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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第34話 世界を壊すということ

「――一緒に、この世界を壊してくれない?」


 アレンの言葉が。


 真っ白な空間に響いた。


「…………」


 リリアーナは。


 差し出された手を見つめていた。


 世界を壊す。


 その言葉だけを聞けば。


 恐ろしい。


 けれど。


 アレンの表情には、憎しみも怒りもなかった。


 ただ。


 悲しそうだった。


「どうして?」


 リリアーナは尋ねた。


「どうして、世界を壊したいんですか?」


 アレンは少しだけ目を伏せた。


「壊したいんじゃない」


「……え?」


「終わらせたいんだ」


 魔王が眉を寄せる。


「何を?」


「この世界の仕組みを」


「…………」


 アレンは周囲を見渡す。


「君たちは知らない」


「何をですか?」


「この世界は、何度も作り直されている」


「……!」


 ミラが息を呑む。


「作り直されている……?」


「そう」


 アレンは頷く。


「世界が壊れるたびに」


 一歩。


 後ろへ下がる。


「新しい世界が作られる」


 さらに一歩。


「人も」


「国も」


「歴史も」


「全部」


 アレンの声が静かに響く。


「そして、そのたびに」


 彼はリリアーナを見る。


「君たちは生まれる」


「…………」


「聖女」


 リリアーナを見る。


「魔王」


 魔王を見る。


「勇者」


 レオンを見る。


「世界を繋ぐ者」


 ミラを見る。


「そして、僕」


 ユリウスを見る。


「僕たちは何度も同じことを繰り返してきた」


 ユリウスが呟く。


「……嘘だ」


「嘘じゃない」


「なら、どうして僕は覚えていない?」


「忘れさせられるから」


「誰に?」


 アレンは。


 ゆっくりと天井を指差した。


「この世界を作っている存在に」


 全員が空を見上げる。


 何もない。


 ただ白いだけ。


「それが……」


 レオンが呟く。


「神様?」


「近いね」


「近い?」


「神という言葉では足りない」


 アレンは微笑む。


「世界そのものを管理しているもの」


「…………」


「僕は、それを『管理者』と呼んでいる」


◇


「なら」


 魔王が口を開いた。


「大神官は何者だ?」


「管理者に仕えていた人間」


「……!」


「でも」


 アレンは首を振る。


「途中で反抗した」


「大神官が?」


「うん」


「なぜ?」


「この世界の仕組みに気づいたから」


 リリアーナの胸が痛む。


「じゃあ……」


「大神官は世界を壊したいの?」


「違う」


「え?」


「大神官は」


 アレンは静かに答える。


「世界を救いたい」


「…………」


「ただ、その方法が間違っている」


 ユリウスが目を閉じる。


「犠牲を出してでも、世界を固定しようとしている」


「そう」


「だから僕たちを集めた」


「うん」


「そして――」


 ユリウスが拳を握る。


「僕を消した」


 アレンは黙った。


 代わりに。


 ミラが口を開く。


「ユリウスを消したのは……」


「僕じゃない」


 アレンが答える。


「ユリウス自身だ」


「……!」


「彼は、自分を世界から切り離した」


 ユリウスが顔を上げる。


「僕が?」


「そう」


「何のために?」


「君たちを守るため」


 ユリウスは。


 しばらく何も言わなかった。


 そして。


「……そうだった」


 小さく呟いた。


「少しだけ、思い出した」


「何を?」


 リリアーナが尋ねる。


「僕は……」


 ユリウスは胸に手を当てる。


「アレンを逃がすために、自分を消した」


「……!」


「世界の外へ追い出されるはずだったアレンを」


 アレンが目を伏せる。


「ユリウス……」


「でも」


 ユリウスが笑う。


「うまくいかなかった」


「何が?」


「僕も、アレンも」


 ユリウスはリリアーナを見る。


「君たちも」


「…………」


「全員、記憶を失った」


◇


「待って」


 レオンが手を上げる。


「じゃあさ」


「何だ」


 魔王が見る。


「俺たちって」


 レオンは指を折る。


「何度も世界をやり直してる?」


「そう」


「じゃあ……」


 レオンは真剣な顔になる。


「今まで何回?」


「分からない」


 アレンが答える。


「百回かもしれない」


「…………」


「千回かもしれない」


「…………」


「もっとかもしれない」


 レオンは。


 しばらく黙った。


 そして。


「じゃあ、今回くらいは」


 剣を肩に担いだ。


「俺たちで決めてもいいんじゃないか?」


「……!」


 アレンが目を見開く。


「世界を壊すかどうか」


 レオンは続ける。


「大神官でも、管理者でもなく」


「…………」


「俺たちが決める」


 魔王が。


 ゆっくり頷いた。


「同意する」


「魔王様……」


「私は、誰かに決められるのが嫌いだ」


「……」


「特に」


 魔王はリリアーナを見る。


「君の人生を、他人に決められることがな」


 リリアーナは目を瞬いた。


「私の……」


「そうだ」


 魔王は言う。


「君が聖女になることも」


「…………」


「誰かを犠牲にすることも」


「…………」


「世界を救うことも」


 魔王は静かに続けた。


「君自身が決めればいい」


 その言葉。


 リリアーナは以前にも聞いたことがあった。


 ――君が何者になるかは、君自身が決めること。


 胸の奥が。


 温かくなる。


「……はい」


 リリアーナは笑った。


「私、自分で決めます」


 そして。


 アレンを見る。


「だから」


「……」


「今は、世界を壊しません」


 アレンが目を見開いた。


「…………」


「壊す必要があるのか」


「そうです」


「守る必要があるのか」


「はい」


「それとも」


 リリアーナは。


 みんなを見る。


「別の方法があるのか」


 白い空間に。


 彼女の声が響く。


「それを探します」


 アレンは。


 しばらく黙っていた。


 やがて。


「……やっぱり」


 小さく笑った。


「君は変わらない」


「え?」


「昔からそうだった」


 アレンは。


 ゆっくり手を下ろした。


「だから僕は、君にお願いしたんだ」


「……どういうことですか?」


「僕は、世界を壊してほしいんじゃない」


「え?」


「世界を変えてほしい」


 アレンの瞳が青く光る。


「この世界が、誰か一人を犠牲にしないと続かないなら」


「…………」


「そんな仕組みを終わらせてほしい」


 リリアーナは息を呑んだ。


「それが……」


 アレンは笑う。


「僕の本当のお願い」


◇


 その瞬間。


 白い空間に。


 巨大な扉が現れた。


 六つの紋章。


 そして。


 その中央に。


 七つ目の空白。


「……七つ目?」


 ミラが呟く。


「違う」


 アレンが答える。


「これは『七人目』の紋章じゃない」


「じゃあ何?」


「選択の紋章」


「…………」


「最後に必要なのは」


 アレンがリリアーナを見る。


「君たち七人の力じゃない」


「え?」


「たった一つ」


 アレンが手を伸ばす。


「意思だよ」


 扉が。


 ゆっくり開いていく。


 その向こうには。


 巨大な空間。


 中央に。


 一人の女性が立っていた。


 長い白い髪。


 優しい笑顔。


 そして――


「……お母さん」


 ミラが呟いた。


「…………!」


 女性が振り返る。


 その顔を見た瞬間。


 ミラが泣き出した。


「お母さん……!」


 女性は微笑んだ。


 そして。


「――みんな」


 静かに言った。


「やっと、ここまで来たのね」


 リリアーナの胸が。


 強く鳴った。


 なぜなら。


 その女性は――


 リリアーナ自身にも。


 どこか似ていたからだった。

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