「うん!」
レオンさんが胸を張る。
「リリアーナのためなら!」
「え?」
「美味しいものを作ってあげる!」
「ありがとうございます」
私は笑った。
その瞬間。
――ガシャン。
魔王様のフォークが折れた。
「魔王様!?」
「…………」
「フォークが折れてます!」
「……力が入っただけだ」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
魔王様は折れたフォークを見つめる。
「…………」
レオンが不思議そうに聞く。
「魔王、どうした?」
「何でもない」
「怒ってる?」
「怒っていない」
「顔怖いぞ?」
「元からだ」
「そうなの?」
「そうだ」
「へえ」
レオンは気にせずコロッケを食べ続けた。
◇
午後。
私は庭を歩いていた。
「リリアーナ!」
レオンさんが走ってくる。
「どうしました?」
「見て!」
「?」
レオンさんが花束を差し出した。
「庭に咲いてたから、リリアーナにあげる!」
「わあ……」
私は驚いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして!」
花束を受け取る。
「綺麗ですね」
「リリアーナに似合うと思って!」
「…………」
私は少し照れた。
「嬉しいです」
「よかった!」
すると。
「…………」
背後。
魔王様が立っていた。
「魔王様?」
「…………」
「どうしました?」
「……その花」
「はい?」
「私も渡そうと思っていた」
「え?」
魔王様が手にしている。
ものすごく立派な花束。
「…………」
レオンさんの花束を見る。
魔王様の花束を見る。
明らかに魔王様のほうが豪華だ。
「魔王様、ありがとうございます!」
「…………」
魔王様は満足そうに花束を渡した。
「こちらもどうぞ」
「ありがとうございます」
「…………」
レオンが言う。
「魔王、花束で勝負するの?」
「勝負ではない」
「でも魔王のほうが大きい」
「…………」
「じゃあ次は俺、もっと大きいの取ってくる!」
「待て」
「何?」
「庭の花を勝手に全部取るな」
「分かった!」
レオンは走っていった。
「…………」
魔王様が深いため息をつく。
「どうしました?」
「……何でもない」
「最近、ため息が多いですよ」
「…………」
魔王様は私を見る。
「リリアーナ」
「はい?」
「勇者のことをどう思う?」
「レオンさんですか?」
「ああ」
「良い人だと思います」
「…………」
「元気ですし、働き者です」
「…………」
「料理も頑張っていますし」
「…………」
魔王様が沈黙する。
「魔王様?」
「……そうか」
「はい」
「……ならいい」
「?」
◇
その夜。
魔王の執務室。
「魔王様」
クロードが書類を整理している。
「何だ」
「最近、勇者と張り合ってませんか?」
「張り合っていない」
「花束とか」
「偶然だ」
「コロッケとか」
「料理をしただけだ」
「リリアーナ様に褒められたとき、嬉しそうでしたよね」
「…………」
「魔王様」
「なんだ」
「嫉妬してます?」
「…………」
魔王様は黙った。
しばらくして。
「……少し」
「認めた!」
「声が大きい!」
「申し訳ありません」
「…………」
魔王様は窓の外を見る。
「私は……」
「はい」
「勇者に負けたくない」
「戦闘ですか?」
「違う」
「仕事?」
「違う」
「料理?」
「……それも違う」
クロードが首を傾げる。
「では、何で?」
魔王様は少し黙って。
「……リリアーナの隣にいることだ」
「…………」
クロードは少しだけ笑った。
「ようやく自覚しましたね」
「何を?」
「恋敵ができたことを」
「…………」
魔王様は顔を赤くした。
「……勇者には負けん」
そのころ。
私は自室で、もらった花束を眺めていた。
「魔王様もレオンさんも、優しいなぁ……」
そして私は笑った。
「魔王城に来て、本当によかった」
――しかし。
翌朝。
魔王城に新たな問題が発生する。
「リリアーナ様!」
「はい?」
「大変です!」
「何が?」
「勇者様が――」
「はい」
「魔王様に決闘を申し込んでいます!」
「…………」
私は頭を抱えた。
「どうしてこうなったんですか!?」
魔王城の平穏は――
またしても、崩れようとしていた。




