第26話 忘れていた約束
「――あの子が目覚めるまでは」
その言葉を最後に。
大神官の姿は闇の中へ消えた。
けれど。
その言葉だけは、いつまでも耳に残っていた。
◇
「……最後の一人?」
翌朝。
王城の会議室。
私たちは昨日の出来事について話し合っていた。
「はい」
私は頷く。
「大神官が、そう言っていました」
「『あの子が目覚めるまで』ってやつだな」
レオンさんが腕を組む。
「誰のことだろう?」
「分からない」
魔王様が答える。
「ただ、昨日の扉にあった金色の紋章」
「はい」
「そして、私たち三人が幼い頃に交わした約束」
魔王様が机の上に紙を置く。
そこには。
『三人で、またここに来よう』
という幼い字。
「ここって、どこなんでしょう?」
私は尋ねる。
「それが分からない」
魔王様は首を振る。
「だが」
「はい」
「北の森に、何か手がかりがあるかもしれない」
「北の森……」
私は思い出す。
大神官。
幼い私。
幼い魔王様。
幼いレオンさん。
そして。
グラン。
ノア。
あの森には、まだ秘密が残っている。
「行ってみましょう」
「そうだな」
魔王様が頷く。
「俺も行く」
レオンさんも手を挙げる。
「もちろんエミリアも――」
レオンさんが振り返る。
「……あれ?」
「どうしました?」
「エミリアは?」
「…………」
全員が部屋を見回す。
いない。
「まさか」
私は立ち上がる。
「エミリアさん!」
◇
王城の庭。
「いた!」
エミリアは噴水の前に座っていた。
ぼんやりと水面を見つめている。
「エミリアさん」
「あ……」
私に気づくと、エミリアが笑った。
「おはようございます」
「おはようございます」
私は隣に座る。
「どうしたんですか?」
「……昨日のことを考えていました」
「扉のこと?」
「はい」
エミリアは水面を見る。
「私、聖女になったばかりなのに……」
「はい」
「いきなり空に巨大な扉が出てきて」
「はい」
「空に浮かんで」
「はい」
「引っ張られて」
「……大変でしたね」
「はい……」
エミリアが肩を落とす。
「正直、もう聖女を辞めたいです」
「えっ」
私は驚いた。
エミリアが私を見る。
「冗談です」
「…………」
「半分くらい」
「半分なんですね」
「はい」
二人で笑う。
しばらくして。
エミリアがぽつりと言った。
「でも……」
「はい?」
「昨日、扉の声を聞いた時」
エミリアが胸元を押さえる。
「少しだけ、懐かしかったんです」
「懐かしい?」
「はい」
「何か思い出したんですか?」
「それが……」
エミリアは首を振る。
「思い出せないんです」
「…………」
「でも、知っている気がする」
その言葉を聞いた瞬間。
私は、なぜか嫌な予感がした。
◇
北の森へ向かう準備をしていると。
「俺も行く!」
元気な声。
レオンさんだった。
「もちろんです」
「それと!」
レオンさんが大きな袋を持っている。
「これ!」
「……何ですか?」
「食料!」
「多すぎません?」
「森だからな!」
「一週間分くらいありますよ」
「念のため!」
「日帰りですよ?」
「…………」
「…………」
「じゃあ半分置いていく」
「最初からそうしてください」
魔王様が呆れた顔をしている。
「君は本当に食べ物のことしか考えていないな」
「腹が減っては調査できない!」
「それはそうだが……」
魔王様がため息をつく。
そこへ。
「私も行きます」
エミリアがやってきた。
「エミリアさんも?」
「はい」
「でも危険かもしれませんよ?」
「だからこそです」
エミリアは胸元の聖女の証を見る。
「私も、自分の力について知りたいです」
「…………」
私は頷いた。
「分かりました」
「ありがとうございます!」
◇
北の森。
「リリアーナ!」
森に入った瞬間。
大きな声が響いた。
「グラン!」
巨大な狼のような姿。
森の守護者グランが走ってくる。
「久しいな!」
「この前会ったばかりですよ?」
「私にとっては長い!」
「そうなんですか?」
グランが私の後ろを見る。
「……人間が多いな」
「今回は調査なんです」
「なるほど」
グランの目が魔王様に向く。
「魔王」
「グラン」
続いてレオンさん。
「英雄」
「グラン!」
「……元気だな」
「元気が取り柄だから!」
「そうか」
そして。
エミリアを見る。
「…………」
グランが固まった。
「どうしました?」
「その娘……」
「はい?」
「聖女か?」
「はい!」
エミリアが答える。
「エミリアと申します」
グランがじっと見つめる。
「……そうか」
そして。
なぜか少し嬉しそうに笑った。
「新しい聖女か」
「はい」
「ならば、歓迎しよう」
「ありがとうございます!」
エミリアが頭を下げる。
その時。
森の奥から。
「リリアーナー!」
巨大な影が飛び出してきた。
「ノア!」
私が両手を広げる。
巨大な魔物――ノアが私に飛びつく。
「わっ!」
そのまま抱き上げられる。
「重いです!」
「グルル!」
「嬉しいんですか?」
「グルル!」
尻尾がものすごい勢いで揺れている。
「……羨ましい」
レオンさんが呟く。
「何が?」
「ノア」
「?」
「俺もあれくらい抱きつきたい」
「レオン」
魔王様の声が低くなる。
「何だよ」
「君は何を言っている」
「事実だろ?」
「…………」
グランがため息をついた。
「相変わらず騒がしいな」
◇
森の奥。
私たちは、古い石碑の前にたどり着いた。
「ここだ」
グランが言う。
「何か知っているんですか?」
「昔から、この場所には人が近づかなかった」
「なぜ?」
「理由は分からん」
石碑には。
見覚えのある紋章が刻まれていた。
「……これ」
魔王様が近づく。
「昨日の扉と同じだ」
白。
黒。
赤。
そして金。
「四つある」
エミリアが呟く。
「でも……」
私は石碑に触れる。
「この金色だけ、違います」
「どう違う?」
レオンさんが聞く。
「分かりません」
指先から。
温かい光が広がる。
すると。
石碑の文字が浮かび上がった。
『約束を果たす者よ』
「……!」
全員が息を呑む。
『四人目の鍵を探せ』
「四人目……」
エミリアが呟く。
「やっぱり、四人いるんですね」
次の文字が浮かぶ。
『一人は聖女』
白い紋章が光る。
『一人は魔王』
黒い紋章。
『一人は英雄』
赤い紋章。
そして最後。
『一人は――』
金色の紋章が輝いた。
しかし。
その先の文字だけが。
黒く塗り潰されている。
「…………」
「読めない」
レオンさんが石碑を叩く。
「おい!」
「レオンさん、壊さないでください!」
「分かってるって!」
その時。
グランが突然、唸った。
「……静かに」
「グラン?」
「何かいる」
森の奥。
木々の間から。
小さな足音が聞こえた。
トコ。
トコ。
トコ。
そして。
一人の少女が姿を現した。
「…………」
年齢は。
私たちより少し幼いくらい。
長い金色の髪。
白いワンピース。
そして。
額には。
金色に輝く、小さな紋章。
「…………誰?」
レオンさんが呟く。
少女は何も答えない。
ただ。
私を見る。
そして。
ゆっくりと笑った。
「……リリアーナ」
「え?」
「やっと会えた」
胸が大きく跳ねた。
「私を……知っているんですか?」
少女は頷く。
「うん」
「あなたは誰?」
「…………」
少女は魔王様を見る。
次にレオンさんを見る。
そして。
小さな声で言った。
「私も」
「…………」
「三人と約束したから」
その瞬間。
石碑の金色の紋章が。
強く輝いた。
「……まさか」
魔王様が呟く。
少女は笑う。
「四人目だよ」
私は息を呑んだ。
「あなたが……」
少女は。
静かに答えた。
「うん」
「私が――」
そして。
少女の目が金色に輝いた。
「最後の鍵」
その瞬間。
森全体が。
大きく震えた。




