第29話 五人目の友達
「――僕を殺したこと」
その言葉が。
静かな森に響いた。
「…………」
ミラは何も言わない。
ただ。
小さな身体を震わせている。
「ミラ?」
私は彼女の肩に手を置いた。
すると。
「触らないで!」
「……!」
ミラが初めて声を荒らげた。
「ミラさん……?」
「ごめんなさい……」
すぐに俯く。
「でも……怖い」
私は黙って彼女を見る。
目の前の青年は。
相変わらず笑っていた。
「無理もないよ」
「……あなたは誰?」
私が尋ねる。
「僕?」
青年は首を傾げる。
「昔は、君たちに『ユリウス』と呼ばれていた」
「ユリウス……」
知らない名前。
けれど。
なぜか。
胸の奥が痛んだ。
「私たちの友達だったんですか?」
「そうだよ」
ユリウスは笑った。
「君たち四人と、僕」
「…………」
「五人で、いつも一緒だった」
レオンさんが眉を寄せる。
「俺、覚えてない」
「当然だよ」
「なんで?」
「忘れさせられたから」
ユリウスは答えた。
「僕が死んだことも含めて」
「…………」
魔王様が一歩前へ出る。
「お前は死んだのか?」
「うん」
「では、なぜここにいる」
「それが問題なんだ」
ユリウスは自分の胸に手を当てる。
「僕は一度、死んだ」
「…………」
「でも、死ねなかった」
その言葉と同時に。
ユリウスの胸元から。
黒い亀裂のようなものが走った。
「……!」
魔王様が身構える。
「その力……」
「気づいた?」
ユリウスが笑う。
「これは君たちの力と同じものだよ」
「同じ……?」
「そう」
ユリウスが手を広げる。
白。
黒。
赤。
金。
そして。
それらを覆うような。
灰色の光。
「五つ目の力」
「……灰色?」
レオンさんが呟く。
「違う」
ユリウスが首を振る。
「これは力じゃない」
「では何だ」
魔王様が問う。
「力と力の間に生まれたもの」
「…………」
「君たち四人が揃った時」
ユリウスが笑う。
「僕が生まれた」
◇
「意味が分からない」
レオンさんが言った。
「俺も」
魔王様も同じ顔をしている。
私は考える。
「四つの力が揃ったから……ユリウスさんが生まれた?」
「少し違う」
ユリウスが答える。
「僕は最初からいた」
「?」
「君たち四人が生まれる前から」
ミラが顔を上げた。
「……嘘」
「本当だよ」
「じゃあ……」
「僕は、君のお母さんに作られた」
「…………!」
ミラが息を呑む。
「お母さんが……?」
「うん」
「何のために?」
「四つの力を繋ぐため」
ユリウスは静かに答える。
「僕は、四つの力を繋ぐ『器』だった」
「器……」
「聖女の力も」
白い光。
「魔王の力も」
黒い光。
「英雄の力も」
赤い光。
「そして、世界を繋ぐ力も」
金色の光。
「全部、僕を通すことで一つにできた」
「……それって」
私は不安になる。
「とても危険なんじゃ……」
「そうだよ」
ユリウスが笑う。
「だから僕は殺された」
「誰に?」
私が尋ねる。
ユリウスは。
ゆっくりと。
ミラを見る。
「…………」
ミラが青ざめる。
「私……?」
「うん」
「違う……」
「君だよ」
「違う!」
ミラが叫ぶ。
「私は、そんなことしてない!」
「覚えてないだけ」
「…………」
ミラの目から涙が落ちる。
「私が……」
小さな声。
「あなたを殺した……?」
ユリウスは答えない。
ただ。
優しく笑った。
「だから、僕は君たちを恨んでいないよ」
「…………」
「君たちは何も悪くない」
「じゃあ」
私は尋ねる。
「誰が、あなたを殺したんですか?」
ユリウスの表情が変わった。
「…………」
「大神官?」
「違う」
「じゃあ誰?」
ユリウスは空を見上げた。
「僕を殺したのは――」
一瞬。
灰色の光が強くなる。
「この世界そのものだよ」
「…………?」
◇
「分からない」
レオンさんが頭を抱える。
「俺もだ」
魔王様も珍しく困っている。
「つまり?」
「分からない」
「魔王も?」
「分からない」
「じゃあ二人とも役に立たないな」
「君もだろう」
「俺は最初から分からない!」
「威張るな」
こんな状況なのに。
思わず笑ってしまう。
「ふふっ……」
ユリウスが私を見る。
「やっぱり変わらないね」
「え?」
「君は昔から、こういう時に笑ってた」
「私が?」
「うん」
ユリウスは懐かしそうに笑う。
「僕が死んだ時も」
「…………」
「君は泣きながら笑おうとしてた」
「そんな……」
「そして言ったんだ」
ユリウスが。
幼い私の声を真似する。
『大丈夫だよ』
胸が締め付けられる。
『また会えるから』
「…………」
「だから僕は」
ユリウスが私を見る。
「ずっと待ってた」
「…………」
「君が約束を思い出すのを」
◇
その時。
森全体が揺れた。
「またか!」
レオンさんが剣を構える。
空が暗くなる。
木々の間から。
黒い霧が流れてくる。
「……大神官」
魔王様が呟く。
しかし。
現れたのは大神官ではなかった。
無数の黒い獣。
「グルルル……」
「囲まれた!」
レオンさんが叫ぶ。
グランも唸る。
「これは普通の魔物ではない!」
ノアが私の前に立つ。
「ノア!」
私は叫ぶ。
「戦わないで!」
「グルル……」
「大丈夫です」
私は一歩前へ出た。
「この子たちは操られています」
魔物たちの目。
赤く光っている。
私は手を伸ばす。
「怖くないですよ」
「グル……」
「大丈夫」
魔物が一匹。
ゆっくり近づいてくる。
「そう」
私は笑う。
「あなたたちは悪くない」
白い光が広がる。
――パァァァ……。
赤い光が。
少しずつ消えていく。
「……!」
魔物たちが次々と倒れる。
いや。
眠っているだけだ。
「やっぱり……」
私は呟く。
「この子たちも、誰かに利用されている」
すると。
「違うよ」
ユリウスが言った。
「利用されているんじゃない」
「え?」
「呼ばれているんだ」
「誰に?」
「この世界の奥にいるものに」
ユリウスが指差す。
森のさらに奥。
そこに。
巨大な黒い穴が開いていた。
「……何ですか、あれ」
「世界の傷」
「世界の……傷?」
「うん」
ユリウスが言う。
「昔、四つの力を無理やり一つにしようとして」
黒い穴が脈打つ。
「世界そのものに、穴が開いた」
「…………」
「その穴を閉じるために」
ユリウスが私たちを見る。
「僕は作られた」
そして。
「君たち四人も集められた」
「…………」
「でも」
ユリウスが目を伏せる。
「うまくいかなかった」
「どうして?」
「誰か一人が」
ユリウスの声が小さくなる。
「犠牲になる必要があったから」
「…………!」
私は息を呑む。
「そんな……」
「それを拒んだのが」
ユリウスが私を見る。
「君のお母さんだった」
「…………」
「だから」
ユリウスが悲しそうに笑う。
「大神官は、別の方法を探した」
魔王様の表情が険しくなる。
「それが、私たちの記憶を消すことか」
「そう」
「なぜ?」
「四人が成長すれば」
ユリウスは答えた。
「自分たちの意思で、世界を救えるかもしれないから」
「…………」
私は言葉を失った。
その時。
ユリウスの身体が。
突然、灰色の光に包まれた。
「……!」
「ユリウスさん?」
彼は苦しそうに胸を押さえる。
「時間がない」
「え?」
「僕の存在も」
灰色の亀裂が広がる。
「もう、長くは持たない」
「そんな……!」
私は駆け寄る。
「どうすれば助けられますか?」
「…………」
ユリウスは少し笑った。
「約束を思い出して」
「え?」
「四人で交わした約束」
ユリウスが。
私たち四人の手を重ねる。
「誰も犠牲にしない」
「…………」
「誰も一人にしない」
「…………」
「そして――」
その瞬間。
森の奥から。
巨大な音が響いた。
――ドンッ!
「……!」
黒い穴から。
何か巨大な腕が伸びてきた。
地面を掴む。
木々が倒れる。
「グオオオオオオオオッ!」
空気が震えた。
レオンさんが剣を握る。
「……これは」
魔王様が目を細める。
「魔物……なのか?」
ユリウスが静かに答えた。
「違う」
その顔から笑みが消える。
「――世界そのものだよ」
巨大な影が。
ゆっくりと姿を現した。
そして。
その胸元には。
四つの紋章が刻まれていた。




