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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第5話 魔王様、初デートで仕事の話をされる

 昼休み。


 私は魔王様と食堂に向かっていた。


「……」


「……」


 隣を歩く魔王様が、妙に静かだ。


「魔王様?」


「なんだ」


「緊張していますか?」


「…………」


 魔王様の足が止まった。


「なぜ分かった?」


「顔が赤いので」


「……」


 魔王様は慌てて顔を背けた。


「少し暑いだけだ」


「今日、寒いですよ?」


「…………」


 魔王様が黙った。


 私は不思議に思いながら食堂へ入る。


「こちらに座りましょう」


「……ああ」


 私たちは向かい合って座った。


 今日の昼食は、昨日から楽しみにしていたハンバーグ。


「美味しそうですね」


「ああ」


「いただきます」


「いただきます」


 二人で食べ始める。


「……」


「……」


 魔王様が私を見る。


 私も見る。


 目が合う。


 魔王様が慌てて視線を逸らす。


「?」


 どうしたのだろう。


「魔王様?」


「なんだ」


「ハンバーグ、お口に合いませんでしたか?」


「いや、美味い」


「よかったです」


「…………」


 また沈黙。


 しばらくすると、魔王様が意を決したように口を開いた。


「リリアーナ」


「はい?」


「……好きな色は白と言っていたな」


「はい」


「なぜ白が好きなんだ?」


「そうですね……」


 私は少し考える。


「聖女の服が白かったからでしょうか」


「そうか」


「でも、今は黒も好きですよ」


「黒?」


「はい。魔王城の制服が黒なので」


「…………」


 魔王様の耳が少し赤くなった。


「……そうか」


「はい」


 そこで私は気づいた。


「そういえば」


「なんだ?」


「魔王様の制服、格好いいですね」


「…………!」


 魔王様が固まった。


「黒が似合っています」


「…………」


「どうしました?」


「……何でもない」


「顔が赤いですよ?」


「暑い」


「だから今日は寒いですよ?」


「…………」


 魔王様は黙々とハンバーグを食べ始めた。


 どうやら食事に集中することにしたらしい。


 私はその姿を見ながら思った。


「真面目な方ですね」


 そして。


「そうだ、魔王様」


「なんだ?」


「昨日の貿易書類ですが」


「…………」


「やっぱり、あの商人を使ったほうがいいと思います」


「…………」


 魔王様の手が止まった。


「……今、仕事の話をしているのか?」


「はい」


「…………」


「どうしました?」


「いや……」


 魔王様は遠い目をした。


「……やはりそうなるのか」


「?」


     ◇


 食堂の少し離れた場所。


 クロードとミルファは、二人の様子を見守っていた。


「どう思います?」


 ミルファが聞く。


「魔王様は完全にデートのつもりですね」


「でしょうね」


「リリアーナ様は?」


「仕事の昼休みだと思っているでしょうね」


「……」


「……」


 二人は顔を見合わせる。


「これは長期戦ですね」


「ええ」


     ◇


「魔王様」


「なんだ?」


「この間の人間領との交易ですが、もう一つ問題があります」


「……聞こう」


「人間領から仕入れている薬草です」


「薬草?」


「はい」


 私は書類を取り出した。


「これ、魔王城の近くでも栽培できます」


「……本当か?」


「試したことはありませんが、気候的には可能だと思います」


「ならば、試してみるか」


「はい!」


 魔王様の表情が少し明るくなる。


「では、明日から畑を――」


「ちょっと待ってください」


「なんだ?」


「明日ではありません」


「?」


「今日は定休日です」


「…………」


 魔王様が固まる。


「リリアーナ」


「はい」


「明日は休みなのか?」


「はい」


「……そうか」


「魔王様も休んでくださいね」


「…………」


 魔王様はしばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと言う。


「……明日は何をする?」


「寝ます」


「…………」


「あと、本を読んで、散歩して、昼寝します」


「……そうか」


「魔王様は?」


「…………」


 魔王様は考えた。


 考えて。


 考えて。


「……私も、寝る」


「いいですね」


 魔王様は少し寂しそうだった。


「…………」


「?」


 私は首を傾げる。


「どうしました?」


「いや」


 魔王様は立ち上がった。


「今日は楽しかった」


「私もです」


「……そうか」


 魔王様は嬉しそうに笑った。


 そして――


「また一緒に食事をしてもいいか?」


「もちろんです」


「……!」


「魔王城の料理、美味しいですから」


「…………」


 魔王様の笑顔が、一瞬だけ止まった。


「……料理が目的か?」


「はい?」


「いや……何でもない」


     ◇


 午後。


 私は執務室に戻った。


「今日は楽しかったな」


 仕事の話もできた。


 魔王様も優しかった。


 それに、思ったより話しやすい。


「いい上司ですね」


 一方そのころ。


 魔王の執務室。


「…………」


 魔王は机に突っ伏していた。


「魔王様?」


 クロードが声をかける。


「……私は失敗した」


「何がです?」


「食事に誘った」


「はい」


「好きな色を聞いた」


「はい」


「服を褒められた」


「それは良かったじゃないですか」


「だが」


「はい」


「最後まで、仕事の話だった」


「…………」


 クロードは少し考える。


「魔王様」


「なんだ」


「リリアーナ様は、魔王様と一緒に食事をして楽しかったそうですよ」


「……本当か?」


「はい」


 魔王の顔が少し明るくなる。


「……そうか」


「ただし」


「ただし?」


「『いい上司ですね』とも言っていました」


「…………」


 魔王の顔が再び曇った。


「……上司」


「はい」


「私は上司としてしか見られていないのか?」


「今のところは、そうかもしれませんね」


「…………」


 魔王は立ち上がった。


「決めた」


「何を?」


「もっと私自身を知ってもらう」


「おお」


「仕事ではなく、私を」


「それはいいですね」


「まずは――」


 魔王は真剣な顔で言った。


「趣味を作る」


「…………」


「女性と話せる趣味を」


「魔王様」


「なんだ?」


「趣味は、女性と話すために作るものではありません」


「…………」


「あと、今から作るのはやめてください」


「なぜだ?」


「明日、休みでしょう?」


「……」


 魔王はしばらく考えた。


「……そうだった」


     ◇


 翌朝。


 私はベッドの中で目を覚ました。


「今日は休日……」


 幸せだ。


 もう誰にも起こされない。


 そう思って布団をかぶり直した。


 すると。


 ――コンコン。


「…………」


 誰だろう。


 私は無視した。


 ――コンコン。


「…………」


 もう一度。


 ――コンコンコン。


「…………」


 少し強くなった。


 私は仕方なく起き上がり、玄関へ向かった。


 扉を開ける。


「はい――」


「おはよう、リリアーナ」


「…………」


 そこにいたのは。


 休日なのに正装した魔王様だった。


「…………何してるんですか?」


「迎えに来た」


「どこへ?」


「……」


 魔王様は真剣な顔で答えた。


「散歩だ」


「…………」


 私は時計を見る。


 朝の七時。


「魔王様」


「なんだ?」


「休日は、寝る日ですよ」


「…………」


 魔王様は静かにうなずいた。


「……そうだったな」


 そして。


「では、私も寝る」


「はい。おやすみなさい」


 扉を閉める。


 私はベッドに戻った。


 ――その日の午後。


 魔王様は一人で城の中を散歩しながら、次のデート計画を考えていた。


 もちろん本人は、


「これはデートではない。部下との親睦だ」


と言い張っていた。


 誰がどう見てもデートだった。

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