第28話 扉の向こう側
――ゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が。
ゆっくりと開いていく。
「…………」
誰も動かなかった。
いや。
動けなかった。
扉の向こうから流れてくる風が、あまりにも不思議だったからだ。
冷たいわけでもない。
暖かいわけでもない。
ただ。
どこか懐かしい。
「……この感じ」
私は胸元に手を当てた。
「知ってる気がします」
「私もだ」
魔王様が答える。
「俺も」
レオンさんも頷いた。
そして。
ミラだけが。
「……帰ってきた」
そう呟いた。
「ミラさん?」
「ここ」
ミラが扉を見る。
「ずっと、ここに戻りたかった」
「…………」
私はミラの手を握った。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
「うん」
ミラが笑った。
◇
「待て」
大神官の声が響いた。
私たちが振り返る。
「何ですか?」
「その先へ進めば」
大神官は真剣な顔をしていた。
「もう、元の世界には戻れませんよ」
「……どういう意味ですか?」
「扉の向こうには」
一拍。
「あなたたちが忘れた『始まり』があります」
「始まり……」
「そうです」
大神官が目を細める。
「そして」
私を見る。
「そこで、あなたは自分自身の過去を知ることになる」
「…………」
「本当に知りたいですか?」
私は少しだけ迷った。
怖くないと言えば嘘になる。
自分が何を忘れているのか。
魔王様と何があったのか。
レオンさんと何を約束したのか。
ミラとは。
大神官とは。
全部。
「……知りたいです」
私は答えた。
「私は」
一歩、扉へ近づく。
「もう、誰かに決められたくありません」
魔王様が私を見る。
「自分が何者なのか」
私は金色の鍵を握る。
「自分で知りたいです」
レオンさんが笑った。
「俺も行く」
「私も」
魔王様が続く。
ミラも頷いた。
「私も」
四人。
もう一度。
並んで立つ。
大神官は何も言わなかった。
ただ。
静かに目を閉じた。
◇
扉をくぐった瞬間。
「……!」
視界が真っ白になった。
足元の感覚が消える。
身体が浮いたような感じ。
「リリアーナ!」
魔王様の声。
「大丈夫!」
私は叫ぶ。
「俺の手を掴め!」
レオンさんの声も聞こえる。
私は両手を伸ばした。
右手。
魔王様。
左手。
レオンさん。
その後ろで。
ミラが私の服を掴んでいる。
「離れないで!」
「うん!」
四人で手を繋ぐ。
その瞬間。
白い光が消えた。
「…………」
私は目を開ける。
「ここは……?」
そこは。
森だった。
けれど。
北の森とは違う。
空は薄紫。
木々は銀色。
空には巨大な月が浮かんでいる。
「……綺麗」
エミリアがいない。
グランも。
ノアも。
大神官も。
誰もいない。
「俺たちだけ?」
レオンさんが辺りを見る。
「そうみたいです」
「戻れるのか?」
「分かりません」
魔王様が空を見上げる。
「この場所は……」
「知っているんですか?」
「いや」
魔王様が首を振る。
「だが」
少しだけ目を細める。
「懐かしい」
私も。
同じだった。
◇
しばらく歩く。
森の中には。
誰もいない。
動物もいない。
風もない。
ただ。
遠くから。
水の音だけが聞こえる。
「川?」
レオンさんが走り出す。
「待ってください!」
「大丈夫!」
すぐに声がする。
「川がある!」
私たちも追いかける。
そこには。
透き通った川が流れていた。
「……!」
私は川面を見る。
水の中に。
何かが映っている。
「これ……」
幼い私。
幼い魔王様。
幼いレオンさん。
そして。
ミラ。
四人が川辺に座っている。
「映像……?」
「違う」
魔王様が言う。
「これは記憶だ」
四人の子供たちが。
笑っている。
『明日もここで遊ぼう!』
幼いレオンが言う。
『うん!』
幼い私。
『ミラも来てね』
『もちろん』
ミラが笑う。
幼い魔王様だけ。
少し離れて座っている。
『魔王くんも』
『……私は別に』
『来る?』
『…………』
『来るよね?』
『……行く』
私は思わず笑った。
「昔から魔王様は素直じゃなかったんですね」
「…………」
魔王様が顔を逸らす。
「そうだったらしいな」
「ふふっ」
レオンさんが笑う。
「今と同じじゃん」
「君は黙っていろ」
「やっぱり同じだ」
◇
映像が変わる。
四人が。
森の奥へ進んでいる。
その先に。
小さな家があった。
「……あれは?」
ミラが呟く。
「お母さんの家」
「ここが?」
「うん」
映像の中で。
一人の女性が四人を迎えている。
顔は。
やはり見えない。
けれど。
声だけは聞こえた。
『みんな、今日は大切なお話があります』
幼い四人が座る。
『この世界には、四つの力があります』
白。
黒。
赤。
金。
『聖なる力』
『魔の力』
『英雄の力』
『そして、世界を繋ぐ力』
女性は四人を見る。
『あなたたちは、その力を持って生まれました』
「……!」
私は息を呑む。
『でも、力は使い方を間違えれば、世界を壊します』
四人が黙る。
『だから、約束してください』
『四人で力を合わせること』
『誰か一人に力を集めないこと』
『そして――』
女性が微笑む。
『誰かを犠牲にして、世界を変えようとしないこと』
「…………」
私の胸が苦しくなった。
そして。
映像の中の大神官が現れた。
『そんな約束は必要ありません』
女性と大神官が向かい合う。
『世界は、力ある者が導くべきです』
『違います』
女性が答える。
『子供たちに世界を背負わせる必要はありません』
『しかし――』
『この子たちは』
女性が四人を見る。
『普通に生きる権利があります』
「…………」
私はその言葉を聞いて。
なぜか泣きそうになった。
◇
映像が途切れる。
「……お母さん」
ミラが呟いた。
「ずっと、これを忘れてた」
「私もです」
私は目を拭う。
「魔王様」
「ああ」
「レオンさん」
「うん」
三人を見る。
「私たち……」
その時。
森の奥から。
パチパチパチ。
拍手が聞こえた。
「……!」
誰かがいる。
暗闇から。
一人の青年が歩いてくる。
黒い髪。
白い服。
穏やかな笑顔。
「感動的ですね」
「誰だ!」
レオンさんが剣を抜く。
青年は笑う。
「そんなに警戒しなくてもいいですよ」
「お前は誰だ」
魔王様が問う。
青年は。
私を見る。
「僕は――」
そして。
昔の私が呼んでいた名前を。
口にした。
「あなたたちの、五人目の友達ですよ」
「…………」
「五人目?」
レオンさんが呟く。
ミラの顔から。
血の気が引いた。
「……嘘」
「ミラ?」
ミラが震えている。
「そんな……」
青年が笑う。
「久しぶりだね」
そして。
「ミラ」
ミラが後ずさった。
「あなたは……」
「覚えてない?」
青年の瞳が。
ゆっくり赤く光る。
「――僕を殺したこと」




