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聖女を辞めたので、今日から魔王城で働きます  作者: ななほし


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第19話 喋る魔物と、聖女の秘密

「――久しぶりだな」


 低い声が、森の中に響いた。


「元聖女」


「…………」


 私は言葉を失った。


 目の前にいるのは――


 巨大な魔物。


 黒い毛並み。


 鋭い爪。


 そして、赤く光る瞳。


 普通の魔物ではない。


「お前……」


 魔王様が前に出る。


「リリアーナを知っているのか?」


 魔物は魔王様を見る。


「……魔王か」


「そうだ」


「なるほど」


 魔物はゆっくりと頷いた。


「では、あの娘は今、お前のところにいるのか」


「…………」


 魔王様の眉が動く。


「あの娘?」


 レオンさんが私を見る。


「リリアーナ、知り合い?」


「分かりません……」


 私は首を振る。


「でも……」


 胸の奥がざわざわする。


「昔、会ったことがある気がします」


 魔物が笑った。


「覚えていないか」


「すみません……」


「謝る必要はない」


 魔物は静かに言った。


「お前が悪いわけではない」


「…………」


 私は魔物を見る。


「あなたは……誰なんですか?」


「我が名はグラン」


 魔物は胸を張った。


「北の森を守る者だ」


「森を守る?」


「そうだ」


 村人たちがざわめく。


「森の守護獣……?」


「まさか……」


 村長が震える。


「昔から森に住んでいるという……」


「その通りだ」


 グランが答えた。


「そして――」


 グランは私を見る。


「昔、この森に来た聖女を知っている」


「……私?」


「そうだ」


     ◇


 グランの話によると。


 数年前。


 まだ私が聖女だった頃。


 私はこの北の森を訪れたことがあるらしい。


「覚えていないでしょう」


 グランが言う。


「あなたは多くの場所を訪れていた」


「はい……」


 確かに。


 聖女だった頃は、王都だけではなく各地を回っていた。


「当時、この森では人間と魔物の争いが続いていた」


「…………」


「人間は魔物を恐れ、魔物も人間を恐れていた」


 私は黙って聞く。


「だが、お前だけは違った」


「私が?」


「お前は魔物を殺さなかった」


 グランが笑う。


「話をした」


「…………」


「お前は言った」


 グランは少しだけ声を真似る。


「『怖いなら、怖いって言っていいんですよ』と」


「…………!」


 私は目を見開いた。


 その言葉。


 なんとなく覚えている。


 昔。


 森の中で怯えていた小さな魔物に、同じことを言った。


「もしかして……」


「そうだ」


 グランは頷いた。


「私はあの時、お前に救われた」


「…………」


 胸が温かくなる。


「そんな……」


「お前は忘れていても構わない」


 グランが笑う。


「私は忘れていない」


     ◇


「ところで」


 レオンさんが手を挙げた。


「質問いい?」


「何だ、人間」


「リリアーナって昔からこうだったの?」


「こう?」


「魔物にパンあげたり」


「…………」


 グランが考える。


「昔からだ」


「やっぱり!」


「子供の魔物を見つけては世話をしていた」


「へえ……」


 レオンさんが嬉しそうに笑う。


「リリアーナらしいな」


 魔王様も小さく頷く。


「確かに」


「魔王様まで……」


 私は少し恥ずかしくなった。


「そんなに変ですか?」


「変ではない」


 魔王様が答える。


「君らしい」


「…………」


 その言葉が妙に嬉しかった。


     ◇


「しかし」


 グランの表情が変わる。


「問題は別にある」


「問題?」


「最近、この森に妙な魔力が流れ込んでいる」


 魔王様が反応する。


「やはりそうか」


「魔王も感じていたか」


「ああ」


「この魔力によって、魔物たちが森から追い出されている」


 グランが続ける。


「だから村へ出てきた」


「なるほど……」


 私は納得した。


「じゃあ、村を襲っていたわけじゃなくて……」


「逃げてきただけだ」


 グランが頷く。


「だが」


 その声が低くなる。


「原因は森の奥にある」


「…………」


「何があるんですか?」


「分からない」


 グランが答える。


「だが、あれは自然に生まれた魔力ではない」


 魔王様が立ち上がった。


「誰かが意図的に魔力を流している?」


「可能性は高い」


 レオンさんが剣を握る。


「じゃあ、調べに行こう」


「待て」


 魔王様が止める。


「危険だ」


「でも――」


「私が先に行く」


「魔王だから?」


「魔王だからだ」


「じゃあ俺も行く」


「お前は――」


「勇者だから」


「…………」


 魔王様が黙った。


 私は思わず笑ってしまう。


「二人とも、理由がそれなんですね」


「当然だ」


「うん!」


     ◇


 その夜。


 私たちはグランの案内で森へ入った。


「この先だ」


 グランが言う。


 森の奥へ進むほど、空気が重くなる。


「……魔力が濃くなってきました」


 私は呟く。


「ああ」


 魔王様が答える。


「気をつけろ」


 レオンさんも周囲を警戒している。


 しばらく歩く。


 すると。


「……あれ?」


 木々の間から、青白い光が見えた。


「何でしょう?」


 近づいてみる。


 そこには――


 地面に刻まれた巨大な魔法陣があった。


「これは……」


 魔王様の表情が険しくなる。


「召喚魔法だ」


「召喚?」


「しかもかなり古い形式だ」


 グランが唸る。


「誰がこんなものを……」


 魔法陣の中央には。


 一つの黒い石が置かれていた。


 レオンさんが近づく。


「これ、壊せばいい?」


「待ってください!」


 私が止める。


「何か書いてあります」


 石の表面。


 そこには古代文字が刻まれていた。


「読めるか?」


 魔王様が尋ねる。


「少しだけ……」


 私は文字を追う。


 そして。


「……『聖女の力を呼び水とし』」


「…………」


「『魔王の力を器として』」


「…………」


 魔王様の顔が変わる。


「そして――」


 最後の一文。


「『勇者の魂を鍵とする』」


「…………」


 誰も喋らなくなった。


 私は三人を見回す。


 聖女。


 魔王。


 勇者。


 ここにいる三人。


「……これって」


 レオンさんが呟く。


「俺たちのことじゃない?」


「その可能性が高い」


 魔王様が答える。


 その瞬間。


 魔法陣が突然、光り始めた。


「――っ!」


 地面が揺れる。


「離れろ!」


 魔王様が叫ぶ。


 私はバランスを崩した。


「きゃっ!」


 その身体を――


「リリアーナ!」


 魔王様が抱き止める。


「大丈夫か!」


「は、はい……」


 顔が近い。


「…………」


「…………」


 二人とも固まる。


「リリアーナ!」


 レオンさんの声が響く。


「こっち!」


 次の瞬間。


 魔法陣の中央から――


 巨大な黒い腕が伸びてきた。


「グオオオオオオオオッ!」


 森中に咆哮が響き渡る。


 グランが叫ぶ。


「これは……!」


「召喚される!」


 魔王様が魔力を解放する。


 レオンさんも剣を抜く。


 そして私は――


 目の前の魔法陣を見つめた。


 なぜだろう。


 この魔法陣を見ていると。


 とても嫌な記憶が――


 蘇りそうだった。


 そして。


 黒い腕の向こうから。


 聞き覚えのある声がした。


「――ようやく見つけた」


 私は息を呑んだ。


 その声を。


 私は知っている。


「……嘘」


 そして魔法陣の奥から現れたのは――


 かつて私が、聖女だった頃に封印したはずの存在だった。

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