第17話 王太子のお願い
「あなたに、ぜひお願いしたいことがあります」
王太子殿下は、そう言った。
「…………」
私は思わず身構える。
魔王様は私の隣で静かに王太子を見つめていた。
レオンさんも腕を組んでいる。
「お願い、ですか?」
「はい」
王太子は頷いた。
「詳しい話は、王城でさせてください」
「分かりました」
「では、こちらへ」
王太子が歩き出す。
私たちも続く。
しかし――
「…………」
魔王様は無言だった。
「魔王様?」
「何だ」
「どうしました?」
「……別に」
明らかに機嫌が悪い。
「?」
私は首を傾げた。
◇
王城。
長い廊下を歩き、案内されたのは大きな応接室だった。
「どうぞ、お座りください」
王太子が言う。
私たちは席につく。
魔王様。
私。
レオンさん。
そして向かい側に王太子。
なんだか妙な顔ぶれだ。
「さて」
王太子が口を開く。
「まず最初にお伝えします」
「はい」
「あなたを聖女に戻したいわけではありません」
「……え?」
私は驚いた。
魔王様も少しだけ目を見開く。
レオンさんは「よかった」と小さく呟いた。
「では、何のために?」
私が尋ねる。
王太子は一枚の書類を取り出した。
「近頃、王都周辺で魔物による被害が増えています」
「魔物……」
「はい」
王太子は地図を広げた。
「特に問題なのが、北部の村々です」
地図には赤い印がいくつもついている。
「ですが、軍を派遣しても原因が分からない」
「原因が?」
「魔物が突然現れ、そして突然消えるのです」
私は地図を見る。
「それは……少し変ですね」
「ええ」
王太子が頷く。
「そこで、あなたにお願いしたい」
「私に?」
「はい」
王太子は真剣な顔で言った。
「魔物との意思疎通ができる、あなたの力を借りたいのです」
「…………」
私は目を丸くした。
「私の……力?」
「あなたは聖女だった頃から、魔物を必要以上に傷つけることを避けていましたね」
「はい」
「その結果、何度も魔物との交渉を成功させています」
「そんなこともありましたね」
昔を思い出す。
村を襲っていたゴブリンたちと話をしたこと。
森の魔獣と交渉したこと。
神殿では「聖女だからできた」と言われていた。
でも。
私はただ、話を聞いただけだった。
「つまり……」
王太子が言う。
「魔物と話をして、原因を探ってほしいのです」
「なるほど」
私は頷いた。
「それなら、お手伝いできるかもしれません」
「本当ですか?」
「はい」
王太子がほっとしたように笑う。
すると。
「待て」
魔王様が口を挟んだ。
「はい?」
「彼女一人で行かせるつもりか?」
「いえ」
王太子が答える。
「護衛をつけます」
「誰だ」
「王国騎士団から――」
「私が行く」
「…………」
部屋が静かになった。
私は魔王様を見る。
「魔王様が?」
「ああ」
魔王様は真剣な顔をしている。
「彼女の護衛なら私がする」
「いや」
レオンさんが立ち上がった。
「俺が行く」
「なぜだ」
「勇者だから」
「理由になっていない」
「十分だろ」
「…………」
また始まった。
「お二人とも」
私は苦笑する。
「一緒に行けばいいのでは?」
「「…………」」
魔王様とレオンさんが同時に私を見る。
「三人で行きましょう」
「……分かった」
「うん」
王太子は少し驚いた顔をした。
「魔王と勇者と元聖女が……」
「何か問題がありますか?」
「いえ」
王太子は頭を抱えた。
「むしろ、問題しか起きなさそうな気がします」
◇
話し合いが終わり、応接室を出る。
「リリアーナ」
王太子が呼び止めた。
「はい?」
「一つだけ」
「何でしょう?」
「あなたが王都を離れてから――」
王太子が少しだけ寂しそうに笑った。
「この国は、あなたが思っていた以上にあなたを必要としていたようです」
「…………」
私は黙った。
「ですが」
王太子は続ける。
「もう、あなたを聖女という立場に縛るつもりはありません」
「……ありがとうございます」
「あなた自身が選んだ道を、私は尊重します」
私は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
王城の庭。
「疲れた……」
私はベンチに座った。
「王都って、やっぱり緊張しますね」
「そうか?」
魔王様が隣に座る。
「魔王城より人が多い」
「それはそうですね」
「私は魔王城の方が落ち着く」
「私もです」
「…………」
魔王様が少し嬉しそうにする。
「私も、魔王城が好きです」
私は笑った。
「みんな優しいですし」
「……そうか」
「はい」
すると。
「俺も魔王城好き!」
レオンさんが反対側から顔を出す。
「ご飯美味しいし!」
「そこか」
魔王様が呆れる。
「大事だよ!」
「お前は食べることばかりだな」
「魔王だってリリアーナのことばっかりじゃん」
「…………」
「…………」
「?」
私は二人を見る。
「何の話ですか?」
「何でもない!」
レオンさんが笑う。
魔王様は顔を逸らした。
◇
その夜。
王城の客室。
私は窓から王都を眺めていた。
「明日は北の村へ行くんだ……」
少し不安。
でも。
魔王様とレオンさんが一緒なら、大丈夫な気がする。
「……頑張ろう」
私は小さく拳を握った。
その頃。
王都の外。
北へ続く森の中では――
「……来る」
何者かが呟いた。
「元聖女が……」
暗闇の中で、赤い目が光る。
「ようやく戻ってくる」
そして、その声は。
どこか嬉しそうだった。
「今度こそ――」
森の奥で。
一匹の巨大な魔物が、ゆっくりと目を開いた。




