第40話 もう一人の私
「……やっと、ここまで来たね」
その声を聞いた瞬間。
リリアーナは。
全身が凍りついたように動けなくなった。
自分と。
まったく同じ声。
けれど。
今の自分とは違う。
もっと静かで。
もっと寂しそうな声だった。
「……誰?」
リリアーナが尋ねる。
黒い扉の奥。
管理者のさらに向こう側。
暗闇から。
一人の少女が姿を現した。
白い髪。
白い服。
そして――
リリアーナと同じ顔。
「…………」
レオンが。
口を開けたまま固まる。
「……リリアーナ?」
「違います」
本人が即答した。
「いや、でも!」
「私にも分かりません!」
「そこは分かれよ!」
「無理ですよ!」
魔王は。
少女を睨む。
「……何者だ」
少女は。
魔王を見て。
少しだけ笑った。
「久しぶり」
「……!」
魔王の表情が変わる。
「……私を知っているのか」
「知ってるよ」
少女は。
リリアーナを見る。
「あなたも」
そして。
優しく笑った。
「ずっと見てた」
「……私を?」
「うん」
リリアーナは。
少しだけ身構える。
「どうして?」
「あなたが」
少女は。
胸元に手を当てる。
「何度も同じことを繰り返していたから」
◇
「何度も……?」
ミラが呟く。
少女は頷いた。
「一度目」
指を一本立てる。
「あなたは管理者になることを拒否した」
「二度目」
二本目。
「あなたは世界を守ろうとした」
「三度目」
三本目。
「あなたは誰かを犠牲にしない方法を探した」
「四度目」
少女の表情が。
少し曇る。
「あなたは――」
言葉を止める。
「……何?」
リリアーナが尋ねる。
「あなたは」
少女は。
静かに言った。
「大切な人を守るために、自分の記憶を捨てた」
「……!」
魔王が反応する。
「それは……」
少女は首を振る。
「魔王じゃない」
そして。
アレンを見る。
「彼」
「……!」
アレンが。
目を伏せた。
「やっぱり」
少女は。
アレンに近づく。
「君を救うために」
リリアーナは。
息を呑んだ。
「私が……?」
「そう」
「だから私は」
少女は。
悲しそうに笑う。
「あなたを守れなかった」
アレンが。
「違う」
初めて。
強い声を出した。
「君は守った」
「……」
「僕は今、ここにいる」
「……うん」
「だから」
アレンは。
少女を見つめる。
「自分を責めないで」
少女は。
少しだけ笑った。
◇
その様子を見て。
レオンが。
小声で魔王に言った。
「なあ」
「何だ」
「俺たち、ものすごく話についていけてない気がする」
「……私もだ」
「魔王も?」
「うるさい」
「ですよね」
リリアーナは。
二人を見て。
「……なんだか」
「?」
「いつも通りですね」
「何がだ」
「こういう時でも、魔王様とレオンさんは変わらないなって」
レオンが笑う。
「まあな!」
魔王も。
小さく息を吐く。
「……否定はしない」
少女は。
そんな三人を見て。
少しだけ目を細めた。
「やっぱり」
「?」
「この世界のあなたたちは」
「……?」
「一番、幸せそう」
◇
その言葉に。
リリアーナは首を傾げた。
「どうしてですか?」
「どうしてって……」
少女は。
困ったように笑う。
「あなたは知らないんだね」
「何を?」
「世界が繰り返されるたび」
少女は。
一本ずつ指を折る。
「あなたは聖女になる」
「魔王は魔王になる」
「レオンは勇者になる」
「ミラは世界を繋ぐ者になる」
「ユリウスは世界の外側と内側を繋ぐ」
「セラは循環を止める」
「アレンは世界の外へ追い出される」
そして。
「私は」
少女は。
自分を指差す。
「管理者になる」
「……!」
全員が黙った。
「それが」
少女は言う。
「これまでの世界だった」
◇
母親が。
ゆっくり前へ出る。
「……あなたは」
「うん」
「どうして今まで、姿を見せなかったの?」
少女は。
母親を見る。
「見せられなかった」
「なぜ?」
「私は――」
少女が。
黒い扉に手を触れる。
「管理者の一部だから」
リリアーナが。
「……!」
「正確には」
少女は続ける。
「管理者にされた、リリアーナの一つの可能性」
「可能性……?」
「そう」
少女は。
自分の胸元を指す。
「あなたが管理者になることを選んだ世界」
「…………」
「そこから生まれた私」
リリアーナは。
しばらく言葉が出なかった。
「じゃあ……」
ようやく。
「あなたは」
「私?」
「……私なの?」
少女は。
微笑んだ。
「そうとも言えるし」
「そうじゃないとも言える」
「分かりにくいです」
「ごめんね」
「……」
リリアーナは。
少し考えて。
「じゃあ」
一歩近づく。
「名前は?」
少女が。
驚いた顔をした。
「……名前?」
「はい」
「ないよ」
「え?」
「管理者に名前はいらないから」
「……」
リリアーナは。
少しだけ寂しそうな顔をした。
「それは嫌ですね」
「……え?」
「名前、つけましょう」
「……!」
少女が。
目を見開く。
「私と同じ顔なら」
リリアーナは笑った。
「ちゃんと名前があった方がいいです」
「……」
「何がいいかな」
レオンが。
「リリ二号!」
「却下です」
「即答!」
魔王が。
「……もう少しまともな案を出せ」
「じゃあ魔王二号!」
「なぜ私だ」
セラが笑い。
ミラも笑う。
ユリウスまで。
「……リリ二号は、少し面白い」
「ユリウスさんまで!」
白い空間に。
久しぶりに。
笑い声が響いた。
◇
少女は。
その笑い声を聞きながら。
泣いていた。
「……どうして?」
リリアーナが。
「何がですか?」
「どうして」
少女は。
涙を拭う。
「あなたは、そんなに簡単に笑えるの?」
「……」
「何度も世界が壊れて」
「何度も大切な人を失って」
「何度もやり直して」
「それでも」
少女は。
震える声で言う。
「どうして、まだ人を信じられるの?」
リリアーナは。
少し考えた。
そして。
「分かりません」
「……」
「でも」
魔王を見る。
レオンを見る。
ミラを見る。
ユリウスを見る。
セラを見る。
アレンを見る。
そして。
母親を見る。
「この人たちと一緒にいると」
リリアーナは笑う。
「信じてもいいかなって思えるんです」
少女は。
泣きながら笑った。
「……そっか」
◇
その時。
突然。
黒い扉が激しく震えた。
ゴゴゴゴゴ――!
「……!」
魔王が身構える。
「何だ?」
管理者の声が。
響く。
『異常を確認』
『管理者候補と、管理者分岐体の接触を確認』
『世界構造が不安定化』
アレンが。
「まずい」
「何が起きる?」
「世界が」
アレンは。
黒い扉を見る。
「二つに分かれる」
「……二つ?」
『第一世界と第五世界』
『管理者世界と非管理者世界』
『統合を開始する』
「統合って……」
リリアーナが呟く。
少女の顔色が変わる。
「それをやったら」
「どうなる?」
「全部が混ざる」
「……」
「過去と現在」
「世界と世界」
「私とあなた」
少女は。
リリアーナを見る。
「全部が一つになる」
そして。
黒い扉の向こうから。
無数の声が響き始めた。
泣き声。
笑い声。
戦う声。
子供たちの声。
そして。
リリアーナ自身の声。
『――誰かを犠牲にすればいい』
『――世界を守るには仕方ない』
『――管理者になれば全部救える』
『――一人だけなら』
『――一人だけなら』
「……違う」
リリアーナは。
首を振った。
「違います」
声が大きくなる。
「一人だけなら、なんて」
拳を握る。
「そんなの、絶対に違います!」
魔王が。
隣に立つ。
「その通りだ」
レオンも。
「俺も!」
ミラ。
「私も!」
ユリウス。
「僕も」
セラ。
「お姉ちゃんと一緒!」
アレン。
「……僕も」
そして。
名前のない少女が。
ゆっくり立ち上がった。
「……私も」
リリアーナが。
その手を取る。
「一緒に帰りましょう」
「……うん」
二人の手が重なった瞬間。
白い光が。
二人の間から広がった。
時計が。
逆回転を止める。
そして。
初めて。
文字が書き換わった。
『管理者候補――拒否』
その下に。
『新規権限――発生』
さらに。
一行。
『管理者を必要としない世界』
「……!」
アレンが。
息を呑む。
「そんな世界……」
リリアーナは。
まっすぐ前を見る。
「作りましょう」
管理者の声が。
初めて。
大きく揺れた。
『――不可能だ』
リリアーナは。
笑った。
「じゃあ」
六人と一人。
全員で。
前を向く。
「やってみましょう」
その瞬間。
世界のどこかで。
何かが。
初めて――
壊れた。




