第42話 七人目の選択
白い花が。
大神官の手から落ちた。
ぽとり。
白い床に。
一枚の花びらが舞う。
「……」
誰も。
何も言わなかった。
大神官は。
泣いていた。
子供の姿のまま。
ただ静かに。
「……僕も」
震える声で。
「選んでいいのかな」
リリアーナは。
迷わず頷いた。
「もちろんです」
「……」
「だって」
リリアーナは微笑む。
「誰か一人だけが選べないなんて、おかしいですから」
大神官が。
目を見開いた。
「……君は」
小さく笑う。
「昔から変わらないね」
「そうなんですか?」
「うん」
大神官は。
少しだけ目を細める。
「だからこそ」
彼は。
自分の胸に手を当てた。
「僕は、君の記憶を消した」
「…………」
空気が。
一気に重くなる。
◇
魔王が。
一歩前に出た。
「説明しろ」
低い声。
「なぜだ」
大神官は。
魔王を見る。
「君は怒っているね」
「当然だ」
「僕が何をしたか知っているから?」
「それだけではない」
魔王の拳が。
強く握られる。
「リリアーナが泣いた」
「……」
「何度も」
「……そうだね」
「ならば」
魔王は。
冷たい目を向ける。
「理由を聞かせてもらおう」
大神官は。
しばらく黙った。
そして。
「……世界を救いたかった」
「また、それですか」
リリアーナが呟く。
大神官は。
苦笑する。
「そう」
「でも」
リリアーナは。
真っ直ぐ彼を見る。
「世界を救うために、私たちを犠牲にしようとしましたよね」
「……」
「それは」
少しだけ悲しそうに。
「救ったことになるんでしょうか」
大神官は。
答えられなかった。
◇
代わりに。
母親が口を開く。
「この人は」
「昔から」
静かに語る。
「世界の仕組みに気づいていた」
「……」
「世界が繰り返されること」
「誰か一人が犠牲になれば、世界が維持されること」
「そして」
母親は。
大神官を見る。
「その犠牲者が、毎回変わること」
レオンが。
「……毎回?」
「ええ」
「じゃあ」
レオンが指を折る。
「今回は誰なんだ?」
「……」
全員が。
リリアーナを見る。
「……私?」
リリアーナが自分を指差す。
レオンが。
「いや、違うだろ!」
「ですよね」
「今回はまだ決まってない!」
「そうでした」
なぜか。
リリアーナは少し安心した。
魔王が。
「……なぜ君が」
大神官へ尋ねる。
「毎回、私たちを集める?」
「理由は簡単だよ」
大神官は答える。
「君たちは」
「世界を変える可能性を持っているから」
◇
ミラが。
「私たちが?」
「そう」
大神官は。
七人を見渡す。
「聖女」
「魔王」
「勇者」
「世界を繋ぐ者」
「世界から切り離す者」
「循環を止める者」
「そして」
自分を指す。
「世界の仕組みに気づく者」
「……」
「七つの力が揃えば」
大神官は。
ゆっくり言った。
「世界は、犠牲なしで維持できる」
アレンが。
「……だったら」
眉を寄せる。
「どうして今までやらなかった?」
大神官は。
目を伏せた。
「できなかった」
「なぜ?」
「七人全員が」
大神官は。
苦しそうに笑う。
「同じ世界に存在することがなかったから」
「……!」
◇
「どういうこと?」
セラが尋ねる。
大神官は。
白い花を拾い上げる。
「世界は」
「七人の力が揃う前に」
「必ず誰かを奪う」
「だから」
「僕は何度も」
花を握りしめる。
「皆の記憶を消した」
「……」
「力が目覚める前に」
「君たちを普通の人間として生きさせようとした」
リリアーナが。
「でも」
「はい」
「私たちは聖女や魔王や勇者になりました」
「……止められなかった」
「だから」
大神官は。
「今度は別の方法を選んだ」
「私の記憶を消した」
「そう」
「アレンさんを外へ送った」
「そう」
「セラさんを眠らせた」
「そう」
「ユリウスさんを世界から消した」
「……そう」
「ミラを隠した」
「……そうだ」
大神官の声が。
震える。
「全部」
「全部、僕がやった」
◇
リリアーナは。
黙って聞いていた。
怒っている。
悲しい。
怖い。
いろんな感情が。
胸の中で混ざっている。
それでも。
最後に。
一つだけ尋ねた。
「……どうして」
「……」
「どうして」
もう一度。
「一人で全部やろうとしたんですか?」
大神官が。
顔を上げた。
「……え?」
「私たちに」
「相談してくれればよかったのに」
「…………」
「私たちは」
リリアーナは。
少し困ったように笑う。
「そんなに頼りないですか?」
「……」
大神官の目から。
涙が落ちる。
「……君は」
「はい」
「本当に」
声が震える。
「残酷だね」
「え?」
「そんなことを言われたら」
大神官は。
泣きながら笑う。
「僕がずっと間違っていたみたいじゃないか」
「……」
「……そうかもしれないけど」
「え?」
「いや」
大神官は。
涙を拭う。
「君に言われると」
「……」
「認めるしかなくなる」
◇
魔王が。
ため息をついた。
「……ようやく話が進みそうだな」
レオンが。
「魔王、今それ言う?」
「事実だ」
「確かに」
ミラが笑う。
「なんだか」
「?」
「昔に戻ったみたい」
セラも。
「うん」
「みんなで話してる」
「そうだね」
ユリウスが。
微笑む。
「昔もこんな感じだった」
「……」
大神官が。
その光景を見つめる。
そして。
「……懐かしいな」
小さく呟いた。
◇
突然。
透明な光が。
七人の前に現れた。
『七人の選択を確認します』
全員が。
光を見る。
『第一の選択者――聖女』
白い光。
『第二――魔王』
黒い光。
『第三――勇者』
赤い光。
『第四――世界接続者』
金の光。
『第五――世界分離者』
灰色の光。
『第六――循環停止者』
青い光。
『第七――記録者』
そして。
大神官の前に。
紫色の光が現れた。
「……記録者?」
リリアーナが尋ねる。
大神官は。
少し驚いた顔をする。
「そう呼ばれていたんだね」
「自分では知らないんですか?」
「僕は」
苦笑する。
「自分の役割を知らないまま、何度も生きてきたから」
『七つの力を確認』
『新世界構築を開始』
透明な光が。
ゆっくり広がる。
そして。
七つの光が。
一つに重なった。
「……!」
白い空間が。
真っ白に染まる。
◇
その中で。
リリアーナだけが。
妙なものを見た。
――森。
北の森。
幼い自分。
幼い魔王。
幼いレオン。
幼いミラ。
ユリウス。
セラ。
アレン。
そして。
大神官。
八人。
「……八人?」
リリアーナが呟く。
「どうして……?」
昔の自分たちは。
七人ではなかった。
八人いた。
そして。
その中心に。
もう一人。
白い髪の女性。
母親がいた。
「……お母さん」
幼いリリアーナが。
母親に尋ねている。
『お母さん』
『なあに?』
『この世界って』
『うん』
『誰が作ったの?』
母親は。
少しだけ困った顔をした。
『それはね――』
そこで。
映像が途切れる。
「……!」
リリアーナが。
目を開く。
「お母さん!」
「どうしたの?」
「今」
「……?」
「誰が世界を作ったのか」
母親の顔が。
固まった。
「…………」
そして。
ゆっくり。
首を振る。
「今は」
「え?」
「まだ言えない」
「どうして?」
「それを知ったら」
母親は。
リリアーナの手を握る。
「あなたは」
「……」
「本当の敵が誰なのか」
「知ってしまうから」
その瞬間。
空間の奥から。
大きな音が響いた。
――ドン。
――ドン。
――ドン。
まるで。
巨大な何かが。
扉を叩いているような音。
「……何?」
レオンが剣を構える。
魔王も。
魔力を纏う。
「全員、下がれ」
大神官が。
突然叫んだ。
「違う」
「……?」
「これは管理者じゃない」
「じゃあ何だ?」
大神官の顔から。
血の気が引いていく。
「世界の外側にいるものだ」
――ドン。
――ドン。
――ドン。
亀裂が。
大きく開く。
その向こうから。
巨大な目が。
こちらを覗いた。
「…………」
リリアーナは。
息を呑む。
その目が。
七人を見た。
そして。
最後に。
リリアーナだけを見つめる。
『――見つけた』
声が。
頭の中に直接響いた。
『ようやく』
『本物のリリアーナを』
リリアーナの背筋が。
凍った。
「……本物?」
隣の少女が。
震えながら呟く。
「……じゃあ」
少女は。
自分の顔を触る。
「私は……偽物なの?」
リリアーナは。
すぐに彼女の手を握った。
「違います」
「……」
「あなたも」
強く。
「ちゃんと、あなたです」
少女の目に。
涙が浮かぶ。
そして。
世界の外側の巨大な目が。
初めて。
苛立ったように細くなった。
『――その選択をするから』
『君たちは』
『何度でも世界を壊す』
リリアーナは。
巨大な目を見上げる。
「だったら」
その手を。
少女と繋ぐ。
「何度でも作り直します」
魔王が隣に立つ。
レオンも。
ミラも。
ユリウスも。
セラも。
アレンも。
そして。
大神官も。
全員が。
リリアーナの隣に並んだ。
七つの光が。
再び輝く。
すると。
世界の外側から。
初めて。
明確な言葉が返ってきた。
『――ならば』
『最後の試練を始めよう』
巨大な目が。
ゆっくり閉じる。
次の瞬間。
白い空間が消えた。
そして。
七人は。
見知らぬ場所へ。
落下した。
「きゃあああああっ!」
「リリアーナ!」
「お姉ちゃん!」
「うわああああ!」
全員の叫び声が。
響き渡る。
――そして。
ドサッ。
「…………」
リリアーナは。
何か柔らかいものの上に落ちた。
「……?」
恐る恐る。
下を見る。
「……魔王様?」
「…………」
魔王が。
完全に下敷きになっていた。
「す、すみません!」
「……いや」
魔王は。
真っ赤になりながら。
「君が無事なら、それでいい」
「……?」
その直後。
「俺もいるぞ!」
レオンが。
二人の上に落ちてきた。
「ぐえっ!」
「レオン!」
そして。
世界が。
再び揺れた。
リリアーナたちの目の前に。
見覚えのある景色が広がっていた。
――北の森。
けれど。
そこには。
まだ存在していないはずの。
一軒の小さな家が建っていた。
そして家の前には。
一人の少女が立っている。
リリアーナと。
同じ顔で。
同じ声で。
ただ一つ違うのは――
その少女が。
大人だったこと。
「……おかえり」
少女は。
静かに微笑んだ。
「――私たちの、最初の世界へ」




