第7話 魔王様、護衛という名の嫉妬をする
翌朝。
私はいつもより早く目を覚ました。
「今日は人間領に行くんでしたね」
王太子殿下から呼び出しを受けたためだ。
何の話なのかは分からない。
婚約破棄を撤回したいのか。
それとも、聖女として戻ってきてほしいのか。
どちらにしても、あまり気は進まない。
「……早く終わらせて帰ってこよう」
私は身支度を整えた。
そして玄関へ向かう。
すると――
「おはようございます」
「……」
玄関前に、魔王様が立っていた。
黒いマント。
黒い服。
黒い靴。
そして腰には剣。
「魔王様?」
「おはよう」
「朝早いですね」
「ああ」
「どうされたんですか?」
「護衛だ」
「……」
私は昨日のことを思い出した。
「人間領まで?」
「そうだ」
「わざわざ?」
「そうだ」
「魔王様が?」
「そうだ」
「魔王なのに?」
「……」
魔王様が眉をひそめる。
「何か問題があるか?」
「いえ」
私は首を振った。
「ありがとうございます」
「……ああ」
魔王様は嬉しそうに頷いた。
その後ろからクロードさんが現れた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「魔王様、準備は?」
「完璧だ」
「そうですか」
クロードさんは魔王様の服装を見る。
「……護衛なのに正装ですか?」
「問題あるか?」
「いえ」
クロードさんは私を見る。
そして魔王様を見る。
「……デートですね」
「違う!」
「護衛だ」
「はいはい」
「本当に違う!」
「分かっていますよ」
クロードさんは笑った。
「では、行ってらっしゃいませ」
「お前は来ないのか?」
「私は仕事がありますので」
「……」
「魔王様も頑張ってください」
「何をだ」
「護衛を」
「…………」
魔王様はものすごく嫌そうな顔をした。
◇
人間領へ向かう馬車。
私と魔王様は向かい合って座っていた。
「…………」
「…………」
静かだ。
ものすごく静かだ。
「魔王様」
「なんだ」
「人間領へ来るのは初めてですか?」
「いや」
「そうなんですね」
「ああ」
「以前は?」
「……戦争をしていた頃だ」
「…………」
「…………」
会話が終わった。
「……そうですか」
「…………」
私は窓の外を見る。
すると魔王様が突然、
「リリアーナ」
「はい?」
「人間の王太子とは、どの程度親しかった?」
「どの程度?」
「ああ」
「婚約者でしたから、それなりには」
「…………」
魔王様の表情が曇った。
「どのくらい?」
「十年間くらいです」
「十年……」
「はい」
「…………」
魔王様が黙る。
私は首を傾げた。
「どうしました?」
「いや」
少しして。
「好きだったのか?」
「え?」
「その……王太子を」
「…………」
私は考えた。
「どうでしょう」
「どうでしょう、とは?」
「婚約者だったので、嫌いではありませんでした」
「…………」
「でも、今は何とも思っていません」
「……そうか」
魔王様の顔が少し明るくなる。
「そうか」
「はい」
「……ならば良かった」
「何がですか?」
「…………何でもない」
また外を見る。
私は思った。
「今日は本当に変ですね」
◇
王都に到着した。
門を通ると、周囲の人々がざわつき始めた。
「魔王だ!」
「魔王がいるぞ!」
「逃げろ!」
「待ってください!」
私は慌てて声を上げた。
「この方は私の上司です!」
「…………」
「上司?」
人々がざわめく。
「魔王が上司?」
「聖女の上司が魔王?」
「どういうことだ?」
魔王様は私の隣で、非常に誇らしそうな顔をしていた。
「……私が上司だ」
「そこ、誇るところですか?」
「当然だ」
なぜか胸を張っている。
その姿を見て、私は少し笑った。
◇
王城へ到着する。
案内された部屋には、王太子殿下が待っていた。
「久しぶりだな、リリアーナ」
「お久しぶりです」
殿下の視線が魔王様へ向く。
「…………」
魔王様も殿下を見る。
「…………」
空気が重い。
「なぜ魔王がここにいる?」
「私の護衛です」
「魔王が護衛?」
「はい」
殿下は信じられないものを見るような顔をした。
「……君は何を考えている?」
「特に何も」
「……」
魔王様が一歩前に出る。
「用件を聞こう」
「お前には聞いていない」
「リリアーナの上司だ」
「…………」
王太子殿下の顔が引きつる。
「……上司?」
「そうだ」
「君は魔王軍で何をしている?」
「普通に仕事をしています」
「……」
「最近は貿易担当になりました」
「貿易……?」
「はい」
王太子殿下は絶句した。
私は気にせず椅子に座る。
「それで、今日は何のお話でしょうか?」
「…………」
殿下は少し黙った。
そして。
「聖女に戻ってほしい」
私は目を瞬いた。
「……やっぱり」
「王国には君の力が必要だ」
「お断りします」
「なぜだ?」
「今の職場が気に入っているので」
「魔王城が?」
「はい」
「……」
殿下は魔王を見る。
魔王様は腕を組んでいる。
「……待遇は?」
「週休二日です」
「…………」
「残業代も出ます」
「…………」
「昼食も美味しいです」
「…………」
王太子殿下が頭を抱えた。
「……そんな理由で?」
「大事ですよ」
「…………」
すると魔王様が突然口を開いた。
「それに――」
魔王様が私を見る。
「リリアーナは、我が城に必要な人材だ」
「魔王様……」
「だから返してもらうつもりはない」
私は少し驚いた。
なんだか嬉しい。
「ありがとうございます」
「……ああ」
魔王様は満足そうだった。
しかし。
王太子殿下が眉をひそめる。
「君は……彼女をどうするつもりだ?」
「どう、とは?」
「聖女を利用するつもりか?」
「違う」
魔王様は即答した。
「私は――」
一瞬、言葉に詰まる。
「…………」
「…………」
魔王様の顔が赤くなる。
「私は……彼女に……」
何を言うのだろう。
私も少し身構える。
「……働いてもらいたい」
「…………」
「…………」
私は思わず笑ってしまった。
「魔王様、そんなに緊張しなくても」
「…………」
魔王様は顔を真っ赤にした。
王太子殿下は呆れたようにため息をついた。
「……分かった」
「え?」
「聖女の件は諦めよう」
「本当ですか?」
「ああ」
殿下は私を見る。
「だが、一つだけ聞きたい」
「何でしょう?」
「君は……魔王をどう思っている?」
「…………」
私は魔王様を見る。
魔王様もこちらを見る。
「そうですね……」
私は少し考えて。
「良い上司だと思います」
「…………」
魔王様が固まった。
王太子殿下が目を閉じる。
「……そうか」
魔王様は肩を落とした。
「……やはり、上司か」
「魔王様?」
「何でもない」
こうして話し合いは終わった。
帰りの馬車。
私は魔王様の隣に座る。
「今日はありがとうございました」
「……何がだ?」
「私を守ってくれて」
「……当然だ」
「それに、魔王城に必要だと言ってくれて嬉しかったです」
「…………」
「ありがとうございます」
私は笑った。
魔王様はしばらく黙っていた。
そして。
「……リリアーナ」
「はい?」
「いつか」
「はい」
「私のことを……」
「?」
「……いや、何でもない」
「そうですか?」
「ああ」
魔王様は窓の外を見る。
そして小さく呟いた。
「……上司ではなくなれたらいいのだが」
「何か言いました?」
「何も言っていない」
私は首を傾げた。
魔王様は耳まで真っ赤になっていた。




