第33話 始まりの場所
空が割れていた。
まるで巨大な鏡が砕けたように。
その向こうから。
白い扉が、ゆっくりと姿を現している。
「…………」
リリアーナは空を見上げたまま動けなかった。
扉には六つの紋章。
聖女。
魔王。
勇者。
世界を繋ぐ力。
灰色の力。
そして――青い光。
セラの力。
「これが……」
ミラが呟く。
「始まりの扉……」
ユリウスが頷いた。
「そう」
「知ってたの?」
「存在だけは」
ユリウスは扉を見上げる。
「でも、六人全員が揃わないと開かないはずだった」
レオンが手を挙げる。
「じゃあ今、六人いるじゃん」
「そういうことだ」
「なら開くんじゃないか?」
「……」
魔王が嫌そうな顔をする。
「レオン」
「何だ?」
「余計なことを言うな」
「え?」
その瞬間。
白い扉が。
――ギィィィィ……。
ゆっくりと開いた。
「…………」
「…………」
「…………」
全員が固まる。
レオンが小声で言った。
「……開いちゃったな」
「君のせいだ」
「俺!?」
リリアーナは思わず笑ってしまった。
こんな状況なのに。
この人たちは、本当に変わらない。
魔王はため息をつく。
「行くしかないな」
「はい」
リリアーナが頷く。
セラが手を握る。
「大丈夫」
「セラ?」
「私が一緒にいるから」
その言葉に。
リリアーナは少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
六人は。
白い扉の向こうへ進んだ。
◇
扉の先にあったのは。
――何もない場所だった。
「…………」
真っ白。
地面も。
空も。
遠くも。
近くも。
全部が白い。
「ここ……どこ?」
レオンが呟く。
「分からない」
魔王も答えられない。
ユリウスが周囲を見る。
「ここは……」
その声が震えていた。
「始まりの場所」
「え?」
「僕たちが最初に集められた場所だ」
リリアーナの胸が痛む。
「……私も、ここに?」
「うん」
「昔の私は、何をしていたんですか?」
「泣いてた」
「……」
「ずっと泣いてた」
「私、そんなに泣き虫だったんですか?」
「うん」
ユリウスが笑う。
「でも」
少しだけ間を置いて。
「君が最初に笑わせてくれたのも、僕だった」
「……」
リリアーナは胸に手を当てる。
すると。
白い空間に。
映像が浮かんだ。
幼いリリアーナ。
泣いている。
その前に。
幼いユリウスがしゃがんでいる。
『泣かないで』
『……ひっく』
『僕がいるから』
『……ほんと?』
『うん』
ユリウスは小さな花を差し出していた。
『これ、あげる』
『……きれい』
『笑った』
『え?』
『今、笑ったよ』
幼いリリアーナが。
少しだけ笑っていた。
「…………」
リリアーナの目に涙が浮かぶ。
「覚えてない……」
「うん」
ユリウスは優しく言った。
「でも、忘れてもいいよ」
「え?」
「思い出さなくても、今ここにいる」
その言葉に。
魔王が少しだけ目を細めた。
「……」
そして。
何も言わず、リリアーナの隣に立った。
レオンも反対側に立つ。
「じゃあ」
レオンが笑う。
「今の俺たちで、また友達になればいい」
「レオンさん……」
「昔のことを全部覚えなくてもさ」
レオンは笑う。
「今、一緒にいればいいだろ?」
「……はい」
リリアーナも笑った。
◇
その時。
白い空間の奥から。
誰かの足音が聞こえた。
――コツ。
――コツ。
――コツ。
「誰だ?」
魔王が身構える。
レオンも剣を抜く。
ユリウスが青ざめる。
「……そんな」
「ユリウスさん?」
「ここにいるはずがない」
「誰が?」
足音が近づいてくる。
そして。
一人の少年が姿を現した。
黒い髪。
白い服。
穏やかな顔。
しかし。
その姿を見た瞬間。
ユリウスが呟いた。
「……七人目」
ミラが息を呑む。
「……嘘」
セラが震える。
「そんな……」
少年は六人を見て。
微笑んだ。
「久しぶり」
「…………」
「みんな」
リリアーナの胸が。
強く痛んだ。
知らない少年。
なのに。
なぜか。
懐かしい。
「あなたは……」
少年はリリアーナを見る。
「君だけは、まだ僕を覚えてる」
「……私が?」
「うん」
少年は一歩近づく。
「君は、僕の名前を呼んだ」
リリアーナの頭に。
また映像が流れる。
幼い自分。
森の中。
誰かと手を繋いでいる。
少年の声。
『リリアーナ』
そして自分が答える。
『……アレン』
「……アレン」
リリアーナの口から。
自然に名前が出た。
少年が笑う。
「そう」
「アレン……」
魔王が目を見開く。
「覚えているのか?」
「……分かりません」
リリアーナは頭を押さえる。
「でも、この名前を知っています」
アレンは嬉しそうに笑った。
「やっとだ」
その瞬間。
ユリウスが前に出た。
「アレン」
「ユリウス」
「お前は……」
「うん」
アレンは頷く。
「僕も、ずっと待ってた」
「何を?」
「君たちが戻ってくるのを」
ユリウスが拳を握る。
「なら、どうして……」
「どうして?」
アレンが首を傾げる。
「どうして僕が消えたのか?」
「…………」
アレンは静かに笑う。
「それは」
白い空間に。
巨大な文字が浮かび上がった。
――『七人目は、世界の外にいる』
「…………」
レオンが呟く。
「世界の外?」
アレンが答える。
「そう」
「どういう意味だ?」
魔王が尋ねる。
「僕は、この世界の人間じゃない」
「…………!」
ミラが震える。
「じゃあ……」
アレンは彼女を見る。
「うん」
「あなたは……」
「僕は」
アレンの瞳が。
青白く光った。
「――世界を作った側の人間だよ」
全員が言葉を失った。
そして。
アレンはリリアーナを見る。
「だから君にお願いがある」
「私に?」
「うん」
少年は手を差し出す。
「リリアーナ」
「…………」
「一緒に、この世界を――」
一瞬。
アレンの笑顔が消える。
「壊してくれない?」
――その言葉と同時に。
白い空間のすべてに。
無数の亀裂が走った。




