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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第20話 聖女が封印した魔物、再び現る

「――ようやく見つけた」


 その声を聞いた瞬間。


 私は動けなくなった。


「…………」


 魔法陣の中央。


 黒い霧が渦巻いている。


 その奥から、ゆっくりと姿を現したのは――


 巨大な魔物だった。


 四本の腕。


 漆黒の角。


 赤い瞳。


 全身から溢れ出す、不気味な魔力。


「……嘘」


 私は小さく呟いた。


「どうした?」


 魔王様が私を見る。


「あれを……知っているのか?」


「はい……」


 私は震える手を握りしめる。


「昔、私が封印した魔物です」


「…………」


 レオンさんが剣を構える。


「じゃあ、倒せばいい?」


「待ってください!」


 私は慌てて止めた。


「まだ……話ができます」


 魔物が笑う。


「変わらないな」


「……あなたは」


「覚えているか?」


「はい」


 少しずつ記憶が蘇ってくる。


 あの日。


 私は一人で森に入り。


 暴れていたこの魔物と戦った。


 村を守るため。


 そして最後に――


 殺すことができなかった。


「あなたを封印したはずです」


「そうだ」


「どうして……」


「封印が弱くなった」


 魔物は自分の胸を押さえる。


「そして、お前の力を感じた」


「私の?」


「そうだ」


 魔王様が前に出る。


「なぜリリアーナを狙う?」


「狙う?」


 魔物が笑った。


「違う」


「何?」


「私は――」


 魔物は私を見る。


「会いたかっただけだ」


「…………」


 私は目を丸くした。


「え?」


「お前に礼を言いたかった」


「礼……?」


「あの時、お前は私を殺さなかった」


 魔物が静かに言う。


「お前は私を封印した」


「…………」


「だが、最後まで私を憎まなかった」


 私は思い出した。


 封印する直前。


 私は確かに言った。


『いつか、話ができる日が来るといいですね』


「…………」


 私は呟く。


「まさか……」


「その言葉をずっと覚えていた」


 魔物が笑う。


「だから、会いに来た」


     ◇


「……なんだ」


 レオンさんが剣を下ろした。


「いい奴じゃん」


「お前は判断が早すぎる」


 魔王様が呆れる。


「でも、リリアーナに感謝してるんだろ?」


「そうらしいな」


「じゃあ仲間じゃん」


「…………」


 魔王様が頭を抱えた。


「魔物を仲間にするな」


「だっていい奴そうだし」


「簡単すぎる……」


 私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ」


「リリアーナ?」


「すみません」


「何がおかしい?」


「二人とも、いつも通りだなと思って」


「…………」


「…………」


 二人が同時に黙る。


 グランが横で呟いた。


「……この三人は、いつもこうなのか?」


「はい」


「なるほど」


 グランは妙に納得した顔をした。


     ◇


「それで」


 私は魔物に向き直る。


「あなたの名前は?」


「…………」


「名前?」


「封印される前は、名など必要なかった」


「そうなんですか?」


「ああ」


「じゃあ、名前をつけましょう!」


「…………」


 魔物が固まった。


「今、何と?」


「名前です」


「私に?」


「はい」


 レオンさんが手を挙げる。


「じゃあ俺が考える!」


「待て」


 魔王様が止めた。


「お前に任せるのは危険だ」


「なんで?」


「絶対に食べ物の名前にする」


「…………」


「……しないよ?」


「今の間は何だ」


 私は笑う。


「じゃあ、私が考えてもいいですか?」


「もちろんだ」


 魔物が答える。


 私は少し考える。


「……ノア」


「ノア?」


「はい」


 魔物がその名前を繰り返す。


「……悪くない」


「気に入りました?」


「ああ」


「では、今日からあなたはノアです」


「分かった」


 こうして。


 巨大な封印魔物に、名前がついた。


 ノア。


     ◇


 しかし。


「待て」


 魔王様が魔法陣を見る。


「まだ問題がある」


「え?」


「この魔法陣はノアを呼び戻すためだけに使われたものではない」


 魔王様が魔法陣を調べる。


「複数の魔力が混ざっている」


「どういうことですか?」


「誰かが意図的に、この場所へ魔力を集めていた」


 グランが唸る。


「だから森の魔物たちが追い出されたのか」


「ああ」


 レオンさんが周囲を見る。


「じゃあ、誰かがノアを呼び出した?」


「その可能性が高い」


 私は不安になる。


「でも……誰が?」


 その時。


「――私だよ」


「!」


 森の奥から声がした。


 全員が振り向く。


 木々の間から、一人の人影が現れた。


 黒いローブ。


 顔はフードで隠れている。


「……誰ですか?」


 私が尋ねる。


「久しぶりだね」


 その人物が笑った。


「元聖女リリアーナ」


 魔王様が私の前に立つ。


「何者だ」


「君たちが知る必要はない」


 レオンさんが剣を抜く。


「じゃあ、名前だけ教えてよ」


「勇者……」


 黒ローブの人物がレオンを見る。


「君にも用がある」


「俺に?」


「ああ」


 そして。


 魔王様を見る。


「もちろん、魔王にも」


「…………」


 三人を順番に見つめる。


「聖女」


「魔王」


「勇者」


 その声には、不気味な笑みが混じっていた。


「三つの力が揃った」


「何をするつもりですか?」


 私が聞く。


 黒ローブの人物が手を広げる。


「世界を変えるのさ」


「…………」


「君たち三人を使ってね」


 その瞬間。


 魔法陣が再び光った。


「リリアーナ!」


 魔王様が私の手を掴む。


「離れるな!」


「はい!」


 レオンさんも剣を構える。


「魔王!」


「分かっている!」


「俺たち、こういう時だけ息合うよな!」


「今はそんなことを言っている場合か!」


 私は思わず笑いそうになった。


 こんな状況なのに。


 二人のやり取りはいつも通りだ。


 けれど。


 次の瞬間。


 黒ローブの人物が指を鳴らした。


 魔法陣から無数の魔物が飛び出してくる。


「来ます!」


「任せろ!」


 レオンさんが駆け出す。


 魔王様が魔力を解放する。


 グランが吠える。


「森を荒らす者よ――!」


 そして。


 ノアも立ち上がった。


「私も戦おう」


「ノア……!」


「お前が守ってくれた命だ」


 巨大な身体が、私たちの前に立つ。


「今度は私が守る」


「…………」


 私は胸が熱くなった。


「ありがとうございます」


 そして私は杖を握る。


「みんな、一緒に行きましょう!」


「おう!」


「任せろ」


「もちろんだ」


「…………」


 五人の視線が交わる。


 魔王。


 勇者。


 元聖女。


 守護獣。


 そして――


 謎の黒ローブ。


 王都から始まった小さな事件は。


 いつの間にか。


 世界を揺るがす事件へと変わろうとしていた。


 ――ただし。


「リリアーナ」


「はい?」


「戦いが終わったら」


 魔王様が真剣な顔で言う。


「一緒に菓子を食べないか?」


「いいですね!」


「俺も!」


「お前は来るな」


「なんで!?」


 こんな状況でも。


 魔王と勇者の張り合いだけは、いつも通りだった。

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