第44話 世界を食べるもの
――世界を。
食べる。
アレンの言葉が。
森の中に響いた。
「……食べるって」
レオンが。
巨大な目を見上げる。
「世界を?」
「そう」
アレンは頷く。
「世界そのものを」
「どうやって?」
「分からない」
「分からないのかよ!」
「見たことがないからね!」
「じゃあ何で知ってるんだ!」
「僕は世界の外側にいたから!」
「なるほど!」
「納得するな!」
リリアーナが思わず突っ込む。
こんな状況でも。
いつも通りだった。
けれど。
魔王は笑っていなかった。
「アレン」
「うん」
「説明しろ」
「……」
アレンは。
巨大な目を見る。
「世界には」
「外側がある」
「その外側には」
「世界を作るものと」
「世界を壊すものがいる」
そして。
「こいつは」
巨大な目を指す。
「壊すもの」
◇
『――正確ではない』
巨大な目が。
ゆっくり瞬きをする。
『私は壊しているのではない』
『回収している』
「回収……?」
リリアーナが呟く。
『役目を終えた世界を』
『元の場所へ戻している』
ミラが。
「元の場所って?」
『世界が生まれる前』
『すべてが存在していた場所』
「……」
セラが。
少し怖そうにリリアーナの服を握る。
「お姉ちゃん」
「大丈夫ですよ」
「本当に?」
「……」
リリアーナは。
少しだけ考える。
「たぶん」
「たぶんなんだ……」
「だって、私も初めて聞きました」
「ですよね!」
レオンが。
なぜか安心した顔をする。
「よかった! リリアーナでも分からないなら俺が分からなくても普通だ!」
「レオンさん」
「はい」
「威張るところじゃありません」
「はい……」
◇
巨大な目が。
森を見下ろす。
『この世界は』
『もう役目を終えた』
「……」
『だから回収する』
その瞬間。
森の木々が。
黒い光に包まれ始めた。
「グラン!」
リリアーナが叫ぶ。
グランの足元にも。
黒い光が広がる。
グランが唸る。
「やめて!」
リリアーナが駆け出す。
しかし。
魔王が腕を掴んだ。
「待て!」
「でも!」
「一人で行くな!」
「……!」
魔王は。
リリアーナを自分の後ろへ庇う。
「私が先に行く」
「魔王様……」
「君は後ろにいろ」
「……分かりました」
レオンも。
剣を構えた。
「俺も行く!」
「お前は右だ」
「了解!」
ミラが。
「私は左!」
ユリウス。
「僕はグランを繋ぐ」
セラ。
「私は黒い光を止める!」
アレン。
「僕は外側を探す!」
大神官。
「なら僕は――」
「大神官さんは」
リリアーナが。
即座に言った。
「みんなを見ていてください」
「……」
「記録者なんですよね?」
大神官は。
少し驚いた。
「……ああ」
「なら」
リリアーナは笑う。
「忘れないでください」
「何を?」
「今日のことを」
「……分かった」
◇
六人が。
一斉に動く。
魔王の魔力が。
黒い光を押し返す。
「――退け!」
レオンの剣が。
黒い光を切り裂く。
「うおおおおっ!」
「レオン!」
「分かってる!」
ミラの金色の光が。
森全体へ広がる。
「繋がって!」
木々。
土。
風。
グラン。
すべてが。
一つにつながる。
「今!」
ユリウスが。
灰色の光を重ねる。
「ここは僕たちの世界だ!」
黒い光が。
弾かれる。
「……!」
セラが。
両手を広げた。
「止まって!」
青い光が。
一気に広がる。
黒い光の動きが。
止まる。
「今です!」
リリアーナが。
グランの元へ走る。
「グラン!」
巨大な狼が。
リリアーナを見る。
そして。
「……!」
グランの身体が。
一瞬だけ透けた。
「え……?」
リリアーナが。
手を伸ばす。
「グラン……?」
グランは。
静かに目を細めた。
まるで。
何かを伝えるように。
「……大丈夫」
リリアーナが。
グランの首に抱きつく。
「絶対に」
「ここにいてください」
グランが。
小さく鳴いた。
◇
その時。
巨大な目が。
初めて。
不快そうに細くなった。
『抵抗するか』
魔王が。
「当然だ」
『なぜ?』
「ここが」
魔王は。
森を見る。
「彼女の大切な場所だからだ」
『……』
「ならば」
魔王は。
リリアーナを見る。
「守る」
レオンが。
「俺も!」
ミラ。
「私も!」
ユリウス。
「僕も」
セラ。
「私も!」
アレン。
「僕もいる」
大神官も。
静かに前へ出る。
「僕も」
リリアーナが。
目を見開く。
「……大神官さん」
「記録者だから」
大神官は。
白い花を握る。
「最後まで記録する」
「何を?」
「僕たちが」
笑う。
「犠牲を選ばなかったことを」
◇
巨大な目が。
しばらく沈黙した。
そして。
『――愚かな』
低い声。
『世界は犠牲なしには成立しない』
「違います」
リリアーナが答えた。
『違わない』
「違います」
『ならば証明してみろ』
「……」
『この世界を』
『誰も犠牲にせず』
『最後まで維持してみろ』
巨大な目が。
ゆっくり閉じる。
『できるなら』
『私はこの世界を食べない』
「……!」
リリアーナは。
息を呑む。
「本当に?」
『約束しよう』
「……」
魔王が。
「罠かもしれない」
「そうですね」
アレンも。
「罠の可能性は高い」
「ですよね」
レオンが。
「でも」
拳を握る。
「やるしかない」
ミラが。
「うん」
セラも。
「みんなでやればいい」
ユリウス。
「そうだね」
大神官。
「……僕も手伝う」
リリアーナは。
全員を見る。
「じゃあ」
深く息を吸う。
「やりましょう」
◇
巨大な目が。
最後に。
一つだけ告げた。
『条件を提示する』
「……条件?」
『この世界を維持するには』
『七つの力を』
『それぞれ一つずつ』
『世界の中心に置く必要がある』
アレンが。
顔を強張らせた。
「……まさか」
『聖女』
『魔王』
『勇者』
『世界接続者』
『世界分離者』
『循環停止者』
『記録者』
七つの力。
『そのすべてを』
『世界の核へ』
『固定せよ』
「固定……」
リリアーナが呟く。
『そうすれば』
『世界は安定する』
「……」
『ただし』
巨大な目が。
再び開く。
『一度固定された者は』
『二度と』
『この世界から出られない』
「…………」
全員が。
黙った。
レオンが。
「つまり……」
アレンが。
小さく頷く。
「七人全員が」
「この世界に閉じ込められる」
「……」
リリアーナは。
みんなを見る。
魔王。
レオン。
ミラ。
ユリウス。
セラ。
アレン。
大神官。
そして。
自分。
誰も。
すぐには答えなかった。
そんな中。
レオンが。
突然。
「それって」
「?」
「魔王城には帰れるのか?」
「…………」
全員が。
レオンを見る。
「いや」
「大事だろ!」
「そこですか?」
「大事だ!」
リリアーナは。
思わず笑った。
「……帰れるといいですね」
「絶対帰ろう!」
魔王も。
小さく頷く。
「そうだな」
そして。
リリアーナを見る。
「私は」
「君と帰りたい」
「……!」
リリアーナの頬が。
少し赤くなる。
「私も……」
その瞬間。
巨大な目が。
再び声を響かせた。
『――ならば』
『七人で選べ』
『この世界を守るために』
『この世界に残るか』
七つの光が。
それぞれの前に現れる。
『あるいは』
『この世界を捨て』
『外へ出るか』
リリアーナは。
光を見る。
そして。
ふと気づいた。
「……あれ?」
「どうした?」
魔王が尋ねる。
「七つの光なのに」
「……?」
「私たちは」
リリアーナは。
ゆっくり周囲を見る。
「八人います」
全員が。
固まった。
そう。
ここには。
リリアーナ。
魔王。
レオン。
ミラ。
ユリウス。
セラ。
アレン。
そして。
大神官。
――八人いる。
「…………」
大神官の顔から。
血の気が引いた。
「……そうだった」
「何が?」
大神官は。
震える声で答えた。
「僕は」
「七人目じゃない」
「……え?」
その瞬間。
巨大な目が。
静かに笑った。
『ようやく思い出したか』
大神官が。
白い花を落とす。
「僕は――」
震える声で。
「八人目だ」
そして。
森の奥から。
もう一つ。
誰も知らない色の光が。
ゆっくりと。
浮かび上がった。




