第21話 聖女と魔王と勇者、共闘します
「来ます!」
私が叫んだ瞬間。
森の奥から大量の魔物が飛び出してきた。
「グオオオオオッ!」
「ギャアッ!」
「ガアアアッ!」
数が多い。
しかも、普通の魔物ではない。
黒い霧をまとっている。
「これは……」
魔王様が目を細める。
「魔力を無理やり増幅させられている」
「つまり?」
レオンさんが聞く。
「かなり怒っているということだ」
「なるほど!」
「理解しているのか?」
「全然!」
「…………」
魔王様がため息をつく。
「でも――」
レオンさんが剣を構える。
「怒ってるなら、止めればいい!」
「その通りです!」
私も杖を握る。
「行きましょう!」
「「おう!」」
◇
レオンさんが最初に飛び出した。
「せやっ!」
剣を振る。
一体。
二体。
三体。
次々と魔物を吹き飛ばしていく。
「すごい……」
私が呟く。
「当然だ!」
レオンさんが振り返る。
「勇者だからな!」
「後ろ!」
「え?」
魔物がレオンさんの背後に迫る。
しかし。
「――動くな」
魔王様の魔力が爆発した。
黒い炎が魔物を包み込む。
「うわっ!」
「大丈夫か?」
「助かった!」
「前だけ見ていろ」
「分かった!」
二人が背中合わせになる。
「……なんだか」
私は思わず笑ってしまった。
「息がぴったりですね」
「「そうか?」」
二人が同時に振り向く。
「やっぱり息ぴったりです」
「…………」
「…………」
二人とも少し気まずそうにする。
◇
「私も!」
杖を掲げる。
「――光よ!」
光の魔法が広がる。
魔物たちの黒い霧が少しずつ消えていく。
「グル……」
「大丈夫ですよ」
私は魔物に語りかける。
「あなたたちは悪くありません」
「グル……」
「操られているだけでしょう?」
魔物たちの動きが止まった。
「……!」
魔王様が驚く。
「魔力を解除しているのか?」
「はい」
「攻撃するのではなく、浄化している……」
レオンさんも目を丸くする。
「昔からそうだったんだな」
「何がですか?」
「魔物を倒さずに助けようとするところ」
「……そうですね」
私は微笑んだ。
「できるなら、その方がいいですから」
◇
やがて。
最後の魔物の黒い霧が消えた。
「…………」
森が静かになる。
魔物たちは怯えたようにこちらを見る。
私はゆっくり近づいた。
「もう大丈夫ですよ」
魔物の一匹が。
私の手に鼻を近づける。
「グル……」
「ふふ」
頭を撫でる。
「森へ帰ってください」
魔物は頷くように頭を下げた。
そして、一匹ずつ森の奥へ消えていった。
「…………」
レオンさんが感心したように言う。
「すごいな」
「何がですか?」
「魔物と普通に会話してる」
「そんなに珍しいですか?」
「珍しいよ!」
レオンさんが即答する。
「俺なんて、魔物を見つけたら斬ることしか考えたことなかった」
「勇者として、それはどうなんでしょう……」
「……確かに」
レオンさんが真剣に悩み始めた。
魔王様が小さく笑う。
「少しは考えるようになったな」
「魔王に言われたくない」
「何だと?」
「ほら、また始まった」
私は苦笑した。
◇
しかし。
「――楽しそうだね」
森の奥から声が響いた。
黒ローブの人物。
まだそこにいる。
「…………」
魔王様が私の前に立つ。
「貴様の目的は何だ」
「目的?」
黒ローブが笑う。
「簡単なことだよ」
「…………」
「この世界にある、三つの力を一つにする」
黒ローブが指を三本立てる。
「聖女の光」
「魔王の闇」
「そして勇者の魂」
レオンさんの顔が険しくなる。
「俺の魂?」
「そう」
「何に使う?」
「世界を変えるために」
魔王様が冷たく言う。
「くだらない」
「そうかな?」
黒ローブが笑う。
「では、君たちに見せよう」
その瞬間。
黒ローブの背後に巨大な映像が浮かび上がった。
「……!」
そこに映っていたのは――
昔の王都。
まだ私が聖女だった頃。
「これ……」
私は息を呑む。
「リリアーナ?」
レオンさんが私を見る。
「私……」
映像の中に、幼い私がいた。
そして。
その隣には――
「…………」
魔王様が目を見開く。
「これは……」
映像の中には。
今よりずっと若い魔王様の姿があった。
「え?」
私は驚く。
「魔王様……?」
「…………」
魔王様は何も言わない。
映像の中の私は。
小さな魔王と向かい合っていた。
そして。
『約束ですよ』
幼い私が言う。
『いつか、また会いましょう』
「…………」
魔王様の表情が変わる。
「私は……」
低い声。
「この時のことを覚えている」
「え?」
私は魔王様を見る。
「リリアーナ」
「はい?」
「君も……覚えていないのか?」
「…………」
私は映像を見る。
確かに。
記憶の奥に何かがある。
でも。
思い出せない。
「どうして……」
その時。
黒ローブが笑った。
「そうだよ」
「…………」
「君たちは昔から繋がっていた」
魔王様が鋭く睨む。
「何者だ」
「その答えは――」
黒ローブがフードを外す。
現れた顔を見て。
私は息を呑んだ。
「…………!」
「知っているでしょう?」
そこにいたのは。
かつて王都で。
私が聖女だった頃に、いつも私のそばにいた人物。
「――大神官様……?」
かつて私に「聖女として生きなさい」と教えた男。
そして。
私が聖女を辞めることを、最後まで認めなかった男だった。
「久しぶりだね、リリアーナ」
「…………」
大神官は微笑む。
「いや――」
「もう一度、聖女に戻る気はないかい?」
その言葉に。
魔王様の魔力が一気に膨れ上がった。
「……断る」
「魔王様……」
「彼女はもう聖女ではない」
魔王様が私の前に立つ。
「そして――」
静かな声。
「彼女が何者になるかは、彼女自身が決めることだ」
レオンさんも剣を構える。
「そうだな」
大神官が笑う。
「なるほど」
「…………」
「随分と大切にされているようだ」
そして。
大神官は最後に一言だけ告げた。
「ならば――」
「次は、君自身に決めてもらおう」
黒い魔法陣が開く。
「リリアーナ」
「…………」
「聖女に戻るのか」
「それとも――」
大神官の姿が消えていく。
「魔王の側に残るのか」
そして。
「勇者と共に生きるのか」
「…………!」
魔法陣が消えた。
森に静寂が戻る。
「…………」
私は動けなかった。
「リリアーナ」
魔王様が私を見る。
「…………」
レオンさんも何も言わない。
二人とも。
私の答えを待っている。
でも。
私は――
「……分かりません」
正直に答えた。
「今は、何も分かりません」
魔王様は黙っていた。
レオンさんも黙っていた。
そして。
「それでいい」
魔王様が言った。
「え?」
「今すぐ決める必要はない」
レオンさんも頷く。
「うん」
「…………」
「リリアーナが決めるまで、待つよ」
その言葉に。
私は胸が熱くなった。
そして――
少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
魔王様とレオンさん。
二人が並んでいる。
その姿を見ながら。
私は思った。
私はもう。
一人で答えを出さなくてもいいのかもしれない。
――しかし。
王都へ戻ったその夜。
さらに大きな問題が起きることになる。
「リリアーナ様!」
王城から使者が駆けてきた。
「大変です!」
「どうしました?」
「王都に――」
使者は息を切らしながら言った。
「聖女を名乗る少女が現れました!」
「…………え?」
私の目が大きく見開かれた。
聖女は――
もう、私ではない。
なのに。
新しい聖女が現れた。




