第50話 世界が始まる前からいた子
「――あれだけは」
『思い出してはいけない』
巨大な目が。
低く。
そう呟いた。
けれど。
少年は笑っている。
「どうして?」
その瞳が。
リリアーナと同じ色に輝く。
「僕のことを」
「忘れていたほうが都合がいいから?」
『……』
巨大な目は。
答えなかった。
リリアーナは。
少年から目を離せない。
「……あなた」
「はい」
「私と」
「同じ目をしてる」
「うん」
「どうして?」
少年は。
少しだけ首を傾げた。
「同じだから」
「……何が?」
「僕と君が」
「同じところから生まれたから」
◇
「……待って」
レオンが。
頭を抱える。
「また新しい設定が出てきたぞ」
「設定ではありません」
大神官が真顔で言う。
「世界の根幹です」
「それを設定って言ってるんだよ!」
「レオン」
魔王が。
冷静に言う。
「今は黙れ」
「はい」
素直だった。
「……」
ミラが。
少年を見る。
「じゃあ」
「あなたは」
「私たちより前からいたの?」
「そう」
「お母さんよりも?」
「もっと前」
「管理者より?」
「うん」
「……」
アレンが。
顔を青くする。
「じゃあ」
「この子は」
「管理者の上?」
少年は。
笑った。
「上とか下とか」
「そういうものじゃないよ」
「じゃあ何?」
「最初」
その一言に。
全員が黙った。
◇
少年が。
リリアーナへ近づく。
魔王が。
すぐに前へ出る。
「止まれ」
「……」
少年が。
魔王を見る。
「君も」
「昔と変わらないね」
「何?」
「リリアーナを守ろうとする」
「……」
魔王の目が。
細くなる。
「私を知っているのか」
「もちろん」
「いつから?」
「最初から」
「……」
少年は。
魔王の横を通り過ぎる。
魔王は。
一瞬だけ止めようとした。
だが。
リリアーナが。
「大丈夫です」
と言った。
「……」
魔王は。
手を下ろす。
少年が。
リリアーナの前に立つ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
「やっと話せるね」
「前にも?」
「何度も」
「……」
「君はいつも」
「僕のことを忘れる」
リリアーナの胸が。
少し痛んだ。
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ」
「でも」
「君のせいじゃないから」
少年は。
笑う。
「僕が」
「毎回」
「君に忘れさせてるんだから」
「……え?」
◇
リリアーナの背後で。
ソラが。
息を呑んだ。
「……まさか」
アレンも。
「どうした?」
「この子」
「何?」
「僕たちの記憶を」
「消していた側じゃない」
ソラが。
少年を見る。
「逆だ」
「……」
「僕たちの記憶を」
「戻していた側だ」
「!」
大神官が。
目を見開く。
「では」
「あなたが」
「何度も」
「記憶を戻そうとしていた……?」
「そう」
少年は頷く。
「でも」
「いつも途中で」
「世界が壊れる」
「……」
大神官は。
俯いた。
「私が」
「記憶を消したからでは?」
「それもある」
「……」
「でも」
少年が。
巨大な目を見る。
「一番の理由は」
「こいつ」
全員が。
巨大な目を見る。
『……』
「世界を食べるものが」
「記憶ごと」
「全部食べるから」
◇
巨大な目が。
低く唸る。
『余計なことを話すな』
「嫌だよ」
『お前は』
「僕は」
少年が笑う。
「もう」
「隠れるのに飽きた」
そして。
リリアーナを見る。
「君も」
「そろそろ知っていい」
「……何を?」
「僕の名前」
「名前……?」
少年は。
胸元に手を当てる。
「僕には」
「最初から」
「名前があった」
「何ていうの?」
「――リオ」
「リオ……」
リリアーナが。
その名前を口にした瞬間。
世界が。
大きく揺れた。
「――っ!」
全員が。
よろめく。
空間に。
無数の映像が浮かび始めた。
◇
最初の世界。
何もなかった。
空も。
地面も。
時間も。
名前も。
ただ。
リオだけがいた。
少年は。
一人だった。
『……暇だな』
何もない空間で。
そう呟く。
すると。
どこからか。
声がした。
『暇なの?』
リオが。
振り返る。
そこには。
幼い少女がいた。
リリアーナと同じ顔。
同じ瞳。
『誰?』
『私?』
少女は。
笑う。
『まだ名前がないの』
『じゃあ』
リオが。
考える。
『リリアーナ』
『どうして?』
『なんとなく』
『変なの』
『嫌?』
『ううん』
少女が。
笑う。
『気に入った』
◇
リリアーナは。
映像を見つめていた。
「……」
「私」
ソラが。
「そう」
「最初の君」
「まだ」
「リリアーナという名前すらなかった頃」
リリアーナは。
胸に手を当てる。
「じゃあ」
「私が」
「リオに名前をもらったの?」
「ううん」
少年が。
笑う。
「僕が」
「君からもらったんだ」
「……え?」
「僕には」
「最初」
「名前がなかった」
「……」
「君が」
少女の姿のリリアーナを見る。
「僕に」
「リオって名前をつけた」
「……」
リリアーナは。
少し笑った。
「なんだか」
「今と逆ですね」
「うん」
「不思議」
「そうだね」
◇
映像が。
さらに進む。
二人の子供は。
何もない空間で。
遊んでいた。
そして。
ある日。
少女が言った。
『寂しい』
『……うん』
『もっと』
『人がほしい』
『じゃあ作ろう』
『作れるの?』
『たぶん』
リオが。
手を伸ばす。
しかし。
何も起きない。
『……』
『……』
『できないね』
『うん』
二人は。
顔を見合わせる。
そして。
笑った。
『じゃあ』
『二人で考えよう』
『うん』
少女が。
両手を合わせる。
『森』
『空』
『海』
『星』
『動物』
『人』
その言葉が。
一つずつ。
形になっていく。
最初の世界が。
生まれていく。
◇
「……」
魔王が。
呆然とする。
「つまり」
「最初の世界は」
アレンが。
続きを言う。
「二人で作った」
「リリアーナと」
「リオ」
ソラが。
頷く。
「そう」
「だから」
「この二人は」
「世界の創造者」
大神官が。
震える声で。
「では」
「管理者とは」
「何だったんですか?」
リオが。
答える。
「後から作られた役割」
「……!」
「世界が大きくなって」
「管理する必要ができた」
「だから」
「管理者が生まれた」
巨大な目が。
静かに。
言った。
『違う』
「?」
『管理者は』
『世界を守るためではない』
『世界を』
『繰り返すために作られた』
◇
リリアーナの顔から。
笑みが消える。
「……繰り返すため?」
『そう』
『世界は』
『一度作ったら』
『終わるはずだった』
『しかし』
『お前たちは』
『世界を終わらせなかった』
「……?」
『世界を作り』
『人を増やし』
『命を生み』
『そして』
『失いたくないと願った』
リオが。
黙る。
『だから』
『世界は』
『永遠を求めた』
「永遠……」
『死なない世界』
『終わらない世界』
『失われない世界』
『それを望んだのは』
『お前たち自身だ』
◇
リリアーナは。
言葉を失った。
「私たちが……?」
『そう』
「じゃあ」
リリアーナが。
巨大な目を見る。
「世界を繰り返していたのは」
「あなたじゃなくて」
『世界そのものだ』
「……」
『私は』
『その循環から』
『生まれた』
ソラが。
目を見開く。
「じゃあ」
「世界を食べるものって」
『循環の終わり』
巨大な目が。
静かに答える。
『終わらない世界を』
『終わらせるために存在する』
「……!」
レオンが。
「じゃあ敵じゃないのか?」
『敵かどうかは』
『お前たちが決めろ』
リリアーナは。
考える。
そして。
「……だったら」
「どうして」
「私たちを襲うんですか?」
『お前たちが』
『世界を終わらせず』
『新しい世界を作ろうとするからだ』
「……」
『私は』
『終わりを作るもの』
『お前は』
『始まりを作るもの』
巨大な目と。
リリアーナの視線が。
重なる。
『だから』
『相容れない』
◇
リオが。
一歩前に出た。
「違うよ」
『……』
「始まりと終わりは」
「敵じゃない」
「……」
「本当は」
リオが。
リリアーナを見る。
「一緒じゃないと」
「世界にならない」
リリアーナも。
頷く。
「……そうですね」
「終わりがあるから」
「始まりがある」
「うん」
「でも」
リリアーナは。
巨大な目を見る。
「誰かを犠牲にしないと」
「終われない世界なら」
「私は」
「そんな世界を作りません」
『……』
「そして」
「終わらせるために」
「全部を食べる必要もない」
九つの光が。
再び輝く。
十個目の光も。
重なる。
◇
リオが。
笑った。
「やっぱり」
「君なら」
「そう言うと思った」
「?」
「だから」
「僕は」
「ずっと待ってた」
「何を?」
リオは。
手を差し出す。
「最初の約束を」
「もう一度」
「やり直すことを」
リリアーナが。
その手を見る。
「約束?」
「うん」
「何の?」
リオが。
微笑む。
「――今度こそ」
「誰も犠牲にしない世界を」
「一緒に作る」
リリアーナは。
その手を。
そっと握った。
「……はい」
その瞬間。
世界全体が。
大きく輝いた。
そして。
空間に。
新しい文字が浮かぶ。
『原初の契約』
『再締結』
しかし。
その直後。
巨大な目が。
低く。
呟いた。
『――ならば』
『最後の一人を』
『思い出せ』
「……最後の一人?」
リオが。
笑顔を消す。
「……そうだった」
魔王が。
「誰だ」
リオは。
ゆっくり。
振り返る。
そして。
リリアーナを見る。
「僕たちが」
「最初の世界を作った時」
「三人目がいた」
「……!」
「その子が」
「世界の中に」
「最後の仕組みを作った」
リオの顔が。
少し青ざめる。
「でも」
「その子は」
「僕たちに」
「何も言わずに」
「消えた」
そして。
森の奥から。
小さな声がした。
「――呼んだ?」
全員が。
振り返る。
そこに立っていたのは。
白い髪。
赤い瞳。
そして。
見覚えのある顔。
レオンが。
息を呑む。
「……俺?」
そこにいたのは。
幼い頃の。
レオンと同じ顔をした少年だった。
少年は。
笑って。
こう言った。
「僕が」
「最初の世界の」
「三人目だよ」




