第31話 六人目の名前
――『六人目を探せ』
石碑に浮かび上がった文字を前に。
誰も動けなかった。
「…………」
リリアーナは、石碑をじっと見つめる。
「六人目……」
レオンが頭を掻いた。
「なあ」
「はい?」
「俺たち、最初は三人じゃなかったか?」
「そうですね」
「それが四人になって」
「はい」
「五人になって」
「はい」
「今度は六人?」
「……そうみたいですね」
「友達が増える速度がすごくないか?」
「そこを気にするんですか!?」
思わず叫んだリリアーナに。
レオンは真剣な顔で頷いた。
「だって俺、友達が増えるの嬉しいから」
「……」
「でも、誰なのか分からない」
レオンが石碑を見る。
「それが怖い」
珍しく。
レオンの声に冗談がなかった。
魔王も腕を組む。
「問題は、六人目が誰なのかだ」
「そうですね」
「そして」
魔王はユリウスを見る。
「お前は知っている」
「……」
ユリウスは答えない。
「ユリウスさん?」
リリアーナが呼ぶ。
「……知っている」
しばらくして。
ユリウスは静かに答えた。
「僕は、六人目を知ってる」
「誰なんですか?」
「…………」
ユリウスは目を伏せた。
「名前は――」
その瞬間。
「ユリウス!」
ミラが叫んだ。
ユリウスが振り返る。
「言わないで!」
「ミラ?」
「まだ……」
ミラは震えている。
「まだ、思い出しちゃ駄目」
「……」
「思い出したら……また……」
言葉が途切れる。
リリアーナはミラの手を握った。
「大丈夫ですよ」
「でも……」
「無理に思い出さなくていいです」
「……リリアーナ」
「ゆっくりでいいんです」
ミラの目から涙が一粒落ちた。
「……ありがとう」
その光景を。
魔王は黙って見ていた。
やがて。
「ならば、別の方法を探す」
「魔王様?」
「記憶を無理に戻す必要はない」
魔王は石碑へ近づいた。
「この石碑そのものが、六人目を探す手掛かりなのだろう」
レオンも頷く。
「なるほど」
「君が理解したのは意外だな」
「俺だって考える時は考えるぞ」
「普段から考えろ」
「ひどい!」
いつもの調子に戻った二人。
リリアーナは少しだけ笑った。
――けれど。
ユリウスだけは笑っていなかった。
◇
石碑の裏側。
そこには小さな穴があった。
「何でしょう?」
リリアーナが覗き込む。
「鍵穴だ」
魔王が答える。
「鍵が必要みたいですね」
「……」
ユリウスが近づく。
「違う」
「え?」
「鍵じゃない」
ユリウスは穴に手をかざした。
すると。
金色の光が浮かび上がる。
「これは……」
ミラが呟く。
「世界を繋ぐ力」
ユリウスが頷く。
「この石碑は、ミラの力でしか開けられない」
「私が……?」
「うん」
ミラは恐る恐る手を伸ばす。
指先が石碑に触れた瞬間。
――パァァァッ!
金色の光が広がった。
「きゃっ!」
石碑の表面に。
新しい文字が浮かび上がる。
――『六人目は、最も近くにいる』
「……え?」
リリアーナが周囲を見る。
森。
木々。
グラン。
ノア。
魔王。
レオン。
ミラ。
ユリウス。
「最も近くにいる……?」
レオンが首を傾げる。
「つまり、この中にいるってことか?」
「可能性は高い」
魔王が答える。
「誰だ?」
全員が顔を見合わせる。
沈黙。
そして。
「…………」
全員の視線が。
自然と一人へ集まった。
「え?」
リリアーナだった。
「ええ!?」
「いや」
レオンが真剣な顔で言う。
「最も近くにいるって書いてあるから」
「私ですか!?」
「だって、今一番近くにいるし」
「それは距離の話でしょう!?」
「違うと思う」
魔王が冷静に言った。
「石碑がリリアーナを指している可能性もある」
「魔王様まで!?」
「いや、私は君が六人目だと言っているわけではない」
「じゃあ何ですか!」
「可能性の一つだ」
「怖いですよ!」
ユリウスが笑う。
「いや」
「ユリウスさんまで……」
「リリアーナは違うよ」
「よかった……」
「君は五人の中心だったから」
「……」
ユリウスは続ける。
「六人目は、君の近くにいた」
「近く?」
「うん」
その瞬間。
リリアーナの頭の奥で。
何かが弾けた。
――小さな手。
――誰かの声。
『リリアーナ』
「……!」
頭を押さえる。
「どうしました!?」
魔王がすぐに近寄る。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい……ただ」
リリアーナは目を閉じる。
「今、誰かの声が……」
「誰の?」
「分かりません」
もう一度。
声が聞こえた。
『――僕を忘れないで』
「……!」
リリアーナが目を開く。
「男の子……?」
ユリウスの顔が変わった。
「…………」
「ユリウスさん?」
「今、何て言った?」
「『僕を忘れないで』って……」
ユリウスが。
ゆっくりと目を伏せる。
「そうか」
「何か知ってるんですか?」
「いや」
ユリウスは答える。
「たぶん、違う」
「何が?」
「その声は――僕じゃない」
全員が固まった。
「…………」
リリアーナの背筋を。
冷たいものが走る。
「じゃあ……誰?」
ユリウスは答えなかった。
代わりに。
ミラが呟く。
「……私、知ってる」
「え?」
「その声」
ミラは胸元を押さえた。
「私も聞いたことがある」
「いつ?」
「ずっと昔」
ミラの瞳が揺れる。
「私が泣いていた時」
「……」
「その子は、いつも言ってた」
ミラの声が震える。
「『大丈夫』って」
ユリウスが目を閉じる。
「……そうだったね」
「ユリウスさん?」
「僕も知ってる」
彼は小さく頷いた。
「その子は、僕たちの友達だった」
「六人目……?」
「うん」
しかし。
ユリウスはそこで言葉を止めた。
「でも」
「でも?」
「その子は――」
遠くで。
突然。
鐘の音が響いた。
――ゴォン。
――ゴォン。
――ゴォン。
森全体が震える。
「何だ!?」
レオンが剣を抜く。
魔王も魔力を展開する。
グランが唸る。
ノアがリリアーナを庇う。
そして。
空に巨大な文字が浮かんだ。
――『六人目は、すでに目覚めている』
「…………」
リリアーナは空を見上げる。
すると。
森の向こう。
木々の間から。
一人の少女が歩いてきた。
銀色の髪。
白い服。
そして。
手には、小さな花冠。
「……誰?」
レオンが構える。
少女は立ち止まった。
そして。
リリアーナを見る。
その瞬間。
少女の目から涙が落ちた。
「……やっと」
少女は震える声で言った。
「やっと、会えた」
「私に……?」
リリアーナが尋ねる。
少女は頷いた。
「うん」
そして。
懐かしい笑顔を浮かべる。
「――お姉ちゃん」
「…………え?」
リリアーナの時間が。
止まった。
魔王も。
レオンも。
ミラも。
ユリウスも。
誰一人、言葉を発しなかった。
少女は花冠を差し出す。
「約束したよね」
「…………」
「今度は――」
少女が微笑む。
「六人で帰ろうって」
その瞬間。
リリアーナの中で。
忘れていた記憶の扉が――
ほんの少しだけ。
開いた。




