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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第27話 四人目の少女

 森が震えた。


 木々がざわめき。


 地面が小さく揺れる。


「……!」


 私は思わず後ずさった。


 魔王様がすぐに私の前へ出る。


「下がれ」


「はい」


 レオンさんも剣を構える。


「グラン!」


「分かっている!」


 グランが少女の前に立った。


 しかし。


「待って」


 少女が言った。


「…………」


 その声は小さかった。


 けれど。


 森の奥まで、はっきり響いた。


「この森は、私たちを傷つけない」


 少女が地面に手を触れる。


 すると。


 揺れていた地面が、静かになった。


「……すごい」


 エミリアが呟く。


「これも聖なる力なんでしょうか?」


「違う」


 魔王様が答える。


「聖女の力とは少し違う」


「じゃあ……」


 少女が立ち上がる。


 金色の瞳。


 不思議なほど穏やかな表情。


「私は聖女じゃないよ」


「では、あなたは?」


 私が尋ねる。


 少女は少し考えて。


「……名前」


「はい」


「私の名前は――」


 少女が笑う。


「ミラ」


「ミラさん」


「うん」


「ミラさんは、私たちのことを知っているんですよね?」


「知ってるよ」


「昔から?」


「うん」


 ミラは頷いた。


「ずっと昔から」


     ◇


 私たちは近くの開けた場所に移動した。


 グランが木の枝を集め。


 焚き火を作る。


 ノアはその隣で丸くなっている。


「……」


 ミラは火を見つめていた。


 私はその隣に座る。


「ミラさん」


「なに?」


「昔のことを教えてくれませんか?」


「昔?」


「私たち四人が、何をしていたのか」


 ミラは少しだけ困った顔をした。


「……全部は覚えてない」


「え?」


「私も忘れてる」


「あなたも?」


「うん」


 ミラは自分の胸元に手を当てる。


「大神官に消された」


「…………」


 その名前を聞いた瞬間。


 魔王様の表情が険しくなった。


「やはりか」


 ミラが頷く。


「でも、少しだけ残ってる」


「何が?」


「約束」


「約束……」


「うん」


 ミラは笑った。


「四人で、ここに戻ってくるって約束した」


「ここ?」


「この森」


 私は周囲を見渡した。


「どうして?」


「それは……」


 ミラが目を閉じる。


「大事なものを守るため」


「大事なもの?」


「うん」


「それは何ですか?」


「…………」


 ミラは答えなかった。


 代わりに。


「リリアーナ」


「はい?」


「あなたは覚えてない?」


「何を?」


「私と初めて会った時のこと」


「…………」


 私は目を閉じる。


 何も思い出せない。


 けれど。


 頭の奥が、少しだけ痛くなった。


「……ごめんなさい」


「そっか」


 ミラは寂しそうに笑う。


「でも、大丈夫」


「?」


「これから思い出すから」


     ◇


 その時。


「ちょっと待て」


 レオンさんが口を挟んだ。


「ミラ」


「なに?」


「俺たち四人ってことは」


「うん」


「俺と、リリアーナと、魔王と――」


「私」


「……そうだよな」


 レオンさんが頭を抱える。


「俺、子供の頃から魔王と一緒だったの?」


「うん」


「…………」


「仲良かったよ」


「嘘だろ」


「本当」


 ミラが笑う。


「三人とも、いつも一緒だった」


 魔王様が眉を寄せる。


「私はレオンと仲が良かったのか?」


「うん」


「……信じられない」


「俺も」


「おい」


「何だよ」


「君は昔からうるさかった」


「魔王も昔から偉そうだった」


「……」


「……」


 睨み合う二人。


 ミラが笑う。


「やっぱり変わらないね」


「「何が?」」


「二人とも」


 私は思わず笑った。


「ふふっ」


「リリアーナまで……」


 魔王様が少し困った顔をした。


     ◇


 しばらくして。


 ミラが立ち上がった。


「ついてきて」


「どこへ?」


「見せたいものがある」


 私たちは森の奥へ進んだ。


 グランも。


 ノアも。


 エミリアも一緒だった。


 やがて。


 大きな岩壁の前に着く。


「ここ」


 ミラが手をかざす。


 金色の光が広がる。


 ゴゴゴゴ……。


 岩壁が左右に開いた。


「洞窟……?」


「うん」


 中に入る。


 そこは。


 巨大な空間だった。


 壁一面に。


 古い絵が描かれている。


「……!」


 私は息を呑んだ。


 そこには。


 四人の子供が描かれていた。


 金色の髪の少女。


 黒い髪の少年。


 赤い髪の少年。


 そして。


 白い服の少女。


「これ……」


 私。


 魔王様。


 レオンさん。


 そして――


「ミラ……」


「うん」


 ミラが頷く。


「私たち」


 壁画には。


 四人が手を繋いでいる姿が描かれていた。


 その中央には。


 一つの巨大な扉。


「昨日の扉と同じ……」


 エミリアが呟く。


「でも」


 私は壁画をよく見る。


「この扉……」


「どうした?」


 魔王様が聞く。


「開いています」


「…………」


 確かに。


 昨日、空に現れた扉は閉じていた。


 けれど。


 壁画の中の扉は。


 大きく開かれている。


 その向こうには。


 光。


 そして。


 一人の女性。


「誰でしょう?」


 エミリアが尋ねる。


 女性の顔は描かれていない。


 ただ。


 四人の子供たちに向かって。


 手を伸ばしている。


「…………」


 ミラがその絵を見る。


「この人」


「知っているの?」


「うん」


「誰?」


 ミラは少し悲しそうに笑った。


「私たちのお母さん」


「…………」


 全員が固まった。


「お母さん?」


 レオンさんが聞き返す。


「四人のお母さん?」


「違うよ」


 ミラが首を振る。


「私のお母さん」


「…………」


 私は絵を見る。


「じゃあ、どうして私たちと一緒に?」


「お母さんが――」


 ミラの声が止まる。


「私たちを集めたから」


「集めた……?」


「うん」


 ミラは壁画を指差す。


「聖女の力」


 白い少女。


「魔王の力」


 黒い少年。


「英雄の力」


 赤い少年。


 そして。


「世界を繋ぐ力」


 金色の少女。


「四つの力を持つ子供を集めた」


「…………」


 魔王様が静かに尋ねる。


「何のために?」


「分からない」


「母親本人は?」


「もういない」


「……」


 その瞬間。


 洞窟の奥から。


 コツ。


 コツ。


 足音がした。


「……誰?」


 レオンさんが剣を抜く。


 暗闇から。


 一人の人影が現れる。


 黒いローブ。


「またお会いしましたね」


「大神官……!」


 魔王様が前に出る。


 だが。


 大神官は戦う気配を見せなかった。


「今日は、答えを一つだけ教えに来ました」


「何を!」


 私が尋ねる。


 大神官はミラを見る。


「その少女は」


「…………」


「あなたたち四人を集めた、最初の鍵です」


「最初の鍵……?」


「そして」


 大神官が私を見る。


「リリアーナ」


「はい」


「あなたは、彼女を守るために聖女になった」


「…………え?」


 頭の中で。


 何かが弾けた。


 幼い自分。


 泣いているミラ。


 手を伸ばす自分。


 そして――


『私が守る』


 そんな声が。


 確かに聞こえた。


「…………」


 私は胸を押さえる。


「私が……ミラを?」


「そう」


 大神官が頷く。


「あなたは昔から、誰かを守るために力を使っていた」


「…………」


「だから私は」


 大神官が目を細める。


「あなたから、その記憶を奪った」


「どうして!」


「あなたが、世界を変える力を持っていたからです」


「世界を変える……?」


「そう」


 大神官が笑う。


「そして、あなたたち四人が再び集まった」


 洞窟の壁画が。


 突然、光り始めた。


「……!」


「扉が……」


 壁画の中の扉が。


 ゆっくりと開いていく。


 その向こうから。


 暖かな風が吹いてきた。


 そして。


 どこからともなく。


 幼い少女の声が響いた。


『――おかえり』


 ミラが目を見開く。


「……お母さん?」


 次の瞬間。


 壁画の光が。


 私たち四人を包み込んだ。


 そして私は。


 ずっと忘れていた記憶を。


 一つだけ思い出した。


 幼い頃。


 四人で手を繋いでいた。


 私。


 魔王様。


 レオンさん。


 ミラ。


 そして。


 私たちの前には。


 一人の女性が立っていた。


 その女性は笑って言った。


『いつか、この世界が変わる時が来ます』


 そして。


『その時は、四人で一緒に――』


 記憶が途切れる。


「…………」


 私は目を開けた。


 目の前には三人。


 魔王様。


 レオンさん。


 ミラ。


 そして。


 私の手には。


 いつの間にか。


 小さな金色の鍵が握られていた。


 鍵には。


 一言だけ刻まれている。


『約束』


 私はそれを見つめる。


 すると。


 洞窟の奥で。


 ――カチッ。


 何かが開く音がした。


「……え?」


 その瞬間。


 地面が大きく揺れた。


 そして。


 壁の奥から。


 巨大な扉が現れた。


 今度は。


 閉じていない。


 少しずつ。


 こちらへ向かって。


 開き始めていた。

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