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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第37話 犠牲者なんて選ばない

 白い空間の中央。


 六つの椅子が並んでいる。


 そのうち一つだけが。


 不気味な赤い光を放っていた。


『――最初の犠牲者を選べ』


 無機質な声が。


 何度も響く。


「…………」


 誰も動かなかった。


 レオンが。


 ゆっくりと口を開く。


「……これ」


「はい」


「絶対に座っちゃいけないやつだよな?」


「そうですね」


 リリアーナも頷く。


「じゃあ、壊そう」


「え?」


 レオンが振り返る。


 リリアーナは。


 ものすごく真剣な顔をしていた。


「椅子を」


「……」


「壊しましょう」


「それでいいのか?」


「分かりません」


「分からないのかよ!」


「でも」


 リリアーナは。


 赤い椅子を睨む。


「誰か一人を選べ、という時点で嫌です」


 魔王が。


 静かに頷いた。


「同感だ」


「魔王様も?」


「ああ」


 魔王は剣を抜いた。


「ならば破壊する」


「待ってください!」


 リリアーナが慌てる。


「私、まだ『壊しましょう』と言っただけで、剣で真っ二つにするとは――」


「え?」


 魔王が止まる。


「違うのか?」


「……」


「では私がやろう」


「もっと駄目です!」


 レオンが吹き出した。


「魔王、こういう時だけ行動が早いな!」


「お前に言われたくない!」


「俺も壊すぞ!」


「やめろ!」


「なんでだよ!」


 いつもの二人の言い合いが始まる。


 リリアーナは。


 思わず笑った。


「……ふふ」


 その笑い声に。


 全員が振り返る。


「何ですか?」


 リリアーナは首を傾げた。


「いや」


 レオンが笑う。


「やっぱり、これでいいんだと思う」


「……?」


「昔も今も」


 レオンは肩をすくめる。


「俺たち、こうやってくだらないことで喧嘩してたんだろ?」


「……」


 ミラが笑った。


「うん」


「だから」


 レオンは拳を握る。


「誰か一人を犠牲にして世界を救うとか」


「そんなの」


 にっと笑う。


「俺たちらしくないだろ」


◇


 その瞬間。


 赤い椅子が。


 突然浮き上がった。


「……!」


 椅子が六人の周囲を回り始める。


 そして。


 赤い光が。


 それぞれの身体に当たっていく。


 リリアーナ。


 魔王。


 レオン。


 ミラ。


 ユリウス。


 セラ。


 順番に。


 光が当たる。


『候補者を選定』


『候補者を選定』


『候補者を――』


「うるさい」


 魔王が。


 ものすごく冷たい声で言った。


 空間が。


 一瞬静かになる。


「……」


 レオンが小声で。


「今の魔王、怖かったな」


「黙れ」


「はい」


 すると。


 赤い光が。


 リリアーナの前で止まった。


『第一候補』


『聖女』


「……!」


 リリアーナの顔が強張る。


「私……?」


 魔王が。


 一歩前に出る。


「断る」


『拒否は認められない』


「ならば」


 魔王の魔力が膨れ上がる。


「この世界そのものを拒否する」


「魔王様!」


 リリアーナが慌てる。


「駄目です!」


「なぜだ?」


「世界を壊したらアレンさんと同じです!」


「……」


 魔王が止まった。


「……そうか」


「はい」


 リリアーナは。


 魔王の前に立つ。


「壊さないでください」


「……分かった」


 魔王は剣を下ろす。


 その光景を見て。


 アレンが呟く。


「……昔もそうだった」


「え?」


「君が止めると」


 アレンは少し笑う。


「彼はいつも止まった」


 魔王が。


 アレンを見る。


「……覚えているのか」


「少しだけ」


「そうか」


 二人の間に。


 不思議な空気が流れる。


◇


 突然。


 赤い椅子が。


 レオンの前へ移動した。


『第二候補』


『勇者』


「俺?」


 レオンが目を丸くする。


『着席せよ』


「嫌だ」


『着席せよ』


「嫌だって」


『着席――』


「嫌なものは嫌だ!」


 レオンが椅子を持ち上げる。


「そもそも!」


「……?」


「誰かを犠牲にして世界を救うって言うけどさ!」


 レオンは椅子を睨む。


「俺は英雄になりたいんじゃない!」


 拳を握る。


「俺は――」


 リリアーナを見る。


「みんなと一緒にいたいだけだ」


 リリアーナが。


「……」


 頬を赤くした。


「レオンさん……」


「だから!」


 レオンは。


 椅子を床に置いた。


「こんなの、いらない!」


 ――バキッ。


 椅子の脚が。


 一本折れた。


「…………」


 全員が固まる。


「……」


 レオンが。


「……あ」


 ユリウスが笑い始めた。


「ふふっ」


 セラも。


「ふふふ」


 ミラまで笑う。


「レオン……昔から変わらないね」


「いや! 今のはわざとじゃない!」


 リリアーナも笑ってしまう。


「ふふっ」


 魔王は。


 そんなリリアーナを見て。


 小さく笑った。


「……これでいい」


「魔王様?」


「笑っている」


「……?」


「それでいい」


◇


 すると。


 赤い椅子が。


 突然震え始めた。


『想定外』


『選択を拒否』


『再計算』


 白い空間が。


 大きく揺れる。


「何だ?」


 ユリウスが構える。


「管理者が焦ってる」


 アレンが言う。


「……!」


 リリアーナが見る。


「管理者?」


「ああ」


 アレンは頷いた。


「この世界を何度も作り直してきた存在」


「でも」


 セラが言う。


「どうして私たちに犠牲を選ばせるの?」


「簡単だよ」


 アレンが答える。


「僕たちが選べば」


 アレンは。


 赤い椅子を見る。


「この世界はまた同じ形に戻る」


「……」


「聖女が犠牲になり」


「魔王がそれを受け入れ」


「勇者が戦い」


「世界が一度壊れる」


 アレンの声が。


 低くなる。


「そして――」


「また最初から」


「…………」


 リリアーナは。


 拳を握った。


「そんなの」


 小さく。


「絶対に嫌です」


◇


 赤い椅子が。


 突然消えた。


 代わりに。


 床に巨大な円が浮かび上がる。


 六つの紋章。


 白。


 黒。


 赤。


 金。


 灰。


 青。


 そして。


 中央に。


 何もない空白。


「……七つ目?」


 ミラが呟く。


「違う」


 ユリウスが首を振る。


「七つ目じゃない」


「じゃあ何?」


「これは――」


 ユリウスが。


 ゆっくり答える。


「『選ばない』ための場所」


「……!」


 リリアーナが。


 中央へ歩いていく。


「なら」


「リリアーナ?」


「ここに」


 中央に立つ。


「私が立ちます」


 魔王がすぐに追う。


「私も」


「俺も!」


 レオンが続く。


「私も!」


 ミラ。


「私も」


 セラ。


「もちろん」


 ユリウス。


 最後に。


 アレンも中央へ立った。


 六人が。


 円の中に並ぶ。


『選べ』


 声が響く。


 リリアーナは。


 静かに答えた。


「選びません」


『選べ』


「嫌です」


『一人を選べ』


「絶対に嫌です」


 魔王が続く。


「誰も渡さない」


 レオン。


「全員まとめて守る!」


 ミラ。


「一緒に生きる!」


 セラ。


「一人に背負わせない!」


 ユリウス。


「忘れない」


 アレン。


「もう、繰り返さない」


 その瞬間。


 六つの光が。


 一斉に輝いた。


 白。


 黒。


 赤。


 金。


 灰。


 青。


 そして。


 中央の空白に。


 新しい光が生まれる。


 それは。


 どの色でもなかった。


「……何?」


 リリアーナが見つめる。


 光が。


 ゆっくり形を変える。


 人の姿になる。


 長い髪。


 白い服。


 優しい笑顔。


「…………!」


 ミラが叫ぶ。


「お母さん!」


 そこに。


 再び。


 母親が現れた。


 しかし。


 今度の彼女は。


 泣いていた。


「みんな……」


 そして。


 震える声で。


「お願い」


「――私を、犠牲にしないで」


 全員が息を呑んだ。


 女性は。


 悲しそうに笑う。


「この世界が始まった時から」


「ずっと――」


「私は、その役目を背負わされているの」


 そして。


 彼女の背後に。


 巨大な黒い扉が開いた。


 扉の向こうから。


 無数の世界が見える。


 生まれて。


 壊れて。


 また生まれる。


 その中心に。


 一人の存在が立っていた。


 顔は見えない。


 ただ。


 その声だけが響く。


『――ならば』


『次は、母親を選べ』


 リリアーナは。


 拳を握った。


「……選びません」


 そして。


 初めて。


 母親の手を取った。


「一緒に帰りましょう」


 女性の目から。


 涙がこぼれた。


「……リリアーナ」


 その瞬間。


 黒い扉の奥で。


 誰かが。


 初めて。


 笑った。

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