第18話 北の村と、お腹を空かせた魔物
翌朝。
私たちは王都を出発した。
目的地は、北にある小さな村。
魔物の出現が相次いでいるという場所だ。
「忘れ物はないか?」
魔王様が確認する。
「大丈夫です」
「食料は?」
レオンさんが確認する。
「あります」
「お菓子は?」
「あります」
「よし!」
「そこが一番大事なんですね……」
私は苦笑した。
「もちろん!」
レオンさんは胸を張る。
「旅は食事が大事だから!」
「確かに、それはそうですね」
「だろ?」
その隣で魔王様が小さく笑う。
「君たちは妙に気が合うな」
「魔王様も一緒に食べましょうね」
「……ああ」
魔王様が嬉しそうに頷いた。
◇
昼過ぎ。
私たちは北の村へ到着した。
「こんにちは!」
村の入口で声をかける。
すると――
「ひっ……!」
村人たちが一斉にこちらを見る。
「魔王だ……!」
「勇者もいるぞ!」
「終わった……!」
「待ってください!」
私は慌てて手を振った。
「私たちは敵ではありません!」
「…………」
村人たちは恐る恐るこちらを見る。
魔王様が小声で言った。
「……私は怖がられているな」
「少しだけ」
「そうか……」
しょんぼりする魔王様。
「魔王様は優しいですから大丈夫ですよ」
「……本当か?」
「はい」
すると魔王様の表情が少し明るくなる。
「ならいい」
「……」
レオンさんがそれを見ていた。
「魔王、分かりやすいな」
「何がだ」
「何でもない」
◇
村長の家。
「実は三日前からなんです」
村長が説明する。
「夜になると森から魔物が出てきます」
「村を襲うんですか?」
「いえ」
「え?」
「畑を荒らすわけでも、家を壊すわけでもありません」
村長は首を傾げる。
「ただ、村の広場に現れて……」
「何をするんですか?」
「しばらくすると消えるんです」
「…………」
私たちは顔を見合わせた。
「それは確かに変ですね」
魔王様が頷く。
「魔物なら何か目的があるはずだ」
「ですよね」
レオンさんが腕を組む。
「俺が捕まえて聞いてみる?」
「駄目です」
「なんで?」
「怖がらせてしまうでしょう?」
「……そっか」
レオンさんが素直に引き下がる。
「では、今夜まで待ちましょう」
「お願いします」
◇
夜。
村の広場。
私たちは物陰に隠れていた。
「…………」
「…………」
「…………」
静かだ。
虫の声だけが聞こえる。
「まだかな」
レオンさんが小声で言う。
「静かに」
魔王様が注意する。
「でも暇だよ」
「我慢しろ」
「…………」
「…………」
私は二人を見て苦笑する。
「二人とも、子供みたいですね」
「「…………」」
「すみません」
その時。
ガサッ。
森の方から音がした。
「!」
魔王様が立ち上がる。
「来るぞ」
森から何かが出てきた。
大きな影。
四本の足。
鋭い爪。
「グルル……」
「魔物です!」
レオンさんが剣に手をかける。
「待ってください」
私は止めた。
「様子を見ましょう」
魔物は広場の中央まで歩いてくる。
そして。
「…………」
地面を見ている。
「?」
魔物が鼻を動かす。
クンクン。
クンクン。
「何をしているんでしょう?」
すると魔物が――
私たちの隠れている方へ向かってきた。
「え?」
魔王様が私の前に立つ。
「下がっていろ」
「はい」
魔物が近づいてくる。
そして。
「グルル……」
私の前で止まった。
「…………」
「…………」
「…………」
魔物が私を見る。
私も魔物を見る。
すると。
「お腹……空いてるんですか?」
「…………」
魔物の耳がピクッと動いた。
「グル」
「やっぱり?」
レオンさんが目を丸くする。
「分かるの?」
「なんとなく……」
私は持っていた袋を開ける。
「これ、食べますか?」
中にはパンが入っていた。
魔物は恐る恐る近づいてくる。
そして。
ぱくっ。
「…………」
もぐもぐ。
「…………」
もぐもぐ。
「…………」
魔物は夢中で食べている。
「可愛い……」
私が呟く。
魔王様が固まった。
「……可愛い?」
「はい」
「これが?」
「はい」
レオンさんもしゃがみ込む。
「確かに可愛いな」
「お前まで……」
魔物はパンを食べ終わると。
「グル……」
私の手を舐めた。
「ふふっ」
私は笑う。
「まだ欲しいんですか?」
「グル!」
「じゃあ、もう一つだけ」
パンを渡す。
魔物は嬉しそうに食べる。
◇
その後。
私たちは魔物に話を聞いた。
もちろん、私が中心になって。
「どうして毎晩ここに来るんですか?」
「グル……」
「森に食べ物がない?」
「グル」
「それで村まで来ていた?」
「グル……」
魔王様が驚く。
「つまり、村を襲うつもりではなかったのか」
「はい」
私は頷く。
「ただ、お腹が空いていただけみたいです」
村長が目を丸くする。
「そんな……」
魔物は申し訳なさそうに俯く。
「じゃあ、畑を荒らさなかったのも?」
「食べてはいけないと分かっていたみたいです」
「…………」
村長が黙り込む。
そして。
「そうだったのか……」
魔物に近づく。
「すまなかったな」
「グル?」
「こちらも怖がっていた」
魔物が村長を見る。
そして、ゆっくり頭を下げた。
◇
問題は解決――
そう思った。
しかし。
「……待て」
魔王様が森を見る。
「どうしました?」
「妙だ」
「何が?」
「森の奥から、魔力を感じる」
レオンさんも立ち上がる。
「俺も感じる」
「魔力?」
私は森を見る。
確かに。
何かがいる。
しかも。
さっきの魔物とは違う。
もっと大きい。
もっと強い。
そして――
どこか懐かしいような。
「……リリアーナ」
魔王様が私を見る。
「どうした?」
「この魔力……」
私は胸元に手を当てた。
「私も、知っている気がします」
森の奥。
暗闇の中で。
二つの赤い目が、こちらを見ていた。
「…………」
巨大な魔物が、ゆっくりと姿を現す。
そして。
「――久しぶりだな」
低い声が響いた。
「元聖女」
「…………え?」
私は息を呑んだ。
魔物が――
喋った。




