第35話 六人を集めた母
「――お母さん……!」
ミラが駆け出した。
「ミラ!」
リリアーナが呼び止めるより早く。
白い髪の女性は両腕を広げた。
「おいで」
「お母さん!」
ミラが胸に飛び込む。
女性は。
優しく娘を抱きしめた。
「大きくなったわね」
「……うん」
「ずっと、よく頑張ったね」
「……うん……!」
ミラの目から。
大粒の涙がこぼれる。
リリアーナは。
その光景を静かに見つめていた。
胸の奥が。
なぜか温かい。
けれど。
同時に。
言葉にできない懐かしさがあった。
「……お母さん」
ミラが顔を上げる。
「この人たち……」
女性が笑う。
「もちろん知っているわ」
そして。
リリアーナを見る。
「久しぶりね、リリアーナ」
「……!」
リリアーナの身体が固まった。
「私を……知っているんですか?」
「ええ」
女性は頷く。
「あなたは昔から、とても優しい子だった」
「……」
「そして」
女性は魔王を見る。
「あなたも」
「…………」
魔王は警戒したまま尋ねる。
「私を知っているのか」
「もちろん」
女性は微笑む。
「小さい頃から、ずっとこの子を守ってくれていたもの」
魔王の目が僅かに見開かれた。
「……私が?」
「ええ」
レオンが手を上げる。
「じゃあ俺は?」
「あなたも」
「やった!」
「ただし」
女性はにっこり笑った。
「あなたは一番よく食べていたわね」
「…………」
レオンが固まる。
「昔から?」
「昔から」
「俺、成長してない……」
「そこは成長してください」
リリアーナが苦笑する。
ユリウスも。
セラも。
ミラも。
思わず笑った。
――ほんの一瞬だけ。
昔と同じ空気が戻った。
◇
「では」
女性が六人を見る。
「改めて話しましょう」
「はい」
リリアーナが頷く。
「あなたは一体、何者なんですか?」
「ミラの母親よ」
「それは分かります」
思わず即答してしまった。
「ふふっ」
女性は笑う。
「そうね」
「では――」
魔王が尋ねる。
「なぜ私たちを集めた?」
女性の笑顔が。
少しだけ消えた。
「世界が、壊れ始めていたから」
「……」
「この世界は、長い間」
女性は静かに語り始める。
「誰か一人を犠牲にすることで、均衡を保っていた」
「それが……聖女?」
リリアーナが尋ねる。
「それだけではないわ」
「では?」
「魔王も」
「……」
「勇者も」
「……」
「世界を繋ぐ者も」
女性はミラを見る。
「そして、もう一つ」
ユリウスを見る。
「存在を世界から切り離す者も」
ユリウスが黙る。
「五つの役割があった」
「じゃあ」
レオンが尋ねる。
「セラは?」
女性はセラを見る。
「セラは、その仕組みを終わらせるために生まれた子」
「……!」
セラが目を丸くする。
「私が?」
「ええ」
「じゃあ、私の力って……」
「『循環を止める力』」
セラの身体が淡く青く光った。
「世界が壊れて、作り直される」
「……」
「その繰り返しを」
女性はセラの手を握る。
「止めるための力よ」
アレンが口を開く。
「そして僕は、その外側から世界を見張る役目」
「……」
「ユリウスは?」
「世界の内側と外側を繋ぐ子」
「なるほど」
魔王が頷く。
「そして私たちは?」
女性はリリアーナを見る。
「あなたたちは――」
少しだけ悲しそうに笑った。
「ただの子供だったのよ」
「……え?」
「聖女でも」
「……」
「魔王でも」
「……」
「勇者でもない」
「…………」
「ただ、森で遊んでいた子供たち」
リリアーナは。
目を伏せた。
「じゃあ……」
「ええ」
女性は頷く。
「あなたたちを戦わせたくなかった」
「…………」
「だから私は、大神官に言ったの」
その名前が出た瞬間。
空気が変わった。
「この子たちを普通に育てて」
女性の声が静かになる。
「世界のために使わないで」
「…………」
「誰かを犠牲にする道を選ばせないで」
ユリウスが拳を握る。
「でも……大神官は」
「聞かなかった」
女性は答えた。
「彼は、世界を救いたかった」
「……」
「だからこそ」
女性は悲しそうに笑った。
「間違えてしまったの」
◇
「では」
魔王が尋ねる。
「大神官が私たちの記憶を消したのは?」
「あなたたちを戦わせるため」
「……!」
「そして」
女性はリリアーナを見る。
「リリアーナを聖女にするため」
「…………」
リリアーナの顔から。
血の気が引いた。
「私を……?」
「ええ」
「なぜ?」
「あなたの力が最も強かったから」
「…………」
「でも」
女性は首を振る。
「本当の理由は、それだけではない」
「他にも……?」
「あなたは」
女性の瞳が。
優しくなる。
「誰かを犠牲にすることを、絶対に選ばない子だったから」
「……」
「だから大神官は、あなたの記憶を消した」
「私が……?」
「ええ」
「何を忘れさせたんですか?」
女性は答えなかった。
代わりに。
リリアーナの胸元へ手を伸ばす。
「あなたの中に」
指先が淡く光る。
「最後の記憶が残っている」
「……!」
「ずっと封印されていたもの」
白い光が。
リリアーナの身体へ入っていく。
「待ってください」
魔王が一歩前へ出る。
「大丈夫」
女性は言った。
「これは誰かを傷つけるものではないわ」
「しかし――」
「あなたは昔から」
女性が微笑む。
「この子のことになると心配性ね」
「……!」
魔王が固まる。
レオンがニヤリと笑う。
「魔王、昔からリリアーナのこと好きだったんだな」
「なっ……」
「レオン!」
リリアーナが慌てる。
「そういう話ではありません!」
「でも今の顔」
「黙れ!」
「はい!」
女性が楽しそうに笑う。
「ふふっ」
「笑わないでください……」
魔王が珍しく困った顔をする。
そんな彼を見て。
リリアーナは。
なぜか。
胸が少しだけ温かくなった。
◇
そして。
光が強くなる。
「――思い出して」
女性の声。
景色が変わった。
幼いリリアーナ。
森。
六人の子供たち。
そして。
その中央にある小さな湖。
『ねえ』
幼いリリアーナが言う。
『約束しようよ』
『何を?』
幼いレオン。
『大人になっても、みんな一緒』
幼いミラが笑う。
『うん!』
セラも頷く。
ユリウスも。
アレンも。
そして。
幼い魔王も。
『……分かった』
『本当?』
『ああ』
幼いリリアーナが嬉しそうに笑う。
『じゃあ約束ね!』
六人が手を重ねる。
その時。
リリアーナが言った。
『もし世界が壊れそうになったら――』
六人が顔を上げる。
『みんなで直そう』
――映像が止まった。
「…………」
リリアーナの頬を。
涙が伝った。
「私……」
小さく呟く。
「思い出した……」
魔王が静かに尋ねる。
「何を?」
リリアーナは。
涙を拭う。
「私たちの最初の約束」
そして。
全員を見る。
「――誰も犠牲にしない」
女性が微笑んだ。
「そう」
しかし。
その瞬間。
空間全体が大きく揺れた。
「……!」
女性の顔から笑顔が消える。
「もう時間がない」
「どういうことですか?」
女性は答える。
「管理者が、こちらに気づいた」
「……!」
アレンが振り返る。
「早すぎる」
ユリウスも身構える。
「まさか……」
白い空間の天井に。
巨大な黒い目が開いた。
誰も動けない。
その目が。
六人を見つめる。
そして。
声が響いた。
『――見つけた』
女性が叫ぶ。
「みんな、逃げて!」
「お母さん!」
ミラが手を伸ばす。
「行きなさい!」
「嫌!」
「ミラ!」
女性が強く叫ぶ。
「あなたは――」
そして。
リリアーナを見る。
「この子たちと一緒にいて」
「……!」
「あなたなら」
女性は微笑んだ。
「この世界の未来を選べる」
次の瞬間。
黒い光が。
白い空間を飲み込んだ。
「お母さん――!」
ミラの叫び声。
リリアーナが手を伸ばす。
「待って!」
しかし。
届かない。
女性の姿が消えていく。
最後に。
その唇が。
小さく動いた。
『――リリアーナ』
『あなたには、まだ伝えていないことがある』
『あなた自身の――』
そこで。
声が途切れた。
そして。
世界が。
暗転した。
次にリリアーナが目を開けた時。
そこにいたのは――
幼い頃の自分自身だった。
そして幼いリリアーナは。
泣きながら。
一人の少年を抱きしめていた。
その少年の顔は――
今のリリアーナには。
まだ見えなかった。




