第39話 私が世界を作った?
――あなたは、この世界を作る側だった。
母親の言葉が。
白い空間に残っていた。
「…………」
リリアーナは。
ただ、時計を見つめている。
そこに刻まれた自分の名前。
聖女リリアーナ。
管理者候補。
「……私が?」
ようやく。
小さな声が漏れた。
「世界を……作る側?」
母親は頷く。
「そう」
「でも……」
リリアーナは。
自分の手を見る。
「私は……聖女で」
「うん」
「魔王様と戦うはずで」
「うん」
「人間の国を守って」
「うん」
「……そんなことしか、覚えていません」
「それは」
母親が苦しそうに目を伏せる。
「あなたの記憶が消されているから」
「……大神官に?」
「違う」
母親は首を横に振った。
「大神官だけではないわ」
その言葉に。
魔王が反応する。
「……では誰だ」
「あなたたち全員を巻き込んだ存在」
「管理者か」
「ええ」
◇
レオンが。
頭を抱えた。
「待ってくれ」
「はい?」
「ちょっと整理しよう」
レオンは指を一本立てる。
「リリアーナは聖女だった」
「はい」
「でも昔は、世界を作る側だった」
「……そうらしいです」
「じゃあ」
二本目の指。
「魔王は?」
「……?」
「昔から魔王だったのか?」
「それは……」
魔王が眉を寄せる。
母親が答える。
「違うわ」
「え?」
「あなたたちは、最初から聖女や魔王や勇者だったわけじゃない」
ミラが。
「……子供だった」
「そう」
「ただの子供だったの」
その言葉に。
リリアーナは胸が締めつけられるような感覚を覚えた。
「じゃあ……」
「私たちは、どうして?」
「世界が必要としたから」
「……」
母親は。
時計を見上げる。
「この世界には、役割が必要だった」
「聖女」
「魔王」
「勇者」
「世界を繋ぐ者」
「世界から切り離す者」
「そして――」
一瞬。
母親がリリアーナを見る。
「世界を管理する者」
「…………」
◇
魔王が。
静かに尋ねた。
「なぜリリアーナだった」
母親は。
少しだけ微笑んだ。
「あなたなら」
「……」
「絶対に、誰かを犠牲にしないと思ったから」
リリアーナは。
目を見開いた。
「私が?」
「ええ」
「でも……私は」
リリアーナは。
胸元を握る。
「そんなに強い人じゃありません」
「強いわよ」
「……」
「だからこそ」
母親は言った。
「あなたは管理者には向いていなかった」
「え?」
「管理者は」
母親の表情が曇る。
「世界を維持するためなら、誰かを切り捨てなければならない」
「……」
「でも、あなたはそれができない」
リリアーナは。
何も言えなかった。
魔王が。
小さく笑う。
「……いかにも君らしい」
「魔王様?」
「だから私は」
魔王はリリアーナを見る。
「君を選んだのだろう」
「……何をですか?」
「分からない」
「ですよね」
リリアーナは苦笑する。
その横で。
レオンが。
「俺も」
「はい?」
「リリアーナなら、絶対に誰かを助けようとすると思う」
「……」
「だから俺も」
レオンは笑った。
「昔から好きだったんじゃないかな」
「……え?」
リリアーナが固まる。
魔王の眉が。
ぴくりと動いた。
「レオン」
「ん?」
「今の発言は何だ」
「え?」
「……いや」
魔王は咳払いした。
「何でもない」
「?」
リリアーナだけが。
意味を理解していない。
◇
その時。
時計の中から。
声が聞こえた。
『――候補者、確認』
「……!」
全員が振り返る。
『管理者候補、リリアーナ』
『世界管理権限――未取得』
『再取得可能』
アレンが。
「まずい」
「何が?」
「管理者が」
アレンは時計を見る。
「君を、もう一度管理者にしようとしている」
「……!」
セラがリリアーナの服を掴む。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫です」
リリアーナは笑う。
「私はなりません」
『拒否権なし』
「え?」
『管理者候補は世界の一部』
『世界の一部は世界に従う』
巨大な光が。
リリアーナへ向かって伸びてくる。
「リリアーナ!」
魔王が手を伸ばす。
しかし。
光は速い。
「――っ!」
リリアーナの身体が。
白い光に包まれる。
「リリアーナ!」
「お姉ちゃん!」
「リリアーナ!」
「待て!」
魔王が駆け出す。
だが。
光の壁に阻まれる。
「くっ……!」
レオンが剣を振る。
ガキン!
「駄目だ!」
ユリウスが叫ぶ。
「その光は世界そのものだ!」
「じゃあどうすればいい!」
「……」
ユリウスが。
リリアーナを見る。
「――思い出させるんだ」
「何を?」
「彼女自身を」
◇
光の中。
リリアーナは。
一人で立っていた。
「……ここは?」
真っ白な空間。
目の前に。
幼い自分がいる。
「……私?」
幼いリリアーナは。
泣いていた。
「どうして泣いてるんですか?」
問いかける。
幼いリリアーナは答えない。
その隣に。
幼い魔王。
幼いレオン。
幼いミラ。
幼いユリウス。
幼いセラ。
そして。
幼いアレン。
七人。
みんな。
泣いている。
「……七人?」
リリアーナが呟く。
すると。
幼い自分が振り返った。
『お姉ちゃん』
「……え?」
『大丈夫』
「……誰が?」
『今の私』
幼いリリアーナが。
笑う。
『未来の私』
「……」
『忘れても』
小さな手を。
胸に当てる。
『絶対に思い出すから』
リリアーナは。
息を呑んだ。
「……何を?」
幼い自分は。
笑って。
言った。
『――私たちは』
『誰も犠牲にしない』
その瞬間。
世界が。
大きく揺れた。
◇
外では。
時計が。
逆回転を始めていた。
魔王が叫ぶ。
「リリアーナ!」
光の中から。
声が聞こえる。
「……魔王様」
「!」
「レオンさん」
「いるぞ!」
「ミラ」
「うん!」
「ユリウスさん」
「ここにいる」
「セラ」
「いるよ!」
「アレンさん」
「……うん」
そして。
「お母さん」
「ええ」
最後に。
リリアーナは。
笑った。
「……私」
一歩。
光の中から出てくる。
「思い出しました」
魔王が。
「何を?」
「私が昔」
リリアーナは。
胸に手を当てる。
「何を選んだのか」
「……!」
母親が。
目を見開く。
「まさか……」
「はい」
リリアーナは。
静かに頷いた。
「私は」
「昔――」
「管理者になることを」
全員が息を呑む。
「一度だけ」
「自分から」
「断ったんです」
時計が。
止まる。
そして。
リリアーナの足元に。
新しい文字が浮かび上がった。
『管理者候補――拒否』
『第一世界――失敗』
『第二世界――失敗』
『第三世界――失敗』
『第四世界――失敗』
さらに。
その下に。
一つの文字。
『第五世界――現在』
「……第五?」
レオンが呟く。
リリアーナの顔から。
笑顔が消える。
「私たちは……」
そして。
震える声で。
「これが、五回目の世界なんです」
静寂。
誰も動かない。
そんな中。
時計の奥から。
初めて。
管理者自身の声が響いた。
『――違う』
その声は。
今までとは違っていた。
初めて。
明確な感情があった。
『第五ではない』
『――これは』
『最後の世界だ』
時計の針が。
止まる。
そして。
黒い文字が。
一つだけ浮かび上がった。
『最終世界』
リリアーナは。
その文字を見つめた。
「……最後?」
管理者が。
静かに告げる。
『この世界が終われば――』
『もう、次はない』
魔王が。
リリアーナの隣に立つ。
「ならば」
低い声で。
「終わらせるものを選ぶのではなく」
リリアーナを見る。
「終わらない方法を探すまでだ」
レオンも。
「もちろん!」
ミラも。
「うん!」
セラも。
「一緒に!」
ユリウスも。
「最後なら――なおさら」
アレンが。
静かに笑った。
「やっと始められるね」
そして。
誰も気づいていなかった。
黒い扉の向こう。
管理者の姿のさらに奥に。
もう一人。
誰かが立っていることに。
その人物は。
七人を見ながら。
小さく呟いた。
「……やっと、ここまで来たね」
その声は。
リリアーナの声と。
まったく同じだった。




