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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第6話 魔王様、休日の過ごし方が分かりません

 休日。


 それは、人間にとって大切なものだ。


 もちろん私にとっても大切だ。


 朝はゆっくり起きる。


 好きな時間に朝食を食べる。


 本を読む。


 眠くなったら昼寝する。


 そして――何もしない。


「最高です……」


 私はベッドの上で伸びをした。


 今日は仕事がない。


 誰にも呼ばれない。


 書類もない。


 治療もない。


 魔物討伐もない。


「これが休日……」


 感動していると。


 コンコン。


「…………」


 私は固まった。


 まさか。


 いや、そんなはずはない。


 コンコン。


「…………」


 無視する。


 コンコンコン。


「…………」


 さらに強くなった。


 私は布団を頭までかぶった。


「今日は休みです……」


「リリアーナ」


「…………」


「いるのだろう?」


「いません」


「…………」


 扉の向こうが静かになった。


 よし。


 諦めたらしい。


 そう思った瞬間。


「では、ここで待っている」


「なんで!?」


 思わず叫んでしまった。


「いるではないか」


「…………」


 私は仕方なく起き上がった。


 扉を開ける。


 そこには、昨日と同じく正装した魔王様が立っていた。


「おはようございます」


「おはよう」


「何のご用ですか?」


「……散歩だ」


「昨日も聞きました」


「今日は本当に散歩だ」


「昨日も本気でしたよね?」


「…………」


 魔王様は黙った。


 私はため息をつく。


「分かりました」


「……!」


「少しだけなら、お付き合いします」


「本当か?」


「はい」


 魔王様の顔が一気に明るくなった。


 ……なんだか、子供みたいだ。


「では、行こう」


「どこへ?」


「…………」


「決めてないんですか?」


「……決めていない」


「魔王様」


「なんだ」


「散歩って、目的地を決めなくてもいいものですよ」


「そうなのか?」


「はい」


「なるほど」


 魔王様は真剣に頷いた。


「では歩こう」


「はい」


     ◇


 魔王城の庭を歩く。


 休日の庭は静かだった。


 色とりどりの花が咲いている。


「綺麗ですね」


「ああ」


「この花、何という名前ですか?」


「知らん」


「魔王様なのに?」


「花に興味がない」


「そうですか」


 少し歩く。


「この木は?」


「知らん」


「この鳥は?」


「知らん」


「…………」


 私は魔王様を見る。


「魔王様」


「なんだ?」


「庭に詳しくないんですね」


「……悪いか」


「いえ」


 私は笑った。


「ちょっと意外でした」


 魔王様は少し照れたように顔を背けた。


「……私は魔王だからな」


「関係あります?」


「…………」


 また黙った。


 しばらく歩くと、小さな池が見えてきた。


「わあ」


 池には魚が泳いでいる。


「綺麗ですね」


「そうか?」


「はい」


 私は池のそばにしゃがむ。


「この魚、食べられるんでしょうか?」


「…………」


「魔王様?」


「……食べるのか?」


「いえ、気になっただけです」


「そうか」


 魔王様は安心したようだった。


 すると突然。


「リリアーナ」


「はい?」


「魚が欲しいか?」


「え?」


「取ってやる」


「いや、いいです」


「遠慮するな」


「本当にいりません」


「任せろ」


「魔王様?」


 魔王様が池を見つめる。


「…………」


「…………」


 次の瞬間。


 ――バシャーン!


「えっ!?」


 魔王様が池に手を突っ込んだ。


「魔王様!?」


 巨大な魚を片手で捕まえる。


「取ったぞ」


「何してるんですか!?」


「魚だ」


「見れば分かります!」


「食べるのだろう?」


「食べません!」


「…………」


 魔王様が魚を見る。


 魚も魔王様を見る。


「……逃がすか」


「はい」


「…………」


 魔王様は魚を池に戻した。


「すまない」


「いえ……」


 私は笑いをこらえる。


「魔王様って、意外と面白いですね」


「……面白い?」


「はい」


「…………」


 魔王様の耳が赤くなった。


     ◇


 そのころ。


 魔王城の塔。


「魔王様は?」


 クロードが尋ねる。


「庭にいます」


 ミルファが答える。


「リリアーナ様と?」


「はい」


「……」


 二人は窓から庭を見る。


 そこには。


 魚を抱えた魔王。


 隣で笑っているリリアーナ。


「…………」


「…………」


「どう思います?」


「かなり進展してます」


「魚を捕まえただけですよ?」


「魔王様にとっては大進歩です」


「なるほど」


     ◇


 散歩を終えた私は、城へ戻った。


「楽しかったです」


「……そうか」


「ありがとうございました」


「……また」


「はい?」


「また、こうして歩いてもいいか?」


「もちろんです」


 魔王様が嬉しそうに笑う。


「……そうか」


 そのとき。


 背後から声がした。


「魔王様ー!」


「何だ!」


 走ってきたのはクロードさん。


「大変です!」


「何があった?」


「人間領から緊急の使者が来ています!」


「……」


「王太子殿下からです」


「…………」


 私は少し驚いた。


「王太子殿下?」


「はい」


 クロードさんが頷く。


「リリアーナ様に話があるそうです」


「私に?」


「はい」


 魔王様の表情が変わった。


「何の用だ」


「それが……」


 クロードさんが一枚の手紙を差し出す。


 私は受け取った。


 封を開ける。


 そこには短い文章が書かれていた。


『聖女リリアーナへ』


『もう一度、話し合いたい』


「…………」


 私は手紙を見つめる。


 魔王様が隣から覗き込む。


「……話し合いたい、だと?」


「はい」


「何を話す?」


「分かりません」


「……」


 魔王様が少し不機嫌そうになる。


 私はそれに気づかない。


「せっかくの休日なのに」


「…………」


「明日から仕事なので、面倒ですね」


「…………」


 魔王様の顔が少しだけ曇った。


 クロードさんが小声で呟く。


「魔王様」


「なんだ」


「嫉妬ですか?」


「違う」


「顔に出てますよ」


「違う!」


 魔王様は手紙を睨む。


 そして。


「……私も行く」


「え?」


「人間領へ」


「なぜですか?」


「…………」


 魔王様は少し考えて。


「……護衛だ」


「必要ありませんよ?」


「必要だ」


「でも――」


「必要だ」


「…………」


 ものすごく真剣だ。


 私は仕方なく頷いた。


「分かりました」


「よし」


 魔王様は満足そうに笑った。


 こうして。


 私と魔王様は、初めて二人で人間領へ向かうことになった。


 本人は「護衛」と言っている。


 クロードさんは「デート」と言っている。


 私は――


「仕事の話ですよね」


 と思っていた。


 そして王太子はまだ知らない。


 自分が呼び出した元婚約者が――


魔王と一緒にやって来ることを。

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