第38話 お母さんを連れて帰る
黒い扉の向こう。
無数の世界が。
生まれては消えていく。
その中心に立つ。
顔の見えない存在。
『――ならば』
『次は、母親を選べ』
その声は。
感情がない。
ただ淡々と。
決められた手順を読み上げているようだった。
けれど。
リリアーナは。
その言葉を聞いた瞬間。
母親の手を。
ぎゅっと握った。
「選びません」
『……』
「何度言われても」
リリアーナは一歩前へ出る。
「選びません」
魔王も。
その隣に並んだ。
「同意する」
「俺も!」
レオンが拳を上げる。
「私も!」
ミラ。
「当然」
セラ。
「僕も」
ユリウス。
「……僕も」
アレン。
六人が。
母親を囲むように立つ。
『理解不能』
管理者の声が響く。
『世界を維持するには、犠牲が必要』
「必要じゃありません」
リリアーナが答える。
『必要だ』
「違います」
『必要だ』
「違います!」
リリアーナの声が。
白い空間に響き渡る。
「だって――」
彼女は。
母親を見る。
「この人も」
ミラを見る。
「ミラも」
セラを見る。
「セラも」
ユリウスを見る。
「ユリウスさんも」
アレンを見る。
「アレンさんも」
レオンを見る。
「レオンさんも」
そして。
魔王を見る。
「魔王様も」
一人ずつ。
名前を呼ぶ。
「私も」
胸に手を当てる。
「みんな、生きたいんです」
管理者は。
しばらく沈黙した。
『……生きたい』
その言葉を。
まるで理解できないもののように繰り返す。
『生きたい、とは』
「え?」
『世界を維持することよりも重要なのか』
「……」
リリアーナは。
少しだけ考えた。
そして。
「はい」
迷わず答えた。
「大切です」
◇
すると。
黒い扉の奥から。
大量の光が飛び出した。
「危ない!」
魔王が叫ぶ。
魔力の壁を作る。
ドォォォン!
光がぶつかる。
「魔王様!」
「問題ない」
しかし。
壁に亀裂が入る。
「……!」
レオンが剣を構える。
「俺も!」
「待って!」
リリアーナが止める。
「攻撃しないで!」
「でも!」
「これは戦いじゃありません」
リリアーナは。
光を見つめる。
「管理者は」
小さく呟く。
「私たちを倒そうとしているんじゃない」
アレンが頷いた。
「うん」
「じゃあ?」
「試している」
「……」
アレンが続ける。
「僕たちが本当に『選ばない』のか」
「……なるほど」
ユリウスが呟く。
「だったら」
彼は。
光の前に立った。
「答えを見せればいい」
灰色の光が。
ユリウスの身体から広がる。
「繋ぐ」
白。
黒。
赤。
金。
青。
灰。
六つの光が。
一つになる。
そして。
その光が。
母親へ伸びる。
「……!」
母親が驚く。
「どうして……」
ユリウスは笑う。
「昔からそうだったでしょ」
「……」
「誰かが離れそうになったら」
ユリウスの声が。
少しだけ震える。
「僕が繋ぐ」
◇
ミラが。
母親の手を握る。
「お母さん」
「ミラ……」
「私、もう子供じゃないよ」
「……」
「だから」
ミラは笑った。
「今度は私がお母さんを守る」
母親の目から。
涙が落ちる。
「……そう」
「うん」
「大きくなったのね」
「うん!」
その横で。
セラがリリアーナの服を掴んだ。
「お姉ちゃん」
「どうしました?」
「私も守る」
「……」
リリアーナは。
セラの頭を撫でる。
「ありがとうございます」
「えへへ」
レオンが。
その光景を見ながら。
「……なんか」
「?」
「俺だけ何もしてない気がする」
「そんなことないですよ」
「本当?」
「はい」
「じゃあ俺は――」
レオンは考える。
「……お腹が空いたらご飯を食べる!」
「それは守るとは言いません」
「じゃあ、ご飯をみんなに分ける!」
「それなら……」
リリアーナが少し笑う。
「いいかもしれません」
「よし!」
レオンが胸を張る。
「任せろ!」
魔王が。
「……お前らしいな」
「魔王も何か言えよ!」
「私は」
魔王はリリアーナを見る。
「彼女の隣にいる」
「……」
リリアーナの頬が。
ほんの少し赤くなる。
「それだけでいい」
「……はい」
◇
その時。
管理者の声が響いた。
『理解した』
全員が顔を上げる。
『お前たちは、犠牲を拒否する』
「そうです」
『ならば』
黒い扉が。
ゆっくり開いていく。
『犠牲のない世界を作れるのか』
「……!」
『試してみろ』
扉の向こうから。
一つの道が現れた。
その先に。
巨大な時計がある。
針が。
逆回転している。
カチ。
カチ。
カチ。
『この世界が、最初に作られた場所』
アレンが呟く。
「……始まりの時計」
「それは?」
リリアーナが尋ねる。
「世界を作る装置」
「装置……?」
「うん」
アレンが頷く。
「世界は自然に生まれたんじゃない」
「…………」
「誰かが作った」
魔王が尋ねる。
「誰が?」
アレンは。
少しだけ黙った。
「――それを見れば分かる」
◇
六人と母親は。
ゆっくりと。
時計へ向かって歩き始めた。
すると。
母親が突然立ち止まった。
「……待って」
「どうしました?」
リリアーナが振り返る。
母親は。
時計の裏側を見る。
「これは……」
顔色が変わる。
「どうしたの?」
ミラが尋ねる。
母親は。
震える手で。
時計を指差した。
そこには。
一つの名前が刻まれていた。
――リリアーナ
「……え?」
リリアーナが。
目を見開く。
「どうして……私の名前が?」
母親は答えない。
代わりに。
時計の針が止まった。
そして。
新しい文字が浮かび上がる。
『第一世界』
『聖女リリアーナ』
『管理者候補』
「…………」
全員が凍りつく。
魔王が。
「どういうことだ」
母親は。
目を閉じる。
「……やっぱり」
「お母さん?」
「あなたは知らなかったのね」
「何を……?」
母親は。
ゆっくりとリリアーナを見る。
「あなたは――」
その瞬間。
時計が。
激しく回り始めた。
カチカチカチカチカチ――!
世界中の映像が。
一斉に切り替わる。
幼いリリアーナ。
聖女のリリアーナ。
魔王と出会ったリリアーナ。
レオンと出会ったリリアーナ。
そして。
何度も。
何度も。
同じ世界が繰り返される。
最後に。
一つの映像が止まった。
そこにいたのは。
今よりずっと幼い。
リリアーナ。
そして。
彼女の隣には。
――管理者と同じ姿をした人物が立っていた。
「…………!」
リリアーナの息が止まる。
その人物が。
ゆっくり振り返る。
そして。
幼いリリアーナに。
こう言った。
『――次の世界では』
『君が、管理者になってくれる?』
リリアーナは。
言葉を失った。
「……私が……?」
母親が。
小さく呟く。
「そう」
「あなたは――」
そして。
母親の声が震える。
「この世界を作る側だったのよ」
誰も。
何も言えなかった。
ただ。
逆回転していた時計だけが。
再び。
動き始めた。




