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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第47話 幼い私が望んだこと

『――お願い!』


『この世界を――』


『私に、壊させて!』


 幼いリリアーナが。


 泣いていた。


 目の前には。


 幼い魔王。


 まだ「魔王」と呼ばれる前の少年。


 黒い髪。


 真っ直ぐな瞳。


 そして。


 今の魔王と同じように。


 少し不器用な顔。


『……嫌だ』


 少年が。


 首を横に振る。


『どうして?』


『君が壊れるから』


『私は壊れないよ』


『嘘だ』


 少年は。


 泣きそうな顔をしていた。


『世界を壊す力を使ったら』


『君は消える』


『……』


 幼いリリアーナは。


 小さな手を握る。


『でも』


『このままだと』


『みんなが消える』


 少年が。


 黙る。


『だから』


 リリアーナが。


 涙を拭う。


『私がやる』


『嫌だ』


『魔王くん』


『嫌だ』


『お願い』


『嫌だ!』


 少年が。


 初めて大声を出した。


『僕は――』


『君を失いたくない!』


◇


「……」


 リリアーナは。


 真っ白な空間に立っていた。


 目の前の記憶が。


 ゆっくり消えていく。


「今の……」


 胸に手を当てる。


「何……?」


 すると。


「リリアーナ!」


 声がした。


 魔王だった。


「――魔王様?」


 今の魔王が。


 目の前に立っている。


 しかし。


 その姿が。


 一瞬だけ。


 幼い少年と重なった。


「……!」


 魔王も。


 同じものを見たらしい。


「今の記憶は」


「……私たちですよね」


「ああ」


「昔の……」


「ああ」


 魔王は。


 拳を握った。


「私は」


「君が世界を壊そうとしたことを」


「知らなかった」


「私も……」


 リリアーナは。


 俯く。


「知りませんでした」


◇


 すると。


 背後から。


「――違うよ」


 ソラの声。


「君は」


「世界を壊そうとしたんじゃない」


 リリアーナが振り返る。


「じゃあ」


「何をしようとしたの?」


 ソラは。


 少し寂しそうに笑った。


「世界を」


「終わらせようとしたんだ」


「同じじゃないの?」


「違う」


 ソラは。


 指を一本立てる。


「世界を壊すのは」


「全部を無くすこと」


「でも」


「世界を終わらせるのは」


「繰り返しを止めること」


「……!」


 リリアーナが。


 目を見開く。


「つまり」


「この世界を壊して」


「次の世界を作ることを」


「やめようとした?」


「そう」


 ソラが頷く。


「君は」


「世界を終わらせたかった」


◇


 魔王が。


 静かに聞く。


「なぜだ」


「君たちが」


 ソラは。


 無数の光を見る。


「何度も何度も」


「同じことを繰り返していたから」


「……」


「誰かが犠牲になる」


「誰かが忘れる」


「誰かが世界を作る」


「誰かが世界を壊す」


「そして」


「また最初から」


 リリアーナは。


 唇を噛んだ。


「……だから」


「私が終わらせようとした」


「うん」


「でも」


「魔王様が止めた」


「そう」


 ソラは。


 魔王を見る。


「この人が」


「君を止めた」


◇


 魔王は。


 しばらく黙っていた。


 やがて。


「……思い出した」


「え?」


「少しだけ」


 魔王が。


 自分の胸元を押さえる。


「君が泣いていた」


「私が?」


「ああ」


「そして」


 魔王は。


 目を閉じる。


「私に言った」


『お願い』


『この世界を壊させて』


「……」


「私は」


 小さな少年の記憶を。


 ゆっくり辿る。


「君を抱きしめた」


 リリアーナの頬が。


 少し赤くなる。


「……子供の私が?」


「そうだ」


「……」


「そして」


 魔王は。


 少し困ったような顔をする。


「君に言った」


「何て?」


「――二人で逃げよう、と」


「……!」


◇


 その言葉と同時に。


 記憶が。


 もう一度映った。


 幼い二人。


 森の中。


 遠くで。


 世界が崩れている。


 空が裂け。


 大地が震えている。


 それでも。


 二人は。


 手を繋いでいた。


『世界なんて』


 幼い魔王が言う。


『なくてもいい』


『え……?』


『僕と君がいればいい』


 幼いリリアーナが。


 泣きながら笑う。


『……それじゃ』


『みんなは?』


『……』


『レオンくんは?』


『……』


『ミラちゃんは?』


『……』


『ユリウスくんは?』


 少年は。


 黙り込む。


『セラちゃんも』


『アレンくんも』


『お母さんも』


 リリアーナが。


 小さく言った。


『みんなを置いていけないよ』


 少年が。


 泣く。


『……じゃあ』


『どうするの?』


『分からない』


 リリアーナも。


 泣く。


『分からないけど』


『誰も犠牲にしない方法を探そう』


『……』


『約束』


 小さな手が。


 差し出される。


『約束』


 少年も。


 その手を握る。


『誰も』


『犠牲にしない』


◇


「……」


 リリアーナは。


 涙を流していた。


「私……」


 魔王を見る。


「覚えてなかった」


「ああ」


「でも」


 胸に手を当てる。


「覚えていた気もします」


「……」


「魔王様と一緒にいると」


「なんだか安心したのは」


「昔からだったんですね」


 魔王が。


 固まる。


「……ああ」


「?」


「いや」


「何でもない」


 耳が。


 少し赤い。


 レオンが。


 後ろから叫ぶ。


「魔王!」


「何だ」


「今、絶対嬉しかっただろ!」


「黙れ」


「顔が赤いぞ!」


「黙れ!」


「俺も昔から一緒だったんだからな!」


「それは知っている!」


「じゃあ俺だって!」


「何だ」


「……何だっけ?」


「……」


 リリアーナが。


 思わず笑う。


「ふふっ」


「笑うなよ!」


「すみません」


◇


 その時。


 空間に。


 新たな文字が浮かんだ。


『――第一世界における』


『最初の選択を確認』


『選択者――リリアーナ』


『選択内容――世界の終了』


「……」


 全員が。


 息を呑む。


 そして。


 その下に。


 さらに文字が現れる。


『しかし』


『選択は拒否された』


『理由――』


 文字が。


 ゆっくり浮かぶ。


『魔王候補が』


『リリアーナを選んだから』


「……!」


 魔王が。


 目を見開く。


「私が……?」


 ソラが。


 静かに頷く。


「そう」


「君が」


「世界より」


「リリアーナを選んだ」


 魔王は。


 何も言えなかった。


 リリアーナも。


 何も言えない。


 そして。


 レオンが。


「……」


 妙に真剣な顔をした。


「じゃあ」


「俺は?」


「……?」


「俺は」


 ソラを見る。


「何を選んだ?」


 ソラが。


 少し驚いたように。


 レオンを見る。


「君は――」


 そこで。


 巨大な目が。


 突然。


 割れた。


『――警告』


 世界全体が。


 大きく揺れる。


『第一世界の記録が』


『不正に開示されています』


「……!」


 ソラが。


 初めて焦った。


「まずい」


「何が?」


「世界の外側が」


「この記憶を消しに来る」


「……!」


 黒い亀裂が。


 一気に広がる。


 そこから。


 無数の黒い手が伸びてくる。


「リリアーナ!」


 魔王が。


 彼女を抱き寄せる。


「走れ!」


 レオンも。


「みんな!」


 八人が。


 一斉に駆け出す。


 しかし。


 その瞬間。


 一つの黒い手が。


 リリアーナの腕を掴んだ。


「――っ!」


「リリアーナ!」


 魔王が。


 手を伸ばす。


 レオンも。


 アレンも。


 ミラも。


 ユリウスも。


 セラも。


 大神官も。


 ソラも。


 全員が手を伸ばす。


 けれど。


 リリアーナの身体は。


 少しずつ。


 黒い亀裂の中へ。


 引き込まれていく。


「嫌……!」


 リリアーナが。


 必死に手を伸ばす。


「魔王様!」


「――離すものか!」


 魔王が。


 彼女の手を掴む。


 強く。


 強く。


 握る。


「絶対に!」


 そして。


 リリアーナの反対側の手を。


 レオンが掴んだ。


「俺も!」


「……!」


 二人に。


 両側から引っ張られる。


 リリアーナが。


 泣きそうな顔で笑う。


「……二人とも」


「絶対」


「離さないから」


 その瞬間。


 黒い亀裂の向こうから。


 声がした。


『――それなら』


『二人とも』


『世界の外へ来ればいい』


 魔王とレオンの顔が。


 同時に強張った。


『そして』


『三人で』


『この世界を捨てろ』


 リリアーナは。


 息を呑む。


 けれど。


 その声に。


 もう一つ。


 別の声が重なった。


『――駄目』


 ソラだった。


『その選択をしたら』


『今度こそ』


『全員が消える』


 そして。


 ソラが。


 リリアーナへ向かって叫ぶ。


「リリアーナ!」


「世界を選ばないで!」


「でも――」


「違う!」


 ソラは。


 必死に叫ぶ。


「君が選ぶべきなのは」


「世界でも」


「魔王でも」


「勇者でもない!」


「――全員だ!」


 リリアーナの瞳が。


 大きく見開かれる。


 そして。


 彼女の胸元から。


 今まで存在しなかった。


 九つ目の光が。


 静かに。


 輝き始めた。

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